【日記?】デブの残り香

にく

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デブの残り香

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 先日、地下鉄に乗った。
 何か特別な用事が有ったとかではなく、ただ単純に、学校の帰りだ。
 午後六時と言うことも有り、電車内は人間でひしめいている。
 僕はリュックサックを両手に持ち直し、それでもスペースが空いていなさそうだったので、仕方なく、一本待ってから乗ることにした。
 轟音。
 腹の底に響く重低音と、金切り声のような高音が、ホーム全体に響き渡る。
 炭酸の抜けるような音と共に、扉が開いた。
 僕は降りる人を待ってから乗車する。割と入り口付近に、人と人の隙間が有ったので、僕はそこ目掛けて小走りした。
 何とか、このポジションは他人に取られず済んだらしい。全く、帰宅ラッシュの地下鉄はこれだから。
 油断も隙も有ったモンじゃない。
 他人に場所を取られない為、少しでも良い場所を取る為には、ぶっちゃけ配慮なんてしていられないのが、この場所だ。
 ふう。でもこれで一息つけ──。
 刹那──背に広がる柔らかい感触と共に、僕はバランスを崩す。
 何だ!? 何が起こった!?
 お、押される……僕ごと周囲の人間を押し退ける、この柔らかい物は……ッ!!

「ふー、ふー、ふぅぅー……」

 巨体──。
 それは余りにも巨大であった。
 絶え間無い発汗により、肌はぬらぬらとテカり、尋常ならざる不快感を周囲にバラ撒いている。
 ふしゅう、ふしゅう、と。
 蒸気機関の如き鳴き声は、その事実を如実に表していた。
 ──デブ、デブだ! それもかなり大きい!
 勿論、僕も人様に言える体型なぞしていないが、それでも、それの数倍は大きい。

『ドアが閉まります』

 発車と共に、車内が揺れる。
 彼はバランスを崩したのか、その巨躯を再び僕へと押し付けた。
 お、押すねえぇ~? かなり押すねえ?
 前方から舌打ちが飛んで来る。僕じゃない。するならば後ろのヤツにやってくれ。
 巨躯はやけに柔らかく、クッションを連想させる触れ心地だった。これが女性の胸ならば、どれほど良かったことか。
 しかし、現実は非情である。ただのデブ男の腹だ。何も嬉しくない。
 しかも、驚くべきことに、良い香りがする。
 後方のデブから、良い香りがする。
 僕は一瞬、何が起きたのか理解に苦しんだ。
 そんなはずはない。こんなデブから、爽やかな香りが発せられるはずがない。見ろよ、こんなに汗をかいているんだぜ?
 自己暗示のように、脳内で何度も何度も繰り返す。
 しかし、やはり現実は非情だった。

『ドアが開きます』

 電車が止まる。僕の降りる駅だ。
 僕は流れる人混みに揉まれながらも、無事降車を果たす。
 その時だ。
 僕の隣を、あの巨体が通り過ぎて行ったのだ。

「んふぅ…………」

 デブの残り香は、やはり、柔らかな良い匂いがした。
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