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第21話
しおりを挟む『白雪、手伝うことある?』
キッチンを覗くと、少女が一人で奮闘していた。と、一瞬見えたのだが、現代の台所事情を知らない平安時代な白雪には何がどう扱ったら良いものなのか、手の出しようのない状況だったようだ。
『健司、良い所に来ましたわ!』
クリクリの大きな瞳を輝かせ主人の両手を掴むと、キッチンの中に引っ張り込んだ。
『全く使い方が分かりませんの。健司教えてくださらない? 教えてくださるだけで良いですわ』
珍しく少女の必死な顔に驚いた健司は、すぐに理解して柔らかく微笑んだ。
『オッケー、良いよ。一緒に皆のご飯作ろう』
『健司、嬉しいですわ!』
『待て待て』
キャキャと喜ぶ白雪に水を差したのは、白雪と同じ識神の暮雪だった。
金髪にピアスは相変わらずだが、白雪同様エプロンを着けて仏頂面を披露している。そんな格好で突然姿を現したものだから健司は笑いを堪えるのに必死だった。
『よう、健司。笑ってんじゃねぇよ。まあ――体調良くなったみたいだな』
『暮雪、その節はどうも』
『何ですの!? なんで貴方が来るんですのっ! 折角健司と二人で……』
『あのなぁ、オレだって嫌だよ。だけど、瑞雪に頼まれちまったんだ、仕方ねぇだろ』
少女のキンキン声に嫌気を差しながら、瑞雪に頼まれたことを伝えた。
『それによ、白雪はそもそも料理したことねぇだろ? 今も昔も。だから俺が来てやったんだ。あぁ、てめぇの不味いメシで健司の腹を下してぇってんなら、止めねぇがな』
『んなっ!?』
少女は衝撃を受けているのか大きな瞳をこれでもか、と見開き直ぐ様暮雪を睨み付けた。
『暮雪、女の子を苛めるものじゃないよ。俺が白雪の代わりに料理をするからさ』
『んでな、健司、お前は絶対包丁持つな、絶対!』
『ええ? 過保護だなぁ』
よく研がれた包丁を持って見せた。
『ちょ! ふざけんな!! 云った側から! お前、ガキの頃包丁で思いっきり切ったことあるだろ? しかも何回も!』
健司の手から包丁を奪い取ると、すぐにしまった。
『ああ、あったねぇ。懐かしいなぁ』
無意識に右足の太股を軽く擦る健司を、暮雪は溜め息を吐いて呆れた。彼の足には包丁で切った傷が消えずに残っている。
『どうしたら、あんな派手な怪我できるんだよ。信じらんねぇ』
あのころは――と健司は云い掛けて首を振った。
この場で云うべきではない。
『暮雪、その時から見守ってくれてたんだね。ありがとう』
『結局、何も手を出せなかったがな。礼なら瑞雪に云え。アイツ、道世の時より大分心配症になったぞ』
そう、と苦笑すると、落ち込んでいる白雪の頭を撫でた。
『白雪。俺、白雪の初めての手料理食べたいから楽しみにしてるよ。献立は和食が良いな』
その一言で少女の気力が戻ったのは云うまでもないが、健司は要らぬ過去の記憶を思い出してしまい、あまり良い気分ではなかった。
『健司、昔のことだ』
暮雪は云う。
『そう、だね』
識神達にあとは任せ、健司は部屋に戻った。
綺麗に片付けられた部屋は落ち着かない。あまつさえそこいら中に研究資料が山と積まれているのだ、嫌でも目に入る。
学校でも特別に理科準備室の一角に健司専用の空間を設けてもらう等協力をしてくれているが、今はうっすらと埃が溜まっているかもしれない。
ヨロヨロとベットに座るが、まるで自分の部屋でないような居心地の悪さを覚え、蛟の元へ行こうと立ち上がる。
毎日毎日部屋にいたくないから蛟の部屋に行って長居をしてしまいがちだ。
『!』
机に置きっぱなしの携帯電話が細かな振動をして、電話の着信を報せた。
連日しつこく電話やメールが届いているが、一度も出ないしメールも読まない。
『――諦めが悪い、な……』
――解約、しないと……。
ロンドンの研究仲間からだ。
先日研究の継続が不可能になったことをメールで告げて研究や成果の権利を全て放棄し、そこで健司が今後確実に得るであろう筈の偉業をロンドンの研究チームへ無償で手離した。
一方的に。
投げ捨てるように。
もしこのまま健司が研究を続け成果を発表したら、世界に注目され一躍時の人となるであろう。
場合によってはノーベル賞候補も夢ではない。
そんな研究をしていた。
健司から研究の権限を無償で手に入れられるなら通常なら喜んで受け入れるであろうが、出会った研究チームはそんな人間達ではなかったらしい。
暫く携帯電話を持ったまま、ただ見つめた。
表示されている名前は、一番仲良くなった人物。
施設の案内を切っ掛けに仲良くなり、よく食事に誘ってくれた。
二十三歳という若さで、その倍以上は歳が離れているであろう他の研究者達に引けを取らなかった健司は、あっという間に独特感漂う空間を健司の色に染め上げるのに成功し、一月があまりに短く、チームは健司がロンドンに移住することを切に熱望した。
『――……』
チームの元へ戻ることを約束し日本に帰国して、まだ二ヶ月。
まさか、そんな短期間でこんなことになろうとは向こうも思いも付かなかったであろう。
『――ごめんなさい……ごめんなさい』
鳴り止むと、健司は着信拒否の設定をした。
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