聖母のように笑う

結崎悠菜@w@

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母であるから

ふたり家族

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 「そんなにうちがいやなら他所の家の子になっちゃいなさい!」

 何度目かのそれに、男のプライドが辛抱ならんと家を飛び出した。
お母さんはいっつもそうだ。
別にお母さんや家が嫌いなわけじゃないのに。
『うちはうち』がよくわからないから聞いてるだけなのに。

 他所の家か~、真っ先に思いつくのがカオルの家。
保育園時代からの友達で、これが幼馴染おさななじみと言うのだろう。
泊まりにもよく行ってるし、勝手がわかる。
しばらく暮らすにはうってつけの家だ。
 でも、本当に他所に行ってしまったらお母さんは迎えにきてくれるだろうか。

 今までは言われる度に「うちはうちね」と言い返し、理解してるフリをして凌いできた。
今回、同じようにできなかったのにはちゃんと理由がある。
まずはじめに、だ。うちには『お父さん』がいない。
これは唯一理解できる『うちはうち』理論である。
いないんだからお母さんが働いて、夜遅くなることもある。
今となっては周りにも片方しか親がいない子がけっこういるもんだ、とあまり気にしなくなったが、小さ過ぎて家に仏壇があることすら気づかなかった頃は何度も訊ねてお母さんを困らせた。
その時に言われたのも『うちはうち』だった。
仏壇に飾られた見知らぬ男に、見たことのない儚げな顔を向けていたのを見た時にようやくそれうちはうちを理解した。
そして同時に、俺がお母さんを護らなきゃ、と思った。

 お母さんはいつでも強い。
口調も強いしゲンコツも強い。
部屋は散らかってるけど、ご飯だけはいつも手作りしてくれる。
作りおきを一人であっためる事もあるが、それでも手作りは手作りで、お母さんの強い母の意志いしだか意地いじだかを感じる。
強いお母さんが好きだが、疲れてご飯を食べながらうたた寝してしまうアホな(隙のある?)ところも嫌いじゃない。
むしろ好き。だから、お母さんのために出来ることをしたい。

 それなのに、お母さんは最近隠し事をする。
どう見たって化粧にかける時間が変わったし、今まで見せなかったニヤケ顔をたまに隠しきれずにだすくせに、隠す。
ここに、今回の理由がある。
堪らず「好きな人がいるんでしょ?」と聞いたら、顔を真っ赤にして違うの、と叫びだし、終いにはいつもの口論のテンプレートを辿って他所の家の子にーうんちゃら、だ。
 「私たちはふたり家族だよ!」なんて、聞きたい答えじゃない。
ただ相手を見極めて、悪いやつなら倒す!それをしたいだけなのに。

 「あっ」
 気づいたらよく遊ぶ公園の内、遠いめのところにたどり着いていた。
貝殻公園かいがらこうえんと呼ばれるそこは、貝殻を模した遊具というかオブジェ?が沢山ある。
いつも来る時には人がいるのに、今日は見当たらなかった。
入口にデカデカと立つ時計は縦一直線に黒い線が引かれていた。
 せっかくお母さんが早く帰って来れたのに...。
なんか寂しくなって、一番大きな貝、巻き貝の中に入った。
何箇所からすべれる滑り台になってるが一番上はたいらで、貝殻だから屋根もある。
光が入りづらく、暗くなってきたそこに膝を山にして身を収める。

 何も見なくて済むのちょっと落ち着く。
お母さんの幸せそうなニヤケ顔を見るのは、少し辛かった。
相手が悪いやつなら倒してやる、そう思っても、いいやつだったらと考えると涙が滲む。
男は泣いちゃいけない。頼れる男にならなきゃ。
そう思うのに、どうしようもなく不安になる。
 「あれ?」
硬い屋根に何かが当たる音が聞こえ始め、すぐにザザーと強い雨の音になった。
雨は嫌いだ。
馬鹿な(ぬけてる?)お母さんは傘を持っていき忘れて風邪を引きかけることが多い。
次の日にはけろりとして仕事に行くが、それにしてもお母さんを痛めつけている事実に変わりはない。
 「お母さん...」
ちゃんと家にいるだろうか、探しに外に出て雨に濡れてないだろうか。
心配になって、会いたくなった。
いや、ただ一緒にいたいから会いたくなった。
本当は探しに来て欲しい。
雨の中だろうと、早く帰ってきた日にご飯を食べる七時までには迎えに来て欲しい。

 迎えに、きてくれるだろうか。
ふと不安が広がっていく。
お母さんは俺のことが好きだ。
でも、好きな相手の方が好きだったら...?
いらない子になってしまうかもしれない。
いらない子は迎えに来てもらえないだろう。
どうしようもなく悲しくなって、辛くなって。
 「お母さん、お母さん、お母さん!」
気付けば何度もお母さんを呼んでいた。

 「はい、なーに?」
褒める時みたいに優しい声。
雨の音の間から、お母さんの声がした。
 「あんたはもう、こんなところまできちゃって」
一つの滑り台の出口から顔が覗く。
べっちゃべちゃな髪と服を見る限り案の定、傘はないようだ。
大人にしては小さい体だが、俺より大きい体が、滑り台を登ってくる。
 「私も雨宿りさせて」
端に身を動かして狭いがスペースを開けると、お母さんはへへと笑った。
 「ごめんね、逃げて」
家から逃げたのはこっちのはずだったのに、お母さんが謝った。
ちょっとスカっとして、ちょっと申し訳なくなった。
 「お母さんのしあわせに、俺はひつよう?」
さっき悩んでいた流れで、言ってしまった。
返事を怖がる前に、体が水浸しになった。
 「そこまで言わせてごめん、ごめん」
さっきまで笑っていたはずなのに、涙を流しながら濡れた服を押し付けるかのように抱きついていた。
違う、泣かせたいわけじゃない。
違う。
 「お母さんにね、しあわせになってもらいたい。だから、おしえて」
 つられて泣きながら声を絞り出すと、抱きしめる腕が強くなった。
つめたいけど、あったかい。
 「私ね、お母さんね、好きな人ができたの。でもね、あんたの方が、ずっとずっと好きで、大事なんだよ」
 今まで一緒に過ごしてきた記憶が蘇る。
大人に言わせたら少ない量だろうけど、お母さんがそばにいるだけでそれは全部素敵な思い出だった。
そうだ、知ってたのになんで不安になってしまったんだろう。
お母さんは俺を一番に考えてくれている。
だからこそ隠し事をしたのに、わがままいっていじめてしまった。
でも、わがままを止められる気がしない。
お母さんの背中に手をまわして、ぎゅっとする。
 「わかってるよ、わかってるから...悪いやつだったらたおすから、やっつけるから、だいじょうぶだからこんど、会わせて」
 お母さんがわかった、わかったと声を震わせながらより強く抱きしめてくる。
少し苦しいけど嬉しくて、お母さんの背中をとんとんとリズムよく叩く。
保育園の頃、お母さんによくやってもらったこと。
今はお母さんが子供みたいだ、とわがままを言ったことを棚に上げて考える。
アホなところも馬鹿なところも子供なところも全部好きだ。
全部、お母さんさんだ。


 雨が止んでから家に帰り、久しぶり一緒にお風呂に入った。
二人とも濡れているんだから仕方が無い。
まぁ、お母さんが悪い。
風邪をひかないようにとそうしたのに、お母さんは風邪をひいた。
珍しく、次の日もダウンしたままだった。
休みの連絡を入れる様子に、少しウキウキした。
学校は普通にお休みで、いつもならカオルの家に遊びに行くところだったが、予定を変更して看病をすることにした。

 どうしようもないお母さんだ。
俺はへへっと笑って看病をはじめた。

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