上 下
5 / 8
第一章:ラファル・ウェントゥス

4

しおりを挟む

 部屋にノック音が響いたあとも、ラファルは扉を開けることなく無言のままでいる。しばらくして先程までと全く違う低く抑えた声を出した。

「そこには誰がいる?」

 何かを警戒するような姿に不安がよぎる。ストーリーが勝手に進んでいるのだろうか。外には敵でもいるとか。とにかく今は大人しくしている他ない。ぎゅっとマントを握りしめて待つ。

 少ししてラファルが顎に手を添え何かを考え始めた。間を置いて答える。

「では、ルスフェル以外は戻りなさい」

 彼がそっと扉を開ける。招き入れられたのは、私と同じくらいの年頃の女性。黒いワンピースに白いエプロンをつけた所謂メイド服を着ていた。でも、私のよく知っているような派手やかな感じではなく、サテンの生地の上品な洋服。髪は遠目にも分かる綺麗な桃色で、三つ編みにして左側の肩へ降ろしていた。

 その人物にホッと胸を撫でおろす。とりあえず普通の人みたい。

 彼女は入るなり、ラファルと何か言葉を交わす。けど、小さな声だったから内容までは聞こえなかった。

 それが再び不安を引き戻す。

 あれはどこかに売り飛ばす算段じゃないよね、本当にここに居ていいんだよね、と。ずっとそわそわして落ち着かない。

 目覚めた当初は、勇者になって世界を救ってやるぜー!なんて思ってたし、魔法使いでもいいからバンバン敵を倒すぜー!なんて思っていた。まあ、半分寝ぼけた状態ではあったけれど。でも、実際に乙女ゲームの中に入りました、と言われてもいまいち良く分からない。

 結局のところ私は何をすればいいのだろう。どうすればエンディングを迎えられるのだろうか。乙女ゲームなのだから恋愛をすればいいんだろうけど、そもそも恋愛ってなに?

 とりあえず、攻略対象のラファルが傍にいるのだから、立ち位置としては、ヒロインでいいのかもしれない。でもヒロインの役割……何本か有名なゲームを思い返す。そのどれもが、特殊能力を持ったヒロインだった。

 もしかして……。

「…………」

 ちょっと手を、足元に翳してみる。何か出て来ても床なら被害は少ないと判断して。うんと力を入れたりしてみたけど、何も起こらない。二、三度うんうん唸りながら手を翳していたら、近くから声をかけられた。

「どうかされましたか?」

 慌てて顔を上げる。ラファルが不思議そうな表情を浮かべて、隣の女性もじっと見つめてきていた。

 いつの間に戻ってきてたのだろう。全然気づかなかった。軽く首を振って、静かに身を正す。さも何ごともありませんでした、と装うために。

 察してくれたのかどうなのかは分からないけど、ラファルがふわりと微笑んだ。

「では、改めて。漆黒の乙姫ソティラス様、彼女はルスフェル・アルバードと申します。この城の使用人として従事している者です」

 ラファルに紹介されたルスフェルが「宜しくお願い致します」と折り目正しく頭を下げる。私も同じ言葉を返しながら慌てて立ち上がり頭を下げる。間近で見た彼女の瞳は、濃い茶色をしていて桃色の髪に映えているな、なんて全く関係のないことを思っていた。

 ルスフェルが一歩下がるとラファルが前に出る。彼はわずかに頭を傾けた。

「彼女を侍女として貴女に付けますが、よろしいでしょうか?」
「えっ?!」

 驚いて声を上げると、ラファルの顔がわずかに曇る。拒否されたと思われたのだろう。急いで訂正した。

「いや、違います! えっと、そうじゃなくて……もちろん構わないんですけど、いきなりだったものでつい」
「たしかに。驚かせてしまったようですね。身元は明らかですのでご安心ください」

 ニコリと彼は笑うけど、侍女がつく、なんてますますストーリーが進んでいくようで落ち着かなくなる。そわそわしていたらルスフェルさんと目が合う。咄嗟に「よろしくお願いしますね」と普段使わない表情筋を動かし引きつった笑みを作ると彼女は軽く会釈した。

 やり取りを見ていたのか一拍置いてラファルが口を開く。

「では今後はルスフェルとお呼びください。では、まずは御召し替えを致しましょう。ルスフェル、出来るだけ色味の抑えた服を用意してくれ」

 早速と彼は指示を出す。私も、御召し替え、と聞いてまだパジャマだったことを思い出してしまった。そういえば髪も寝癖でグシャグシャじゃないか。今までこの姿で接していたかと思うと、とても恥ずかしくなる。

 指示を受けたルスフェルが淡々と「承知しました」と返し去っていく。彼女が部屋を出ていってしまうと再びラファルと二人きりになった。

 寝起き姿でイケメンと二人きりなんて、意識しちゃうと急に居た堪れなくなる。ラファルが私の方をみても不自然に視線を漂わせることしかできない。だけど彼は、そんな私を気にすることなく傍に来ると跪いた。そして、自然な所作で私の手を取る。

「──っ! あの」
漆黒の乙姫ソティラス様、申し訳ありません。今は貴女の存在を公にすることができないのです」
「それはもちろん構わないけど」

 むしろ公にされる方が大問題。未攻略のジャンルは早々に離脱したいし、もしかしたら本物のヒロインなんかが現れるかもしれない。だけど私が了承を告げたら安心するどころか反対に眉根を寄せた。

「本来ならこのような場所にいる方ではないのですが……ご不便を強いることをお許しください。早く解決できるよう私も尽力致します。詳しい説明はルスフェルからお聞きください」
「え? ええ。わかりました」

 全くよくわからないけど、とりあえずルスフェルから話が聞けることはわかった。曖昧ながら返事をしたら彼が続ける。

「では、他にも何かあれば城の者へお伝えください。身分を明かすことはできませんが最も重要な客人として手配しておりますので」
「ええ…っ!」

 最後に指先に口づけを落とされて、肩がビクッと跳ねる。動揺を悟られないように無理やり笑みを張り付けていたらラファルが立ち上がった。胸元に手を添え一礼し、身を翻すとそのまま部屋を出ていった。

 一人になったところで背後のベッドにバタンと寝そべる。

 経験がないにしてもドキドキし過ぎでしょ。必死に平静を装ってみたものの、たぶん隠しきれてない。それを裏付けるように、両手で頬を包めばいつも以上の熱を持っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性が少ない世界へ異世界転生してしまった件

りん
恋愛
水野理沙15歳は鬱だった。何で生きているのかわからないし、将来なりたいものもない。親は馬鹿で話が通じない。生きても意味がないと思い自殺してしまった。でも、死んだと思ったら異世界に転生していてなんとそこは男女500:1の200年後の未来に転生してしまった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

え!?私が公爵令嬢なんですか!!(旧聖なる日のノック)

meimei
恋愛
どうやら私は隠し子みたい??どこかの貴族の落し胤なのかしら?という疑問と小さな頃から前世の記憶があったピュリニーネは…それでも逞しく成長中だったが聖なる日にお母様が儚くなり……家の扉をノックしたのは…… 異世界転生したピュリニーネは自身の人生が 聖なる日、クリスマスにまるっと激変したのだった…お母様こんなの聞いてないよ!!!! ☆これは、作者の妄想の世界であり、登場する人物、動物、食べ物は全てフィクションである。 誤字脱字はゆるく流して頂けるとありがたいです!登録、しおり、エール励みになります♡ クリスマスに描きたくなり☆

処理中です...