碧天のノアズアーク

世良シンア

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ヴァルハラ編

7 外の世界、外の人間

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side ノア=オーガスト

眩しい光に包まれたオレたちを待っていたのは、オレたちの知らない森だった。オレたちがいた世界の木々とはまた別の種類に見える木や植物がオレたちを囲んでいた。

「見たことない植物がいっぱいだなー。シンこっちきてみろよ。これ何の花かな」

「これはタンポポって名前の花。たしか皐月の間にあった図鑑に載ってた」

「そうなのか。シンは物知りだなー」 

シンの頭をポンポンと優しく叩く。シンはご機嫌な様子だ。

「…ん?あの動物はなんだー!」

視界の端に映った茶色い生き物にオレは目を輝かせた。

「あれは鹿って動物。図鑑には食べることも可能って書いてあった」

「へぇー。神獣のみんかよりも体が小さいから身軽だなー。ピョンピョン跳ねてどっか行っちゃった」

オレは見たことのない新たな世界に心躍らせる。ワクワクが止まらないな。

「よーし、どんどん探検してこう!」






張り切って探索に出たオレたちは、森の中をかなり歩いたせいで喉が渇いたために、小川で水飲み休憩中だ。その間、猪や兎といった動物たちや、チューリップやマリーゴールドといった植物に出会った。

「ふぅー。シン、疲れてないか?」

「問題ない。兄さんは?」

「オレも全然平気。むしろ、まだ見ぬ出会いに興奮が抑えられないから、エネルギーがあり余ってる!」

「ふ。兄さんらしい」

「君たち!ここで何をしている!!」

和やかな雰囲気を壊す大声が耳に入る。声のした方へ体を向けるとそこにはこの世界で初めて見る人間がいた。それも複数。さらにそのほとんどが動物の耳や尻尾が生えてる人たちだ。

「えっと。オレたちは全然怪しい者じゃなくて……」

「ここは亜人国家レグルスが管理する神聖な庭園だ。一般人の立ち入りは禁止されている」

そうなの?ていうか、亜人国家レグルスって一体なんだろ?それに神聖な庭園って、ここ庭だったの?!森にしか見えなかったんだけど……。

それにそれに、お兄さんたちに生えてる動物の耳とか尻尾っぽいものは一体……。

「まあ待て。子ども相手にそんなに怒鳴ることはないだろ。私が話を聞くからお前は下がって殿下の護衛をしろ」

「……了解しました。ギルハルト隊長」

ギルハルトと呼ばれた真っ赤な髪の若い男がオレたちへと近づいてきた。

「うちの者が失礼した。私はギルハルト=クリムゾン。この隊の長を務めている。ぜひ君たちのことを私に教えてはくれないか」

ギルハルト=クリムゾンと名乗った赤髪の男は、さっきの大柄な男とは違い丁寧に話しかけてきた。

あれ?この人には後ろの人たちみたいな動物の特徴がないなー。

「オレはノア!こっちは弟のシンだ」

「ふむ。ノアとシンか。では二人はどこから来たのかな?」

「えーと……」

んー、言ってもいいのかな。ヴォル爺やクロードに根源界ヴァルハラのことは誰にも言っちゃいけないって言われたんだよな。

「近くにある小さな村に住んでる。家出してフラフラ彷徨ってたら、この森に入った」

オレの困った様子をみかねてシンはナイスなフォローをしてくれる。

「……ふむ。なるほど。なぜここに入れたかについては謎ではあるが、まあ見た感じこちらに対して敵意があるわけではなさそうだ。それに子どもだしな……問題ないだろ」

ギルハルトさんは何か考え込む素振りを見せ、何か決心したかのようにオレたちに視線を向ける。

「そうだ。会って早々すまないが、殿下の遊び相手になってはくれないか。見たところノアもシンも殿下と似た年齢に見える」

殿下?そういえばさっきも殿下を護衛しろって言ってたな。殿下ってことは王子様ってことかな?

ギルハルトさんは後ろに控える集団のもとに行き、すぐに子どもを抱えて戻ってきた。

「殿下。こちらはノアとシンといって近くの村の子供らしいです」

ギルハルトさんに優しく降ろされた金髪の子供は小さな声でオレたちに挨拶をした。

「……えと……ぼくは……リオン=アストラル……です」

「おう、よろしくな。リオン」

屈託のない笑顔でリオンの名を呼ぶと、彼はびっくりした表情で固まってしまった。

「あれ?どうしたの?もしかしてオレ、なんか気に触ることしちゃった?」

オレの言葉に我に帰ったリオンはたどたどしく聞き返す。

「えっ……と……。ノア……は……その……ぼ、ぼくの目が……不気味……じゃない、の?」

目?……あっ。前髪に隠れてたからあんまり見えなかったけど、よくよく見たら左右で目の色が違う。右が赤色で左が紫色だ。

「んー、もうちょっとよく見せてよ!」

オレはリオンの顔を両の手で掴み自分に近づける。

「うわっ!」

「……めちゃくちゃ綺麗な色してるね」

リオンの目をマジマジと見つめた結果、オレの思った通り、すごく綺麗だった。

「えっ……。は、はじめて…いわれた」

「そうなの?……あ、ごめんな。顔、痛かった?」

顔を掴みっぱなしでしゃべるなんて失礼だったよな。しかも王子様かもしれない子に。

「大丈夫……だよ。……ぼくの目は……不吉なんだって散々……周りに言われて……きたんだ。血の色と……毒の色なんて……気持ち悪い…って」

弱々しくもなんとか声を振り絞って話すリオンの姿に、オレは心が痛んだ。

「なにが不吉なもんか。目の色だけでそんなふざけたこと言うなんて……馬鹿げてる。オレがそいつらぶん殴ってきてやるよ」

オレの発言にリオンは呆けた顔をした後、嬉しそうな顔を浮かべた。

……そんな整った顔で笑うなー。世界中の人を虜にできるぞー。

「あ、ありがとう……ノア」

「あ、オレだけじゃなくてもちろんシンだってリオンの味方だからな」

オレの左隣に立つシンの左肩にオレは右腕をのせ、ニカッと笑う。シンは小さく頷いた。やっぱシンもリオンのこと気に入ってるんだな。

「それにさ、血の色とか毒の色とか意味わかんないこと言ってたけど、オレには両方とも透き通っててめっちゃ鮮やかな色に見えるし、めっちゃかっこいいって思った」

「か、かっこ……いい?」

「そうだよ。オレの勝手なイメージなんだけどさ、赤と紫ってなんか強そうじゃん?それを両方とも兼ね備えてるなんて最強じゃんか。な、シン」

「ん。兄さんの言うことはいつも正しい」

またまた面をくらったような顔をしたリオン。そんなに変なこと言ったか?

「……そっか。かっこいい……かっこいい、か」

「おう。リオンはすっげーかっこいいやつだ。自信持てって。オレたちが保証してやる」

オレは右の拳を胸に当てた。

「……うん。ありがとう、ノア、シン」

そう言ったリオンは、今までで一番いい笑顔をオレたちに見せてくれた。






side ギルハルト=クリムゾン

亜人国家レグルスに住む私は現在、この国の第二王子であるリオン=アストラル様の側近兼護衛隊長を務めている。リオン様には三年ほど前からお仕えしているが、その間、私はリオン様の笑っている姿を見たことは一度たりともなかった。

ご家族は色々と忙しく、昔ほど会えなくなってしまい、心を閉ざしてしまわれた。私とは長い付き合いもあってか今では全く平気なようだが、他の者、特に学友とは上手く交流を深めることはできなかったようだ。

その主な理由はリオン様の目の色だ。オッドアイという特質をもつ者は、この亜人国家ではおそらくリオン様しかいないだろう。その希少さが災いとなってしまった。人は自分の知らないものを怖がる傾向にある。それも子供なら、十分な知識の無さや精神発達の未熟さも相まって、それは顕著に表れるだろう。

これによりリオン様は学校に通えなくなり、部屋に閉じこもるようになってしまわれた。さらにはリオン様の兄君が訪ねて来られても、今では何の応答もしなくなってしまった。

なにか少しでもリオン様のためになればと思い、この庭園に入る許可を叡王様にもらい、リオン様をお連れしたのだが、思いがけず不思議な少年たちに出くわした。 

私の記憶違いでなければこの近くに村はなく、というよりむしろここはスターライトというこの国の中心地の内側に位置するため、この周囲に村など存在するはずがないのだ。そのため少年たちの話はかなり怪しかったのだが、不思議とこの少年たちにならリオン様を任せてもいいかもしれないと思ってしまった。

結果、私の勘は見事に当たり、リオン様は楽しそうに二人とお話をしていらっしゃる。それに、リオン様の満面の笑みを浮かべた姿など、初めてのことだ。私は心から安堵した。

そしてこの出会いをきっかけとして、リオン様は大きく変わられ、立派な大人へとご成長されるのだが、それはまだまだ先の話である。






side リオン=アストラル

ぼくはみんなと仲良くしたかった。楽しく遊んで笑って……そんな毎日を送りたかった。

……だけど、ぼくにはそんな日々が訪れることはなかった……。

「おい、リオン。お前きもいからこっちくんじゃねぇよ」

サメの亜人のグレックがぼくを侮蔑するような目で見た。

「ご、ごめん」

ぼくは教室の角の席に座わった。すると、いきなり背中に激痛が走った。

「あー、わりぃわりぃ。お前の背中にゴミがついてたからよ。とってやったんだわ。ありがたく思えよ」

ぼくの背中を思いっきり叩いたのはハイエナの亜人のガンダールだった。

「うっ……い、いたい」

涙が溢れそうになるのを必死に耐えながら、ぼくはこの嵐が去ることを待った。

「ちっ。つまんねぇの。ライオンの亜人のくせに弱すぎんだよ。それに目もきもいしな。ハハッ」

「おーい、ガンダール。そんなやつほっといてお前もこっち来いよ」

グレックの誘いにガンダールは喜んでのった。

「ああ。今行くわ」

はぁ。やっと行った。……もう嫌だよ……だれか助けて……。

ぼくはこの生活に耐えられず学校を一年で辞めてしまった。ぼくの望みだった充実した毎日は一度も訪れることなく一生を終えるんだと、そう思ってた。あの二人との運命の出会いを果たすまでは……。





side ノア=オーガスト

「ーーーでさ、ヴォル爺が料理した後の調理場が汚すぎて、クロードにこっぴどく叱られてたんだ。大人なのにおかしいだろ?」

「ふふ。そうだね。……ノアもシンも、家族と楽しく過ごしてるんだね」

「まあな。血は繋がってないけどオレは家族だと思ってるんだ」

冒険も楽しいだろうけどなんだかんだいってやっぱあの空間が一番好きだな。

「え?血が繋がってないの?」

「そうだよ。秀も湊もヴォル爺もクロードもみーんなね。弟のシンだけが唯一の血を分け合った家族なんだ」

「俺たちの父と母はおそらく死んだ……いや行方不明だって湊たちが言ってた」

シンの言葉にリオンは申し訳なさそうな顔をする。

「ごめん。つらいことなのに……」

「全然いいよ。正直会ったことがないからさ、寂しいとか思ってないし。それに秀や湊たちがいれば、それだけで十分だから」

「俺も兄さんと同意見だ」

「そっか。……そういえばなんで家出したの?そんなに仲良いなら今ごろ心配してるんじゃ……」

「え!?あー、えーと、そのー」

やばい。さっきデタラメ言って回避したこと忘れてた。どうしよ。

「ちょっと喧嘩した。ヴォル爺に殴られたから嫌になって出てったんだ」

ナイスだシン。そしてごめんヴォル爺。

「え?……!大丈夫、なの?」

うん、その反応が普通だよな。心配してくれてるのは嬉しいけど、嘘をついてるから罪悪感が……。

「あ、まあ、大丈夫、大丈夫。ははは」

オレは目を逸らしながら答えた。

「オ、オレたちの家族の話よりリオンの話が聞きたいな。リオンが第二王子ってことは、お兄さんがいるってことだよな」

「……うん。ぼくの自慢の兄様だよ。勉強もできるし強い氣術も扱えるんだ。それに……みんなからすごく慕われてて……ぼくなんかとは大違いだよ」

やっぱりリオンが自分を蔑む原因のネックは、自分を不必要な存在だと誤解してるところかー。まだちょっとしか話をしてないけどなんとなくそう感じた。それにかなり長期にわたってそう思い込んでいそうだな。

「コホン。いいかね、リオンくん。君はいろんな人から愛され必要とされているんだ。ギルハルトさんはもちろん、君のご家族からもね。君がいなくなったら悲しむ人はたくさんいるんだ」

「……家族は、わかんないよ。最近会ってないから、嫌われててもおかしくない……」

この様子だと、本当に家族とはここ最近疎遠みたいだな。

「んー、さっきギルハルトさんからちょこっと聞いたんだけど、リオンのお父さんは毎日子供たちの様子を報告するよう従者に頼んでるらしいよ。それをリオンのお母さんも欠かさず聞いてるんだって。まだ幼い双子につきっきりの分、せめてリオンやお兄さんの様子を知りたいからって」

リオンは俯いていた顔を上げ、両眼を大きく開く。

「あと、リオンのお兄さんも心配してたってさ。よくギルハルトさんに直接聞きに来るみたいだよ、リオンのことをさ」

「そ……だった、んだ…………ふっ……う……う…」

再び下を向いたリオンは、涙をこらえようと必死に声を押し殺す。オレではこんぐらいのほんの小さなことしかできないが、きっとリオンなら現状を打開していい未来を掴み取れるはずだ。

オレとシンはリオンの両隣に座り背中を優しくさすった。
















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