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第弍章
五、悪鬼産まれる
しおりを挟む右京も交えての夕食を終え、健司は早めに部屋に戻って行った。
『張り切り過ぎたからな』
今朝退院したばかりなのだ。
『先生、大丈夫ですか?』
オロオロと廊下で右往左往して心配する上総に笑いかけ、壮介はリビングに戻るよう促した。
『食後のデザートはいかがかな?』
『いやぁん、壮介イケメン!』
すっかり右京は客人である。
『お前はイケメンしか云えないのか?』
壮介も右京の対応に馴れたものだ。
『あら、嫌だ。私の中で使い分けているのよ? 壮介は冬のイケメンで健ちゃんは春のイケメン』
『何それ? 何で季節?』
『ふふふ、訊きたいの? 上ちゃん』
妖艶な笑みを浮かべる右京は、まさに恋多き女そのもの。
『上総君、聞かない方が良い』
耳を塞いでやる。
『ひっどーい!』
と、右京は動きを止めた。
『どうしたの?』
尖った耳がピクピク動く。
『外、変なのがいる。妖怪かしら?』
ほう、と壮介がそっとカーテンを捲り外を伺う。
『いるな』
『え? 妖怪? 全然気配感じないんだけど?』
戸惑う子供は、厳しい表情の右京と壮介を見た。
『上ちゃん、違うのよ、これは妖怪じゃないわ』
『初めて感じる気配だな。随分と悪意に満ちているが……』
『今から結界を張るにも、向こうにこちらが気付いたことがばれるわね。標的がどこにあるのか分からない以上、無闇に動くのは危険だわ』
壮介は頷く。
『ここは知らんぷりするか』
居心地の悪さを感じる上総に、落ち着いた様子で壮介は健司の元へ行くよう指示を出す。
『何でですか?』
『結界が張ってあるんだ。この辺りでは一番安全な場所だよ』
案内してノックをすると中から返事が聞こえ、ドアが開いた。
『健、悪いんだが暫く上総君とこの部屋に居てくれ』
『え? あ、分かった』
服装は変わっていないが、横になっていたのか髪の毛が乱れている。
『上総君は不本意だろうが、悪いが大人しくしていてくれ』
『そ、壮介さん! 壮介さんは陰陽師でも術者でもないんです! 危険ですよ?』
『もし、アレが上総君目当てだとしたら、それこそ君が危険だ。幸い、まだ向こうは気付いていない。安全を確保するためにここに居てもらいたいんだ』
『……』
『恭仁京、云うことを聞こう。俺も心配だ』
『……分かりました』
項垂れた上総は大人しく健司の部屋に入った。
『先生、先生はこの部屋に結界が張ってあることをご存知なんですか?』
『ああ、知ってるよ』
笑っている。
『昔っから壮介はお節介な奴なんだ。世話好きって云うか』
ベットの端に座ると、横に座るよう布団を叩いた。
『俺霊感とか丸っきり無いくせに、寄せ付けちゃうらしくて。自覚全く無いんだけど、壮介が何かと助けてくれる』
そうか、と納得した。
壮介が健司を守っている。
『何でか、昔からそういう奴なんだよ。ありがたいよな』
健司が云い終わった辺りで、上総でも分かる程の憎悪が外から流れて来て身体を震わせた。
『これは……』
知っている。
『恭仁京?』
『せ、先生、僕、やっぱりここで護ってもらったままじゃいけないです』
『?』
『この気配、知っています。先日会った……』
あの依頼人の男。
『どうして……いや、違う、諦めていなっかったんだ』
知らずに左京に護衛されていた男は、無事に家に辿り着いた。その後、後ろに憑いていた亡霊達は左京の圧に押され散り散りになって危機は回避したと思われていたのだが。
どうやら、想像を越えた最悪の状況になってしまったようだ。
駆け出した上総はドアを一気に開けて右京達のいるリビングに走る。途中まで健司の気配もしたが、無くなった所を見ると部屋に引き返したのもしれない。
廊下がやけに長い。
長い。
走っても走っても辿り着かない。
何故。
その間、背後の男の悪意しかない気配が強くなっていく。
『上総君!』
『!?』
目の前が白く輝き、誰かに腕を掴まれた。
『上ちゃん! しっかり!』
『え?』
気付くと上総は壮介の腕の中であった。
廊下の途中で倒れていたらしい。
『何故外に出たんだ!』
怒りに満ちた壮介の顔。
そして、上総から視線を外し廊下の先を睨んだ。
『恭仁京……』
低い声。
廊下は男の気配で充満している。
『あ……そんな……』
『上総君、私がきちんと云わなかったから悪いんだが……』
壮介の視線の先には健司が立っていた。
『アイツは取り憑かれ易いせいで、家族を失っているんだ。だから……』
『先生……』
いや、健司ではない。
取り憑かれてしまっている、あの男に。
虚ろな瞳は上総しか見ていない。
『ああああああああ!!』
夏場なのに口から白い息が漏れる。
『殺すぅ……恭仁京ォォ……!』
『っ!』
『何があったか知らないが、ウチの健司に取り憑くとは良い度胸だ』
『壮介さん、僕の責任なんです!』
何とかしなければならない、自分の責任なら尚更。
立ち上がって印を結ぶ。
『あああ……!!』
整っている筈の健司の顔は酷く歪み、身体のそこら中から瘴気を噴出させている。これでは生身の健司の身体がもたない。
『殺す殺す殺すぅ……!!』
上総に手を延ばし、ゆっくりと足を動かした。
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