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十二
しおりを挟む午前五時四五分。
浩司と孝之によって叩き起こされた一同は徳永家のコテージに集められ、今しがた起きた事実を目の当たりに晒された。
細川明美、智子の頭部はキャンプ場の中央広場に無造作に置かれ、首から下の遺体は細川家のコテージの一室、二人が使っていた二階の部屋に、凶器の斧と一緒に床に転がっていた(斧は後からキャンプ場の物置小屋にあった物と判明するが、それも昨年までは無かった新品の斧であったことから凶行に及んだ犯人が事前に用意してた物、と現場検証をした北海道県警が述べている)。
この時点では、凶器よりも「何故二人は殺されたのか」「誰が殺したのか」そして「恐怖」がその場に居合わせてしまった人間達の頭を支配していた。
明美と智子の母親、玲子は二人の愛娘の変わり果てた姿を見て失神し、孝之のコテージの二階で沙織と啓子、美幸に見守られ眠っている。子供達は龍が昨日の怪我で高熱を出してしまい動けないため、凛子とあやめ、そして直子が状況を飲み込めぬまま二階の別の部屋で龍と共に父親達の話が終わるまで待機している。
一階では浩司、信夫、孝之、宏保、誠の五人が今回の状況の話し合いをしていた。
「――……」
「――……」
しかし話し合いとは名ばかりで、連続して起きているあり得ない状況に誰も言葉にすることが出来ずにいる。
それに――浩司は俯く仲間の顔を盗み見た。
明美と智子は何者かによって殺害されたのだ。
その「何者か」は一体誰なのか、早急に見つけなければならないだろう。外部の人間の犯行であろうが内部の犯行であろうが。
「誠さん――どうして信夫君のコテージにいたんですか?」
浩司が一人頭の中で考えていると、最初に口を開いた孝之はなんとも云いえぬ複雑な表情で誠に質問した。
「――信夫君が、心配でな……」
「心配で一晩ずっと居ますか? 部下の家族もいるのに?」
「――何が云いたいんだ、孝之君?」
憔悴しきった誠はほんの数分で随分と窶れたように見える。そんな上司を部下の一人である孝之が疑うように睨んだ。
「――……」
「ま、待ってください。誠さんは本当に私を心配してくださっただけなんだ。孝之さんが何を考えているのか知れないが」
しどろもどろになりながら信夫はフォローしているが、された誠は深い溜め息を吐いた。
「確かに心配だったが、それは口実なんだ。信夫君には申し訳ないがね。孝之君が疑うのも無理はない。実は昨晩家内と口論になって、コテージに居づらくなったんだ」
昨晩、細川玲子は酷く荒れていた。
その様子は誰もが見聞きしているし「また始まった」と想像に難しくない。
北海道の夏を楽しむ筈が初日からの天気は予報を大きく外れ、雷雨。そこに唯一の入り口が土砂で埋まったのだ。
龍は大怪我をして悟志はどこに行ったのか不明のまま。
誰だった滅入る状況下に、気の強い玲子は耐えられず、誠に全てぶつけて来たのである。
「――……」
玲子の気の荒さは周知のものだ。
浩司や孝之は的には至っておらず妻や誠の話を聞いた限りでしかないが、マンションの主婦達の中では「玲子の虐めにあっている」という話を沙織や啓子からよく耳にしている。
幸いにも、沙織と啓子、美幸の性格は穏やかな方で、こうして毎年家族同士で旅行をするくらいの関係を無事に結べている。と云っても美幸の場合、多少玲子のご機嫌取りに勤しんでいる節もなくはなかった。
皆が玲子の気性を知っているだけに、孝之の誠への疑惑は霧散してしまった。
「――ずっと信夫さんのコテージにいたんですか?」
「?」
ふと、浩司は誠に云った。
「明美ちゃん達を発見して自分は誠さんのコテージに行ったんです」
「ああ、そうだったね」
孝之が同意した。
「鍵が締まっていました」
「ん?」
意味が分からず誠は首を傾げた。
「そうか!」
それまで黙っていた宏保が突然声を上げたものだから、隣にいた孝之が見るからに丸々と大きく目を見開いて驚いている。
「誠おじさん、コテージの鍵、持っていますか?」
「ああ」とズボンの右ポケットに手を突っ込んだ。
「えっと? あれ? ああ、これだこれだ」
左ポケットからコテージの玄関の鍵を取り出した。
どこにでもある、何の変哲もない鍵。
住宅玄関や勝手口扉、金庫、南京錠等に以前は幅広く使用されていた鍵だが、不正解錠が可能で防犯性は低く空き巣に狙われる危険がある。
古くからあるキャンプ場で夏場にしか使われないから特に貴重品が置いてあるわけでもなく、鍵を最新の物に変える必要もなかったのであろう。
現在の住宅用の鍵は不正ピッキング防止がされ脆弱性の対策はされているが、勿論この四軒のコテージは古い年季の入った鍵のまま。
各コテージに鍵は一つのみ。
スペアキーは管理人小屋に厳重に保管されている。
他のコテージの鍵も似てはいるが微妙に形が違うから誠の持つ鍵では徳永家や木内家、横田家のコテージの玄関は開けられない。
宏保は誠に鍵を借りて徳永家の玄関で実証してみたが、結果は知っての通りであった。
「誠さん」
孝之が再び睨んだ。
「昨晩、信夫君のコテージにいるふりをして明美ちゃん達を殺害するために帰っているんじゃないですか?」
「は?」
「た、孝之さん、それはいくらなんでも!」
浩司と信夫は、誠に詰め寄る孝之を押さえた。
「鍵を持っていて自由にコテージに出入り出来たのは誠さんだけだ。信夫君もずっと起きていたわけではないんだろ?」
「う、あ、そ、そうだけど……」
土砂崩れに巻き込まれ、九死に一生を得たが信夫も誠も大雨の降る森の中を散々歩き回り体力も限界を越えている。そんな状態で一晩一睡もせずに起きているのは不可能であろう。現に体力が一番ある孝之も龍の看病をしていた浩司も疲労でぐっすりと眠ってしまっていたくらいなのだ。
きっとこのキャンプ場で当時起きていたのは、犯人だけだったに違いない。
「待て、ふざけるな!! 俺はやってない! なんで自分の子供を殺さなきゃならないんだ!」
悲鳴に近い怒鳴り声を上げた。
「いいや、あんたしかいない! どう考えてもあんただっ! 警察が来るまで物置小屋に縛り付けておかないと、危険だ!」
「父さん、落ち着いてよ。誠おじさんが犯人って決めつけるのは早計過ぎる」
「だが、決定的じゃないか。コテージは密室だったんだろ? それで一つしかない鍵は誠さんが持っていたんだ!」
「俺じゃない! 違う!」
「父さん! そんなこと云ったら、悟志だって怪しいじゃないか!」
宏保は云った。
「あいつは昨日からいないんだ、何をしているか分からない以上、悟志だってこともあり得る!」
「お前――自分の弟を疑うのか!?」
孝之は宏保の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「その言葉、誠おじさんにも当て嵌まるんじゃないの?」
「――……」
冷静な宏保に孝之は舌打ちをして乱暴に掴んでいた手を離した。
「とにかく――我々だけではこうして争うだけなんです。どうにかして協力して警察を呼ばないと――もしかしたら我々ではなく外部の人間の可能性だって充分にあるんですから」
「え?」
浩司の発言に誰しもが胸のざわつきを覚えた。
「浩司君、何を云っているんだ?」
孝之は声を震わせた。
「コテージは密室かもしれませんが、このキャンプ場は別に孤島って訳ではないんですから」
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