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ノアズアーク始動編
14 万能薬エリクサーを入手せよⅢ
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side ノア=オーガスト
湊が合流し、すぐにオレたちは山頂へと向かった。ちなみに湊はオレたちが食事の片付けやラドンへの対策会議をしている間に、肉団子スープを食べ終えた。
山頂への道のりはかなり険しく、中腹よりもさらに温度が下がったように感じる。オレたち神仙族は問題ないけど、この辺りから段々息がしづらくなってくるようだ。現にカズハやエルは、ぜぇぜぇと少し息苦しそうな呼吸音を出している。
山頂はもっと空気が薄いはず……これは不本意なことだけど、二人を置いていくことも考慮した方がいいのかもしれないな。
オレ、シン、秀、湊は歩くペースを変えることなく、どんどん山を登っていく。だけど現在、カズハとエルは少し遅れた位置にいる。オレは三人を先に行かせ、二人を待った。
「カズハ、エル、大丈夫か?」
「……ぜぇ……ぜぇ……だ、大丈夫、大丈夫。こんぐらい……何ともない、よー」
「……ぜぇ、ぜぇ……ぜぇ……わ、私も大丈夫……です」
どう見ても見栄を張っている二人。
「辛かったら一旦休んでもいいんだぞ?」
オレは二人の状態を見かねて、この提案をしたのだが……
「それはダメ。一刻も早くあのリンゴを取らないといけないんだから……立ち止まってる暇なんかないよ」
「私のお母さんのためにここまで来たんです。……私が行かなくては意味がありません」
どうやらオレは二人の覚悟を甘く見ていたらしい。
「……オッケー。目的地はあともう少しだ。みんなでたどり着くぞ」
先行した三人が山頂に到着して十数分後、オレたち三人も無事にたどり着くことができた。もう少しかかると思っていたけど、二人がオレの歩くスピードに追いつこうと頑張ってくれたおかげで、そこまで遅れることはなかった。
膝に手をつき、乱れた呼吸を整えようとするカズハとエル。
戻ったら二人には豪華ご馳走をプレゼントしよう。
「状況はどう?」
「ちょうど今はラドンがいねぇな。おそらく飯を漁りにでも行ってんだろ」
現在は朝日がちょうど顔を出し頃だ。ゴツゴツした岩肌を乗り越える山登りは、思ったよりも時間がかかったらしい。真っ暗だった空が、いつのまにか明るくなり始めているのだから。
なるほど。朝になって食料を取りに行ったってことか……。
たしかにこれは、チャンスといえばチャンスなんだろうけど……氣で繋がってるって話だからな。取ったらすぐにバレて襲われるだろうな。
「これは安易な考えかもしれないが、囮を使うのはどうだ?」
湊は腕を組みながら、この状況を打破する策を捻り出した。
「囮、か。具体的には?」
「例えば、俺たち四人の中から誰か一人がリンゴを複数個もって逃げる。その隙に別のやつがリンゴを一つ持っていく。もちろんそのどちらにも誰かしら護衛はつく」
ふむふむ。まあ神仙族のオレたちなら、本気出せばたとえ龍種であろうと問題ないだろうから、囮としては最も適任。そこは問題ないけど……
「だけどラドンが複数のリンゴを持っている人物ではなく、たった一個のリンゴを持っている人物を襲う可能性もなくはないよなー。高位の魔物の場合、本能的に相手が強いか弱いか判断できるらしいってカズハが言ってたからなー。ラドンは下位の龍種らしいけど、その可能性は捨てきれない……。いっそのことオレたち四人全員が各々リンゴをもって走れば……んー、それもどうなんだ?」
……頭が痛くなってきた。どうするのが最善策なのか全くわからん。
シンの力でまたカズハとエルを別空間に収納するか?そうすれば二人に危険が及ぶことはない。
……けどそれじゃ、二人は絶対納得しないよな。
うーん……。
「それがいいと思うよー」
オレたちがどうするべきか悩んでいると、息を整えたカズハが会話に入ってきた。
「ただし、四人じゃなくて六人全員で、だけどねー」
「俺たちは問題ないだろうがカズハとエルはどうやって身を守る?」
「私とエルが二人で動くよ。私には守りに関しては最強の氣術があるからねー。万が一ラドンがこっちにきても絶対にエルは守り切る」
湊のご尤もな指摘にカズハは平然と答えた。そんなカズハは、いつも以上に真剣な様子で話しているように見えた。確かにカズハの『絶対防御』を使えば、ラドンからの攻撃を防ぐことは容易いはずだ。
これならいけるかもしれない……!
「そうだな。それなら何とかなるんじゃねぇか」
「だな……!よし!じゃあ五チームに分かれてーーー」
「なあ、兄さん」
「ん?どした?シン」
「五つも分けなくていいんじゃないか?ツーマンセルの三チームで十分だろ」
……なるほど。二人なら何かあった時お互いを助けられるし、より安全にリンゴを持って帰れる、か……。
「そうだな。じゃあ、オレとシンのチーム、秀と湊のチーム、カズハとエルのチームで行くか」
こうして、当初のラドン拘束作戦とは別の作戦を急遽立てたオレたちは、黄金のリンゴが実る木へと近づいていった。
「よし。じゃあみんな作戦通りな。行くぞ!」
オレの合図で一斉にリンゴをもぎ取り、三チームそれぞれが三方向に分かれて走り出した。ちなみにリンゴは一人一つずつ取った。理由としては、リンゴがなっている数がちょうど六つだったのと、取得数が多ければ多いほどエリクサーを作ることのできる本数が増えて、エルのお母さんのように苦しむ人々を一人でも多く救えるのではないかと考えたからだ。
オレたちは誰がどう見ても完全なるリンゴ泥棒ではあるが、人命には代えられない。ラドンには悪いが、このリンゴはありがたくもらっていこう。
「……あっぶね」
木から木へ飛び移りながら移動するオレたち。オレの飛び移り先の枝が元々折れ目が入っていたらしく危うく落ちそうになったが、瞬時に氣で足下に板のようなものをつくり、落下を防いだ。
「兄さん、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。それより、ラドンのやつはこっちには来てないみたいだな」
「ああ。さっき魔物の雄叫びが聞こえたから、俺たちがリンゴを奪ったことには気づいているはずだ。そして俺たちのところに来ないということは、秀と湊もしくはカズハとエルの方にいった可能性が高いな」
「だな……。あともう少しで集合予定地点だけど……大丈夫かな、みんな」
side 九条湊
「ラドンは……こっちに来ていないな、これは」
「ああ。天に俺らの頭上を飛んでもらっているが、どうやらラドンは東方面に行ったらしい」
「東……カズハたちの方か」
俺たちは来た道を戻る感じで走っていた。その西側にノアとシン、その東側にカズハとエルが走っていったはずだ。
……加勢に行くべきか?
俺はスピードを緩め、やがて足を止めた。それを見た秀も俺より少し前でブレーキをかけた。
「紫苑。二人の位置はわかるな」
「無論だ」
「助けに行くのか……?」
「ああ。万が一にも二人が死ぬようなことがあれば、ノアが悲しむだろう」
「そうだなぁ。せっかく仲間になったんだ。死なれたら目覚めが悪りぃよな」
秀はそう言うと、左手を上げた。俺はその手目掛けて持っていたリンゴを投げた。秀は全く手を動かすことなくそれをキャッチした。
「……ナイスコントロール。流石だな」
「行ってくる」
「ああ。二人を頼んだぜ」
俺は進行方向を変えるとすぐに走り出し、一瞬にしてその場から立ち去った。
side カズハ
リンゴを奪ってから数分。魔物の咆哮がしてすぐに、そいつは私たちのすぐ後ろにピタリと張り付いてきた。あれがラドン。初めて見るけど、かなり大きい。Aランク指定の魔物と同レベルと見ていいね、これは。見た感じはレックスに巨大な翼が生えた印象を受けるねー。
「カズハ!あれが……」
「うん。ラドンに間違いなさそうだねー。しかも、かなーりお怒りみたい」
『グギャー!!!』
再び耳を劈く雄叫びが、今度は間近で発せられ、私たちは思わず立ち止まり、耳を塞いだ。
「うっ……うるさすぎだよー、全く!」
「……っ……耳が壊れるかと思いました」
私は手を離し、すぐに集合地点へ向かって走り出す。するとラドンは口を大きく開いた。
「……攻撃くるよ、エル!」
「はい!」
ラドンの口の中は真っ赤に燃え上がった炎でいっぱいになり、私たちへ向けてその凄まじい炎を解き放った。
『ドゴーン!!』
大きな爆発音が辺りに響き渡った。土煙が立ち込め、視界が悪くなる。地面には大穴が空き、木々は吹き飛んだ。ラドンの攻撃は直撃してはいないはずのところまで影響を与え、近くの木々は炎があちこちに燃え移り辺りを火の海へと変えていた。
「大丈夫?エル……!」
「は、はい。……なんとか……」
私の『絶対防御』でエルの周りに、厚めのシールドを長方形状にしたもので固めていた。さらに念入れということでエルの支援氣術で防御力と身体能力を向上させていたため、あの強力な攻撃がほぼ直撃したにも関わらず、私たちの身体は何ともなかった。
ラドンの攻撃によってつくられた大穴付近に飛ばされた私たちは、すぐに立ち上がり、また走り出した。スザンヌさんの話によれば、ラドンはあの『黄金のリンゴ』が生えた山頂からはあまり遠くまで行けないらしく、山を降りることさえできれば、ラドンはもうそれ以上追ってくることはないそうだ。つまり、先に山を降り切ることができれば私たちの勝ちということになる。
「はぁはぁ……あとどのくらいで……集合地点へ……着くでしょうか」
息を切らしながら私に問いかけるエル。
「そうだね……。あと……二、三十分ってとこかなー」
エルの身体能力向上の支援氣術のおかげで、いつも以上に速く走っているから、一般人がこの山を駆け降りるより速く着くけど……私の氣がそこまでもつかどうかが勝負の分かれ目になる、かな。
私の『絶対防御』は、その強力な効果ゆえに、代償もそれなりに大きい。これを使っている間は、私の氣がごりごり減っていくんだよねー……。
幸い私は氣の保有量はAだから、すぐに底をつくわけじゃないけど、私だけでなく他の人にも使うとなると、必然的にその分の氣の消費量が追加される。
「ただ……あいつがずっと私たちの邪魔をしてくるならもっとかかるだろうから……大きく見積もって一時間、かな」
そう、一時間……正直言ってそんなに長く『絶対防御』は持たない。
『グギャー!!!』
「「…っく……」」
またもやラドンの憤怒の叫びが鳴り響く。私とエルは立ち止まって素早く耳を塞ぎ、その衝撃に耐える。
そしてラドンは、今度はその鋭く尖った大きな五本の爪で私たちを切り裂こうとした。が、私の無敵のシールドに阻まれ、ラドンの攻撃はあっさりと弾かれた。
ラドンは自身の攻撃で私たちが血飛沫を上げて倒れると思っていたのか、平然とその場に立つ私たちを見つめ、今まで聞いた中で一番の怒鳴り声を上げた。
『グギャー!!!!!!!!!』
「……うっ…あ、頭が…….」
「…い、痛い…です……」
耳を塞いでも耐えられないほどの音の衝撃が私たちの体に襲いかかる。……味わったことのないほどに辛い頭痛が、私たちの身体を蝕んでいく。
咆哮が鳴り止み、目を開けると、ラドンの姿が目に見えるほどに変貌していた。一つだった頭は二つに増え、金色に光っていた目と身体中の鱗は、不気味なほどに赤黒く変色していた。
「カ、カズハ……あれは一体……?」
「……ヤバいね、あれは。今までの比じゃない攻撃が飛んでくることは明明白白……」
私が状況を把握しようとした時、邪悪な姿に成り変わったラドンは、赤黒く燃え盛る炎を自身の口から漏れ出すほどに溜め込んだ。
「まずい……エル、走るよ!!」
私はエルの手をしっかりと握りしめて走り出す。私のシールドが破られることはないとは思うけど、あの攻撃は下手をすればSランク指定の魔物の攻撃と同等、あるいはそれ以上の威力があるかもしれない。私はSランクの魔物とは一度しか戦ったことはないけど、おそらくあいつよりもこの状態のラドンの方が断然強い。下位の龍種とはいっても、結局龍は龍ってことなんだろうね。
ラドンがその巨大な赤黒い炎の球を、私たち目掛けて放った。
……なんとしても、直撃は避けたい!
私はエルの手を引いて必死に走る。しかし、エルは石につまずき転んでしまった。
「……っエル!」
私はすぐにエルに駆け寄る。だが、もう炎の球はすぐそこまで迫っていた。とてもじゃないが、これは直撃は避けられない。
……殺られる!
そうも思い、私はエルに覆いかぶさるようにエルを上から抱き込んだ。
……エルだけは、何としてでも守る!
「……よく耐えた。『水刃』……!」
聞き覚えのある声が頭上から響く。すると、私たちに迫っていたはずの炎の球は空中で爆発し、その爆風だけが私たちを襲った。飛ばされないよう地面に引っ付いていると、しばらくしてあの強風が止んだ。恐る恐る周りを見渡すと、辺り一帯にあったはずの木々が全て薙ぎ倒されていた。中には根っこからもぎ取れてしまったものもある。
「無事で何よりだ。……さあ、早く行くぞ」
両の手を私たちに差し伸べる湊。私たちはそれぞれの手を取り、立ち上がる。
「うん!」
「はい!」
side 九条湊
「またあの咆哮か……」
リンゴを奪い走り始めてから、三回目の怒号。二回目の時はその直後に巨大な爆発音も鳴り響いた。
……どうやらこの判断は、間違っていなかったようだな。
「ミナト。ラドンの氣が変化した」
「変化?」
「ああ。なにやらドス黒くなったな。……本気を出した、ということだろう」
紫苑はその特殊な眼で氣を正確に見定めることができる。ノアも似たような眼を持っているが、それよりもより精度が高い。紫苑がそう言うのなら間違いないのだろう。
「なるほど……どうやら、また紫苑の力を借りることになりそうだ」
「ふふっ。望むところだ」
俺は足に少し多く氣を流し、さらにスピードを上げた。氣の操作性が高いものなら、体に流す氣の量を細かく調節することが可能だ。これができる者はそれだけでかなりの強者と言えるだろう。
「……見えたな」
葉が生い茂る木々の隙間から赤黒い鱗をその身に纏う魔物の姿を捉える。口には何やら赤黒い炎を蓄えているようだ。
「やるぞ、紫苑」
「了解した」
side エル
湊さんが助けに来てくれたおかげで、私たちは先ほどより楽に走ることができています。なぜなら、湊さんがあの恐ろしいラドンの攻撃を全て防いでくれているからです。ラドンはリンゴを持っている私たちを狙いたいようですが、湊さんがうまく邪魔をしてくれて、ラドンは容易に私たちに近づくことができなくなっています。
……湊さんは本当にお強いです。
ラドンとの距離がかなり離れたようで、後ろをチラと振り返ってみると、ラドンは豆粒のように小さくなって見えました。
「……湊、ヤバすぎでしょ。あいつを一人で抑え込むなんて……」
私と並走するカズハは、私と同様の思いを口にしました。
「……はい。とっても頼もしいです」
先ほどまでの緊張感が嘘であったかのように、私とカズハは少し余裕のある声音で話をしながら走り続けました。
途中、あの爆風が再び発生したようで、後方から爆音が鳴り響き、私たちがいる所まで風が吹き渡りました。ただ、私たちはもうすでにかなり離れた場所を走っていたので、ほとんど影響がありませんでした。ですが、湊さんの安否が気になり、私たちは立ち止まり後ろを振り返りました。土煙が巻き起こりすぐには湊さんの姿を捉えることはできませんでしたが、十数秒後にそのお姿を視界に捉えることに成功し、私とカズハはホッと息をつきました。
そうこうしているうちに、私たちは山を無事降りることに成功し、リンゴが自身の行動可能範囲から消えたことがわかったのであろうラドンは、湊さんへの攻撃を止めて、山頂へと飛び去っていきました。
私たちはエリクサーを作成する上で必要になる材料のうち、最も入手困難な黄金のリンゴを無事持ち帰ることに成功したのです。
……これでやっとお母さんを治せるんだ……!
湊が合流し、すぐにオレたちは山頂へと向かった。ちなみに湊はオレたちが食事の片付けやラドンへの対策会議をしている間に、肉団子スープを食べ終えた。
山頂への道のりはかなり険しく、中腹よりもさらに温度が下がったように感じる。オレたち神仙族は問題ないけど、この辺りから段々息がしづらくなってくるようだ。現にカズハやエルは、ぜぇぜぇと少し息苦しそうな呼吸音を出している。
山頂はもっと空気が薄いはず……これは不本意なことだけど、二人を置いていくことも考慮した方がいいのかもしれないな。
オレ、シン、秀、湊は歩くペースを変えることなく、どんどん山を登っていく。だけど現在、カズハとエルは少し遅れた位置にいる。オレは三人を先に行かせ、二人を待った。
「カズハ、エル、大丈夫か?」
「……ぜぇ……ぜぇ……だ、大丈夫、大丈夫。こんぐらい……何ともない、よー」
「……ぜぇ、ぜぇ……ぜぇ……わ、私も大丈夫……です」
どう見ても見栄を張っている二人。
「辛かったら一旦休んでもいいんだぞ?」
オレは二人の状態を見かねて、この提案をしたのだが……
「それはダメ。一刻も早くあのリンゴを取らないといけないんだから……立ち止まってる暇なんかないよ」
「私のお母さんのためにここまで来たんです。……私が行かなくては意味がありません」
どうやらオレは二人の覚悟を甘く見ていたらしい。
「……オッケー。目的地はあともう少しだ。みんなでたどり着くぞ」
先行した三人が山頂に到着して十数分後、オレたち三人も無事にたどり着くことができた。もう少しかかると思っていたけど、二人がオレの歩くスピードに追いつこうと頑張ってくれたおかげで、そこまで遅れることはなかった。
膝に手をつき、乱れた呼吸を整えようとするカズハとエル。
戻ったら二人には豪華ご馳走をプレゼントしよう。
「状況はどう?」
「ちょうど今はラドンがいねぇな。おそらく飯を漁りにでも行ってんだろ」
現在は朝日がちょうど顔を出し頃だ。ゴツゴツした岩肌を乗り越える山登りは、思ったよりも時間がかかったらしい。真っ暗だった空が、いつのまにか明るくなり始めているのだから。
なるほど。朝になって食料を取りに行ったってことか……。
たしかにこれは、チャンスといえばチャンスなんだろうけど……氣で繋がってるって話だからな。取ったらすぐにバレて襲われるだろうな。
「これは安易な考えかもしれないが、囮を使うのはどうだ?」
湊は腕を組みながら、この状況を打破する策を捻り出した。
「囮、か。具体的には?」
「例えば、俺たち四人の中から誰か一人がリンゴを複数個もって逃げる。その隙に別のやつがリンゴを一つ持っていく。もちろんそのどちらにも誰かしら護衛はつく」
ふむふむ。まあ神仙族のオレたちなら、本気出せばたとえ龍種であろうと問題ないだろうから、囮としては最も適任。そこは問題ないけど……
「だけどラドンが複数のリンゴを持っている人物ではなく、たった一個のリンゴを持っている人物を襲う可能性もなくはないよなー。高位の魔物の場合、本能的に相手が強いか弱いか判断できるらしいってカズハが言ってたからなー。ラドンは下位の龍種らしいけど、その可能性は捨てきれない……。いっそのことオレたち四人全員が各々リンゴをもって走れば……んー、それもどうなんだ?」
……頭が痛くなってきた。どうするのが最善策なのか全くわからん。
シンの力でまたカズハとエルを別空間に収納するか?そうすれば二人に危険が及ぶことはない。
……けどそれじゃ、二人は絶対納得しないよな。
うーん……。
「それがいいと思うよー」
オレたちがどうするべきか悩んでいると、息を整えたカズハが会話に入ってきた。
「ただし、四人じゃなくて六人全員で、だけどねー」
「俺たちは問題ないだろうがカズハとエルはどうやって身を守る?」
「私とエルが二人で動くよ。私には守りに関しては最強の氣術があるからねー。万が一ラドンがこっちにきても絶対にエルは守り切る」
湊のご尤もな指摘にカズハは平然と答えた。そんなカズハは、いつも以上に真剣な様子で話しているように見えた。確かにカズハの『絶対防御』を使えば、ラドンからの攻撃を防ぐことは容易いはずだ。
これならいけるかもしれない……!
「そうだな。それなら何とかなるんじゃねぇか」
「だな……!よし!じゃあ五チームに分かれてーーー」
「なあ、兄さん」
「ん?どした?シン」
「五つも分けなくていいんじゃないか?ツーマンセルの三チームで十分だろ」
……なるほど。二人なら何かあった時お互いを助けられるし、より安全にリンゴを持って帰れる、か……。
「そうだな。じゃあ、オレとシンのチーム、秀と湊のチーム、カズハとエルのチームで行くか」
こうして、当初のラドン拘束作戦とは別の作戦を急遽立てたオレたちは、黄金のリンゴが実る木へと近づいていった。
「よし。じゃあみんな作戦通りな。行くぞ!」
オレの合図で一斉にリンゴをもぎ取り、三チームそれぞれが三方向に分かれて走り出した。ちなみにリンゴは一人一つずつ取った。理由としては、リンゴがなっている数がちょうど六つだったのと、取得数が多ければ多いほどエリクサーを作ることのできる本数が増えて、エルのお母さんのように苦しむ人々を一人でも多く救えるのではないかと考えたからだ。
オレたちは誰がどう見ても完全なるリンゴ泥棒ではあるが、人命には代えられない。ラドンには悪いが、このリンゴはありがたくもらっていこう。
「……あっぶね」
木から木へ飛び移りながら移動するオレたち。オレの飛び移り先の枝が元々折れ目が入っていたらしく危うく落ちそうになったが、瞬時に氣で足下に板のようなものをつくり、落下を防いだ。
「兄さん、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。それより、ラドンのやつはこっちには来てないみたいだな」
「ああ。さっき魔物の雄叫びが聞こえたから、俺たちがリンゴを奪ったことには気づいているはずだ。そして俺たちのところに来ないということは、秀と湊もしくはカズハとエルの方にいった可能性が高いな」
「だな……。あともう少しで集合予定地点だけど……大丈夫かな、みんな」
side 九条湊
「ラドンは……こっちに来ていないな、これは」
「ああ。天に俺らの頭上を飛んでもらっているが、どうやらラドンは東方面に行ったらしい」
「東……カズハたちの方か」
俺たちは来た道を戻る感じで走っていた。その西側にノアとシン、その東側にカズハとエルが走っていったはずだ。
……加勢に行くべきか?
俺はスピードを緩め、やがて足を止めた。それを見た秀も俺より少し前でブレーキをかけた。
「紫苑。二人の位置はわかるな」
「無論だ」
「助けに行くのか……?」
「ああ。万が一にも二人が死ぬようなことがあれば、ノアが悲しむだろう」
「そうだなぁ。せっかく仲間になったんだ。死なれたら目覚めが悪りぃよな」
秀はそう言うと、左手を上げた。俺はその手目掛けて持っていたリンゴを投げた。秀は全く手を動かすことなくそれをキャッチした。
「……ナイスコントロール。流石だな」
「行ってくる」
「ああ。二人を頼んだぜ」
俺は進行方向を変えるとすぐに走り出し、一瞬にしてその場から立ち去った。
side カズハ
リンゴを奪ってから数分。魔物の咆哮がしてすぐに、そいつは私たちのすぐ後ろにピタリと張り付いてきた。あれがラドン。初めて見るけど、かなり大きい。Aランク指定の魔物と同レベルと見ていいね、これは。見た感じはレックスに巨大な翼が生えた印象を受けるねー。
「カズハ!あれが……」
「うん。ラドンに間違いなさそうだねー。しかも、かなーりお怒りみたい」
『グギャー!!!』
再び耳を劈く雄叫びが、今度は間近で発せられ、私たちは思わず立ち止まり、耳を塞いだ。
「うっ……うるさすぎだよー、全く!」
「……っ……耳が壊れるかと思いました」
私は手を離し、すぐに集合地点へ向かって走り出す。するとラドンは口を大きく開いた。
「……攻撃くるよ、エル!」
「はい!」
ラドンの口の中は真っ赤に燃え上がった炎でいっぱいになり、私たちへ向けてその凄まじい炎を解き放った。
『ドゴーン!!』
大きな爆発音が辺りに響き渡った。土煙が立ち込め、視界が悪くなる。地面には大穴が空き、木々は吹き飛んだ。ラドンの攻撃は直撃してはいないはずのところまで影響を与え、近くの木々は炎があちこちに燃え移り辺りを火の海へと変えていた。
「大丈夫?エル……!」
「は、はい。……なんとか……」
私の『絶対防御』でエルの周りに、厚めのシールドを長方形状にしたもので固めていた。さらに念入れということでエルの支援氣術で防御力と身体能力を向上させていたため、あの強力な攻撃がほぼ直撃したにも関わらず、私たちの身体は何ともなかった。
ラドンの攻撃によってつくられた大穴付近に飛ばされた私たちは、すぐに立ち上がり、また走り出した。スザンヌさんの話によれば、ラドンはあの『黄金のリンゴ』が生えた山頂からはあまり遠くまで行けないらしく、山を降りることさえできれば、ラドンはもうそれ以上追ってくることはないそうだ。つまり、先に山を降り切ることができれば私たちの勝ちということになる。
「はぁはぁ……あとどのくらいで……集合地点へ……着くでしょうか」
息を切らしながら私に問いかけるエル。
「そうだね……。あと……二、三十分ってとこかなー」
エルの身体能力向上の支援氣術のおかげで、いつも以上に速く走っているから、一般人がこの山を駆け降りるより速く着くけど……私の氣がそこまでもつかどうかが勝負の分かれ目になる、かな。
私の『絶対防御』は、その強力な効果ゆえに、代償もそれなりに大きい。これを使っている間は、私の氣がごりごり減っていくんだよねー……。
幸い私は氣の保有量はAだから、すぐに底をつくわけじゃないけど、私だけでなく他の人にも使うとなると、必然的にその分の氣の消費量が追加される。
「ただ……あいつがずっと私たちの邪魔をしてくるならもっとかかるだろうから……大きく見積もって一時間、かな」
そう、一時間……正直言ってそんなに長く『絶対防御』は持たない。
『グギャー!!!』
「「…っく……」」
またもやラドンの憤怒の叫びが鳴り響く。私とエルは立ち止まって素早く耳を塞ぎ、その衝撃に耐える。
そしてラドンは、今度はその鋭く尖った大きな五本の爪で私たちを切り裂こうとした。が、私の無敵のシールドに阻まれ、ラドンの攻撃はあっさりと弾かれた。
ラドンは自身の攻撃で私たちが血飛沫を上げて倒れると思っていたのか、平然とその場に立つ私たちを見つめ、今まで聞いた中で一番の怒鳴り声を上げた。
『グギャー!!!!!!!!!』
「……うっ…あ、頭が…….」
「…い、痛い…です……」
耳を塞いでも耐えられないほどの音の衝撃が私たちの体に襲いかかる。……味わったことのないほどに辛い頭痛が、私たちの身体を蝕んでいく。
咆哮が鳴り止み、目を開けると、ラドンの姿が目に見えるほどに変貌していた。一つだった頭は二つに増え、金色に光っていた目と身体中の鱗は、不気味なほどに赤黒く変色していた。
「カ、カズハ……あれは一体……?」
「……ヤバいね、あれは。今までの比じゃない攻撃が飛んでくることは明明白白……」
私が状況を把握しようとした時、邪悪な姿に成り変わったラドンは、赤黒く燃え盛る炎を自身の口から漏れ出すほどに溜め込んだ。
「まずい……エル、走るよ!!」
私はエルの手をしっかりと握りしめて走り出す。私のシールドが破られることはないとは思うけど、あの攻撃は下手をすればSランク指定の魔物の攻撃と同等、あるいはそれ以上の威力があるかもしれない。私はSランクの魔物とは一度しか戦ったことはないけど、おそらくあいつよりもこの状態のラドンの方が断然強い。下位の龍種とはいっても、結局龍は龍ってことなんだろうね。
ラドンがその巨大な赤黒い炎の球を、私たち目掛けて放った。
……なんとしても、直撃は避けたい!
私はエルの手を引いて必死に走る。しかし、エルは石につまずき転んでしまった。
「……っエル!」
私はすぐにエルに駆け寄る。だが、もう炎の球はすぐそこまで迫っていた。とてもじゃないが、これは直撃は避けられない。
……殺られる!
そうも思い、私はエルに覆いかぶさるようにエルを上から抱き込んだ。
……エルだけは、何としてでも守る!
「……よく耐えた。『水刃』……!」
聞き覚えのある声が頭上から響く。すると、私たちに迫っていたはずの炎の球は空中で爆発し、その爆風だけが私たちを襲った。飛ばされないよう地面に引っ付いていると、しばらくしてあの強風が止んだ。恐る恐る周りを見渡すと、辺り一帯にあったはずの木々が全て薙ぎ倒されていた。中には根っこからもぎ取れてしまったものもある。
「無事で何よりだ。……さあ、早く行くぞ」
両の手を私たちに差し伸べる湊。私たちはそれぞれの手を取り、立ち上がる。
「うん!」
「はい!」
side 九条湊
「またあの咆哮か……」
リンゴを奪い走り始めてから、三回目の怒号。二回目の時はその直後に巨大な爆発音も鳴り響いた。
……どうやらこの判断は、間違っていなかったようだな。
「ミナト。ラドンの氣が変化した」
「変化?」
「ああ。なにやらドス黒くなったな。……本気を出した、ということだろう」
紫苑はその特殊な眼で氣を正確に見定めることができる。ノアも似たような眼を持っているが、それよりもより精度が高い。紫苑がそう言うのなら間違いないのだろう。
「なるほど……どうやら、また紫苑の力を借りることになりそうだ」
「ふふっ。望むところだ」
俺は足に少し多く氣を流し、さらにスピードを上げた。氣の操作性が高いものなら、体に流す氣の量を細かく調節することが可能だ。これができる者はそれだけでかなりの強者と言えるだろう。
「……見えたな」
葉が生い茂る木々の隙間から赤黒い鱗をその身に纏う魔物の姿を捉える。口には何やら赤黒い炎を蓄えているようだ。
「やるぞ、紫苑」
「了解した」
side エル
湊さんが助けに来てくれたおかげで、私たちは先ほどより楽に走ることができています。なぜなら、湊さんがあの恐ろしいラドンの攻撃を全て防いでくれているからです。ラドンはリンゴを持っている私たちを狙いたいようですが、湊さんがうまく邪魔をしてくれて、ラドンは容易に私たちに近づくことができなくなっています。
……湊さんは本当にお強いです。
ラドンとの距離がかなり離れたようで、後ろをチラと振り返ってみると、ラドンは豆粒のように小さくなって見えました。
「……湊、ヤバすぎでしょ。あいつを一人で抑え込むなんて……」
私と並走するカズハは、私と同様の思いを口にしました。
「……はい。とっても頼もしいです」
先ほどまでの緊張感が嘘であったかのように、私とカズハは少し余裕のある声音で話をしながら走り続けました。
途中、あの爆風が再び発生したようで、後方から爆音が鳴り響き、私たちがいる所まで風が吹き渡りました。ただ、私たちはもうすでにかなり離れた場所を走っていたので、ほとんど影響がありませんでした。ですが、湊さんの安否が気になり、私たちは立ち止まり後ろを振り返りました。土煙が巻き起こりすぐには湊さんの姿を捉えることはできませんでしたが、十数秒後にそのお姿を視界に捉えることに成功し、私とカズハはホッと息をつきました。
そうこうしているうちに、私たちは山を無事降りることに成功し、リンゴが自身の行動可能範囲から消えたことがわかったのであろうラドンは、湊さんへの攻撃を止めて、山頂へと飛び去っていきました。
私たちはエリクサーを作成する上で必要になる材料のうち、最も入手困難な黄金のリンゴを無事持ち帰ることに成功したのです。
……これでやっとお母さんを治せるんだ……!
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