日暮れ古本屋

眠気

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苛立ち

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「今日は一段と荒れてるね」

「ええ、最近見てた子が急に見えなくなったらしいわよ」

「ああ、僕の最新作だとか言って覗いてたやつ」

「そうそれ、覗かれてた相手はお気の毒だけど、面倒なことをされたわね」

 そう言って二人が眺めるのは、一人の少年だった。

 長いグレーの髪を無造作に纏めて、口の量端を糸で縫ってあるその少年は、何かを書き込んだノートを床に叩きつける。

「やめなさい、大事なノートなんでしょ」

 すかさず、眺めていたうち一人の女が止める。

「君に分かるか、僕が急に見えなくなったんだぞ!
「自分が、急にだ!
「分からないから口出ししないでくれよ!」

 そう言って、再度ノートを床に叩きつけようとする少年。
 女は少年の目を両手で塞ぎ、落ち着いた口調で言う。

「いい? 彼は貴方じゃないの。
「貴方は貴方一人だけ。
「彼は彼だけなの。
「貴方は夢屋小豆、少しだけ他人に感情移入しやすくって、直ぐに他人を自分と思い込むだけの貴方よ」

 女が言うと、少年は落ち着きを取り戻す。

「ありがとう。
「君のおかげで落ち着いたよ」

 少年、夢屋小豆が言うと、眺めていたもう一人が声をかける。

「小豆、落ち着いたようで何よりだよ」

 小豆は慌てて振り返る。

「端蔵様、こんな所まで来て、何か用でも?」

 端蔵晴海、古本屋勇逸の裏切り者。
 そんな端蔵に向かい、小豆は嫌そうな顔で言うが、端蔵は微塵も気にしない様子で言う。

「いや、前に頼んだ準備は出来てるか見にきたんだよ」

「前に頼んだ? なんのこと?」

「ああ、やってないか。
「仕事、頼んだでしょ」

「覚えてない。
「何さ、仕事って。
「僕、働きたくなんてないんだけど。
「働かなくて良いって言ったの端蔵様じゃん。

「言ってないね。
「小豆が餓死は嫌だから雇ってくれって抱きついてきたんでしょ」

「それも覚えてないよ。
「僕、頭は良いんだ。
「忘れるわけがない」

「良い頭って言うのはその都合の良い出来をした頭かい?」

 端蔵が言うと、小豆は自分の乾燥しきった下唇を噛んで言う。

「なに? 僕と喧嘩したいの?」

「いいよ、でもこの雇用関係は途切れるからね」

 端蔵のその一言で、小豆は自らの負けを認める。

「で、仕事ってなにさ?
「今なら最優先で急いであげるよ」

「ああ、今度は忘れないでくれよ」

 端蔵は一拍置いてから言うのだ。

「古本屋との全面戦争の準備だよ」
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