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【第六章、決断】

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 そんな神の領域を侵すような実験を試行錯誤して、何年かが経過したときだった。
 初期に強化した人間に、異変が起きる。
「体の一部だけだった獣化が、全身に及んだらしいのです」
 オークが頻出するようになった理由はそこにあるという。
「それはつまり、オークは、人間の死体が黒灰石と融合してできた獣鬼、ってことか?」
 彼女は深く頷いた。
 獣鬼に種類があるのは、元になった動物が違うからだというところまでは、一般的な仮説だ。ゴブリンは猿で、トロールがイノシシといったように、これまで比較的出現数の多いものについては、ある程度、研究によって解明されている。
「だったら、オレが倒した相手も、人間だったかもしれないってことか……」
 人殺しという言葉が頭に浮かんだとき、ルノアはレーヴの手をぎゅっと握った。
「やつらは生命ではありません。生きていたとき人間だったとしても、あの姿になった段階で、すでに、生き物としての寿命はまっとうしているのです。あれらに人の心がなかったのは明らかです。もし拙者があんな身体になったら、早く終わらせてくれと願うと思います。それに、コベロス村に現れた二体を、あのまま放置しておけば良かったとお考えですか?」
 慰めの言葉だとは思ったが、指摘された内容は、確かにその通りだった。村の住人を救ったことは、決して間違いではなかったはずだ。
「ルーシャは、これからも獣鬼、いや人鬼じんきを増やすつもりなんだろうか」
「否定はできないですね。ちなみに、連中は王国から奪ったアンテマジックを複製しようとしている、という噂も聞きました」
「複製?どうやって」
「詳しくはわかりません。ただ、スタイルを転写するのと同じような手順で、霊石を使うみたいです」
 もしそれが実現してしまえば、あらゆる戦場でソーサラーは無力となり、各国の勢力図が大きく書き換わることになる。
「ですが、その将校が知る限り、まだ成功していないそうです。おそろしく純度の高い霊石が必要らしく、ですが、それをもってしても、効力の範囲や持続する時間は、オリジナルには遠く及ばないって話です」
「それはつまり、オリジナルは、赤燐光石ではないってこと?」
「ここからは、ほとんどおとぎ話ですけど、はるか昔に、遠くの星から落ちてきた鉄のような石だとか」
 そう言って、ルノアが空を見上げたとき、鐘が鳴った。
「ごめん。用事を頼まれてたんだ。君は、これからどうする?屋敷に一緒に住むなら、オレから当主様にお願いしてみるけど――」
「実は、もう一つ、手にした情報があるのです」
 彼女の師匠に似た人物が、王国の北の山脈を越えた先で目撃されたというのだ。
「確かに、死んだところを見たわけではありません。もし生きていれば、この上ない戦力になります。敵の戦力を知った今、王国を復活させる、などと大見得は切れませんが、殿下や、拙者の身分を取り戻すくらいはしたいと考えています」
 人鬼がこれ以上生み出されないように、あるいは、アンテマジックを大量に複製させないためにも、のんびりしていられないのは確かだった。
「拙者は、再び北へ向かいます。あなたの所在と、今の身分がはっきりしたことがわかっただけでも、相当に安心しました」
 そう言って、レーヴの首元に手を伸ばし、霊石の入った革の袋を取り出した。
「ああ、良かった。まだほとんど曇ってませんね」
 そう言って、再びフードをかける姿を見て、胸に軽い痛みが走った。
「ちょっとだけ、ここで待ってて」
 屋敷に向けて全力で走った。
 部屋に駆け込み、テオが不思議そうにする中、机の引き出しから麻の小袋を引っ張り出す。
 辺境伯は、孤児のレーヴにも、銅貨一枚ごまかすことなく、給金を払ってくれていて、使い途のない金がそれなりに貯まっていたのだ。
 息を切らして戻ったレーヴを、不思議そうに見ていたルノアの手に、袋を無理やり握らせた。
「これ、持って行って。金貨十枚くらいはあるから」
 彼女は一瞬だけ、困った顔をしたが、すぐに小さく頷いた。
「わかりました。ありがたく頂戴します。仮にも、士官学校の生徒さんですからね」
 そう言うと、くるりと背を向け、少し離れたところで、一度だけ振り向き、それっきり、速度を緩めることなく去って行った。
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