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第1 章 自分だけの職業

11話 初めての客

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 セバスたちが困惑して、屋敷の中は何とも言えない雰囲気だった。それも当たり前で、食事は13人分同じ食事を用意させられて、メイド達も同じ食卓に着かされたからだ。

 そして、みんな揃って夜7時に食卓を囲み家族団欒を楽しみ、その後はヒロトシが魔法で風呂に水を張り、湯沸かし魔道具を起動させた。
 そして、アヤ達は風呂に入るように勧められたから驚くのは無理もなかった。

「何を言っているのですか?ご主人様より早くお風呂に入れるわけがありません」

「なにいってんだよ。風呂は二つあるだろ?俺は男子風呂にセバスと入る。アヤたちはこっちに女性達だけで入るんだよ」

「旦那様!私が旦那様一緒の風呂に?わたしはあとから、いいえ!井戸の水で十分でございます。一緒に風呂だなんて恐れ多い!」

「ったく……そんな事気にしなくてもいいから、早く入れ!お湯が冷めてしまうぞ!」

 ヒロトシは、有無も言わせずみんなを風呂に入れた。風呂には木の桶や石鹸も用意してあり、セバスたちは初めての風呂を堪能したのだった。
 次の日から、一日の流れで足りない物があったら買い足して、お店の準備をしていくのだったこうして、ヒロトシはセバスたちの意識開拓をして、一日一日を過ごしていったのだった。




 それから一か月が経ち、ようやくお店の準備が整い、お店の看板は㋪美研と名前が決まり、店舗にでかでかと掲げたのだった。

 とりあえず、ヒロトシは町の掲示板にお店の宣伝を張り紙にした。この掲示板は、町に住む者なら誰でも使用しても構わない物で、町の広場に設置されていた。
 この町には、いろんな人がやってきて、お店の宣伝や伝言板などに使われていた。冒険者達もパーティーで活動しているので、遅刻した人間に連絡いれたりして、町の人にはありがたいものだった。

「ここに張ったらいいのね」

「おい、姉ちゃん!新しい店の宣伝か?」

「は、はい!そうで……すが、なにか?……」

 ヒロトシに頼まれ、張り紙を張りに来たアヤは、声をかけてきたスキンヘッドの大男にビビってしまっていた。

「どんな店なんだ?食い物屋か?」

「い、いえ違います……冒険者の人の武器を磨くお店です……す、すいません」

「武器を磨く?なんだそりゃ?」

「く、詳しくは、お店に来ていただけると……」

「そんな訳の分からん商売怪しくないか。本当に大丈夫なのか?」

 アヤは、主の事を馬鹿にされたようで憤慨した。今まで、その男の容姿に恐怖していたが、言いかえしていたのだった。

「ご主人様は立派な方です!なにも怪しくなんかありません」

「お、おい……そんなに怒るなって。俺は只、そんな武器を磨く事なんて意味があるのかって思っただけで……」

「そんなに言うのなら、一緒に来ていただけますか?ご主人様は、この商売は絶対に必ずみんなの役に立つおっしゃって……」

 アヤは、自分に食事やお風呂もくれて、ヒロトシを立派な方だと思っていた。その主人を馬鹿にされたのが悔しくて、目に涙を溜めていたのだった。

「分かったから泣くなよ。俺は悪気があって言ったんじゃないからよ」

「だったら、ついてきてください」

 アヤは、その大男の手をお店まで引っ張っていったのだった。その様子を広場にいた人間は見ていて、その中の冒険者は急いでギルドに報告したのだ。



 お店の中に引っ張って行き、その大男を店舗の中へいれると、マインとアイの二人が出迎えたのだ。

「「いらっしゃいませ!」」

「なんだ?お前等がいる店だったのか?」

「えっ?ギルドマスターが何でアヤちゃんと?」

 アヤはびっくりした。マインとアイの知り合いだったからだ。この二人は冒険者ギルドの受付嬢に化粧の仕方を習っていたので、ギルドマスターの事はよく知っていた。

 それに、ヒロトシに初めて会った時、酒場で心配?絡んできた人もこの人だったからよく知っていた。

「何で、ギルドマスターがアヤちゃんに手を引っ張ってこられているんですか?」

「マインちゃんとアイちゃんも聞いて下さい!この人が、ご主人様の商売が怪しいって言うんです」

「ちょ、ちょっとまて!俺はそんなつもりで……」

「ったく、騒がしいと思ったらまたあんたかよ。ギルドマスター……」

「ヒロトシ!俺はそんなつもりじゃ……なく。この子が張り紙をしてたから、ちょっと興味があって話しかけたんだよ」

「いいえ!この人はたしかに怪しいと言いました。この耳で確かにききました」

「ったく、これは営業妨害だよな?町の掲示板前で、人の商売を怪しいって言ったのか?」

「い、いや、それは……」

「前も町の広場で冒険者だったっけ?あいつらはBランクだったか?その時、ギルドは俺達に謝罪したよな?迷惑はもうかけない様にするって。あれは嘘だったのか?」

「まさかこの子が、ヒロトシの関係者だとは思わなかったんだよ」

「関係者だと分かっていたら、言わなかったって言うのは間違いだろ?どの店も、そんな営業妨害されたらたまったものじゃないと思わないか?」

「そ、それは……」

 すると、このお店にギルド職員がやってきた。その人物は副ギルドマスターと幹部達だった。広場で口論になっていたのを、誰かが知らせに走ったようだった。

「ヒロトシ様。だいたいの事情は把握しています。このたびはうちのギルドマスターが迷惑をかけたみたいで、本当に申し訳ありません」

 副ギルドマスターと幹部達は、菓子折りを渡してきて深々と頭を下げ謝罪をしてきたのだった。

「あんた達もなんか大変だな……」 

「まあ、俺もそんな大事にするつもりはないけど、バルガンさんあんたはもうちょっと考えながら発言した方がいいよ?」

 すると、副ギルドマスターはギルドマスターの頭を床に擦り付けた。

「まったくあなたは、本当に考え無しに行動するんだから」

「痛ぁ~~~~~」

「痛いじゃありません!本当にヒロトシ様にはどうお詫びしてよいか……」

「じゃあさ。許す代わりに頼まれてくれないかい?」

「なにをでしょうか?出来る事ならいいのですが?」

「俺の店は今日から開店したんだけど、お客のターゲットは冒険者達なんだ」

「そういえば武器を磨く、怪しい商売だと聞いたが?」

「ご主人様は怪しくなんかありません!」

 アヤが、怪しいという言葉に反応して大きな声を出した。

「あんたはもうしゃべらないで、話がややこしくなるでしょ!」

「痛ぁ~~~ポンポン頭を叩くなよ。これでもお前の上司なんだぞ!」

 副ギルドマスターは、ギルドマスターを無視してヒロトシの話を聞いた。

「武器を磨くとは?」

「実際、やった方が早いか?カチュアさんだったっけ?愛用のナイフを貸していただけますか?」

「それはいいですけど。これをどうぞ」

 カチュアは、愛用のナイフをヒロトシに手渡した。

「ちょっとこのナイフを磨いてくるのでお待ちくださいますか?皆さんも30分ほどお待ちください。アヤ、悪いけどここの2階の客室に、皆さんを案内してお茶をお出しして」

「はい。承知いたしました」

 ギルドマスター達は店舗の2階にある客室に案内され、お茶とお茶請けを出されてもてなされたのだった。

 そして、30分後ヒロトシは客室に入ったのだった。

「お待たせして申し訳ありません。これをどうぞ」

 先ほど、カチュアが預けたナイフの刀身を見ると、顔が鈍く映り込んでいた。

「こ、これは?刀身が銅鏡のように反射していますね?」

「はい」

「それで、これがどうしたのでしょうか?」

「誰か鑑定のスキルが有る人はいますか?鑑定すればどういう物か分かると思います」

「では、私が……」

 幹部の一人が鑑定をすると、顔は真っ青になっていた。

「こ、これは凄い!」

「何が凄いのですか?」

「+1ナイフになっています……」

「ええええええ!そんなはずは!このナイフは、私が初めての給料で雑貨屋で買った安いナイフのはず……」

「これが俺の商売です。分かっていただけたでしょうか?」

「これが本当なら、この店は冒険者でごったがえす事になるでしょう。しかし、この磨くのにいくらかかるかそれが問題です」

「俺の日当は4万ゴールドです」

「どういう事でしょうか?」

「つまり一日8時間労働をした場合、これくらいのナイフならば30分で仕上げる事が出来て、2500ゴールドで磨けるという事です」

「「「「「2500ゴールド!」」」」」」
「そんなバカなことがあるわけありません。+1武器となればノーマル品の10倍であって、材質もミスリルとなります。そこから計算して最低価格でも62000ゴールドになるのですよ?」

「ですが、それには訳がありましてですね。この効果は一時的なんですよ」

「それでは、意味が無いじゃありませんか?それならシャープネスオイルをみんな使うかと思いますよ」

「そんな20分ほどじゃありませんよ。効果は一ヵ月ほど続きます」

「「「「「一ヶ月も!」」」」」

「ええ。これなら冒険者達に歓迎されると思いませんか?」

「た、確かに……この武器があればノーマルでは討伐できない魔物も討伐出来るし、お手軽に戦闘力の強化が出来ます」

「だから、この事をギルドで宣伝してくれないか?」

「えっ?」

「ギルドマスターが、不用意に広場で言った言葉は影響力があるだろ?ギルドが謝罪文を公表して、俺の店の事を宣伝したら、今回の事は目をつむるよ」

「わ、分かりました!そんな事でいいのなら、いくらでも宣伝させていただきます!」

 冒険者ギルドとしても、これはありがたい申し出だった。冒険者が、この武器を手に入れた場合、依頼の成功率が上昇するのは間違いなく、経営が上向く事になるからだ。ギルドとしてもありがたい申し出なのは間違いなかった。

「それじゃ、よろしく頼むよ。一応言っておくけど、この磨きをして+1ソードとして偽って、転売しても無理だとは言っておくからな?」

「どういう事でしょうか?」

「他人を騙して詐欺をしようとする対策は立てているって事だよ。+1ソードとして転売した場合、その刀身は一瞬で錆びて使い物にならなくなるからね」

「わかりました。肝に命じておきます」

 冒険者ギルドは、大事にならなくてよかったとホッとして帰っていったのだった。

「まったく……バルガンのおっさんは、本当に不器用な脳筋だよな……」

 ヒロトシは、副ギルドマスターが不憫で苦笑いを浮かべるしかなかった。

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