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3月19日日曜 その8

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ゆっこは、帰路、本川越駅でそのネックレスを首から外した。そしてケースに入れた。

「…お母さんにバレたら、取り上げられる。怒られる。」
大事そうに彼女はケースをバッグに入れた。そしてふふふ、と笑った。
僕は、元の口調に戻った。
「この事は、ずっと秘密にしておくんだよ。ゆっこちゃん。僕たちだけしか知らない秘密。」
ゆっこは、僕の腕をつかんだ。そして、もたれかかった。
「ありがとう、孝典くん、最後の最後に、こんな素敵な秘密をプレゼントしてくれて。この秘密は、知ってもつらくない。」

ゆっこと僕は、本川越駅始発の普通列車の最後尾に陣取った。まだ僕たちしか座っていなかった。

「…孝典くん、私も大事な秘密をあげる。耳貸して。」
「…まだ秘密あるのか。」僕はちょっと呆れた。さっきのアクセサリーでおしまいじゃないのか。

「孝典くん、もっと近づいてくれなきゃ。」彼女は僕の左腕をつかんで自分の胸元へ寄せた。
「はいはい、何ですか、大事な秘密って。」僕は彼女の身体に密着した。ゆっこの長い髪が、僕の左腕を優しく撫でた。
「これ…。」
彼女の小さな唇が、僕の左頬にちゅっと触れた。「!!!」

「ツー君、秘密にしててね。ずっと、ずっと。」ゆっこは顔を夕陽のように染めていた。僕も突然の事で何が起きたか分からなかったが、我に返った。顔はみるみる紅潮していった。1987年3月19日の昼下がり、本川越駅をそろりと出発した普通電車は、小さな恋人達の秘密と思い出を乗せて、走り始めた。

  武蔵藤沢までは、ほとんど会話をしなかった。ゆっこはいろいろあって疲れたのだろう。僕にもたれかかって寝ていた。僕は眠いには違いなかったが、彼女の手を握ったまま、あくびをしながら眠気に耐えていた。

  武蔵藤沢についた時には、もう雪は溶け、春の光が舞い散っていた。
  社宅最寄りのグリーンパーク前を通るバスは、タイミング良く到着した。
  僕たちは無口になっていた。僕は初めて尽くしの今日の日の余韻に浸っていたし、ゆっこはどうか分からないが、今度は僕の方をずっと見つめていた。「少し寝たい」と僕が言うと、「グリーンパーク前についたら起こすよ」と言ってくれた。
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