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第1 章 自分だけの職業

22話 ミトンの町の領主

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 次の日、ヒロトシは一人で領主の屋敷の前にやってきていた。領主の屋敷は本当に大きく、門の前には私設兵団が厳重に屋敷を守っていた。
 この町の領主は、ロドン王国の伯爵でシルフォード=ミストといった。王国でも正義感溢れる人間で、国王からも信頼が厚い人物である。
 そういった人間だからこそ、自分が治める領地の人間には、なるべく幸せに生活したいと思い、税率もギリギリに抑えていて、それもあり町の人間からは慕われていた。

「止まれ!ここから先は領主様の屋敷になる。用事のないものは立ち入り禁止だ」

「すいません……俺は㋪美研の店主ヒロトシと言います。今日は領主様に呼ばれてきました」

「これは失礼しました!話は聞いています。申し訳ないのですが、身分証のご提示をよろしくお願いします」

 さすが、領主の門番である。きっちり身分証の提示を求めて、安全人物かどうかのチェックがしっかりしていた。ヒロトシはギルドカードを提示しニッコリ笑った。

「協力感謝します。それではこちらにどうぞ」

 門番に屋敷の門まで案内された。ヒロトシはさっきのが門だと思ったが外壁だったようだ。そして、内壁の門からは執事が迎えに来ていた。屋敷の中に入ると、メイド達が整列していて、一同そろって頭を下げられたのだった。

「ど、どうも……今日はお招きありがとうございます」

「ヒロトシ様。そんなに緊張しなくてもよろしいですよ。わたし達は家の管理を任されている人間です」

「そ、そうか……ははは」

 あまりにそろってお辞儀をされると、やっぱり緊張してしまうものである。執事にそう言われて愛想笑いをしてしまうヒロトシだった。そして、執事の人に客室に案内されたのだった。

 ヒロトシは緊張して、領主を待っていた。部屋の中は、絵画が掛かっていたリ高そうな壺など飾ってあった。

「はぁ……高そうな壺だな?だけど、こういった絵画や壺があると、部屋が豪華に見えるよな」

「はははは!私のコレクションが気に入ったのかい?」

「あっ……すいません。勝手に色々見て回って……」

「私が、この町の領主のシルフォード=ミストです」

「あっ。俺はヒロトシといいます。㋪美研の店主をしています。今日はお招き本当にありがとうございます」

 ヒロトシは、緊張がMaxになり直立不動となった。領主はまだ40代半ばの素敵な感じの人だった。その姿は30代前半と言っても信じられるほど若かったのだ。

「そんなに緊張することはないよ。まあ、席に着きなさい」

「は、はい!」

「こう見たら、本当に子供のようなんだが、君が風の群狼を本当に討伐してしまったのかい?」

「はい。そうですが……」

「いや、すまないね。信じていないわけじゃないんだが、こう見ると本当に成人前の子供にしか見えない物だから、世の中は広いと思ったんだよ。気を悪くしたらすまない」

「俺は、あんまりそのあたりの事は意識してなかったので大丈夫ですよ。ただ、あの錬金術師と風の群狼が、俺の家族に手を出したので叩き潰しただけだったんだ」

「そのおかげで、わたしの町の犯罪組織の一つが排除出来たんだよ。本当にありがとう」

 シルフォードは、ヒロトシに深々と頭を下げたのだった。

「わぁあ!領主様が、俺のようなものに頭なんか下げないでください。恐れ多いですよ」

「いやいや、今日は君にお礼を言いたくてここに招いたのだ。本当にありがとう」

 その時、部屋の扉がノックされたのだった。すると、先ほどの執事が豪華なお盆に、お金をいっぱい入れた革袋を持ってきたのだった。

「ヒロトシ君、今回犯罪組織を潰してくれた礼だ。受け取ってくれ」

「こ、こんなに?」

「これでも少ないぐらいだが受け取ってほしい」

 ヒロトシはギルドで、差し出された物は受け取るようにと教えられていた。貴族から出された礼は、受け取るのが礼儀だと教えられていたからだ。
 そのお盆に乗っていたのは、全部ミスリル貨で50枚ぐらいはあると思われた。

「これで少ないって……もらい過ぎなような感じもしますが、ありがたく受け取らせていただきます」

「理解してくれてありがたいよ」

 ヒロトシは頭を下げてそのお盆の上の物を受け取った。すると、シルフォードは話題を変えてきたのだった。

「ヒロトシ君、君は㋪美研の店をやっているのだろ?」

「はい」

「君の店は繁盛していると聞くが、この先どのように目標を立てているのか聞かせてほしいんだ」

「目標とは?」

「この先どのような商人になるかという事だ」

「ああ、なるほど……領主様、心配はいりませんよ。今のとこ、俺はこの町が気に入っています。他の町に商売の手を伸ばす事は考えていませんよ」

 それを聞いた、シルフォードは安堵したようだった。ここでヒロトシが移住したりすると、税金が少なくなるのを恐れたのだった。

「そ、そうか。それを聞いて安心した」

「あの領主様……そんなに心配するほど税金が厳しいのですか?」

「こ、これ!領主様になんて事を!」

 執事が、ヒロトシの言葉に口を挟んできた。

「いや、クロードよい……そうなのだ……わたしは町の人間を大事に思っておる。だから税率も低くしている。そのため、君のような店にはこの町で商売をしてほしいのだ」

「絶対とは言えませんが、今の所俺はこの町を離れるつもりはありませんよ。家も店も買ったんだし、そんな勿体ない事はしませんよ」

「家や店を買ったでは安心材料にはならんな……」

 シルフォードは、そういって暗くなってしまった。ヒロトシからすると家や店をこの町に買ったのだから、移住する事はないと言っているものだったが、商人は商売が軌道に乗れば当たり前のように、もっと大きな町へと移住してしまうのが普通だった。
 移住を考えるような商人は、家をいくつも持っているもので、大きな町で商売すればそれだけ儲かるので、家を買ったとかそんな事は気にしないものなのだ。

「えっ……なんでそんなに落ち込んでいるのですか?」

「ヒロトシ君はまだ若いからかもしれんが、君のように儲ける商人はいずれ大きな町に移住するのが普通だ。それを止めることは、私達にはできんからな……」

「そのあたりの普通は俺には分かりませんが、そんなにこの町は財政難なんですか?」

「財政難とは言わないが、裕福というわけでもないんだよ。って……私は君のような子供に何を言っていたんだろうな……今の言ったことは忘れてほしい……すまなかった」

「あの、ちょっとよろしいですか?」

「なんだい?」

「領主様は、何かを売ったりしないのでしょうか?町の名産とは言いませんが、他の町にないものを売ったりは?」

「馬鹿な事を言うものではありません!当主様は、そんな事をやれるほど暇だというのですか?」

 とうとう、執事が大きな声を出す事になってしまった。

「まあ、待ちなさい!それはどういう意味で言っているのか。聞かせてもらえるかい?」

 シルフォードは、ヒロトシが子供だと思っている為、怒らず話しを聞こうとした。

「申し訳ありません。そういうつもり言ったんじゃありません。今回の事件の事です」

「今回の事件?」

「ええ。人攫いの首謀者ですよ。あいつを、利用できないのかと思ったんですよ」

「それはどういうことだい?」

「あのブルクという男は、今町の奴隷として働かされていると思うのですが……」

「ああ、その通りだ。いつ起こるかわからないスタンピードの為に、ヒールポーションの在庫を作らせておる。あいつは一生ポーション製造機として利用することに決まった」

「それはいいのですが、あいつにはシャープネスオイルの技術がありますよね?」

「しかし、その技術はヒロトシ君の研磨技術によって、使い物にならなくなったではないか?」

「そんな事はありませんよ」

「どういう事だ?」

「あのブルクは強欲だった為、1本1万ゴールドで販売していたのは知っていますよね?」

「そこまでは……」

「そうですか?今、あの技術は領主様の物ですよね?そのレシピをブルクから開示させるのです。そして、領主様の物として1本適正価格として600ゴールドで販売すればいいんですよ」

「だが、買ってくれる人がいないんじゃ……」

「いえいえ、その値段ならCランクまでの人間でも購入可能ですよ。それに、Bランク以上の人も研磨した武器に使えばもっと攻撃力は上がる為利用価値は充分です」

「な、なるほど!」

「このレシピは外に漏らさないで、領主様の所有する奴隷に作らせるのです。そうすることで、町の特産にすればいいのですよ」

「おおおお!それは良いアイデアだ!クロード、すぐに会議の手配を!そして、ブルクにオイルのレシピの聞き取りをするのだ!」

「しょ、承知しました!」

 ヒロトシのアイデアに、執事のクロードは目を見開きおどろいて、シルフォードの指示に部屋を出て行ったのだ。

「生産が可能になったら、商人ギルドや冒険者ギルドで他の町に販売して貰えば外貨を手に入れる事が出来ますし、財政は上向くかと思いますよ」

 それを聞き、シルフォードは成人前の子供に教えられて、目からうろこが落ちたような気がした。

 そして、シルフォードはヒロトシの手を笑顔で握ったのだった。この、少年は絶対に他の町に移住させてはいけないと、シルフォードは強く思ったのだった。

「こんなアイデアがあるなんて!君には本当に感謝しかない」

「いえいえ……お役に立てたなら幸いです」

「私は本当に、君を移住させたくなくなってきた。頼むこの通りだ。このまま、ミトンの町で商売を続けてくれないか?」

「いや、それは約束できませんよ。今は、移住する気はありませんが、気になる事はありますからね」

「気になる事?それは一体なんだ?」

「今回の件で、俺は犯罪組織の一個を潰したんです。それがどういうことか分からないわけではありませんよね?」

「君は闇ギルドの事を言っているのかい?」

「それは当然でしょ?闇ギルドの人身売買という資金源が無くなったんです。いつ報復があるか分からないですからね。この町で生活するより、他の町に移った方がいい場合もあります。それらを見据えないと、俺の家族が危険にさらされる事になりますからね」

「な、なるほど……」

「まあ、そんなに落ち込まないでください」

「だが、相手は闇ギルドだ。私は君に、この町に残ってほしいが、そうなると話が変わってくるから無理強いはできんよ」

「そう言ってくれるのはありがたく思います。俺もせっかく買った家と店を簡単に手放すつもりはありませんから、僕の自由にさせてくれるとありがたく思います」

「ああ……わかったよ。私達にどうこう出来るものとは思えんしな。君にまかせるよ」

 こうして、領主に感謝をされてヒロトシは帰宅したのだった。



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