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シャーレイ〜王国民との出会い〜

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潮風が心地よい。
一つに結った三つ編みが風に揺られて緩やかに踊る。
長い船旅から解放された女性_____オズウェル・ソディーは降り立った波止場で深呼吸した。
オズウェルは成人した15の歳から旅を続け、3年経過した。両の手では足りないくらい色々な国を巡った。今回もまた、今までと同じようにのんびりと滞在するつもりだった。
朝にも関わらず賑やかな市場を抜け、広場の片隅にある宿屋へと向かう。カランと扉のベルを鳴らしながら入ると、褐色肌の店主が笑顔で出迎えた。

「いらっしゃい、旅の人。プリローザ王国へようこそ。」
「はじめまして、わたしはオズウェル・ソディーといいます。」
「わたしはオステリーア。ここの宿屋兼酒場の店主よ。」

オズウェルがペコリと頭を下げつつ挨拶すると、オステリーアは高く一つに結えた艶やかな黒髪を揺らしながら答えた。

「のんびりと過ごしていって。せっかくだから食事も……と言いたいところだけどちょうど材料を切らしちゃって採りに行こうとしてたのよね」

ごめんなさいね、と謝るオステリーア。

「大丈夫です。……あの、よかったらわたしが採りに行きましょうか?」
「あら?いいのかしら?そうね、折角だからお願いしましょうか。テムス草とピペルの実を採ってきて欲しいの。両方とも草むらで採れるわ。」
「わかりました。」
「折角だから王国を見てきてらっしゃい。結構広いからゆっくりでいいわよ。そうそう、テムス草とピペルの実の模写の紙を渡しておくわね。」
「ありがとうございます。行ってきます!」
「ええ、行ってらっしゃい」

オステリーアに手を振り、オズウェルは出て行く。さてまずはどこから行こうかと周りを見渡した所で、市場に通じる道から歩いて来る人と目があった。
その人はアッシュの髪を緩く結び、青い切れ長の目をした男性だった。
また行き交う人たちの伝統服とは違い、酪農に適していそうな服を身につけていた。
思わず会釈すると、微笑み、こちらに近づいてくる。

「こんにちは、旅の人。」
「こんにちは。」
「この国には来たばかりですか?」
「そうなんです。つい先ほど着いたばかりで。」
「そうですか。来たばかりで分からないことが多いでしょう」
「ええ、でも楽しいです。今もこれから王国をゆっくり回りながらテムス草ピペルの実を採りに行くところです。」

絶妙な間の取り方、話し方のテンポでついつい話が弾む。

「なるほど。……よかったら僕が王国をご案内しましょうか?」
「そんな……悪いですよ。その服装を見るに特別な役職の方ですよね?お忙しいでしょう?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。たしかに僕は酪農管理官ですが、ちょうど仕事がひと段落したところなんです。時間もありますし、問題ありませんよ。」

ニコニコと押してくる男性。逡巡したあと、オズウェルは微笑んだ。

「それならお言葉に甘えてよろしくお願いします。わたしはオズウェル・ソディーです。」
「僕はエドワード・コーニングです。それじゃあ行きましょうか。」

二人は色々な話をしながら王国を回った。
エドワードの仕事場でもある牧場、国民に与えられる畑、神秘的な塔、森、鉱山、遺跡など……所々にある転移魔法陣がなければとても1日では回りきれなかった。
二人の会話は途切れることなく、心地よいテンポで進む。オズウェルは今まで周ってきた国のこと、エドワードはプリローザ王国のことを話した。
王国を周り終わるころには夕の刻に入り、日が傾き始めていた。

「ありがとう、エドワード君!とっても助かったわ!」
「いいんだよ、オズウェルちゃん。遅くなっちゃったけど採取もしていこうか。そこの草むらでも取れるはずだよ。」

すっかり仲良くなった二人は口調も砕けたものになっていた。
 
「あ、そうだ。これあげる。」
 
そういってエドワードは短剣を差し出した。シンプルなつくりだが、柄頭に花を模した意匠が施されていた。
 
「採取に使う用の短剣だよ。これがあると採取がしやすいんだ。」
「まあ、ありがとう!この花かわいいわね。なんて花なの?」
「シャーレイって言うんだ。花言葉は陽気で優しい。繊細な花びらで、茎が細くてね。か弱そうなんだけど性質は丈夫なんだ。この国の人柄を表しているようで僕は好きだよ。」
「素敵な花ね。本当にこの国にぴったり。ありがとう、大切にするわ。」
「ふふ、そんなに大したものじゃないけどね。レーヴン市場にも売ってるし。でもそう言ってくれてうれしいよ。」
「ええ、プレゼントしてくれたことがうれしいの。」
 
オズウェルがそういうと、エドワードははにかみながら笑った。
 
「さあ、それじゃあ採取しようか。テムス草とピペルの実は初めてだよね?教えてあげるよ。」
「何から何まで本当にありがとう。」
 
エドワードのおかげで目的のものはすぐに見つかった。
そのころには日はほぼ沈み、夜の帳が落ち始めていた。

「それじゃあもう暗くなって来たし、この辺にしとこうか。」
「ええ、そうね。本当にありがとう!」
「どういたしまして。じゃあまたね、オズウェルちゃん。」
「またね!」

二人は別れ、オズウェルは軽い足取りで宿屋まで戻った。

「オステリーアさん、ただいま戻りました。だいぶ遅くなってすいません。テムス草とピペルの実持ってきました。」
「おかえりなさい。ふふ。その顔は良いことでもあったのかしら?」
「はい!とっても良い人に会いました!」
「それは良かったわ。食事を作るから食べながら聞かしてくれるかしら?」
「はい!」
 
オステリーアのおいしい食事を食べながら、今日のことを話す。
 
「あら、エドワード君がねえ。ふふ、よかったわ。きっと王族の方だし、国のこと自慢したかったんでしょうね。」
「はい、王国のこととっても好きっていうのが伝わってきました。………ってエドワード君王族なんですか!?」
「そうよ。第2王子。そんなに焦らなくても大丈夫よ。本人も言ってないでしょう?この国はそんなにかしこまらなくても大丈夫よ。」
「そ、そうですか。」
 
思わず上がっていた腰を直す。
オステリーアは微笑みながら、食後のお茶を差し出す。オズウェルはそれを口に含み、ほうと息を吐く。
 
「本当にここは良い国ですね。人も穏やかでいい人たちです。」
 
オズウェルはいろいろな国を旅してきた。良い国もあったが、穏やかでない国ももちろんあった。それらを思い出しながらまた一口お茶を含む。
 
「そうでしょう。………さあ、もう夜も遅いわ。今日は休みましょう。」
「はい、ごちそうさまでした。」
「お粗末様。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
 
割り当てられた部屋へ行き、寝巻に着替える。
貰った短剣をそっと撫でてから、そっと床頭台に置き微笑む。
フカフカのベッドに潜り込み、オズウェルは満たされた気持ちのまま、目を閉じる。
明日はどんなことが起きるだろう。そう考えながら、オズウェルは夢の世界へと旅立った。
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