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第1 章 自分だけの職業

29話 生産ギルドとの繋がり

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 ㋪で鏡の部品のプレートを依頼すると、他の生産者は飛びついた。値段は普通だが、定期的に必ず出る依頼で、人気の商品に携わることが出来たと言えるからだ。
 しかし、寸法が合わなかったり、表面がボコボコがひどい場合、ヒロトシは容赦なくやり直しを求めた。

「すいません……この道具はやり直しで」

「なぜだ?ちゃんと円型プレートになっておるじゃろ?」

「この折り曲げる位置が違います。直径10cmの円だと指示書にはあったはずです。5mmもサイズが違うじゃないですか」

「5mmって……そんなたいした……」

「5mmも違えば木工細工にはまらなくなります。表面のボコつきはなんとかなりますが、サイズが違えば商品にならないのです」

「わ、分かったよ……」

 そして、木工細工の方もプレートをはめこむ溝の位置が違う物があったりして、やり直しを求められていた。
 ヒロトシは、依頼を出したプレートをベビーサンダーで仕上げ直して、50枚を1日で磨き終えて、後の組み立てはガインとブロッガンに任せた。そして、1ヶ月に一回その鏡を売り出すのだ。


 後日、予想としていたことがあまりに違い過ぎて、生産ギルドのギルドマスターと副ギルドマスターが、ヒロトシの店にやってきていた。

「ヒロトシ殿……これではギルドにあまり売り上げが入ってこないのだが……」

「オイオイ、いきなりだな……こんな定期的に依頼を入れて、俺とのつながりは絶やしていないじゃないか?」

「それはそうかもしれないが……月に50個の鏡だとは思わなかっただよ」

「だが、生産ギルドは俺とのつながりが欲しかったんだろ?これが今の俺には限界だよ……メインの売り上げは冒険者達の装備なんだからな」

 生産ギルドは、鏡の売り上げもとんでもなく多くなると思っていたので、拍子抜けして苦情を入れに来ていたのだった。

 つまり、生産ギルドには依頼料のプレート300ゴールドの20%である60ゴールド、木工細工250ゴールドの20%50ゴールド。計110ゴールド×50の5500ゴールドだったのだ。
 しかし、ヒロトシもこれでは生産ギルドが、文句を言ってくることを予想していた。その為の対策もすでに用意していたのだ。

「もうちょっと生産数を上げれませんか?」

「今のところは無理だな。しかし、もうちょっと待っていてくれないか?」

「なにか、考えているのですか?」

「ああ!あんたたち、生産ギルドには損はさせないと言ってただろ?」

「こう言っては何なんですが……今のままでは得になるような事は……」

「まあ、待ってな。そろそろ、答えが返ってくると思う」

 その日は、生産ギルドには悪いと思ったが帰ってもらった。

「ガイン、ブロッガンどうだ?バフは完成したか?」

「主、これでどうだ?」

「まだ駄目だ!それじゃあ、ニカワの量が多い。それじゃバフが固くなる」

「これでも駄目なのか……」

 ヒロトシは、二人に研磨技術を教えていた。いずれこの二人に鏡の研磨をやってもらうためだ。今は鏡の部品を外注しているので、この二人は手が空いているので、研磨職人の雑用をしてもらっている。バフづくりは研磨職人になる為の基本である。




 するとそこに、セバスが慌てた様子で、工場に入ってきたのだった。

「ご主人様大変でございます!」

「領主様がやって来たか?」

「何でそれを?」

「この間、優良店営業許可書を領主様から貰っただろ?」

「はい!」

「そのお礼を返しておいたんだよ」

「お礼って、いったい何を返したのですか?」

「そんなの鏡に決まっているじゃないか。領主様の奥方様にと言って、鏡台をプレゼントしておいたんだ」

「そ、そうだったんですか?とにかく、領主様を客室に案内しています。急いで客室の方へ」

「わかったよ。じゃあ、ガインとブロッガンは、バフ作りをもう一度やり直しな」

「「は、はい!」」

「それとブロッガン、お前にはもうちょっとで弟子への仕返しが出来るから楽しみに待ってろよ」

「それはどういうことですか?」

「まあ、楽しみにしといてくれ」

 そうして、ヒロトシはまあまあと言って笑いながら、急いで客室に向かったのだった。

「領主様。お待たせしまして申し訳ございません」

 するとそこには、領主だけでなく奥方様も一緒に来ていた。

「貴方がヒロトシさんですか。お初にお目にかかりますシルフォードの妻でベルナータ=ミストと申します」

「俺はヒロトシと言います。どうぞよろしくお願いします」

 ベルナータは、まだ若く27歳の女性だが落ち着きがあり、優雅なたたずまいで気品というものがあった。

「ヒロトシ君、今回はあんな凄いプレゼントをありがとう。妻も娘も喜んでおるよ」

「気に入ってもらって、こちらとしても嬉しいです」

「そうなんですよ。前のお茶会では、話題の中心はあの鏡台の事で持ちきりでしたわ」

「そうでしたか。それは良かったですね」

「はい!」

 貴族達のお茶会は、珍しいものを自慢する会でもあるようで、その時はベルナータが主役となったそうだ。

「それで、これは鏡台のおれいだ。受け取ってくれ」

 シルフォードは、ヒロトシにミスリル貨を20枚差し出してきたのだ。

「これは貰えませんよ……」

「いや、是非とも受け取ってほしいのだ……」

「このお礼を受け取ったら、領主様からもらった優良営業店のお礼の意味が無くなるから受け取れませんよ」

 すると、シルフォードは日頃から町の事で、妻のベルナータには贅沢をさせられなかったことを、話し始めたのだった。

「実は情けない話なのだが、町の財政難の事で妻にはずっと贅沢はさせられなかったのだ。それゆえに、いつも他の貴族から自慢話ばかり聞かされてばかりだったのだが、ようやくあの鏡の事で妻が主役になれたのだ」

「そうです。あんな気持ちの良かったお茶会は初めてでしたわ」

「だから、これは感謝の気持ちだ。本当に受け取ってほしいのだ」

 ヒロトシは、ミスト夫妻からの謝礼を受け取ることにした。そして、また今度違う物を送ることを約束した。領主たちはある事を伝えて、気持ちよく帰っていったのだった。

 それから数日後、生産ギルドから、副ギルドマスターのアリベスが慌てた様子で、㋪美研に訪問があったのだ。

「ヒロトシ様!大変です。鏡台の受注がありました」

「ようやく来たようですね。何台入りましたか?」

「3台です!」

「これからは生産ギルドが、貴族様からの窓口はギルドで行なってください。そう何台も作れないので、その辺は調節をお願いします」

「分かりました!本当にありがとうございます。これがギルドにとってのお得だったのですね」

「まあ、そういう事だな。俺の所は生産ギルドに、この鏡台を50万ゴールドで販売するから、仲介料として中間マージンをギルドで取ってくれたらいいよ。相手は貴族様だから、それなりの金額がギルドに入るはずだ」

「それはもう!」

「だけど、あくまでも俺と生産ギルドは同じ立場だという事を忘れないでくれよ?」

「分かっています……貴方を怒らせるほど、ギルドは馬鹿ではありません。これからも良いお付き合いのほどよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 ヒロトシとアリベスは、お互いを見つめ合って、プッと噴出して笑いあったのだった。こうして、ヒロトシは、領主・冒険者ギルドと生産ギルドの3つの大きなパイプを手にしたのだった。




 そして、一方……

「どういう事だ?せっかく、この店を我が物にしたのに!」

 机を、大きな音を立てて、殴り飛ばした男がいた。

「主様!銅鏡のキャンセルが相次いで来ています!」

「どういうことだ?」

「キャンセルをした貴族様からは、銅鏡の時代は終わったらしいとしか……」

 銅鏡とは、砂で型を取り、そこにドロドロに溶かした銅を流し込み、鋳型を取って製作する。
 そして、裏面となる鏡の部分を丁寧に金やすりで真っ直ぐに砥いでいき表面を滑らかにしていく。最後は炭で磨き上げる。この工程は本当に時間がかかり大変なのだ。
 しかし、ぼやっと映る銅鏡は、ヒロトシが磨き上げた鏡とは雲泥の差で、貴族達はベルナータの屋敷で見た、鏡台に魅了されてしまっていた。

 そして、貴族達はブロッガンから店を乗っ取った男の店でさらに磨き上げた銅鏡をキャンセルして、生産ギルドミトン支部に注文を入れたのだった。

 これは、ベルナータが他の町の貴族にどこで購入できるか教えた事だった。

 銅鏡を主体として店を開いていた、ブロッガンの元店は一気に経営不振に陥ったのは言うまでもなかった。


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