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第2章 研磨という技術

8話 ミスリルの武器

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 冒険者ギルドが、ヒロトシの素材を諦めて帰ってから数日が過ぎて、とうとうミトンの町には、ガーラの町からの塩の行商がこなくなってしまい塩が高騰していた。
 これには、領主のシルフォードは頭を抱える事になった。冒険者に依頼を出してはいるが、商人とは違い商売で動いているわけではないので、安く仕入れる手段が無かった。
 しかし、商人の護衛をすると商人が犠牲になる。こんな事は初めての経験で、山賊があまりに強すぎるのだ。ガーラの町の塩の行商は、ミトンの町以外には普通にこなせているのである。山賊は意図的にミトンの町に塩を送らない様にしていた。

「どうしたらよいのだ……」

「領主様……山賊は、意図的に妨害している節があるのです」

「一体どういう事だ?」

「冒険者達の報告によれば、山賊をどうにかしないと行商人が、ミトンの町には塩を行商するのは見合わせてほしいと……」

「山賊をどうにかか……」

「その山賊はどういう訳か、ミトンの町へ塩を送る行商の情報をばっちり掴んでいるそうなんです」

「という事は、ガーラの町には山賊と繋がっている者が?」

「そういう事です。しかし、ガーラの町からミトン以外の町に、塩を行商しても襲わない事という不思議な現象が起こっているのです」

「馬鹿な!」

 シルフォードは、テーブルを叩いて大きな音を出し、怒りをあらわにした。

「あの……領主様……」

「なんだ?」

「これはもう、山賊をどうにかしないといけないのでは?塩の輸送も大事だとは思いますが、冒険者ギルドに依頼を出す内容は、山賊の討伐に変えた方が……」

「しかし、あんな大規模な山賊をどうにかできるというのか?」

「出来るかどうかではありません!やらなければ、このミトンの町は塩が入ってこないのですぞ?」

「た、確かに……それではすぐに、冒険者ギルドに依頼の変更だ!」

「「「「「はっ!」」」」」」

 シルフォードは、塩の輸送を取りやめて、山賊の討伐依頼に差し替えたのだ。



 その頃、ヒロトシは㋪でミスリルの装備を売り始めたのだ。

「おいおいおい!マインちゃん、なんでミスリルのロングソードがこんなに安いんだよ?」

「マサ様……安いと言っても、120万ゴールドですよ」

「相場は200万ゴールド以上だよ。本当にミスリル100%かよ?」

「鑑定のある人間に、確認してもらえばわかると思いますが、ご主人様は絶対にそんな詐欺をするような方ではありません!」

「そんな怒るなよ。こんなに安いと、疑いたくもなるだろ?」

「わたし達は、ご主人様が作った商品に誇りを持って販売してます。疑う人に販売は致しません!」

「疑ってる訳じゃないんだ……それに、ロングソードだけじゃなくショートソードやダガー等多岐にわたっている。この量のミスリルを一体どこで?」

「入手経路は商人の財産です!そんな事、言えるわけないじゃないですか」

「そりゃそうだけどよ……」

「それに、多岐にわたると言っても、各種2本づつしかないじゃないですか?」

「いやいや……ミスリルの装備が、個人店で2本づつだぜ?ミスリルを購入するのに、どれだけ大変か知っているのか?」

「知ってますよ。だから、入手経路はこの店の財産なんじゃないですか。いいですか?ご主人様は独自の販売ルートを持っているという事です。それにより、日頃研磨をご利用してくれる冒険者の皆様に感謝をこめて、格安で販売しようとしているんじゃないですか」

「それは、こちらとしてもありがたいよ」

「だったら、そんな疑わなくともいいじゃないですか?それとも、この装備を奥にしまって一本づつ相場の値段で、売った方が納得できるというのですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それでは俺達が……」

「そうでしょ?ご主人様は、日頃の感謝を形にしただけです。本当にお優しい方なんですよ」

「わかったよ。ヒロトシをちゃんと信じるから、ミスリルソードを1本くれ」

「ご購入ありがとうございます」

 マインとアイの二人は、購入した人間のギルドカードの提示を求めて、それを商品を誰がいつ何を購入したのか記帳していた。

「何をメモっているんだ?」

「この値段で購入できるのは、最初の一本だけになりますから記帳しているのでございます」

「なんで、この1本だけなんだ?」

「先ほど言ったように、ご主人様は日頃の感謝を一人でも多くの冒険者の皆様に返したいからですよ。そのロングソードは一生ものという事ですよ」

 ミスリル装備は、殆どの冒険者にとって一生物の装備品になる。たしかに戦闘中でソードが折れる事もあるが、ミスリルが折れるような魔物と戦って武器が折れた地点で、その人間の人生は詰んでいるだろう。
 買え変えるとしたら、それ以上の物になるのは明白である。ミスリルをそんなに何回も買い替えるような事は絶対しないのである。
 もし、そんな事をする人間がいるのなら、少しでも安い物を買い他の町で転売するような、人間しかいないのである。

「なるほどな……」

「そういうことです。そういった行為は、ご主人様の理念から外れる事になるので、その防止になります」

 今日、偶然㋪に来た冒険者達は運が良かっただけだった。ミスリル装備がスムーズに格安で手に入ったからだ。この事は、すぐに冒険者ギルドで噂になった。そして次の日、うわさを聞き付けた冒険者で㋪のホールは大混雑したのだった。
 そして、この騒ぎはCランク冒険者達のやる気を、さらに加速させる事になった。自分達も早くBランクに上がって、安くミスリル装備を手に入れて、研磨をしてもらうのを目標にしたのだった。
 そして、Bランクの冒険者は領主の依頼を受けるのに、ミスリル装備が欲しかった。今回、山賊を討伐するのにミスリル装備は必須と考えたからだ。

 この噂は、生産ギルドも聞きつけて㋪にやってきたのだった。

「ヒロトシ殿と面会させていただきたい!」

「これはこれは、生産ギルドの皆様よくおいでになられました」

「そのような挨拶はどうでもよい!早くヒロトシ殿と……」

「申し訳ありませんが、我がご主人様にどのような用事で?」

「ミスリルの件だ。あのミスリルをどこから?」

「そういう要件ならお引き取りして頂けますか?」

「なぜだ!お主達では話にならん。ヒロトシ殿と面会させてくれ」

「申し訳ありません。時間の無駄でございます……仕入れルートなど話せる訳がありません。そんな事で、ご主人様の時間を無駄にするわけにはまいりません」

「そんな事を言わないでくれ!」

「生産ギルドのギルドマスターなら、今のご主人様の立場は分かっているとおもうのですが違いますか?」

「何を言っておる?」

「ロドン様、商人ギルドのギルドマスターはちゃんと把握しておりました。もし、ご主人様と面会したいのであればアポイントを取ってもらうのが礼儀ではないですか?ご主人様は鏡の生産、冒険者達の研磨作業、ミスリルの仕入れと忙しい身なのです」

「しかし、ヒロトシ殿は生産ギルドと対等の立場だと……」

「それは鏡を取引をした時の事ですよ。今やもう、領主様から感謝状を送られて、町の英雄の地位を得ています。ご主人様は商人ギルドに所属しているのに、その商人ギルドのギルドマスターであられるベネッサ様は、礼儀を尽くしてくれているのですが、生産ギルドではその礼儀はいらないと言うのですね?」

「そ、それは……」

「まあ、いいです……今回ミスリルの事に関しては一切ノーコメントと言う事ですので、アポを取る事は無理だと思ってください」

 今までとは違う、完全な拒絶に生産ギルドの面々はその場にたたずむしかなかった。実際に、ヒロトシは生産ギルドには所属などしておらず、ただの取引先の商人なのである。
 つまり、領主に感謝状を送られ、町の英雄と領主自ら認め、今やこの町のギルドマスターより立場は上である。

「ですが!あのミスリルも余裕があれば、生産ギルドと取引をしていただきたいのです!」

「それは、今の所考えてはおりません。あのミスリルは冒険者へと還元する事の方が大事と、ご主人様から言いつけられております」

 ヒロトシの目的は、目先の金ではない。冒険者が強くなり、今後その武器を㋪で磨きの依頼をさせることにある。冒険者がミスリルの装備を買う事で、死なない様にするのが目的である。

「そんな!ヒロトシ殿は、ミスリルをあんな値で売ってどのような得があるのです?それなら生産ギルドに、ミスリルを売った方が得になるではありませんか?」

「ご主人様の経営方針に異論などございません。それに、鏡台は生産ギルドに莫大な利益を生んでいるではないですか?あれもこれもというのは、少々厚かましいというものではありませんか?」

「厚かましいだと⁉奴隷風情が、調子に乗るんじゃない!」

 マインは、ギルドマスターのロドンに怒鳴られたのだった。そして、頭に血が上ったロドンは、マインの胸ぐらをつかみかかろうとしたのだった。

「ギルドマスター、おやめください!」
 
 副ギルドマスターのアリベスと幹部の人間が、慌てて止めに入ったのだ。

「離せ!なぜ止める!奴隷になぜここまで言われなきゃならん」

「ギルドマスター、もし暴力沙汰になれば、ヒロトシ様は生産ギルドとの繋がりを平気で切りますよ。ヒロトシ様は奴隷を奴隷とは思っていません。忘れてしまったのですか?」

「ぬぐぐぐぐ!」

 アリベスは、ギルドマスターをギリギリのところで止める事が出来て安堵していた。もし、マインを傷つけたら本当に鏡の取引が無くなるからだ。
 ヒロトシは、その奴隷を傷つけられただけで、この町の闇ギルドを壊滅させてしまった人間なのだ。今やもう、生産ギルドとの関係は対等ではなく、生産ギルドは明らかに㋪の機嫌を取り、生産ギルドが取引をさせてもらっている立場になっていた。

「ギルドマスター……今は引くことがベストです……」

「何を言っておる!引いてどうするというのだ?」

「今のこの状況が分かっているのですか?ちゃんと手続きを取ってからじゃないと、本当にヒロトシ様は生産ギルドと繋がりを切りますよ」

「……わ、わかった」

 ギルドマスターは不服そうにして、㋪を出て行くのだった。そして、アリベスと幹部達はマインとアイに深々と頭を下げ、ギルドマスターの失礼を謝罪したのだった。

「わたし達に頭を下げるのはやめてください」
「そうです。わたし達は、ご主人様の言いつけに従っただけでございます」

「そ、それでも、ヒロトシ様にお伝えください」

「「わかりました」」
「次、面会をする時には、アリベス様と幹部の皆様だけでよろしくお願いします。その方が話は進むかと思いますので」

 アリベスは、目を見開いて驚いた。奴隷達が、こんな事を自分達の意思で言うはずがないからだ。つまり、ヒロトシはこうなる事を読んでいて、この奴隷の二人に言いつけていたと思ったのだ。

「わかりました。後日又改めて、わたし達でお伺いにあがります」

「「お持ちしております」」

 マインとアイは、笑顔で生産ギルドの人間を見送ったのだった。


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