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【第十六章、空を飛ぶ獣鬼】
16-2
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次の生徒会の日、部屋にいたのは二人だけだった。
すなわち、皇女フェリシアと、その従者クラリサだ。
「他のみなさんは?」
「今日は出払っておりますわ」
そう言った声が、弾んで聞こえたのは、気のせいではなかった。
「ここ最近、人生における一大事とか、ございましたか?」
何が楽しいのか、笑いをこらえながらそう言ったのだ。
そばで直立するクラリサを見たが、呼吸すら感じられない。もはや、よく出来た人形だ。
「色々謎なんですけど――。もし良ければ、理由を教えてもらうことってできますか?」
「何のでしょう」
「婚約の破棄を指示した理由です」
すると彼女は大仰に両手を広げた。
「人聞きが悪いですわ。そのような他人の込み入った事情に、わたくしが関与できるはずございませんわ。テューダーのご令嬢が、自ら申し出たのです。ねえ、クラリサ」
ねえ、と同意を求めたはずだが、呼ばれたほうは微動だにせず、言った本人もすぐに次の言葉をつないだ。
「とはいえ、婚約を破棄されたことはお気の毒でしたわ」
言葉とは裏腹に、いたわる気配がまるで感じられない。
彼女はソファの中央あたりに座っていたが、腰を上げて、一人分端に寄り、今までの場所をそっと叩いた。
「よろしければ、こちらにどうぞ」
「いえ、オレは平民ですから――」
ただの社交辞令だろうと、すぐにそう返すと、相手からは、それまでの笑顔が消えた。
「座りなさい。これは命令――いえ、お願いですわ」
いったい、何を怒ることがあっただろうか。
仕方なく、長椅子の端に浅く腰かける。外観からそうだろうと思っていたが、座面の座り心地に驚いた。
生地の肌触りを確かめていると、いつの間にか、皇女の顔がすぐ近くにあって、ぎょっとした。
「あの――」
「今、どういうご気分なのですか」
「気分、ですか?」
「婚約を破棄したことについてです」
「そうですね――残念、です」
それが正直な気持ちだった。
だが、彼女はその答えに、再び口元を緩める。笑顔になったというより、愉悦に打ち震えているようだ。
「やはり、アンナリーズが罪を犯した人間だから、でしょうか」
「何のことです?」
「その、今回の処分というか、何というか」
「まさか。刃物もろくに使ったことない娘の、可愛らしい悪ふざけくらい、何でもありません。現に、あなた方お二人が会うことには、何の制約もつけておりません」
それは確かに、奇妙に感じていた。
「大公家のご息女と同室になったのは偶然なのでしょうか」
どうせはぐらかすのだろうと、あまり期待せずに尋ねたが、今度の返事に、椅子から落ちそうになった。
「それについては、あの二人双方に対する嫌がらせに決まっていますわ」
何だって?!
聞き間違いだろうか。
そもそも、アンナリーズはともかく、アクスレイ家にどんな恨みがあるというのか。
そして、フェリシアは聞いてもいない答えを返してきた。
「アクスレイのご令嬢とは、反りが合いませんの。あの方は、ひと言、田舎貴族なのです。スカートをこれ見よがしに短くして、服も香水のセンスも下品で、それでいていつも尊大で不機嫌。それですのに、帝国に金銭的に依存するきらいがあるのです」
その言い様は、女子生徒同士がいがみ合うというレベルではなかった。
ただ、これまで、彼女に見え隠れしていた奇妙な感覚の、理由の一つが明確になった気がする。
普段は制服に惑わされてしまいがちだが、フェリシアの中には、次期皇帝という一面が、血の一滴にも刻まれていて、それが無意識のうちに、瞬きや呼吸の中に表現されているのだと思う。
皇女もなめられたものです、と言ったことも、アンナリーズと会うことに制約はつけていない、という発言も。学生の間は対等に接したいという願望とは真逆の、支配者の考えだ。
「わたくしのこと、見そこないましたか?」
まるでレーヴを試すかのように、軽やかにそう言った。
「いえ……。正直だな、というより、びっくりするくらい、裏表がないんだなって思いました」
アンナリーズもその意味では同類だが、向こうはあどけなさが残り、フェリシアは、いわばむき身の刃物だ。
「いい答えです。あなたも同じように胸の中にあることを吐き出してほしいものです」
数々の嫌がらせは、アンナリーズを婚約破棄へと導くためだったのかもしれない。ただ、その最終目的地に、皇女にとってどんな得があるのか、今も不明だ。
「彼女に恨みはない、さっきそう言われたのだと思うんですけど――。だったら、今回の決定にはどういう意味があるんでしょう」
できればこの機会に彼女に付随する疑問を可能な限り解消したい。そんな単純な希望だったが、相手は罠にかかった獲物を見るような輝きを、その鴇色の目の中に宿した。
「聞きたいですか?」
「え、ええ、可能であれば」
「いいでしょう。では、その対価としてわたくしにキスなさい」
「え――。今、何と」
だが、それ以上、言うことはできなかった。
彼女が座ったまま、滑るようにそばに寄ったかと思うと、レーヴの背中とソファの隙間に手を入れ、覆い被さるように顔を近づけたのだ。
拒否する間もなかった。
そばにクラリサがいるはずなのに、まるでそれが当然とばかりに、唇を合わせた。
アンナリーズと違っていたのは、今回は、口の中で何か軟体動物のような感覚があったことだ。
息が苦しいと感じ、ずっと呼吸を止めていたことに気づいたとき、すでに視界は開けていて、フェリシアは、すぐ隣で顔を上気させ、姿勢を正していた。
はっとして、そばにいたはずの従者を探すと、クラリサはいつの間にか、窓際でレースのカーテンを閉めているところだった。
「テューダーの娘とは、こういうこと、したことはあるのですか?」
意識が混濁している。今ならすべての指示に無条件に従ってしまいそうだ。
「はい、つい最近ありました」
危うくそう答えそうになったところで、わずかに理性が戻った。
「そ、そんなことより――。いったいどういうつもりなんですか?オレなんかと――」
「それは平民、という意味ですか?」
「それも……あります」
「でしたら、何の問題もございません。あなたが望めば、準男爵にする程度、造作もないことなのですから。あのとき、恩赦を言い出さなければ、そうなっていたはずでした」
その言葉には、なぜか悔しさがにじんでるように聞こえた。
「だとしても、もっと高位の貴族の方たちが――」
「やめてくださいっ」
これまでになく、激しい口調で、その表情は、心から嫌悪感を示していた。
「わたくしは、生まれついたときから、この身を国に捧げることを定められているのです」
フェリシアは再び体を寄せると、皇室の印が刻まれた、華やかな装飾の懐剣を手にした。
「このナイフの意味をご存じですか?」
「ええ――。何となくですが」
「皇女としての存在価値の半分以上は、国を安定させるため、近隣諸侯と姻戚になることにあります。相手がどれほど醜悪な人間であっても、わたくしは笑顔で相手を迎え入れることができますわ。それがルーシャの狂人であったとしても、です」
「――お覚悟に深く敬意を表します」
「心から自由に、感情のおもむくままに過ごせるのは、学園にいる、この四年間だけなのです。せめて今だけ、気になるお相手に、多少のわがままをぶつけることは、それほど罪でしょうか」
「オレなんかにそんな価値があるとは――」
「どうしてそんなに謙遜するのですか。シルバーオークに襲われたとき、絶望の淵にいたわたくしを救ってくれたのは、紛うかたなき、あなたではないですか。それだけではない。他の生徒たちが、打算でわたくしに近づく中、なぜかあなたはわたくしに心を開こうとしない。そんな男子に心惹かれることは、年頃の女子として、自然ではないですか?」
面と向かって、好意をぶつけられることには慣れていなかった。
「ええと。オレを部下にしたいってことなんでしょうか」
どうにか事務的な話題にしたかったが、相手の答えは想定より歪んでいた。
「それは理想的ですわ。わたくしの望むままになって下さる、ということでしょうか」
「いや、そういうわけでは……。そ、そうだ。オークとの対戦の秘密を知りたいのでは――」
そこまで言ったところで、彼女は、顔をそれまでより赤くして目線をそらせた。
「あのときの失言を持ち出して、恥をかかせたいのですか?」
「ち、違います。アンナリーズとの関係は、これまで通り続けても構わないとか、色々とわからないことだらけで――」
その問いかけへの答えに、フェリシアがもはや普通の人間とは違う次元にいることを思い知らされる。
「それについては簡単ですわ。恋仲にある男を振り向かせる背徳感ほど甘美な状況は、この世界に存在しないのですから」
目を見据えてそう言ったのだ。
婚約を破棄させたのは、仮にも国を治める者として、大っぴらに法を破るわけにはいかないから、という程度の理由だという。
頬を紅潮させている彼女は、再び、その体温を感じさせるほどに体を寄せた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
この部屋には、三人目の人間がいることを忘れているのではないか。
離れた場所にいた従者に目をやると、フェリシアは事もなげにこう答えた。
「クラリサには、信頼の証として、わたくしのすべてをさらけ出しています。自慰や、排泄でさえも、です」
ただの変態じゃないか!
人の上に立つ人間は、失うものが多すぎる。ほとんど新興宗教だ。
特殊な教義を前に、胸の中には恐怖心しかなかった。
どうにかこの場から逃れなければ――。
だが、ほんの数日前、初めて恋愛の真似事をしたような子供が、女の側を怒らせないような方便など、持ち合わせているはずもない。
「オレはアンナリーズを裏切ることはできません」
それしか道がなく、直球を投げる。
その言葉が相手にさらなる力を与えてしまうなどと、誰が想像できただろう。
「素晴らしいですわ。そうでなくては」
目を潤ませて答えたあと、何かに陶酔しているかのように続けた。
「あなたの人生に、素晴らしい格言を授けて差し上げますわ。事象は、他人に伝達されたとき、始めて事実となるのです。語られない出来事は、存在しないことに同義なのです」
つまり、黙っていれば何をしてもいいと?
皇女の前では、善悪の概念すら希薄になる。
視界の端で、クラリサが入り口へと移動し、扉の前でまるで門衛のように背中に手を当て、直立するのが見えた。
すなわち、皇女フェリシアと、その従者クラリサだ。
「他のみなさんは?」
「今日は出払っておりますわ」
そう言った声が、弾んで聞こえたのは、気のせいではなかった。
「ここ最近、人生における一大事とか、ございましたか?」
何が楽しいのか、笑いをこらえながらそう言ったのだ。
そばで直立するクラリサを見たが、呼吸すら感じられない。もはや、よく出来た人形だ。
「色々謎なんですけど――。もし良ければ、理由を教えてもらうことってできますか?」
「何のでしょう」
「婚約の破棄を指示した理由です」
すると彼女は大仰に両手を広げた。
「人聞きが悪いですわ。そのような他人の込み入った事情に、わたくしが関与できるはずございませんわ。テューダーのご令嬢が、自ら申し出たのです。ねえ、クラリサ」
ねえ、と同意を求めたはずだが、呼ばれたほうは微動だにせず、言った本人もすぐに次の言葉をつないだ。
「とはいえ、婚約を破棄されたことはお気の毒でしたわ」
言葉とは裏腹に、いたわる気配がまるで感じられない。
彼女はソファの中央あたりに座っていたが、腰を上げて、一人分端に寄り、今までの場所をそっと叩いた。
「よろしければ、こちらにどうぞ」
「いえ、オレは平民ですから――」
ただの社交辞令だろうと、すぐにそう返すと、相手からは、それまでの笑顔が消えた。
「座りなさい。これは命令――いえ、お願いですわ」
いったい、何を怒ることがあっただろうか。
仕方なく、長椅子の端に浅く腰かける。外観からそうだろうと思っていたが、座面の座り心地に驚いた。
生地の肌触りを確かめていると、いつの間にか、皇女の顔がすぐ近くにあって、ぎょっとした。
「あの――」
「今、どういうご気分なのですか」
「気分、ですか?」
「婚約を破棄したことについてです」
「そうですね――残念、です」
それが正直な気持ちだった。
だが、彼女はその答えに、再び口元を緩める。笑顔になったというより、愉悦に打ち震えているようだ。
「やはり、アンナリーズが罪を犯した人間だから、でしょうか」
「何のことです?」
「その、今回の処分というか、何というか」
「まさか。刃物もろくに使ったことない娘の、可愛らしい悪ふざけくらい、何でもありません。現に、あなた方お二人が会うことには、何の制約もつけておりません」
それは確かに、奇妙に感じていた。
「大公家のご息女と同室になったのは偶然なのでしょうか」
どうせはぐらかすのだろうと、あまり期待せずに尋ねたが、今度の返事に、椅子から落ちそうになった。
「それについては、あの二人双方に対する嫌がらせに決まっていますわ」
何だって?!
聞き間違いだろうか。
そもそも、アンナリーズはともかく、アクスレイ家にどんな恨みがあるというのか。
そして、フェリシアは聞いてもいない答えを返してきた。
「アクスレイのご令嬢とは、反りが合いませんの。あの方は、ひと言、田舎貴族なのです。スカートをこれ見よがしに短くして、服も香水のセンスも下品で、それでいていつも尊大で不機嫌。それですのに、帝国に金銭的に依存するきらいがあるのです」
その言い様は、女子生徒同士がいがみ合うというレベルではなかった。
ただ、これまで、彼女に見え隠れしていた奇妙な感覚の、理由の一つが明確になった気がする。
普段は制服に惑わされてしまいがちだが、フェリシアの中には、次期皇帝という一面が、血の一滴にも刻まれていて、それが無意識のうちに、瞬きや呼吸の中に表現されているのだと思う。
皇女もなめられたものです、と言ったことも、アンナリーズと会うことに制約はつけていない、という発言も。学生の間は対等に接したいという願望とは真逆の、支配者の考えだ。
「わたくしのこと、見そこないましたか?」
まるでレーヴを試すかのように、軽やかにそう言った。
「いえ……。正直だな、というより、びっくりするくらい、裏表がないんだなって思いました」
アンナリーズもその意味では同類だが、向こうはあどけなさが残り、フェリシアは、いわばむき身の刃物だ。
「いい答えです。あなたも同じように胸の中にあることを吐き出してほしいものです」
数々の嫌がらせは、アンナリーズを婚約破棄へと導くためだったのかもしれない。ただ、その最終目的地に、皇女にとってどんな得があるのか、今も不明だ。
「彼女に恨みはない、さっきそう言われたのだと思うんですけど――。だったら、今回の決定にはどういう意味があるんでしょう」
できればこの機会に彼女に付随する疑問を可能な限り解消したい。そんな単純な希望だったが、相手は罠にかかった獲物を見るような輝きを、その鴇色の目の中に宿した。
「聞きたいですか?」
「え、ええ、可能であれば」
「いいでしょう。では、その対価としてわたくしにキスなさい」
「え――。今、何と」
だが、それ以上、言うことはできなかった。
彼女が座ったまま、滑るようにそばに寄ったかと思うと、レーヴの背中とソファの隙間に手を入れ、覆い被さるように顔を近づけたのだ。
拒否する間もなかった。
そばにクラリサがいるはずなのに、まるでそれが当然とばかりに、唇を合わせた。
アンナリーズと違っていたのは、今回は、口の中で何か軟体動物のような感覚があったことだ。
息が苦しいと感じ、ずっと呼吸を止めていたことに気づいたとき、すでに視界は開けていて、フェリシアは、すぐ隣で顔を上気させ、姿勢を正していた。
はっとして、そばにいたはずの従者を探すと、クラリサはいつの間にか、窓際でレースのカーテンを閉めているところだった。
「テューダーの娘とは、こういうこと、したことはあるのですか?」
意識が混濁している。今ならすべての指示に無条件に従ってしまいそうだ。
「はい、つい最近ありました」
危うくそう答えそうになったところで、わずかに理性が戻った。
「そ、そんなことより――。いったいどういうつもりなんですか?オレなんかと――」
「それは平民、という意味ですか?」
「それも……あります」
「でしたら、何の問題もございません。あなたが望めば、準男爵にする程度、造作もないことなのですから。あのとき、恩赦を言い出さなければ、そうなっていたはずでした」
その言葉には、なぜか悔しさがにじんでるように聞こえた。
「だとしても、もっと高位の貴族の方たちが――」
「やめてくださいっ」
これまでになく、激しい口調で、その表情は、心から嫌悪感を示していた。
「わたくしは、生まれついたときから、この身を国に捧げることを定められているのです」
フェリシアは再び体を寄せると、皇室の印が刻まれた、華やかな装飾の懐剣を手にした。
「このナイフの意味をご存じですか?」
「ええ――。何となくですが」
「皇女としての存在価値の半分以上は、国を安定させるため、近隣諸侯と姻戚になることにあります。相手がどれほど醜悪な人間であっても、わたくしは笑顔で相手を迎え入れることができますわ。それがルーシャの狂人であったとしても、です」
「――お覚悟に深く敬意を表します」
「心から自由に、感情のおもむくままに過ごせるのは、学園にいる、この四年間だけなのです。せめて今だけ、気になるお相手に、多少のわがままをぶつけることは、それほど罪でしょうか」
「オレなんかにそんな価値があるとは――」
「どうしてそんなに謙遜するのですか。シルバーオークに襲われたとき、絶望の淵にいたわたくしを救ってくれたのは、紛うかたなき、あなたではないですか。それだけではない。他の生徒たちが、打算でわたくしに近づく中、なぜかあなたはわたくしに心を開こうとしない。そんな男子に心惹かれることは、年頃の女子として、自然ではないですか?」
面と向かって、好意をぶつけられることには慣れていなかった。
「ええと。オレを部下にしたいってことなんでしょうか」
どうにか事務的な話題にしたかったが、相手の答えは想定より歪んでいた。
「それは理想的ですわ。わたくしの望むままになって下さる、ということでしょうか」
「いや、そういうわけでは……。そ、そうだ。オークとの対戦の秘密を知りたいのでは――」
そこまで言ったところで、彼女は、顔をそれまでより赤くして目線をそらせた。
「あのときの失言を持ち出して、恥をかかせたいのですか?」
「ち、違います。アンナリーズとの関係は、これまで通り続けても構わないとか、色々とわからないことだらけで――」
その問いかけへの答えに、フェリシアがもはや普通の人間とは違う次元にいることを思い知らされる。
「それについては簡単ですわ。恋仲にある男を振り向かせる背徳感ほど甘美な状況は、この世界に存在しないのですから」
目を見据えてそう言ったのだ。
婚約を破棄させたのは、仮にも国を治める者として、大っぴらに法を破るわけにはいかないから、という程度の理由だという。
頬を紅潮させている彼女は、再び、その体温を感じさせるほどに体を寄せた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
この部屋には、三人目の人間がいることを忘れているのではないか。
離れた場所にいた従者に目をやると、フェリシアは事もなげにこう答えた。
「クラリサには、信頼の証として、わたくしのすべてをさらけ出しています。自慰や、排泄でさえも、です」
ただの変態じゃないか!
人の上に立つ人間は、失うものが多すぎる。ほとんど新興宗教だ。
特殊な教義を前に、胸の中には恐怖心しかなかった。
どうにかこの場から逃れなければ――。
だが、ほんの数日前、初めて恋愛の真似事をしたような子供が、女の側を怒らせないような方便など、持ち合わせているはずもない。
「オレはアンナリーズを裏切ることはできません」
それしか道がなく、直球を投げる。
その言葉が相手にさらなる力を与えてしまうなどと、誰が想像できただろう。
「素晴らしいですわ。そうでなくては」
目を潤ませて答えたあと、何かに陶酔しているかのように続けた。
「あなたの人生に、素晴らしい格言を授けて差し上げますわ。事象は、他人に伝達されたとき、始めて事実となるのです。語られない出来事は、存在しないことに同義なのです」
つまり、黙っていれば何をしてもいいと?
皇女の前では、善悪の概念すら希薄になる。
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