51 / 127
【第六章、決断】
6-2
しおりを挟む
そんな神の領域を侵すような実験を試行錯誤して、何年かが経過したときだった。
初期に強化した人間に、異変が起きる。
「体の一部だけだった獣化が、全身に及んだらしいのです」
オークが頻出するようになった理由はそこにあるという。
「それはつまり、オークは、人間の死体が黒灰石と融合してできた獣鬼、ってことか?」
彼女は深く頷いた。
獣鬼に種類があるのは、元になった動物が違うからだというところまでは、一般的な仮説だ。ゴブリンは猿で、トロールがイノシシといったように、これまで比較的出現数の多いものについては、ある程度、研究によって解明されている。
「だったら、オレが倒した相手も、人間だったかもしれないってことか……」
人殺しという言葉が頭に浮かんだとき、ルノアはレーヴの手をぎゅっと握った。
「やつらは生命ではありません。生きていたとき人間だったとしても、あの姿になった段階で、すでに、生き物としての寿命はまっとうしているのです。あれらに人の心がなかったのは明らかです。もし拙者があんな身体になったら、早く終わらせてくれと願うと思います。それに、コベロス村に現れた二体を、あのまま放置しておけば良かったとお考えですか?」
慰めの言葉だとは思ったが、指摘された内容は、確かにその通りだった。村の住人を救ったことは、決して間違いではなかったはずだ。
「ルーシャは、これからも獣鬼、いや人鬼を増やすつもりなんだろうか」
「否定はできないですね。ちなみに、連中は王国から奪ったアンテマジックを複製しようとしている、という噂も聞きました」
「複製?どうやって」
「詳しくはわかりません。ただ、スタイルを転写するのと同じような手順で、霊石を使うみたいです」
もしそれが実現してしまえば、あらゆる戦場でソーサラーは無力となり、各国の勢力図が大きく書き換わることになる。
「ですが、その将校が知る限り、まだ成功していないそうです。おそろしく純度の高い霊石が必要らしく、ですが、それをもってしても、効力の範囲や持続する時間は、オリジナルには遠く及ばないって話です」
「それはつまり、オリジナルは、赤燐光石ではないってこと?」
「ここからは、ほとんどおとぎ話ですけど、はるか昔に、遠くの星から落ちてきた鉄のような石だとか」
そう言って、ルノアが空を見上げたとき、鐘が鳴った。
「ごめん。用事を頼まれてたんだ。君は、これからどうする?屋敷に一緒に住むなら、オレから当主様にお願いしてみるけど――」
「実は、もう一つ、手にした情報があるのです」
彼女の師匠に似た人物が、王国の北の山脈を越えた先で目撃されたというのだ。
「確かに、死んだところを見たわけではありません。もし生きていれば、この上ない戦力になります。敵の戦力を知った今、王国を復活させる、などと大見得は切れませんが、殿下や、拙者の身分を取り戻すくらいはしたいと考えています」
人鬼がこれ以上生み出されないように、あるいは、アンテマジックを大量に複製させないためにも、のんびりしていられないのは確かだった。
「拙者は、再び北へ向かいます。あなたの所在と、今の身分がはっきりしたことがわかっただけでも、相当に安心しました」
そう言って、レーヴの首元に手を伸ばし、霊石の入った革の袋を取り出した。
「ああ、良かった。まだほとんど曇ってませんね」
そう言って、再びフードをかける姿を見て、胸に軽い痛みが走った。
「ちょっとだけ、ここで待ってて」
屋敷に向けて全力で走った。
部屋に駆け込み、テオが不思議そうにする中、机の引き出しから麻の小袋を引っ張り出す。
辺境伯は、孤児のレーヴにも、銅貨一枚ごまかすことなく、給金を払ってくれていて、使い途のない金がそれなりに貯まっていたのだ。
息を切らして戻ったレーヴを、不思議そうに見ていたルノアの手に、袋を無理やり握らせた。
「これ、持って行って。金貨十枚くらいはあるから」
彼女は一瞬だけ、困った顔をしたが、すぐに小さく頷いた。
「わかりました。ありがたく頂戴します。仮にも、士官学校の生徒さんですからね」
そう言うと、くるりと背を向け、少し離れたところで、一度だけ振り向き、それっきり、速度を緩めることなく去って行った。
初期に強化した人間に、異変が起きる。
「体の一部だけだった獣化が、全身に及んだらしいのです」
オークが頻出するようになった理由はそこにあるという。
「それはつまり、オークは、人間の死体が黒灰石と融合してできた獣鬼、ってことか?」
彼女は深く頷いた。
獣鬼に種類があるのは、元になった動物が違うからだというところまでは、一般的な仮説だ。ゴブリンは猿で、トロールがイノシシといったように、これまで比較的出現数の多いものについては、ある程度、研究によって解明されている。
「だったら、オレが倒した相手も、人間だったかもしれないってことか……」
人殺しという言葉が頭に浮かんだとき、ルノアはレーヴの手をぎゅっと握った。
「やつらは生命ではありません。生きていたとき人間だったとしても、あの姿になった段階で、すでに、生き物としての寿命はまっとうしているのです。あれらに人の心がなかったのは明らかです。もし拙者があんな身体になったら、早く終わらせてくれと願うと思います。それに、コベロス村に現れた二体を、あのまま放置しておけば良かったとお考えですか?」
慰めの言葉だとは思ったが、指摘された内容は、確かにその通りだった。村の住人を救ったことは、決して間違いではなかったはずだ。
「ルーシャは、これからも獣鬼、いや人鬼を増やすつもりなんだろうか」
「否定はできないですね。ちなみに、連中は王国から奪ったアンテマジックを複製しようとしている、という噂も聞きました」
「複製?どうやって」
「詳しくはわかりません。ただ、スタイルを転写するのと同じような手順で、霊石を使うみたいです」
もしそれが実現してしまえば、あらゆる戦場でソーサラーは無力となり、各国の勢力図が大きく書き換わることになる。
「ですが、その将校が知る限り、まだ成功していないそうです。おそろしく純度の高い霊石が必要らしく、ですが、それをもってしても、効力の範囲や持続する時間は、オリジナルには遠く及ばないって話です」
「それはつまり、オリジナルは、赤燐光石ではないってこと?」
「ここからは、ほとんどおとぎ話ですけど、はるか昔に、遠くの星から落ちてきた鉄のような石だとか」
そう言って、ルノアが空を見上げたとき、鐘が鳴った。
「ごめん。用事を頼まれてたんだ。君は、これからどうする?屋敷に一緒に住むなら、オレから当主様にお願いしてみるけど――」
「実は、もう一つ、手にした情報があるのです」
彼女の師匠に似た人物が、王国の北の山脈を越えた先で目撃されたというのだ。
「確かに、死んだところを見たわけではありません。もし生きていれば、この上ない戦力になります。敵の戦力を知った今、王国を復活させる、などと大見得は切れませんが、殿下や、拙者の身分を取り戻すくらいはしたいと考えています」
人鬼がこれ以上生み出されないように、あるいは、アンテマジックを大量に複製させないためにも、のんびりしていられないのは確かだった。
「拙者は、再び北へ向かいます。あなたの所在と、今の身分がはっきりしたことがわかっただけでも、相当に安心しました」
そう言って、レーヴの首元に手を伸ばし、霊石の入った革の袋を取り出した。
「ああ、良かった。まだほとんど曇ってませんね」
そう言って、再びフードをかける姿を見て、胸に軽い痛みが走った。
「ちょっとだけ、ここで待ってて」
屋敷に向けて全力で走った。
部屋に駆け込み、テオが不思議そうにする中、机の引き出しから麻の小袋を引っ張り出す。
辺境伯は、孤児のレーヴにも、銅貨一枚ごまかすことなく、給金を払ってくれていて、使い途のない金がそれなりに貯まっていたのだ。
息を切らして戻ったレーヴを、不思議そうに見ていたルノアの手に、袋を無理やり握らせた。
「これ、持って行って。金貨十枚くらいはあるから」
彼女は一瞬だけ、困った顔をしたが、すぐに小さく頷いた。
「わかりました。ありがたく頂戴します。仮にも、士官学校の生徒さんですからね」
そう言うと、くるりと背を向け、少し離れたところで、一度だけ振り向き、それっきり、速度を緩めることなく去って行った。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
全校転移!異能で異世界を巡る!?
小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。
周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。
取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。
「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」
取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。
そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる