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番外編1 笑顔の理由~健司の過去~
1話
しおりを挟む町医者をしていた祖父母を事故で亡くして一週間。
葬儀も終わり、何かと助けてくれた近所のおばちゃん達も家の様子を見に来る回数が減っていった。
近所のおばちゃん達のおかげで、葬儀や相続に関する手続きが滞りなく済んだ。
後でお礼しなきゃな――高校生の如月健司は電気の消えた診察室で一人、椅子に座って思った。
毎日この椅子に座って祖父は患者の診察をしていた。
学校から帰ると、診察室から顔を覗かせ健司に「お帰り」と声を必ず掛けてくれる。待合室の患者さん達も祖父に倣って挨拶してくれた。
恥ずかしいけど、とても温かい空間で健司は大好きだった。
可能なら医院内をこのまま保存しておきたいが、衛生面等を考えると医療器具の処分の手配もしなければならないが、処分しようにも多額の費用が必要だろう。
健司はまだ高校生だ。
そんなお金持ってはいない。だからとこのまま放置する訳にはいかない。
祖父母は、いずれ健司に跡を継いで欲しい、なんて冗談めかしていたが、跡を継ぐ前に病院の方が無くなってしまった。
これから、どうしたら良いのかな――ふと、思った。
両親もいない、親戚もいない。
頼れる大人がいない。
正真正銘、天涯孤独。
『学校退学して働く、か……』
幸いなことに働ける年齢だ。
明日先生に話そう――健司は診察室を出た。
『健司ちゃん、いる?』
住居部分の二階に行こうとしたら、丁度近所のおばちゃんがやって来た。
このおばちゃんは道を挟んだ向かいの家の住人で祖母と一番仲が良かった。健司のことも祖母に代わって学校の行事に参加してくれたり、何かと面倒を見てくれる優しい女性。
健司にとって、第二の育ての母だ。
『おばちゃん、こんばんは。祖父母のこと、ありがとうございました』
先頭に立って切り盛りしてくれたのも、このおばちゃんだ。
健司はペコリと頭を下げて、お礼を云った。
『良いんだよぉ。それより、なんだい、真っ暗じゃないか』
家の中は一つも電気を点けていなかった。
『ああ、そういえば……』
ぼんやりしている健司におばちゃんは大袈裟に溜め息を吐くと、うちにおいで、と云った。
『え?』
『その様子だと夕飯もまだなんだろ? 準備してあるから、一緒に食べよ』
『で、でも、これ以上ご迷惑は……』
『迷惑だなんて思ってないよ! これからはご飯はうちで食べな、ね?』
『――……!!』
ポロポロ、大粒の涙が零れた。
おばちゃんは、我慢しなくていいんだよ、と健司の頭をグシャグシャ撫で回した。
頭を撫でてもらうなんて、高校生にもなって。
でも――健司は凄く、凄く、嬉しかった。
おばちゃんの家には、おじちゃんと息子二人が住んでいる。家族ぐるみの付き合いがあり、おばちゃんの家にはよく遊びに訪ねたり、祖母のお使いで寄ったり。
気の置けない仲だ。
『健司君いらっしゃい』
優しい、眼鏡のおじちゃん。
『かあさん、健司泣かせたのかよ?』
長男の博樹さんは大学生。
『健司、米を大量に炊いたから遠慮したら殴る』
次男の和也さんは一つ年上の高校三年生。
皆良い人達で大好きだ。
『お、お邪魔します』
ペコリ、頭を下げようとしたら、博樹さんと和也さんに腕を引っ張られてしまった。
『健司君、一層のこと、うちで暮らしたらどうだ?』
おばちゃんのご飯は美味しい。
さすが息子二人の母親だ。
唐揚げが絶品過ぎる。
ガツガツと良い食べっぷりを見せる健司に、おじちゃんは提案してきた。
『ふぁ!?』
『とうさん、食事中に云うなよ』
博樹さんがコップに水を注いでくれた。
『いや、悪かった。よっぽどお腹空いていたんだね。美味しそうに食べてる姿を見て、居ても立ってもいられなくて』
『家族が一人二人増えた所で、変わりゃしないしねぇ』
おじちゃん、おばちゃんは揃って笑った。
『――……』
健司は箸を置いて俯いた。
ああ、ほら――息子二人に責められる両親。
『ごめん。困らせるつもりは無いんだよ』
勿論そうだろう。
健司も分かっている。
だけど――。
『すぐに答えを出さなくて良いよ。取り敢えず、ご飯食べな』
『健司ちゃん、勉強するだろ? お夜食にタッパに包んであげるからね』
至れり尽くせりで、感謝しかない。
だが――。
おじちゃんの言葉が頭から離れず、もう、喉を通らなかった。
『健司、どうした?』
博樹さんの言葉に首を振って箸を持ち直したが、食が進むことはなかった。
なんとなく微妙な空気が流れ、いつもならお喋りのおばちゃんと健司が中心になって会話が弾むのだが、皆が健司を慮ってしまって食器の音だけが響く夕飯になってしまった。
『あ、あの……食器洗います』
食事が終わり、夕飯のお礼に、と後片付けの手伝いをしようとしたら博樹さんが、ゲームしよう、と云ってきた。
『あ、ええと……』
『いいよいいよ、博樹と遊んでおいで』
おいでおいで、と二階の博樹さんの部屋に招かれた。
『ちょっとさ、どうしても倒せないモンスターがいてさ』
ゲームを起動させる。
はい、とコントローラを渡された。
人気のあるゲームだ。
健司も幼馴染みの壮介と遊んでいるゲームだから、小難しいキャラクターの操作も慣れている。
『ああ、コイツコイツ! 俺一撃で殺られちゃうんだよ!』
成程、モンスターの中で一番すばしっこく、鋭い鉤爪で襲い掛かって来る。
『おお?』
健司は難なくかわし、所持している銃で攻撃した。
『やるな、健司!』
『こいつはかなり距離とった方がいいモンスターだね』
健司も夢中になっている。
博樹さんは健司の横に座り、ほっと息を吐いた。
家に来てから一度も健司は笑っていない。
おばちゃんだけでなく、博樹さんも気にしていた。
『あ』
時刻が夜十時になった頃、健司はふと時計を見て立ち上がった。
『もう帰らないと』
『何だよ、風呂も入って行けば?』
ゲームに夢中にはなったが、結局健司は笑っていない。
博樹さんに首を振りもう一度、帰る、と云った。
おばちゃんとおじちゃんに礼を述べ、真っ暗な我が家に帰る。
『ええと……』
台所は祖母の気配が残っている。
キョロキョロと見回し、いつも使っている弁当箱は、さて、どこにしまってあるのだろう。
あれが無いと明日から学校で昼飯が食べられない。
戸棚という戸棚を開け、漁る。
漁る。
『――無い……』
じわり、と額に汗が滲んだ。
ちょっと泣きたい気分だ。
諦めて売店で買う選択肢もあるが、なるべくお金は使いたくない。
『もうちょっと探そう』
脚立を持って来て、頭上の戸棚を開ける。
『――そうだよね、毎日使う物をこんな所に置かないよね』
脚立に座り、しょんぼりした。
『あ――お風呂沸かすの忘れてた……』
弁当箱探しに時間を忘れていたが、もう十二時近い。
『ううう……』
何もかも上手くいかず、頭も回らず、呻く。
漸く一人になって実感した。
家が凄く広い。
広すぎて孤独が浮き彫りになる。
暗い部屋ばかり。
そこかしこに闇が広がっている。
『――……』
健司は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
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