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番外編
あけおめっ!? 健司の災難
しおりを挟む早朝、上総は右京を伴って壮介達と待ち合わせの神社まで来た。
初詣客が大勢いる中、上総は二人と無事に会えるか心配だったのだが、その必要は無いのだと目の前のざわつく人混みを見て溜め息を吐いた。
『さっすが、壮介と健ちゃんね。若いお姉さん方が色めき立ってるわ』
色めき立つ、そのうちの一人が隣で騒いでいる。
羽織袴を着こなす壮介と、ニット帽を被りモコモコ着込んでいる健司は、モデルのように見目が良い。
壮介は年齢より上に見えるが、健司はまだ高校生位に見える。
それはお姉さん方が騒ぎますよ、と上総はこれから二人と一緒に行動するのかと思うと気が滅入った。
『あけおめ~おっはよ~ことよろ~!』
健司は早朝にも関わらずいつも通りテンションは高い。朝が弱そうに見えたが、そうでもないようだ。
反対に壮介が不機嫌である。
『上総君おはよう。待たせたかな?』
『おはようございます。いえ、僕も今来たばかりです。えっと……明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします!!』
『おめでとう。宜しくな、今年もこいつが迷惑を掛けると思うが』
『壮介、なんで?』
『お前は私に新年早々迷惑掛けたじゃないか』
『え?』
健司は首を傾げている。
それが不機嫌の原因か、と上総は理解したが本人はそれすらも分からないらしい。
壮介は、もういい、とさっさと参拝の列に並んでしまった。
『……なんだよ……』
健司はポケットに両手を突っ込み、壮介の背に呟く。
『健ちゃん、本当に覚えが無いの?』
『無い』
考えることを放棄したようだ。
『取り合えず並びましょう、壮介さんとはぐれちゃいますよ』
上総は慌てて健司の服を引っ張り列に並ぶが、壮介との間に他の人が並んでしまって、見事に離されてしまった。
『恭仁京、終わったら温かい物でも食べに行こうな』
『あら、私には?』
右京は桃色の振り袖で可愛らしく着飾っているが、健司よりも背が高いせいか、他から見ても大女で圧倒される。その右京が健司にしなだれ掛かった。
『俺は恭仁京に云ってます!』
と、周りに憚らず上総に抱き着く。
『はいはい、それじゃ行きましょう。だから少し離れてください!』
『やだ! 俺は子供体温を欲している!』
甘える健司を無理矢理引き剥がし、上総は前と後ろに並ぶ人達に軽く謝った。
健司の手綱を握れる壮介は、まるで他人のように素知らぬ顔をしている。
これは面倒事を押し付けられた、と上総は壮介に目で訴えたが、こちらを向く様子もない。
『先生、参拝が終わるまでお口にチャックをしましょう!』
『え? なんで?』
上総は頭の中で叫んだ。
『さ、騒ぐと周りの方にご迷惑ですから!』
こんな健司と暮らしている壮介の凄さを改めて実感した。
『……分かった』
素直に云うことを聞く健司は、それはそれで不気味だが、彼も一応社会人でしかも教師という立場だ。TPO を弁えている、筈。
そもそも教師なのに教師っぽくないのが上総は好きなのだが、ここで云えばきっとこの神社には二度と来れない大惨事が起きそうなので、上総も同じく口チャックをした。
健司が大人しくなると、それはそれで目立つ。
目鼻立ちが整ったイケメンがいるのだ。
そわそわしているお姉さん方が増える。
参拝終了直後は逆ナンされるであろう。
本人は自覚がないから、見てくるお姉さん方に魔性の微笑み返しをしてノックアウトさせているが、後で困るのは先生だよ、と上総は元日何度目かの溜め息を溢した。
それから数十分後、参拝を終えた四人は御神籤を引いたり甘酒を飲んだり、御守りを買ったり。
『それにしても四人共に吉って』
『凶より良いじゃん』
『仲良くて何よりだ』
大人しい健司を訝しみ、小声で壮介は上総に訊いた。
『騒いだら迷惑だって云ったんです』
『上総君に云われたら、そうするしかないな』
『何でです? てっきり先生のことだから元気に参拝なさるのかと思ったんです』
『健司には良い薬になったんだよ。アイツは本当に五月蝿いからな。生徒に迷惑だって云われて落ち込まない教師がいると思うかい?』
『お、落ち込んでるんですか!?』
『だから、良い薬だ』
と、二人は健司を見ると、健司の周りにお姉さん方が集まってしまっている。
『ねぇ、これから時間ある?』
『あたし達とお茶をしましょうよ!』
『どこの高校?』
『え? え?』
『名前なんて云うの?』
『袴の子がいたよね? お兄さんとか? 呼んで一緒に遊ぼうよ』
『あ、困ってる? 可愛いっ!』
『やだぁ! 髪の毛柔らかぁい』
『!!』
お姉さん方は容赦なく健司を玩具にし始めた。
凄い、唖然としている上総の横で二人の男が盛大に舌打ちをしている。
『何よ、あの厚化粧共。健ちゃんには似合わないわ! 馴れ馴れしく触るんじゃないわよ!!』
『私を子供扱いするとは、随分な御婦人方だ。許せんな』
『二人共怖っ!』
身震いする上総をその場に残し、二人の男は健司の救出に向かった。
壮介は幼馴染みを引っ張り寄せ、右京は御婦人方に睨みを効かせて恐怖で石化に成功し、その場を離れる。
『健! どうしてすぐに拒否をしないんだ!』
壮介は説教を始めた。
『あううう~……』
上総に叱られ落ち込んでいる所にお姉さん方の攻撃、更には幼馴染みの説教。健司は滅入ってしまった。
『帰る……』
最終的にはヨロヨロと一人歩いて行ってしまった。
『仕方ない奴だな。あれくらいの説教で』
『壮介さん、いいんですか?』
『意気消沈の健ちゃんを一人にしたら危険よ。お姉さんにお持ち帰りされちゃうわ』
『それは困る』
半泣きの健司は格好の餌食であろう。壮介は面倒臭そうに幼馴染みを連れ戻した。
『健ちゃん泣かないの』
『泣いてないよ』
『恭仁京の者は泣き虫だらけで、どうしようもないな』
『それ、完全に僕も入ってますよね?』
『そのつもりで云った』
今日の壮介はいつもと違う。
『壮介、まだ怒っているのか?』
『どうしてそう思うんだ?』
『……俺、何したか本当に分からないんだ』
壮介は諦めたように溜め息を溢した。
『お前、私が選んだ着物を拒んだだろが』
『え? だって堅苦しいじゃん』
『先生!』
『はぁ? もしかしてそんなんで怒ったの?』
悪びれる様子もない健司に、壮介の背後で真っ赤になった不動明王が見えるのは上総の気のせい、ではないだろう。
『そ、そんなんだと? 健司よ……お前がクリスマスプレゼントと受章祝いでくれた万年筆が嬉しかったから、お礼に着物を贈ったのに、お前という奴は……』
『……ご、ごめん、なんか、本当、ごめん……』
怒りは収まらない。
『生地の質から全てを吟味して、お前に合う最高の着物を誂えたんだぞ』
うわぁぁ、右京が云った。
『上ちゃん、ここは去った方が正解よ』
『えっ!』
右京は上総の腕を引っ張る。
『壮介、謝る! 謝るが……重いっ!』
健司は壮介の重過ぎるプレゼントに我慢ならず、正直に発言してしまった。
その後、怒りが頂点に達した壮介は健司を引っ張って帰ると正月中、ずっと着物を着せて生活をさせていたそうな。
グダグダ文句を云いながらも、健司が茨木と綾乃のお手製お節を食べて機嫌が良くなったのは云うまでも無い。
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