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 第**話 ちょい残酷描写有り。

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 『姶良』
 クリクリの大きい瞳が呼び掛けるとこちらを向いた。
 『こうちゃん、来てたの!』
 ぺたぺたと走り寄って来て、嬉しそうに抱き着く。
 『あれ? 今日はお着物じゃないんだね?』
 いつもは鮮やかな色合いの綺麗な着物を身に纏っているのだが、今日は短パンにシャツ。胸元の大きな赤いリボンが可愛らしいが、洋服は初めて見るから新鮮だ。
 『あいちゃんね、転んじゃってね!』  
 見た目は可愛らしい女の子だが、中身は立派なヤンチャ真っ盛りな男の子。特に姶良はよく走るしよく笑うし、悪戯してよく叱られている。
 少し明るい茶髪を肩まで伸ばして転んだから着替えたと云っているが、今着ている洋服も充分泥んこまみれだ。
 大人しくしていればお人形のように綺麗な顔立ちの姶良は、美しい着物を着ればそれは凄く映えて、幼児にして多くの人間の溜め息を誘う。
 恭仁京家の慣わしはこんな小さな子供にも高価な着物を平気で着せ、一般と世界が大きくかけ離れていた。
 だが、先にも述べた通り、姶良はやんちゃで落ち着きがない。
 『姶良、今日は何して遊ぶ?』
 『んとね?』
 ソワソワ――さっきからキョロキョロしている。
 『お父様がね、今日はお家にいなさいって』 
 お家に居なさい、と云われて既に庭にいる。仕方ない子供だな、と蛟は苦笑した。
 『ふうん? 俺がお家に入っても大丈夫かな?』
 人間ではないから勝手に入ることは出来ない。
 しんと静まり返った屋敷を仰いで、不安になった。
 今まで散々姶良と遊んで来たけど、陰陽師の両親はどう思っているのだろう。
 危険だから近付けさせない、とか思わないのだろうか。
 仮にも、鬼、なのに。
 昔は人間を食べていた鬼なのに。
 『ん? んと?』
 姶良が俺と屋敷を交互に見て、一生懸命考えている。
 その姿がいとおしい。
 『こうちゃん、待ってて! お父様に訊いてくる!』
 『姶良待って。今日は帰るよ』
 ぷくぅぅと頬を膨らませた。
 『やだ! あいちゃんと遊ぶの! 待ってて、お父様にお願いするから! 絶体待っててよ!』
 玄関ドアを開けた姶良は開け放しのまま、家にドタドタと忙しなく入った。
 『ああ、靴も泥んこだ。しょうがないなぁ』
 外から見える姶良の掌サイズの靴は脱ぎ散らかされドロドロ。
 揃えてあげたい衝動に刈られながらも、主の許可が無ければ中に入れない化け物の性を呪った。
 『まだ、かな』
 恭仁京の敷地に入ることは簡単に許してくれた。
 一人息子の姶良と遊ぶ許可もくれた。
 姶良は自分によくなつくし、母親はご飯を作ってくれる。父親は姶良を抱っこしながら昔話を語ってくれるし、理想の家族像で蛟は恭仁京親子がいとおしくて堪らなかった。
 だから姶良が大きくなって陰陽師となり恭仁京を継ぐ時が来たら、自ら進んで識神に名乗り出ようと考えている。
 『――遅い、な?』
 血の臭いが漂った。
 『姶良?』
 シンと静まり返った屋敷。
 『姶良っ!?』
 中に向かって叫ぶが、反応はない。
 中庭に向かう。
 『!!』
 中庭から見える屋敷の廊下に数名の人間が倒れていた。
 血に染まり、ある者は人の形でなく――全員、息絶えている。
 『な、なんだ、これ……』
 見知った顔ぶれだ。
 皆恭仁京家に仕えている陰陽師連中。
 鬼の蛟にも優しく接してくれた者。
 鬼を恐れていた者。
 あからさまに嫌悪を剥き出していた者。
 『あ――姶良?』
 どこからか入れないか。
 無理矢理身体を屋敷の中に侵入させようと試みるも、見えない結界が拒む。
 『姶良っ! 姶良どこだっ!?』
 何が起きているのか分からない頭は必死に幼い子供の姿を探す。
 『姶良っ!』
 玄関に戻ると、姶良の姿があった。
 『姶良、無事か!?』
 茫然としている。
 涙を流し、全身を血に染めて。
 『姶良、こっちに来るんだ! 早く!』
 結界が蛟を拒む。
 しかし、姶良の背後に黒い影があった。
 『こ、ちゃ……た、ちゅけ……』
 グニャリと姶良の身体が歪み、黒い影が覆い被さると幼い身体から大量の鮮血が吹き出す。
 『うわぁぁぁぁぁぁっ!!』
 蛟は叫びながら結界を力一杯殴り続ける。
 『やめろっ! 姶良から離れろっ! 姶良っ! 姶良っ!』
 肉が引き裂かれ、内臓が流れてくる。
 生気を失った瞳は蛟を見続けた。
 可愛らしく名を呼んでいた口からは噴水のように鮮血を吹き出し、少し明るい茶髪は真っ赤に染まっている。
 黒い影は姶良の腹に噛み付き、嫌な音を立てて引き裂いた。
 『姶良ぁっ!』
 結界を叩き殴り続けた手の肉は裂け、血が飛ぶ。力任せに叩き続けたおかげで結界にヒビが入り、電流が通ったように光った。
 ヒビを両手で抉じ開けて、姶良に覆い被さる黒い影を殴り飛ばすと簡単に廊下の奥に吹き飛んだ。
 『姶良っ! ああ、なんて酷い、姶良! 姶良っ!』
 身体から出てしまった内臓を手に取り中に納める。
 そんなことで人間の子供が息を吹き返さないことは知っている。それでも僅かな望みがあるならば――蛟は掌の自分の血を姶良の口に注いだ。
 『ぐふっ。ぐふふふふふふ』
 黒い影は立ち上がり、蛟に襲い掛かった。
 『あ、あんた! どうしてっ!?』
 対峙する男は、蛟が慕う姶良の父親。
 『ぐふふふふふふ……』
 言葉は通じない、まるで理性のない化け物。
 『よくもっ! よくもぉぉ!!』
 蛟は鬼の姿を晒し、姶良の父親を一瞬で切り裂いた。





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