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【第十三章、第二幕の序章】

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 帝都に着いたのは、予定していたよりかなり遅い時間だ。
 停留所から寄宿舎まで走る。
 男子寮の管理人は、三十代くらいの、ヒゲ面の男だった。
 生徒証を提示し、中に入ろうとして、肩を掴まれた。
「ちょっと待て。口紅をしているのはともかく、そっちは見過ごせんな」
 慌てて口元を拭いながら、彼の指の先に目をやり、腰からぶら下げていた、カトリアにもらったばかりの短剣がむき出しだったことを知った。
 あの騒ぎのときか――。
 外側を落としたようだと伝えると、彼はどこかへ姿を消し、古びた鞘をいくつか手にして戻ってきた。
「アロンダイトなら、こいつが合いそうだな」
 その中から、カビの臭いのする一つを選び、レーヴの腰に革紐でくくりつけてくれた。
「俺も平民だ。まあ、頑張れ」
 部屋に案内される道中、寄宿舎の説明を受ける。
「男子寮は全部で五十人ほどだ。二階から上は全部貴族の部屋だから注意しろ。ま、行く必要もないだろうがな。食堂は一階。浴室もだ。ボイラー室はその隣で、乾燥室も兼ねているから、洗濯物を干すならそこを使え」
 まだ乾ききっていなかったシャツを見ながらそう言った。
 レーヴの部屋は一階の中ほど。二人部屋で、相手は準男爵の息子だという。
「ヤーマはお前の二つ上だ。悪いやつじゃないが、後輩に愛想を振りまくような人間でもない。ほら、ここだ。何かあったら俺に言え。助けられるかどうかは別問題だがな」
 最後に強く背中を叩いて、彼は去って行った。
 新たな環境に慣れるだけで数日はかかりそうだ。アンナリーズの期待には、絶対に応えられそうにないなと思いながら、扉を引いた。
 中は、屋敷の使用人部屋よりずっと広かった。
 両側の壁にベッドがあって、その間にある二つの机は奥の窓に接している。
 新しい同室の相手は、左手のベッドの上で、壁を背にして本を読んでいた。
 レーヴが入った直後、細身で、眼鏡の彼と一瞬目が合ったが、まるで関心を示すことなく、それまでの動作を継続した。
「剣術科のレーヴ・エルミオニです。今日からここでお世話になることになりました。よろしくお願いします、先輩」
 無視されることを予想していたが、ヤーマは静かに本を閉じた。
「せっかくの一人部屋だったのに。ついてないな」
 文句を口にしたが、反して、口調は平坦だ。怒っているわけではないらしい。
「すみません」
「分校の生徒なんだろ?何でわざわざこっちに来たんだよ」
 理由は確か――。
「生徒会風紀係に志願したかったんです」
 いや、したいわけじゃない。
「酔狂なやつだ。平民が入会できるとはとても思えないけど――。ところで、フェリシアさんを襲った人間も一緒に来るんだろ?知り合いなのか?」
「そう、ですね……。婚――」
 そこまで言ったところで、慌てて口を閉じた。今はまだ、余計な情報を広めるのは得策でない気がする。
「何?コンって」
「ええっ……と。その人はコンニャクが好きみたいです」
「あんな味のないものを?何か特別な調理法があるのかな」
 どうやらヤーマは料理好きらしい。
 辺境伯の屋敷で、料理長から得た知識を総動員して、どうにか話題をそらせることに成功した。
「食堂の味は期待しないほうがいい。それと、席が暗黙で決まってるから、奥の端に行くこと。あと、風呂は上階の生徒が先だ。夜中は誰も使ってないから、気楽にしたいなら、その時間にしろ」
 寮長の言う通り、素っ気なくはあるが、年上ということもあってか、いじめられる気配はなさそうだ。
 助言の通り、部屋が静まった頃に浴室に入る。お湯のシャワーに感動し、寝心地のいいベッドで移動の疲れを溶かした頃には、本校での生活はどうにかなると、そんな楽観的な思考に支配されていた。
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