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嵐の夜に 2
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車から降りても、もう暴風は吹き荒れない
マンションの地下駐車場。
理知を助手席から降ろし、更にランドセルを片手に取った。
理知の部屋から去ろうとしたとき目に入り、思わず手に取ってしまった。
理知は俺の腕の中でぐったりとしていて、時おり譫言のように俺のことを呼んでいた。
エレベーターで上がり部屋に辿り着く。
めったに帰らない部屋だ。
埃が溜まってはいないか心配だったが、逆に人がいないせいなのか心配した程ではなかった。
自分のベッドに理知を寝かせて額に手を当てる。
さっきよりも確実に熱くなっている。息も荒い。
困った。薬も無ければ食べる物もろくに無い状況では理知を治療することが出来ない。
「…チッ」
背に腹は代えられず、俺は人を頼ることにした。
「どうだった?」
「だいじょーぶ。軽い風邪の症状よ」
「軽い風邪であんなに熱が出るのか?」
「ちょっと話は最後まで聞いてよ!それプラスお察しの通りストレッサーによる発熱よ。ダブルパンチってやつね」
「…」
診断を聞いてホッとする。思わずタバコに手を伸ばしそうになったが、止めた。
「お粥作るからキッチン借りるわね。やだちょっと~、お鍋も無いのここ?持って来て良かったわ~」
俺が呼んだのはニューハーフバーのママ、ローズだった。
何人か関係を持った女共の顔は浮かんだが、なんとなくそいつらに理知の看病はさせたくなかった。
ローズは身体は男だがパートナーもいるし、何より数年来の付き合いで信用できる。
さすがに初めて出会った時は驚いたが。
「出来たわよ~。どうする?賽川さんが食べさせる?」
「………いや、頼む」
「はいはい」
理知との関係を根掘り葉掘り聞いて来ないあたりもさすがだ。
「よいしょ。はぁい、理知ちゃんちょっと起こすわよ~」
「ん…、おじさ…」
「おじさんじゃないわよ~ローズさんよ~。お薬飲むためにお粥食べましょうね。先にちょっとお水飲む?」
「っ…」
理知は明らかに不安な表情をして俺とローズを交互に見た。
そして掛布団を口元に当てると小さく頭を降った。
「あらあら…」
俺はてっきり食欲が無くて食べたくないという意思表示だと思ったが、ローズは何かに気が付いたらしい。
「おい、理知…」
「賽川さん、ちょっと理知ちゃんとふたりきりにしてくれない?」
「あ?なんで…」
「女同士の会話があるのよ!ほら出てった出てった!」
「なんだよ…」
ぐいぐいと背中を押されて部屋を追い出される。
女同士の会話って…、いやまあローズはよくバーに来る女の客の恋愛相談とか受けてるけどよ…。
何か解らないまま蚊帳の外にされて20分ほどすると、ローズがニヤニヤしながら空の器を持って出てきた。
「食べたか…」
「ええ。まだ熱はあるけど、だいぶ落ち着いて眠ってるわ」
「………なに話したんだ?」
「あ~らそれは女同士のヒ・ミ・ツ」
「チッ…」
ローズはこういう時、秘密厳守だ。
だからこそ信用出来るのだが…。
「…賽川さんも隅に置けないわね」
「あ?」
「はあ、…なんでもないわ。それじゃあ邪魔者は退散退散っと」
「おい、ローズ…」
勝手に完結して帰ろうとするローズを玄関まで一応送る。
「すまねぇな、こんな嵐の夜に。気を付けて帰れよ」
「何言ってんの!困ったときはお互い様でしょ。それより、理知ちゃん汗かいて気持ち悪そうだったから拭いてあげてね?さすがにそれだけは賽川さんに任せた方がいいかな~って思って」
「っ…、いや、それはお前…」
「うふふ、幸運を祈るわ。アデュー」
「…」
このローズの別れの挨拶はいつもと同じだ。
ただ、今の状況とその前の台詞からして何かしら含みがあることは俺にでも解った。
「…」
寝室の扉の奥には無防備な理知がいる。
汗を拭いてやれだと?どこの?体全体か?汗を拭いたなら着替えもしてやらないといけないだろ?誰が?俺が?
かつて無い困難に立ち向かうべく、俺は重い扉を開けた。
マンションの地下駐車場。
理知を助手席から降ろし、更にランドセルを片手に取った。
理知の部屋から去ろうとしたとき目に入り、思わず手に取ってしまった。
理知は俺の腕の中でぐったりとしていて、時おり譫言のように俺のことを呼んでいた。
エレベーターで上がり部屋に辿り着く。
めったに帰らない部屋だ。
埃が溜まってはいないか心配だったが、逆に人がいないせいなのか心配した程ではなかった。
自分のベッドに理知を寝かせて額に手を当てる。
さっきよりも確実に熱くなっている。息も荒い。
困った。薬も無ければ食べる物もろくに無い状況では理知を治療することが出来ない。
「…チッ」
背に腹は代えられず、俺は人を頼ることにした。
「どうだった?」
「だいじょーぶ。軽い風邪の症状よ」
「軽い風邪であんなに熱が出るのか?」
「ちょっと話は最後まで聞いてよ!それプラスお察しの通りストレッサーによる発熱よ。ダブルパンチってやつね」
「…」
診断を聞いてホッとする。思わずタバコに手を伸ばしそうになったが、止めた。
「お粥作るからキッチン借りるわね。やだちょっと~、お鍋も無いのここ?持って来て良かったわ~」
俺が呼んだのはニューハーフバーのママ、ローズだった。
何人か関係を持った女共の顔は浮かんだが、なんとなくそいつらに理知の看病はさせたくなかった。
ローズは身体は男だがパートナーもいるし、何より数年来の付き合いで信用できる。
さすがに初めて出会った時は驚いたが。
「出来たわよ~。どうする?賽川さんが食べさせる?」
「………いや、頼む」
「はいはい」
理知との関係を根掘り葉掘り聞いて来ないあたりもさすがだ。
「よいしょ。はぁい、理知ちゃんちょっと起こすわよ~」
「ん…、おじさ…」
「おじさんじゃないわよ~ローズさんよ~。お薬飲むためにお粥食べましょうね。先にちょっとお水飲む?」
「っ…」
理知は明らかに不安な表情をして俺とローズを交互に見た。
そして掛布団を口元に当てると小さく頭を降った。
「あらあら…」
俺はてっきり食欲が無くて食べたくないという意思表示だと思ったが、ローズは何かに気が付いたらしい。
「おい、理知…」
「賽川さん、ちょっと理知ちゃんとふたりきりにしてくれない?」
「あ?なんで…」
「女同士の会話があるのよ!ほら出てった出てった!」
「なんだよ…」
ぐいぐいと背中を押されて部屋を追い出される。
女同士の会話って…、いやまあローズはよくバーに来る女の客の恋愛相談とか受けてるけどよ…。
何か解らないまま蚊帳の外にされて20分ほどすると、ローズがニヤニヤしながら空の器を持って出てきた。
「食べたか…」
「ええ。まだ熱はあるけど、だいぶ落ち着いて眠ってるわ」
「………なに話したんだ?」
「あ~らそれは女同士のヒ・ミ・ツ」
「チッ…」
ローズはこういう時、秘密厳守だ。
だからこそ信用出来るのだが…。
「…賽川さんも隅に置けないわね」
「あ?」
「はあ、…なんでもないわ。それじゃあ邪魔者は退散退散っと」
「おい、ローズ…」
勝手に完結して帰ろうとするローズを玄関まで一応送る。
「すまねぇな、こんな嵐の夜に。気を付けて帰れよ」
「何言ってんの!困ったときはお互い様でしょ。それより、理知ちゃん汗かいて気持ち悪そうだったから拭いてあげてね?さすがにそれだけは賽川さんに任せた方がいいかな~って思って」
「っ…、いや、それはお前…」
「うふふ、幸運を祈るわ。アデュー」
「…」
このローズの別れの挨拶はいつもと同じだ。
ただ、今の状況とその前の台詞からして何かしら含みがあることは俺にでも解った。
「…」
寝室の扉の奥には無防備な理知がいる。
汗を拭いてやれだと?どこの?体全体か?汗を拭いたなら着替えもしてやらないといけないだろ?誰が?俺が?
かつて無い困難に立ち向かうべく、俺は重い扉を開けた。
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