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第3章 新しい研磨

30話 オーランの町へ

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 ガーラの町では、塩を輸送する行商人がたくさんいた。それを売り、ケルビンは私腹を肥やし大笑いをしていた。

「ケルビン様。これが今回の儲け分です。これからもご贔屓にしてください」

「ああ!分かっておる」

「次はいつ納品できますか?」

「そんなに急がなくともいいだろ?いくら儲けるつもりだ?」

「やっぱり塩はどこでも欲しがる産物ですからね。いくらあっても足りないと言う事にはならないですよ」

 ケルビンとガーラを拠点にしている行商人のムスゴと二人で、悪い笑みを浮かべていた。ムスゴはガーラの町を拠点に、色んな町に行商をしている。
 ムスゴはタダで塩を貰い、それを行商し売り上げの3割を貰えるのだ。こんな濡れ手に粟のような商売はなく、喜んでケルビンに手を貸していたのだ。
 そして、ケルビンはミトンの町からの援助を受けて、塩の精製をしているので、実際にそのあおりを受けていたのは、その工場で働く従業員達だった。

 従業員達は、弱みを握られ辞める事も出来ず、ミトンの町に納品する塩以外に、ケルビンや悪徳商人の私腹を肥やす分の塩も精製していかないといけないのである。

 そんな状況に、従業員達は疲弊しきっていて色んなことに絶望していた。そんな中、先日死亡した従業員の妹が、塩精製ミトン工場に呼び出されていた。

「そ、そんな!借金はあたしが必ず返すので……」

「いやいや……女性に塩の精製は過酷すぎる。貴方の兄ですら、その過酷な作業に耐えられず亡くなってしまったんだ」

「それは……あんな業務時間で働かされたら……」

「それは仕方ないだろ?貴方達がワシに借金をしたんだ。返していくのは当たり前の事じゃないか」

「兄はちゃんと返すと言っていたはずです。なのに、借金が膨らんで無理をしないと返せなくなったからじゃ……」

「しかし、それでもいいから肩代わりして欲しいと言ったのは君達のはずだぞ?」

「そ、それは……」

「ワシは借金を肩代わりする時、契約書をちゃんと読んでくれと何回も言っただろ?違うかね?」

「うっ……」

「女性の君にこの仕事は無理というものだ。働かせてもいいが、君の兄と同様死んでしまえば、ワシはどこから君達の借金を返して貰えればいいんだい?それに、契約書にあるように返す当てがなければ、君には奴隷に落ちて貰って借金を無くすと表記してあるだろ?」

「それはそうですが……奴隷に落ちずに他で働いて返すと約束します」

「ワシは必ずと言う言葉は信用しないんだよ。君の兄は借金を返さず死んでしまった。借りるときは必ず返すと約束したのに、一度ワシとの約束を破っているんだよ。だったらそれを確実な方法で、兄の尻拭いをしてもらおうと言っているだけなんだよ」

「だけど、奴隷に落ちてしまえば……」

「それは、ワシになんの関係があるんだい?ワシは借金を返して貰えればどうでもいいんだよ」

 ケルビンの言う事に、その女性は何も言えなかった。

「だけど……」

「君はララと言ったね?」

「は、はい……」

「他の場所で働いて生活をして、借金をどうやって返していくつもりだね?それは何年かかる見積もりなんだ?」

「そ、それは……」

「君は冒険者になるつもりかね?君が冒険者になっても、Fランクの依頼が関の山だ。ゴブリンと戦う事が出来るのかね?なら、まだ借金を返す可能性あるかもしれないが、戦闘能力があるとは思えんし、そうなれば薬草採取ぐらいか町での雑用になる。違うかね?」

「はい……」

「借金を返すなんて無理だよ。ここはもう諦めて奴隷になり、ワシの借金を一括で返すしかないよ」

「そ、そんな!」

「そんなと大声を出されてもワシが困るな。それにワシがいつまでも優しく説明をしていると思ったら大きな間違いだよ?」

「えっ……」

「ワシを舐めるなよ?」

「ひっ!」

 今までにこやかに説明をしていたが、いきなりララの胸ぐらをつかみ大きな声を出してきたのだ。

「お前を奴隷商人じゃなく闇ギルドに売っても構わないんだぞ?そうなればお前はどうなるかワシにもわからん。それでもいいのか?」

「そ、そんな……」

 ララはそのケルビンの脅しに何も言えなくなってしまい、奴隷に落ちる事を承諾してしまったのだ。

「ったく……最初から言う通りに頷いておればいいんだ。お前のような平民はワシ等の金儲けの邪魔はするな」

 ケルビンの言葉に、ララはその場に泣き崩れたのだった。しかし、このララを奴隷商に売った事で、ケルビンは後悔することになるのである。

「がははははは!あのララと言う女、奴隷としては高く売れたな」

「そうですね……ンんっ……」

 ソフィアは、ケルビンに抱かれながらその行動に冷や汗を流していた。借金は50万ゴールドだったのに、その倍の100万ゴールドで売ってしまったのだ。元々は10万ゴールドだったのに、契約書で3倍に釣り上げ、その後利子で釣り上げ50万にまで増やしてしまい、結局は100万ゴールドで売ってしまったのだ。
 その売り値からだと、奴隷商店では200万以上で売られる事になり、もう表舞台には立てないだろうと想像できた。

「お前も一緒になりたくないようなら、ワシに飽きられない様に一生懸命働く事だな。ソフィア、お前は見た目はいいからな。奴隷商に売っても高値で売れるが、今のところは売るつもりはない。よかったな。がははははははは!」

「あ、ありがとうございます。わたしはだんな様に忠誠を誓います……うくっ……くはっ!」

「声を出しても構わんぞ」

 ここは、もうケルビンの無法地帯だった。そんな絶望の日々の中、ララが奴隷商に売られて1ヶ月近い日々が更に過ぎ去った。



 そして、ヒロトシ達はトラックでシュガーの村から、ミトンの町に帰還していたのだが、アイリーンがミトンの町の方向じゃない事に気づいた。

「ご主人様!どこに向かうのですか?」

「ああ!今日は、オーランの村に向かうつもりなんだ」

「オーランの村に⁉何でそんなとこに?」

「いやな……シルフォード様が、オーランの村の領主様に頼まれたんだよ。ダンジョン前の屑石をミトンの町の様に綺麗にしてほしいと。なんでも、冒険者がミトンの町に移住したため、屑石がもう飽和状態なんだと……」

「それでご主人様が、オーランの町のダンジョンに屑石を掃除にすると言う事なんですか?」

「まあ、レア鉱石も手に入るし、領主が掃除の金も払ってくれるそうだからな。まあ、人助けだよ」

「ご主人様が納得しているのならいいのですが……」

 その時、ヒロトシは急ブレーキをかけた。

「「「「「きゃあああ!」」」」」
「何ですか一体!」

 コンテナに乗っていたアイリーン達は、急ブレーキに悲鳴を上げて前方に叩きつけられていた。

「前方に、行商人が襲われている。お前達、早く救ってやってくれ!」

「「「「は、はい!」」」」

 ヒロトシの指示で、護衛に来ていたアイリーン・カノン・ウィノア・オリビアの4人がとびだした。

 ここは、ミトンの町から北に上がり、オーランの町に続く街道である。行商人がサーベルタイガー5匹に襲われていたのだ。
 こんな魔物がここにいるなんて信じられなかったが、冒険者達が奮闘をしていたが、まさかの数に押されていたのだった。

 アイリーン達は、冒険者に加勢をしようと、戦闘に飛び込んだのだった。

「加勢します!」

「かたじけない!ってアイリーンか?」

「あっ!ジョンさん!」

 その言葉に、ジョンのパーティーは笑顔になった。ジョンは、ミトンを拠点にしているBランクに上がったばかりの冒険者で【青の清流】というパーティーのリーダーだ。
 先日もやっと、ヒロトシに研磨をしてもらえるようになり、メンバー全員が武器を+2にしてもらったばかりだった。

 そして、この4人が加勢した事で、あっという間にサーベルタイガー5匹は討伐されてしまったのだった。

『がああああああああああ!』

 サーベルタイガーはその巨体を支えきれなくなり、ずしんと大きな音を立てて咆哮をあげて倒れてしまった。

「皆さん大丈夫でしたか?」

「ああ。大丈夫だ。本当に助かったよ。しかし、何でアイリーンがここに?」

「わたし達はご主人様と一緒にオーランの町に向かうところでした」

「ヒロトシ様が一緒にいるのか?」

「そりゃそうですよ。わたし達奴隷だけで町の外には出れませんからね」

「確かにそりゃそうだな……」

 そこに、ヒロトシがトラックでゆっくり近づいてきた。

「みんな無事か?」

「これはヒロトシ様!本当に助かりました」

 トラックで近づいたヒロトシに、青の清流のメンバー全員が急いで近づき膝をつき頭を下げて感謝したのだった。そして、慌てて馬車から降りてきたのは行商人と馭者であり、急いでヒロトシに頭を下げたのだった。

「ヒロトシ様本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます」

「あれ、ヤンさん?」

「いつもご利用のほどありがとうございます。ここであった事は本当に感謝でしかありません」

「まあ、無事でよかったよ。でもなんで奴隷商人のあなたがここに?」

「ええ。オーランの町に奴隷達を運ぶところだったのです」

「ひょっとして、ミトンの町の奴隷を?」

「いえ、ガーラの町で購入した奴隷をオーランに運ぶところだったんです」

「そうなんだ」

「はい、ミトンの町には奴隷のストックはそろっていますからね。なので、オーラン支店の方が在庫不足でしたからね」

「そっか。大変だね。もう少しでオーランだけど気をつけて行ってくれ」

「えっ!ちょっとお待ちを!」

「なにか?」

「ヒロトシ様にお礼をしたいのですが何かありませんか?」

「ああ、いいよいいよ。偶然通りかかっただけだしな。気にしなくていいよ」

「そんなわけには!そうだ。今運んでいる奴隷を一人差し上げましょう」

「いいよそんな。奴隷って言っても安くないしヤンさんも損をするだろ?」

「命を救って貰ったのです。奴隷を一人で申し訳ないと思うぐらいなんです。もしここにいる奴隷で満足しないのなら、ミトンの町で選んでもらっても全然構いませんよ。ミトンの町は今や流通が盛んで良い奴隷の入荷も多いですからね」

「いや、本当にいいよ。そんな気にする必要はないって、もし奴隷が必要ならちゃんと購入するから」

「そういう訳には!」

 奴隷商人のヤンは、お礼をしないと引き下がりそうになかった。

「ヒロトシ様!俺が言うのもなんだが、ヤンさんの気持ちを受け取って上げてくれよ。俺達では護衛が出来なかったんだ。そんな魔物をアイリーン達はあっという間に倒しちまったんだからよう」

「そうだな!お前達はもっと腕を磨いてくれなきゃ、ワシ達行商人が安心できないな。あははははははは!」

「そりゃねぇぜ……まさかこんなとこに、サーベルタイガーが5匹も出るなんて誰も思わないだろ?」

「まあ、確かにそうだな。今回はジョン達に責任を追及するつもりはないよ。ただ単に不運だっただけだ。それに、ヒロトシ様にこの命を救ってもらえたんだしな」

「わかったよ。じゃ、中の奴隷の一人をお礼としてもらう事にします」

「分かっていただけて助かります」

 そして、ヒロトシはヤンから奴隷の一人を貰う事にした。ヤンからはオーランの町の奴隷商店で契約を結んでほしいと言われ、その奴隷をトラックに乗せて、ヒロトシはオーランの町へと向かったのだった。

「何だよ……あのスピードは……」
「あのスピードなら、オーランの町までもう少しと言った理由が分かるな」
「ああ……まだここからなら余裕で3日はかかるもんな」

「まあ、ヒロトシ様を基準に考える事は止めた方がいい。それより、ジョンさんまだまだ先は長いんだ。よろしく頼むよ」

「ああ。わかっているよ。さっきのような魔物がもう出る事はないだろうし、俺達に任せておいてくれ」

「ああ。その調子でよろしく頼むよ」

 ヤン達の馬車はそれから順調に進み、ヒロトシと別れて3日後にオーランの町へと到着した。その際、オーランの
町で用事を済ませて引き返して来たヒロトシに途中で会い、驚く事になるのは別の話である。


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