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第3章 新しい研磨

11話 ㋪美研の拡大そして新たな問題

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 ミトンの町は、人口増加で裕福になっていた。そうなると、シルフォードの業務は多忙を極め、目の届かない事も出てきたのだ。
 そうなると悪い事を考える人間が出てくるのは、世の常ということなのだろう……しかし、シルフォードがそのことを気づくことが出来るのはもっと後の事だった。

 その頃、ヒロトシの㋪美研は順調に売り上げを伸ばしていた。冒険者達の研磨業務に、手鏡と銀製品の食器セットに加え、ガイン達が金属手すり等大忙しの日々を過ごしていた。
 このころになると、㋪美研の敷地の両隣裏の土地は、ヒロトシが買い取って広大な土地となっていた。

 これは、ヒロトシが無理やり買い取った訳ではなく、住んでいた人間の好意だった。町の英雄の隣に住むのはあまりに緊張するから引っ越しをしたいと申し出があり、その際その土地を買い取ってくれないかと相談されたのだった。

 ヒロトシは、その申し出をありがたく受け取り、相場より高くその土地の権利を買い取ったのだ。ヒロトシも工場を拡大したいと思っていたので、ここにある屋敷を取り潰し、店と工場だけにしようと思っていた。
 家は他の所に引っ越ししようと思っていたところに、そういう提案を受けたのだった。そういう事なら、両隣と裏の土地を買い占めて、工場を広げる計画を実行したのだった。

 その事を、目ざとく情報を察知した生産ギルドが話を持ち掛けてきたのだった。

「ヒロトシ様、話は聞きましたよ」

「全く、耳が早いな……」

「そりゃそうですよ。工場を拡大するとなると従業員が必要なんじゃありませんか?何人か従業員を紹介したいと思うのですが……」

「アリベスさん、前も言ったのですが忘れたのですか?」

「えっ?」

「俺の研磨は、個人スキルです。俺と同じようにマジカル化は出来ないんですよ」

「しかし、食器類や手すりはマジカルでは……」

「その磨く道具はどうするおつもりですか?」

「それは、従業員としてこちらで働くのですから……」

「いやいや、そうじゃなくてその人達は一生ここで働くつもりですか?」

「そのつもりの人間を紹介しようかと……」

 ヒロトシは驚いたのである。生産者なら独立をするのがこの世界では普通の考え方だったからだ。10年ほど修業を積んで技術を覚えたら、のれん分けをして自分の店を持つのが目標になる。
 しかし、アリベスの説明だと、一生俺の下に就いて下働きをするというのだ。

「そんな人間がいるのか?」

「探して見せます!」

「なんだよ。やっぱりいないんじゃないか……」

「では、もし見つかったらその人間を雇ってもらえますか?」

 生産ギルドは、ヒロトシの技術が欲しかったのだ。構成員を㋪美研に送り込む事で、技術を手に入れられないかと模索していた。
 しかし、そう言った人間は現れる事はなかった。確かに借金がいきなりできて、生産ギルドの言う通りにしないといけない人間はいるのだが、研磨作業をする以前の問題だった。
 つまり、研磨作業をするつもりでやって来たが、バフ作りから始める事で研磨作業はやらせてもらえず、研磨はヘアラインを3年ほどやってから、初めてスタートラインに立てることを聞き、やって来た人間全員が1日で諦めてしまうのである。

「どういう事だよ!おれは研磨をしにきたんだ……なのに、何で道具作りで一日が終わってしまうんだ?」

 新しく入ってきた部下を、面倒見ていたガイン達は説明するも、納得して貰えなかったのだ。ガイン達も、ようやく鏡面研磨をやることが許された人間で、今までバフ作りとヘアラインしかやらせてもらっていなかったのだ。

 なぜ、新人なのにこんなに文句を言うのかと言うと、奴隷達の下に就く事が納得いかなかったのだ。自分は早く技術を覚えたいのに、その技術は教えてもらえず、奴隷にダメ出しされ続けるから精神的にもたないのだ。
 まだ、技術を教えてくれれば我慢できる人間は見つかるかもしれないが、借金の為ギルドの依頼を受けたがどうしても耐えられなかった。

 3日後、又アリベス達生産ギルドがやってきていた。

「アリベスさん、やっぱもうやめましょう……俺もそんなに暇じゃないんですよ」

「ですが……ならなんで、技術を教えてあげないのですか?」

「研磨の基本は、まずバフ作りから始まるからですよ。当然弟子である人間にはそこから覚えてもらいます。そうなると、賃金は最低ランクになるのはしょうがないじゃないですか」

「しかし、あの者達は……」

「借金は俺には関係ない事ですよ。それなら、あのような中堅生産者じゃなく、若くて借金のない人間を紹介してください。それでもやることは同じですよ」

「……」

 アリベスは黙ってしまった。それは当然であり、そんな若い人間が一生下働きを決断するとはあり得ないからだ。ヒロトシも最初からギルドの紹介する人間をあてにはしていなかった。
 新しく広がった土地には、研磨工場や鍛冶工場や材木工場を建ててもらっていた。完成したら、奴隷を何人か購入しようと考えていたのである。

「まあ、もう無理でしょ?1日も続かないんじゃどうしようもないですよ。それに、あの人達は自分の立場をわかっていないしさ」

「ですが……」

「貴方達ギルドがどうこう言っても、3ヶ月先に借金を返せなかったら奴隷に落ちるんですよね?」

「はい……期限が切れればしょうがありません」

「あの方たちには、研磨をやらせると言うより自分の持っているスキルの事をやらせた方がいいですよ。その方が借金を返す事が出来るかもしれないしさ」

「分かりました……」

 結局生産ギルドは、研磨技術を手に入れる事が出来なかった。そうしている内に、㋪美研の敷地内には工場が建設され、従業員としてヒロトシが奴隷商店で生産能力のある人間が何人か購入したのだった。
 そして、敷地内には奴隷達が生活する寮も建てられた。3人一部屋の立派な部屋が作られ、奴隷達はヒロトシに感謝したのだった。
 そして、訓練が出来る広場も設置された事で、護衛メンバーはいちいち冒険者ギルドの訓練場に行く必要もなくなったのだ。

 鍛冶工房では手鏡や食器の鋳型を取り。材木工房では鏡をはめこむ木工細工を作り、研磨工場ではそれを磨く事が出来て、生産力が一気に上がる事になる。






 ところ変わり、ここは森の中。その中をまだ成人前の子供が数人と20代とみられる女性が走っていた。森をあり得ない速さで走り、まるで忍者のようだった。

「お前達!もっと静かに足音を立てず、しかしもっと早く走るのだ」

「「「「「はっ」」」」」

「ここを抜けたらミトンの町だ」

 北の森を走り抜ける影が、ミトンの町に向かって走っていた。

「いたぞ!」
「奴らを逃がすな!」
「絶対に殺せ!」
「闇ギルドにはいったら、抜け出す事は許さぬ」

 20代の女性と子供達は、闇ギルドから抜けようとして逃げていた。

「カエデ様!このままでは!」

「いいから!早く走る。お前達はミトンの町に逃げ、あの方を頼るのだ。あの方なら必ずや……危ない!うっ」

「「「「「カエデ様!」」」」」

 カエデと呼ばれた女性は、子供のアサシンを庇い抱きかかえ地面を転がった。カエデの肩口にクナイのようなものが刺さっていたが、カエデはそれを抜きヒールとキュアポーションを飲んで回復させた。そして、クナイがとんできた方向にそのクナイを投げつけた。

「ぎゃっ!」

 カエデの腕は追いかけてきたアサシンより数段上で、アサシンの脳天を貫き返り討ちにした。

「みんな早く南に走れ!」

「「「「「は、はい!」」」」」

「くっ……まさか、カエデが闇ギルドを裏切るとは……者共!カエデと下忍を絶対に逃がすな」

「「「「はっ!」」」」」

 下忍とは、闇ギルド諜報部隊の見習いである。誘拐された子供達を、諜報部隊として育てている途中の子供達を指す。この子供達が育てば、アサシンとして闇ギルドの活動を担う事になる。

 いままで、闇ギルドから抜けようという人間は殆どいなかった。抜けようとした人間は、始末され絶対に逃げきれないとされていたからだ。
 しかし、2年前にヒロトシがミトン支部を2度にわたって壊滅させた事で、闇ギルドの中に変化が起きてきていたのだ。

「いいわね。貴方達はこのままミトンの町に行き、㋪の協力を仰ぎなさい!」

「しかし……我々だけでどうやって……」

「あたしのこの手は汚れてしまっているわ」

「そんな事はありません!カエデ様は、わたし達を闇ギルドから脱出させてくれました」
「そうです!カエデ様も一緒に!」

 カエデ達は、追手から必死に逃げながら、ミトンの町を目指していたのだ。子供達は誘拐され諜報活動する為だけに鍛えられていた人生だった。
 しかし、ここにきてヒロトシの性格や権力が闇ギルドにも届き、逃げ出す人間が増えていた。カエデ達も又、今までの人生に嫌気がさし、闇ギルドを逃げ出していた。

「でも、その人物は我々を保護してくれるのですか?」

「それはあたしにもわからない……でも、あたし達にはそれしか……」

「そうよ!今はあの英雄の噂を信じましょう!」

「もっと足音を消して!気づかれてしまうわ!」

「「「「「はい!」」」」」

 カエデと子供達5人は、月明かりの北の森を南に突き進んでいた。

「くっそお……諜報見習いだけあって足跡が消えている……」
「イチ!この方向はひょっとして、ミトンの町に向かっているんじゃないのか?」
「なるほど……あやつら、まさか⁉」
「ああ……ニも気づいたか?」
「不味いぞ!又、あ奴が出てきたら今度こそ闇ギルドは壊滅しかねない」
「だが、行先さへ分かれば、あ奴らは袋のネズミよ!」

 イチとニと呼び合った黒ずくめの男達は部下に指示を出し、カエデ達の痕跡に関係なくミトンの町に向かったのだった。

「カエデ様……追跡が無くなったようです」

「そんなはずは……」

 今まで、追跡されていた気配があったのに、それが無くなっていたのだ。

「「「「た、助かったあ……」」」」

 下忍である子供達は、緊張が解けたようでホッとため息をついたのだ。

「お前達油断するんじゃない。闇ギルドがそんなに甘いはずないだろ」

「しかし、追っ手をまいたのは確かのようですし……」

「いや、ここはもっと慎重にミトンの町へ向かおう。出来るだけ足跡など残さず向かうぞ」

「「「「「はい」」」」」

 カエデは、5人の子供達にそう言い聞かせて、慎重に行動する様に指示をしたのだった。




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