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第16話
しおりを挟む成程、生徒は殆んどが帰宅しているのだろう。
そっと入った校舎は静まり返っていて、誰とも遭遇しない。
『で、目的はなんだっけ?』
と、友菜の計画性の無い行動に上総は大きく溜め息を吐いた。
『佐藤さん、僕は如月先生に会いたいの。佐藤さんもそうだよね? そうだったよね?』
なのに、先生に見付からなければ大丈夫、らしい。
『あ、そっか! ごっめぇん!』
全く悪びれる様子もない。
『――……』
このまま一緒にいては、面倒事に巻き込まれるんじゃないか、と本気で不安になってしまった。これは早急に調べて退却した方が良い。
『と、とりあえず、佐藤さん教室に行くよ』
『なんで?』
『……佐藤さんに取り憑いた幽霊の元を探るんだよ。原因が分かれば、また憑かれることもないし、呪いを弾き返したから呪いを掛けた本人に戻っている可能性もある。少しでも形跡が残っていれば、そこから辿れるから』
呪いねぇ、と友菜は意味ありげに呟いた。
『どんな方法かは知らないけど、やった人の予想はついてるんだよね』
女子の間で、佐藤友菜と喋ってはいけない、とルールを設けた生徒がいる。クラスの女子のリーダー的存在の彼女は頭も良く美人で誰からも好かれていた。非の打ち所が無いクラスメイトが友菜を嫌えば、皆それに倣ってしまう。
多感な時期にあり得る話だ。
誰もいない教室に入ると、友菜は迷うこと無く自分の席に座った。
二年生になってから一度も学校に来ていない上総は自分の教室に入っても感慨も何も無い。それどころか、自分の席すら知らないのだ。
『はい、ここで問題です!』
空気の読めない子、友菜は元気良く声を張り上げた。
勿論上総は思いきり嫌な顔をして見せたが、そんなのはお構い無しの少女である。
『ほらほら、そんな顔しないの!』
と、上総の頬を捻った。
『痛いよ。どんな顔しようと勝手だろ』
『いやいや、意外と顔に出るんだなぁ。落ち着いてるからさ、大人だなぁって思ってたんだけど。だってあんま笑わないしさぁ』
『!!』
初めて云われた。
同学年の子供達から見たら、上総は大人に混じって陰陽師の仕事をしているのだ。それは確かに大人に見えるのだろう。
本当に大人の大老會からは散々な云われようだが。
中途半端な存在だな、とつくづく上総は自分で思っている。
『それで? 問題って何さ?』
『うん、上総君の席はどこだと思う?』
『席、ねぇ』
教室を見渡す。
各々の机には教科書やノートが入っていたり、何が入っているのか布の袋がぶら下がっていたりする。
どの机も使用感がある。
上総は窓際の一番後ろの席に目を止めた。
普通考えれば、いつ登校するか分からない生徒の席なんて他の生徒の邪魔にならない窓際の一番後ろの席と決まっているだろう。そう上総が答えると、友菜はブッブゥゥと口から不正解の音を出した。
『残念不正解!』
何だか楽しそうだ。
『正解は、一番前の真ん中でした!』
マジか、上総は唖然とした。
よりにもよって一番前のしかもセンター。
『何で?』
『くじ引きで決まったんだよ。引いたのは先生だけどね』
『くじ運あり過ぎだろ』
『悪かったな』
『先生!!』
いつの間にか教室のドアの前に健司がいた。
『お前達、私服で無断で来てどういうつもりだ?』
眼鏡の奥の目を細めている。
機嫌が悪い、と上総は瞬時に判断した。
『先生ごめんなさい。上総君にあたしに掛けられた呪いの出所を探してもらっていたんです!』
友菜の云っていることは本当だ。嘘を吐く理由も無い。
教師が上総を見るから頷いて肯定したのだが、呆れた、という表情をされ、大きく溜め息を吐かれてしまった。
『ここは遊び場じゃない』
『遊び場だなんて――』
『ごめんなさい』
反論しようとする友菜を止めて素直に謝ればすぐに解放されると践んだが、健司の虫の居所は相当に悪いらしく職員室に連行されてしまった。
職員室には事務仕事に追われた教師が結構残っていた。健司もそうだったのだろう。それを上総達が学校に侵入してしまった為に中断せざるを得なくなってしまった。
ただでさえ、忙しいのに。
学校に侵入した時には既に数名の教師に目撃されていたようだ。
沢山の教師の突き刺さるような視線を浴びながら、職員室の奥の応接セットに辿り着いた。
上総と友菜はこれから健司にこっぴどく叱られるだろうが教師二年目の健司はきっと、多くの先輩教師に小言を云われるのだろう、と上総は様子を見守る数名のベテラン教師を見て思った。
中には明らかに厳格そうな男性教師もいる。
『恭仁京、仕事熱心なのは良いことだが――』
『待って、如月先生! 上総君は悪くありません。あたしが無理矢理引っ張って来ちゃたんです! 上総君は最初嫌がっていました。なのにあたし!』
『佐藤……』
小さく息を吐いて、ウンザリした様子だ。
『今、俺が恭仁京と話ている。静かにしなさい』
この教育熱心な教師が生徒に向かって、こんな表情をするのは珍しい。いつもにこやかで、あまり怒らないと思っていたが。
友菜も健司が本気で怒っていると漸く気付いたらしい、しゅんと大人しく身を縮ませた。
『は、はい。ごめんなさい』
『――恭仁京、仕事で学校に来るなら事前に学校に連絡をして、制服を着用しなさい。お前はあまり来れないが、正真正銘ここの生徒なんだ。もしお前や他の人に何かあった時、俺等教師が知りませんでした、じゃ、済まないんだぞ。陰陽師の仕事しているんだから、大体想像は付くだろ?』
『はい、本当にごめんなさい』
『陰陽師の仕事はどうしても単独になりやすいが、学校だったり、公共の場は必ず沢山の人が関わっている。人の家だったら勝手に入れないだろ?』
『はい』
『不法侵入て云われたくないよな? 学校は恭仁京を拒まないから、ちゃんと連絡をしてほしい』
『はい』
連絡は大切だ、と上総の頭に手を置いた。
『佐藤も、責任を感じているのはよく分かった。だけど自分の意見を押し付けるな。ちゃんと相手の話に耳を傾けて考えて行動するんだ。突っ走るのが、お前の悪い癖だぞ』
『はい。済みませんでした』
生徒二人が同時に、ごめんなさいと頭を下げると、教師は苦笑した。
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