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ノアズアーク始動編
9 Bランクパーティ『デーモンズ』
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side ノア=オーガスト
カズハが仲間入りしてから数日が経った。ノアズアークは結成して早々に新規メンバーを一人獲得したのだ。みんなもカズハと冒険できることは何気に嬉しいらしい。シンははっきり口に出したりはしないけど、双子のオレにはなんとなくシンもカズハに対して好印象を持っていることはわかる。
ていうか、三日前ぐらいに受けたグランガチ討伐依頼は、何の危険もなくクリアすることができたわけだけど、シンたちが倒したグランガチの数を聞いた時はちょっと引いた。だってカズハとオレで六体だぞ?それだけでも十分な脅威だろうに、シンも六体、秀と湊は五体ずつ倒したんだと。
……大量発生にも限度があると思わないか?総計したら二十体越えって、Bランクの魔物がそんなに一気に発生したらそこ一帯の生態系が一瞬で崩壊するだろ。B3指定にあたる十体以上の条件を軽々突破してたなんて、対応したのがAランクパーティだとしてもかなりきつい依頼だったんじゃないか?
そう考えるとよくあの河川に住んでた生き物とか、その周りの森にいたであろう動物とかに被害がそんなになかったなー。それに水上交通関連で利用してた人やらその積荷やらもよく無事だったもんだ。
もし報酬が釣り上がるまで待ってたら、想像以上の被害を受けた可能性が高かっただろう。オレたちが受けて正解だったっぽい。三十万エルツもゲットして、グランドベゼルの民たちに襲いかかりかけた危機を未然に防げたんだ。これぞ、一石二鳥ってやつだなー。
ちなみにオレは今、シンとともに武器屋へ寄って壊れた剣の代わりを調達した後、EDEN本部に来ていた。秀は何か用事があるとかでどこかへ行ってしまった。湊はカズハと手合わせをしている。二人とも刀で戦うし、何よりカズハが湊の刀捌きに感動して昨日からニ人で打ち合っているのだ。というわけで今はシンと二人っきりということになる。
そういえばまだ依頼って受けたことなかったな。その辺の魔物の相手ばっかだったし。……ちょっと見てみるか。
オレとシンは依頼が掲載されているボードへと向かう。ボードのあちこちに貼られた依頼書をさらっと見てみるものの、どれがいいのか検討がつかなかった。
……カズハが戻ってみたら聞いてみるか。
「シン、とりあえず宿にーーー」
「おい!そこ邪魔だ。どけや!!」
後ろからいきなり肩を掴まれたかと思うと、思いっきり横に飛ばされた。といっても数歩しか動いてないけど。
オレを飛ばしたやつは、スキンヘッドの、大柄で大剣を背負った男だった。露出した腕には黒いタトゥーが刻まれている。
「へぇー。結構力いれたんだけどなぁー。……オメェ、俺様に楯突こうってのか、ああん?」
オレの方へ向き直った大男は予想より吹っ飛ばなかったオレが気に食わなかったのか、不機嫌そうに、というか怒り剥き出しでオレの服の襟を掴もうとしてきた。
「おい。お前、俺の兄さんに何してんだ?」
大男はシンの呼び止めにその動きを停止させた。
これはかなりキレてる時の声だ。この大男、終わったな、うん。ご愁傷様。オレの制止は間に合わん!
「ああ?んだテメェはよ!」
振り返り様のまあまあ速い拳がシンを襲う。が、シンは楽々交わし大男の土手っ腹に一発左のボディアッパーを食らわせた。明らかにシンよりも図体のでかいその男は、数メートル後方にあるEDEN本部の出入り口である扉まで吹っ飛んだ。
この騒動に周りの冒険者たちも一様に動きを止めて、何が起きたかの状況確認をしているみたいだ。「おい、あれザナックじゃないか?」とか「うそだろ。あのザナックがガキにやられてるぞ」といったような声が聞こえてくる。どうやらあの大男の名前はザナックというらしい。
「ガハッ。……て、テメェ!」
なんとか立ち上がった大男は、青筋を立ててシンに殴りかかろうとする。
「君たち!何をしてる!」
オレたちの後ろから聞き覚えのある声がした。ザナックは振り上げた腕を止め、ゆっくりとおろした。
「アリアが慌てて呼びにくるから何かと思えば……またお前か、ザナック」
やっぱり仲裁に来てくれたのはEDEN副ギルド長のミクリヤさんだった。見かけるのは冒険者登録の日以来だな。
「はっ。誰かと思えば副ギルド長様じゃねぇか。んで?俺様になんか用かよ」
たった今自分が引き起こした騒動を咎めに来たことはここにいる誰もが分かりきっているというのに、この大男、ザナックは悪びれる素振りが全くなく平然としている。
「冒険者としてお前はもう少し自重した態度をとってくれるか?お前の言動は冒険者全体のイメージダウンにつながるんだ」
「へぇへぇ、わかってますよ、副ギルド長様。俺様はいつでも謙虚に過ごしてるんですけどねー。それが伝わらないとは……とーっても残念でならない」
大仰に残念そうな表情をするザナック。なんなんだこいつ。
「はぁ……。前に言ったこと覚えてるよな?次問題行動を起こしたらギルドカードを一定期間没収するって」
「ああ?そんなこと言ってたか?すまねぇな、俺様はどうでもいいことはすぐ忘れる質でよ」
「そんな言い訳が通用するとーーー」
「あっれー?ザナック様、何してんすか?今日は依頼をこなすんですよね?」
いつのまにかザナックの背後には五人の男女がゾロゾロと並んでいた。
「ズネーラか。……ッチ。あのガキどものせいでその気が失せた。今日は魔物狩りだ。行くぞお前ら」
ザナックを筆頭に計六人の男女がこの場から立ち去った。ただひとり、ピンクの髪をした小柄な少女だけは一度こちらを振り返ってペコっとお辞儀をしてからザナックらについて行った。
騒動を起こした張本人が消えたことで、少しの沈黙の後、他の冒険者たちは各々が先ほどまでしていたことを再開した。
「はぁ……。何度注意してもあの男は言うことを聞かないな」
ミクリヤさんは深いため息をついた。
「あの、ミクリヤさん。さっきの男は一体……」
「ああ、ノア君にシン君。久しぶりだな。あいつはザナックっていうBランク冒険者だ。Bランクパーティ『デーモンズ』のリーダーでもある」
デーモンズ、ね。たぶんさっきのメンツがそうなんだろうな。
「あいつは冒険者としての実力はなかなかなんだが、どうも性格がな……」
「そうなんです。ザナックさんはBランク冒険者ランキングでは四位につけていますから」
Bランク冒険者ランキング?
アリアさんから飛び出した言葉にオレは疑問を持った。
「え。冒険者にランキングとかあるのか?」
「あ、いえいえ、これは私が勝手につけてるランキングなんです。つまり非公式なものなんですよ」
「だがまあ、このランキングが結構信頼されててな。冒険者界隈では結構大事にされてるみたいだな」
「あはは。趣味で始めただけなんですけどね」
「……で、話を戻すと、さっき見た通りザナックは性格がとことんよろしくない。自分が気に食わないやつはすぐボコるし、他の冒険者を脅して金をむしり取るわでもう手がつけられない。……おそらくノア君たちがちょっかいをかけられたのは、自分の進路上に君たちがいたからだろう」
えー。それはあまりにも理不尽すぎる。ていうか、いきなり肩掴んできてちょっとビックリしたわ。
「は?そんなチンケな理由で兄さんに手を出したのか?」
まだ怒りがおさまらない様子のシン。明らかにいつもと纏う雰囲気が異なる。
「シン。オレはなんともないから。その殺気は抑えろよ」
「……わかった」
「ミクリヤさん。さっき他の冒険者から金をむしりとるって言ってたけど、それも頻繁にやってる感じなの?」
「そうだな。月に何回もそれに関する報告が入るほどには、な」
そこまでのクズ人間なら冒険者を辞めさせればいいんじゃ……。
「じゃあなんであいつをEDENから追放しないんだ?」
「その疑問が来るのは当然だな。……実は、EDENは何事にも『自由』を重視してるんだ。誰でも自由に冒険者になれるし、好きに楽しめる。良くも悪くもこの理念があるから、EDEN運営側としてはあまり手が出しづらいんだよ」
そういえばギルド長のグレンさんもオレたちがDランクスタートでいいって言った時、軽く了承してくれてたな。グレンさん的にはAランクでもいいと思うとか言ってたのに。冒険者本人の意思を尊重してくれてるんだろうな。
「だけど、流石にもうこれ以上は見過ごすわけにはいかないからな。ザナックは自由を逸脱しすぎてしまっているんだ。……それ相応の処罰は受けてもらうつもりだ」
「あのー、ミクリヤさん。その場合Bランクパーティ『デーモンズ』はどうしますか?彼らもザナックほどとまではいきませんが、あまり素行は良くないですよ」
「ああ。アリアの言う通り、ザナック以外のデーモンズの奴らにも何かしらの制裁は加えるべきだろうな。ただまあ、あいつらはザナックの取り巻きのようなものだから、ザナックさえいなくなれば大人しくなるとは思うんだがな」
確かにデーモンズの面々は、見た目からなんか悪そうな感じ出てたもんな。ちょっと失礼かもだけど。
……あれ?そういえば一人だけ、あのピンクの髪の小柄な少女は嫌な感じはしなかったなー……。
「ミクリヤさん。オレの気のせいかもだけど、デーモンズが去る直前にこっちに一礼した少女はなんか、他のデーモンズの奴らとは違っていたって普通な感じだったんだけど……」
「ああ、エルのことか。彼女は……なんというか不憫な子でな。言ってしまえばザナックに騙されてパーティの一員になってしまったんだ。その報告を受けてギルド職員がザナックに問い質しに行ったんだが……まあ結果は言うまでもないか」
きっとボコボコにされたんだろうな。俺様になんか文句あんのかーって感じで。
「でまあ、副ギルド長である僕が赴くことになったんだけど、そんなのはデタラメだ、そんなに言うなら証拠を出せって感じのこと言われてな。結局何の対処もできずにこの件は保留となった。……副ギルド長として不甲斐ないったらないよ」
暗い表情を見せるミクリヤさん。
……EDENの運営側は色々大変なんだな。
「……でもなんでエルって子はザナックのパーティに入ることになったんだ?どう見てもデーモンズってエル以外はみんな柄悪そうなやつらばかりで、エルとはかなり毛色が違うように見えるんだけど……」
「それはきっと、エルが『特殊氣術』を使えることがわかって、利用価値があると思ったからだろうな」
特殊氣術……オレの『コキュートス』やシンの『インフェルノ』みたいな氣術のことだな。
「特殊氣術は誰でも扱える氣術ではないからな。エルはその中でも支援系の特殊氣術を使えるんだ。ザナックはその特異な才能を自分の支配下におきたかったんだろう。……これは人伝の話だが、エルの冒険者登録の際に、たまたまザナックがその場にいてエルが特殊氣術を持っていることを知り、声をかけたらしい。そしてエルはデーモンズに即決で入ったみたいだ。詳しいことはわからないが、何か事情があるらしいな」
事情、か。騙されたとはいえ見た目からしてあからさまに悪辣そうなデーモンズに普通は入らないよな。よっぽどの理由がない限りは。
「なるほど……大体の話はわかったよ。ありがとな、ミクリヤさん、アリアさん」
デーモンズ。どうやらちょっと厄介な連中らしい。一応、気に留めておこう。
side 八神秀
宿の前でノア、シンと別れてから俺は行きつけのレストランであるシャムロックに来ていた。俺がここにきたのは食事をするためなんかじゃねぇ。あの二人組を問い詰めるためにここに来た。
「いらっしゃいませー。……あれ?秀さんじゃないっすか。今日はお一人で来店なんすね。ではこちらの席にーーー」
「ソル。悪りぃけど、あの席に案内してくれねぇか」
俺が指を指した先には、例の二人組が向かい合って食事を楽しんでいた。
「え?あそこですか?でもなんでーーー」
「いいから。ちょっと野暮用があるんだよ」
無意識ではあったが少し圧をかけて言うとソルは肩をビクッとさせた。
「わ、わかりましたっす。ではご案内するすっね」
ソルに案内され、お目当てのニ人のテーブルに到着した。
「おい。俺のこと覚えてるよな?イオリさん?食事中のとこ悪りぃんだけど、ちょっと話がしてぇんだわ」
「……その様子から察するに、何かよほど重要な話があるようだね」
イオリは別段驚く様子もなく俺に返答した。
「……わかった。ミオはそのまま食べてて」
「ん」
イオリは自分の妹を残して席を立つ。
「では行こうか秀殿」
俺とイオリはシャムロックを出て近くの路地裏へと入った。
「……それで話って?」
室外機付近の壁にもたれかかりながらイオリは俺に問いかける。
「単刀直入に聞くぞ……イオリさん、あんた俺らを監視してるだろ?」
「……」
イオリは無言で通してきたが、俺の言ったことに間違いはねぇはずだ。なぜだか知らんがこの男とその妹は初めて会った日以降、毎日のように俺らを見張っている。つっても四六時中その気配を感じるってわけじゃねぇが、時々うっすらとそいつらの気配を感じる。
ノアは色々なものに夢中になってるから気づいてねぇかもしれないが、シンや湊は俺と同様に気づいていたはずだ。今朝ノア、シンと別れたときに、シンは俺がこの後何をするのか勘づいている感じだったしな。ノアは……わかんねぇけど。
「……ふぅ。ここではぐらかすのは得策ではないようだね」
『…………』
俺たちがいるこの路地裏だけ、なぜか世界から切り離されたような静けさが漂っていた。そしてその沈黙を先に破ったのはイオリだった。
「……そうだ。僕たちは、秀殿たちの動向を監視している」
てっきり適当にはぐらかされると思っていたが、どうやらそれは無駄だと悟ったらしい。そしてやはりこの男たちは俺たちを見張っていたようだな。
「何のためにだ?」
「……この国のため、かな」
国だと?随分大きく出たな。仮にその話に嘘偽りがねぇってんなら、こいつはこの国のかなり地位の高いお偉方の雇われ者ってことか?
「国、ねぇ……たかが四人ぽっちでこの国に喧嘩を売るような真似はしねぇと思うがな。……そんなに俺の陰陽術は衝撃的だったのか?」
「そうだね。この国の秘術に指定されているから……。といっても陰陽術という名称を知るものはほんのひと握りの権力者だけだし、その詳細や使い方は未だに不明なんだけど……。だから、その正体不明の秘術を扱う秀殿は、率直に言って得体が知れない人物なんだよ」
得体が知れないから、もしかしたらこの国に害なす可能性を拭えない。だから監視して本当にこの国にとって無害な者たちなのかを調べたいってことか。
「なるほどなぁ……まあこっちとしては監視を受ける謂れはないからな。ちょっと気になったんだよ。俺らに……ノアやシンに害をなす輩ならとっとと排除するに越したことはねぇんだが、ノアがあんたらを気に入ってるからな。だから直接あんた……イオリさんに理由を聞きたかったんだよ」
「……そっか」
「ま、理由はわかったからな。俺たちを監視したいってんなら別にかまわねぇぜ。ていうか、気配消さねぇで普通に接してくれて構わねぇよ。その方がノアも喜ぶしなぁ」
イオリは何故か目を見開いてこちらに顔を向けていた。
「ん?なんだ?」
「え、いや……君たちの監視にオッケーが出るとは思わなくて。しかも監視対象本人から……」
「あ?どうせお前、俺がやめろって言っても続けんだろ?それに、こっちに危害を加えねぇってんならなんの問題もねぇだろ」
「……ふ……はははっ」
俺の発言の何が面白かったのか、イオリは急に笑い出した。
「ははっ……あー、こんなこと初めてだよ、監視対象に捕まったのも、その監視対象から監視許可が降りるのも」
そしてイオリは、自身の右手を爽やかな笑顔をしながら差し出してきた。
「改めて、僕はイオリだ。桜木イオリ。まだ判断するには早いかもだけど、どうやら君たちは僕たちの敵ではなさそうだ」
桜木?……どっかで聞いた名前だな。
「そうかよ。……まあ仮にイオリさんが俺たちと戦うってんなら容赦はしねぇがな」
俺はイオリの手を取り握手を交わした。
「ああ。そうならないように願ってるよ」
なんとなく思ってはいたが、こいつ結構面白いかもな。ちょっと気に入った。
「んじゃ、用はこれだけだから。食事の邪魔して悪かったなぁ」
俺はこの場を立ち去ろうとしたが、イオリに引き止められた。
「あ、待ってくれ。一つ秀殿に言いたいことがあるんだ」
俺は振り返り、イオリを視界に捉える。
「なんだ?」
「僕のことはイオリって呼んでほしい。秀殿より年下だと思うし、何よりさん付けされるのは好きじゃないんだ」
なんだ、そんなことかよ。
「了解だ、イオリ。俺のことも呼び捨てで構わねぇぞ」
「そうかい?じゃあそうさせてもらうよ、秀」
「ああ……また会おうぜ」
俺はイオリに背を向けつつ、右手を上げてイオリへの軽い別れの挨拶をした。そして路地裏から出てすぐの大通りへと歩を進めた。
side 桜木イオリ
「まさか監視を見破られるとはな……。僕が初仕事でミスを犯した時以来じゃないか?」
秀が去ってから僕は一人路地裏で考えに耽っていた。
「この国一気配を消すのが上手いと自負していたんだけどなぁ。あっさりとバレるなんて……。もう感服の至りだよ」
監視対象との接触はなるべく避けたいところだけど、見透かされているのならその必要はない、か。…それに嬉しいことを秀が言ってたな。ノアが僕らのことを気に入ってるって。少ししか関わり合ってないっていうのに……ノアは素直でとてもいい子なんだろうな。
「できることなら、彼らとは友好な関係を結びたいものだね」
「……何一人でブツブツ言ってるの?お兄ちゃん」
声のした方に顔を向けると、そこには妹のミオが立っていた。
「ミオか。……どうやら僕たちは任務に失敗したらしい」
「……なんの話?」
「といってもそこまで支障はないから問題ないんだけど、少しやり方を変えようと思う。みんなに集まるように伝えてくれるかい?」
「……わかった」
みんなに作戦変更の指示をしたら、あの方にもご報告をしないとな。
カズハが仲間入りしてから数日が経った。ノアズアークは結成して早々に新規メンバーを一人獲得したのだ。みんなもカズハと冒険できることは何気に嬉しいらしい。シンははっきり口に出したりはしないけど、双子のオレにはなんとなくシンもカズハに対して好印象を持っていることはわかる。
ていうか、三日前ぐらいに受けたグランガチ討伐依頼は、何の危険もなくクリアすることができたわけだけど、シンたちが倒したグランガチの数を聞いた時はちょっと引いた。だってカズハとオレで六体だぞ?それだけでも十分な脅威だろうに、シンも六体、秀と湊は五体ずつ倒したんだと。
……大量発生にも限度があると思わないか?総計したら二十体越えって、Bランクの魔物がそんなに一気に発生したらそこ一帯の生態系が一瞬で崩壊するだろ。B3指定にあたる十体以上の条件を軽々突破してたなんて、対応したのがAランクパーティだとしてもかなりきつい依頼だったんじゃないか?
そう考えるとよくあの河川に住んでた生き物とか、その周りの森にいたであろう動物とかに被害がそんなになかったなー。それに水上交通関連で利用してた人やらその積荷やらもよく無事だったもんだ。
もし報酬が釣り上がるまで待ってたら、想像以上の被害を受けた可能性が高かっただろう。オレたちが受けて正解だったっぽい。三十万エルツもゲットして、グランドベゼルの民たちに襲いかかりかけた危機を未然に防げたんだ。これぞ、一石二鳥ってやつだなー。
ちなみにオレは今、シンとともに武器屋へ寄って壊れた剣の代わりを調達した後、EDEN本部に来ていた。秀は何か用事があるとかでどこかへ行ってしまった。湊はカズハと手合わせをしている。二人とも刀で戦うし、何よりカズハが湊の刀捌きに感動して昨日からニ人で打ち合っているのだ。というわけで今はシンと二人っきりということになる。
そういえばまだ依頼って受けたことなかったな。その辺の魔物の相手ばっかだったし。……ちょっと見てみるか。
オレとシンは依頼が掲載されているボードへと向かう。ボードのあちこちに貼られた依頼書をさらっと見てみるものの、どれがいいのか検討がつかなかった。
……カズハが戻ってみたら聞いてみるか。
「シン、とりあえず宿にーーー」
「おい!そこ邪魔だ。どけや!!」
後ろからいきなり肩を掴まれたかと思うと、思いっきり横に飛ばされた。といっても数歩しか動いてないけど。
オレを飛ばしたやつは、スキンヘッドの、大柄で大剣を背負った男だった。露出した腕には黒いタトゥーが刻まれている。
「へぇー。結構力いれたんだけどなぁー。……オメェ、俺様に楯突こうってのか、ああん?」
オレの方へ向き直った大男は予想より吹っ飛ばなかったオレが気に食わなかったのか、不機嫌そうに、というか怒り剥き出しでオレの服の襟を掴もうとしてきた。
「おい。お前、俺の兄さんに何してんだ?」
大男はシンの呼び止めにその動きを停止させた。
これはかなりキレてる時の声だ。この大男、終わったな、うん。ご愁傷様。オレの制止は間に合わん!
「ああ?んだテメェはよ!」
振り返り様のまあまあ速い拳がシンを襲う。が、シンは楽々交わし大男の土手っ腹に一発左のボディアッパーを食らわせた。明らかにシンよりも図体のでかいその男は、数メートル後方にあるEDEN本部の出入り口である扉まで吹っ飛んだ。
この騒動に周りの冒険者たちも一様に動きを止めて、何が起きたかの状況確認をしているみたいだ。「おい、あれザナックじゃないか?」とか「うそだろ。あのザナックがガキにやられてるぞ」といったような声が聞こえてくる。どうやらあの大男の名前はザナックというらしい。
「ガハッ。……て、テメェ!」
なんとか立ち上がった大男は、青筋を立ててシンに殴りかかろうとする。
「君たち!何をしてる!」
オレたちの後ろから聞き覚えのある声がした。ザナックは振り上げた腕を止め、ゆっくりとおろした。
「アリアが慌てて呼びにくるから何かと思えば……またお前か、ザナック」
やっぱり仲裁に来てくれたのはEDEN副ギルド長のミクリヤさんだった。見かけるのは冒険者登録の日以来だな。
「はっ。誰かと思えば副ギルド長様じゃねぇか。んで?俺様になんか用かよ」
たった今自分が引き起こした騒動を咎めに来たことはここにいる誰もが分かりきっているというのに、この大男、ザナックは悪びれる素振りが全くなく平然としている。
「冒険者としてお前はもう少し自重した態度をとってくれるか?お前の言動は冒険者全体のイメージダウンにつながるんだ」
「へぇへぇ、わかってますよ、副ギルド長様。俺様はいつでも謙虚に過ごしてるんですけどねー。それが伝わらないとは……とーっても残念でならない」
大仰に残念そうな表情をするザナック。なんなんだこいつ。
「はぁ……。前に言ったこと覚えてるよな?次問題行動を起こしたらギルドカードを一定期間没収するって」
「ああ?そんなこと言ってたか?すまねぇな、俺様はどうでもいいことはすぐ忘れる質でよ」
「そんな言い訳が通用するとーーー」
「あっれー?ザナック様、何してんすか?今日は依頼をこなすんですよね?」
いつのまにかザナックの背後には五人の男女がゾロゾロと並んでいた。
「ズネーラか。……ッチ。あのガキどものせいでその気が失せた。今日は魔物狩りだ。行くぞお前ら」
ザナックを筆頭に計六人の男女がこの場から立ち去った。ただひとり、ピンクの髪をした小柄な少女だけは一度こちらを振り返ってペコっとお辞儀をしてからザナックらについて行った。
騒動を起こした張本人が消えたことで、少しの沈黙の後、他の冒険者たちは各々が先ほどまでしていたことを再開した。
「はぁ……。何度注意してもあの男は言うことを聞かないな」
ミクリヤさんは深いため息をついた。
「あの、ミクリヤさん。さっきの男は一体……」
「ああ、ノア君にシン君。久しぶりだな。あいつはザナックっていうBランク冒険者だ。Bランクパーティ『デーモンズ』のリーダーでもある」
デーモンズ、ね。たぶんさっきのメンツがそうなんだろうな。
「あいつは冒険者としての実力はなかなかなんだが、どうも性格がな……」
「そうなんです。ザナックさんはBランク冒険者ランキングでは四位につけていますから」
Bランク冒険者ランキング?
アリアさんから飛び出した言葉にオレは疑問を持った。
「え。冒険者にランキングとかあるのか?」
「あ、いえいえ、これは私が勝手につけてるランキングなんです。つまり非公式なものなんですよ」
「だがまあ、このランキングが結構信頼されててな。冒険者界隈では結構大事にされてるみたいだな」
「あはは。趣味で始めただけなんですけどね」
「……で、話を戻すと、さっき見た通りザナックは性格がとことんよろしくない。自分が気に食わないやつはすぐボコるし、他の冒険者を脅して金をむしり取るわでもう手がつけられない。……おそらくノア君たちがちょっかいをかけられたのは、自分の進路上に君たちがいたからだろう」
えー。それはあまりにも理不尽すぎる。ていうか、いきなり肩掴んできてちょっとビックリしたわ。
「は?そんなチンケな理由で兄さんに手を出したのか?」
まだ怒りがおさまらない様子のシン。明らかにいつもと纏う雰囲気が異なる。
「シン。オレはなんともないから。その殺気は抑えろよ」
「……わかった」
「ミクリヤさん。さっき他の冒険者から金をむしりとるって言ってたけど、それも頻繁にやってる感じなの?」
「そうだな。月に何回もそれに関する報告が入るほどには、な」
そこまでのクズ人間なら冒険者を辞めさせればいいんじゃ……。
「じゃあなんであいつをEDENから追放しないんだ?」
「その疑問が来るのは当然だな。……実は、EDENは何事にも『自由』を重視してるんだ。誰でも自由に冒険者になれるし、好きに楽しめる。良くも悪くもこの理念があるから、EDEN運営側としてはあまり手が出しづらいんだよ」
そういえばギルド長のグレンさんもオレたちがDランクスタートでいいって言った時、軽く了承してくれてたな。グレンさん的にはAランクでもいいと思うとか言ってたのに。冒険者本人の意思を尊重してくれてるんだろうな。
「だけど、流石にもうこれ以上は見過ごすわけにはいかないからな。ザナックは自由を逸脱しすぎてしまっているんだ。……それ相応の処罰は受けてもらうつもりだ」
「あのー、ミクリヤさん。その場合Bランクパーティ『デーモンズ』はどうしますか?彼らもザナックほどとまではいきませんが、あまり素行は良くないですよ」
「ああ。アリアの言う通り、ザナック以外のデーモンズの奴らにも何かしらの制裁は加えるべきだろうな。ただまあ、あいつらはザナックの取り巻きのようなものだから、ザナックさえいなくなれば大人しくなるとは思うんだがな」
確かにデーモンズの面々は、見た目からなんか悪そうな感じ出てたもんな。ちょっと失礼かもだけど。
……あれ?そういえば一人だけ、あのピンクの髪の小柄な少女は嫌な感じはしなかったなー……。
「ミクリヤさん。オレの気のせいかもだけど、デーモンズが去る直前にこっちに一礼した少女はなんか、他のデーモンズの奴らとは違っていたって普通な感じだったんだけど……」
「ああ、エルのことか。彼女は……なんというか不憫な子でな。言ってしまえばザナックに騙されてパーティの一員になってしまったんだ。その報告を受けてギルド職員がザナックに問い質しに行ったんだが……まあ結果は言うまでもないか」
きっとボコボコにされたんだろうな。俺様になんか文句あんのかーって感じで。
「でまあ、副ギルド長である僕が赴くことになったんだけど、そんなのはデタラメだ、そんなに言うなら証拠を出せって感じのこと言われてな。結局何の対処もできずにこの件は保留となった。……副ギルド長として不甲斐ないったらないよ」
暗い表情を見せるミクリヤさん。
……EDENの運営側は色々大変なんだな。
「……でもなんでエルって子はザナックのパーティに入ることになったんだ?どう見てもデーモンズってエル以外はみんな柄悪そうなやつらばかりで、エルとはかなり毛色が違うように見えるんだけど……」
「それはきっと、エルが『特殊氣術』を使えることがわかって、利用価値があると思ったからだろうな」
特殊氣術……オレの『コキュートス』やシンの『インフェルノ』みたいな氣術のことだな。
「特殊氣術は誰でも扱える氣術ではないからな。エルはその中でも支援系の特殊氣術を使えるんだ。ザナックはその特異な才能を自分の支配下におきたかったんだろう。……これは人伝の話だが、エルの冒険者登録の際に、たまたまザナックがその場にいてエルが特殊氣術を持っていることを知り、声をかけたらしい。そしてエルはデーモンズに即決で入ったみたいだ。詳しいことはわからないが、何か事情があるらしいな」
事情、か。騙されたとはいえ見た目からしてあからさまに悪辣そうなデーモンズに普通は入らないよな。よっぽどの理由がない限りは。
「なるほど……大体の話はわかったよ。ありがとな、ミクリヤさん、アリアさん」
デーモンズ。どうやらちょっと厄介な連中らしい。一応、気に留めておこう。
side 八神秀
宿の前でノア、シンと別れてから俺は行きつけのレストランであるシャムロックに来ていた。俺がここにきたのは食事をするためなんかじゃねぇ。あの二人組を問い詰めるためにここに来た。
「いらっしゃいませー。……あれ?秀さんじゃないっすか。今日はお一人で来店なんすね。ではこちらの席にーーー」
「ソル。悪りぃけど、あの席に案内してくれねぇか」
俺が指を指した先には、例の二人組が向かい合って食事を楽しんでいた。
「え?あそこですか?でもなんでーーー」
「いいから。ちょっと野暮用があるんだよ」
無意識ではあったが少し圧をかけて言うとソルは肩をビクッとさせた。
「わ、わかりましたっす。ではご案内するすっね」
ソルに案内され、お目当てのニ人のテーブルに到着した。
「おい。俺のこと覚えてるよな?イオリさん?食事中のとこ悪りぃんだけど、ちょっと話がしてぇんだわ」
「……その様子から察するに、何かよほど重要な話があるようだね」
イオリは別段驚く様子もなく俺に返答した。
「……わかった。ミオはそのまま食べてて」
「ん」
イオリは自分の妹を残して席を立つ。
「では行こうか秀殿」
俺とイオリはシャムロックを出て近くの路地裏へと入った。
「……それで話って?」
室外機付近の壁にもたれかかりながらイオリは俺に問いかける。
「単刀直入に聞くぞ……イオリさん、あんた俺らを監視してるだろ?」
「……」
イオリは無言で通してきたが、俺の言ったことに間違いはねぇはずだ。なぜだか知らんがこの男とその妹は初めて会った日以降、毎日のように俺らを見張っている。つっても四六時中その気配を感じるってわけじゃねぇが、時々うっすらとそいつらの気配を感じる。
ノアは色々なものに夢中になってるから気づいてねぇかもしれないが、シンや湊は俺と同様に気づいていたはずだ。今朝ノア、シンと別れたときに、シンは俺がこの後何をするのか勘づいている感じだったしな。ノアは……わかんねぇけど。
「……ふぅ。ここではぐらかすのは得策ではないようだね」
『…………』
俺たちがいるこの路地裏だけ、なぜか世界から切り離されたような静けさが漂っていた。そしてその沈黙を先に破ったのはイオリだった。
「……そうだ。僕たちは、秀殿たちの動向を監視している」
てっきり適当にはぐらかされると思っていたが、どうやらそれは無駄だと悟ったらしい。そしてやはりこの男たちは俺たちを見張っていたようだな。
「何のためにだ?」
「……この国のため、かな」
国だと?随分大きく出たな。仮にその話に嘘偽りがねぇってんなら、こいつはこの国のかなり地位の高いお偉方の雇われ者ってことか?
「国、ねぇ……たかが四人ぽっちでこの国に喧嘩を売るような真似はしねぇと思うがな。……そんなに俺の陰陽術は衝撃的だったのか?」
「そうだね。この国の秘術に指定されているから……。といっても陰陽術という名称を知るものはほんのひと握りの権力者だけだし、その詳細や使い方は未だに不明なんだけど……。だから、その正体不明の秘術を扱う秀殿は、率直に言って得体が知れない人物なんだよ」
得体が知れないから、もしかしたらこの国に害なす可能性を拭えない。だから監視して本当にこの国にとって無害な者たちなのかを調べたいってことか。
「なるほどなぁ……まあこっちとしては監視を受ける謂れはないからな。ちょっと気になったんだよ。俺らに……ノアやシンに害をなす輩ならとっとと排除するに越したことはねぇんだが、ノアがあんたらを気に入ってるからな。だから直接あんた……イオリさんに理由を聞きたかったんだよ」
「……そっか」
「ま、理由はわかったからな。俺たちを監視したいってんなら別にかまわねぇぜ。ていうか、気配消さねぇで普通に接してくれて構わねぇよ。その方がノアも喜ぶしなぁ」
イオリは何故か目を見開いてこちらに顔を向けていた。
「ん?なんだ?」
「え、いや……君たちの監視にオッケーが出るとは思わなくて。しかも監視対象本人から……」
「あ?どうせお前、俺がやめろって言っても続けんだろ?それに、こっちに危害を加えねぇってんならなんの問題もねぇだろ」
「……ふ……はははっ」
俺の発言の何が面白かったのか、イオリは急に笑い出した。
「ははっ……あー、こんなこと初めてだよ、監視対象に捕まったのも、その監視対象から監視許可が降りるのも」
そしてイオリは、自身の右手を爽やかな笑顔をしながら差し出してきた。
「改めて、僕はイオリだ。桜木イオリ。まだ判断するには早いかもだけど、どうやら君たちは僕たちの敵ではなさそうだ」
桜木?……どっかで聞いた名前だな。
「そうかよ。……まあ仮にイオリさんが俺たちと戦うってんなら容赦はしねぇがな」
俺はイオリの手を取り握手を交わした。
「ああ。そうならないように願ってるよ」
なんとなく思ってはいたが、こいつ結構面白いかもな。ちょっと気に入った。
「んじゃ、用はこれだけだから。食事の邪魔して悪かったなぁ」
俺はこの場を立ち去ろうとしたが、イオリに引き止められた。
「あ、待ってくれ。一つ秀殿に言いたいことがあるんだ」
俺は振り返り、イオリを視界に捉える。
「なんだ?」
「僕のことはイオリって呼んでほしい。秀殿より年下だと思うし、何よりさん付けされるのは好きじゃないんだ」
なんだ、そんなことかよ。
「了解だ、イオリ。俺のことも呼び捨てで構わねぇぞ」
「そうかい?じゃあそうさせてもらうよ、秀」
「ああ……また会おうぜ」
俺はイオリに背を向けつつ、右手を上げてイオリへの軽い別れの挨拶をした。そして路地裏から出てすぐの大通りへと歩を進めた。
side 桜木イオリ
「まさか監視を見破られるとはな……。僕が初仕事でミスを犯した時以来じゃないか?」
秀が去ってから僕は一人路地裏で考えに耽っていた。
「この国一気配を消すのが上手いと自負していたんだけどなぁ。あっさりとバレるなんて……。もう感服の至りだよ」
監視対象との接触はなるべく避けたいところだけど、見透かされているのならその必要はない、か。…それに嬉しいことを秀が言ってたな。ノアが僕らのことを気に入ってるって。少ししか関わり合ってないっていうのに……ノアは素直でとてもいい子なんだろうな。
「できることなら、彼らとは友好な関係を結びたいものだね」
「……何一人でブツブツ言ってるの?お兄ちゃん」
声のした方に顔を向けると、そこには妹のミオが立っていた。
「ミオか。……どうやら僕たちは任務に失敗したらしい」
「……なんの話?」
「といってもそこまで支障はないから問題ないんだけど、少しやり方を変えようと思う。みんなに集まるように伝えてくれるかい?」
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