心から大切な君へ。

山茶花 緋彩

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1章

既に

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 高校の入学式の日、オレは出会ってしまった。
一目見て、すごく可愛い子だなと思った。
これが一目惚れなのかな?

 その子とクラスが違ったので、最初は廊下ですれ違う度に見かける程度だった。
 それだけでも、十分幸せだった。

 ある日の部活前。準備をしていると、廊下からその子の声が聞こえた。



 「聞いて、私ね彼氏ができたの!」



 嬉しそうに友達に報告しているその子の笑顔は、キラキラと輝いて俺の目に焼き付いた。
 そうか…あの可愛い子は、彼氏が出来たのか。
あれだけ可愛ければ、そりゃモテるよなぁ。



「おい安藤、さっきから誰見てんだよ?」


「あ、先輩…こんちわっす。あの子、可愛くないスか」


「安藤ああいう清楚系が好みなのね?たしかに顔はめちゃくちゃ可愛いな」



 部活の先輩と、そんなことを話していた。


 ある日、君が友達の前で泣いているのを見かけた。
どうしたんだろう、と密かに耳を澄ましていると、どうやら彼氏と喧嘩をしたようだった。
 


「お前は重すぎるって言われたの…心配してただけなのにまさか重いって言われるなんて」



 なんとなく会話が聞こえて、そして腹が立った。
なんで、こんな可愛い子泣かす男が存在するんだよ。
 そいつじゃなくてオレだったら……。
そんな夢のようなことを、一人で考えていた。



 高校2年生の春、クラス替えの名簿を見て驚いた。
あの可愛い子の名前があったんだ。
その子の名前は、「佐野 由梨香」。

 嬉しくて、今にも走り出したい気持ちを抑え冷静に教室に入る。
 春の風が教室を吹き抜け、君の黒くて長い髪がやけに綺麗に靡いていた。

 1度直接話してみたいが、なんて言ったらいいのか言葉が見つからない。
 とうとうダサいオレは、話しかけることができずに高校3年生になった。1年以上も時間を無駄にしてしまった。



 夏休み明け初日。
有り得ないくらい寝坊してしまい、ダッシュで学校へ向かう。
走れば5分で着けるだろうか?


 キーンコーンカーンコーン…


 HRのチャイムと共に、下駄箱にたどり着く。
上履きに履き替え、更に廊下を走る。




「安藤ー…」 



 教室に入る直前、担任、そして顧問の篠崎先生がオレの名前を呼んでいる声が、微かに聞こえた。


ガラッ


 勢いよく教室のドアを開け、オレは言った。



「はい、安藤です!…セーフ!?」


「なんだ安藤、夏休み明け初日から遅刻じゃないか、気をつけなさい!部活のペナルティ増やすぞ」



 くっそ遅刻か!ペナルティ増えるのガチで困る!



「まじか、崎サン勘弁してくれよーー」



 ドッと教室のみんなに笑われ、チラリとあの子を見るとクスクスと笑っているようだった。
 はぁ、オレがダサすぎるけど君が笑ってくれたならまぁいいか。

 たしか1限目は、移動教室だ。
散らかった鞄を漁って、ペンケースやら教科書を準備する。

 視聴覚室に到着すると、オレの友達がたまたま君の前の席に座ったから。
 オレは、横田さんの前に座ったんだ。

 斜め後ろに、こんな近くに君がいるなんて。
横田さんにプリントを回すついでに、君の顔をチラリと見た。


 バチッ…


「…!」


「…え」


 オレたちは、初めてまともに目が合ってしまった。
しまった、しくじった。
今までバレないように見ていたのに。

 オレは一旦冷静を装い、何事も無かったかのように前を向く。

 しばらくすると、背後から咳き込む声が聞こえた。



「ゲホッ…ゴッホ!」



 振り向くと、横田さんが大丈夫かと問いかけながら佐野さんの背中をさすっている。
 それを見て、瀬川さんは笑っていた。

 彼女は、咳き込んでいる姿すらも可愛かった。


 昼休み。オレはまた、佐野さんを見ていた。
すると自然と会話が聞こえてきた。



「ねえ一生のお願いだから由梨香一緒にサッカー部の応援に行こう…!」



 お願いお願いお願い、と懇願する瀬川さんに、佐野さんはいいよと言っていた。

 …まじで?
今週末のサッカーの試合、佐野さんが応援に来るの?

 嬉しい気持ちと同時に、オレは少し緊張を覚えた。



 サッカーの試合当日。
今日はあまり天気が良くなさそうだった。

 試合が始まる直前、観客席を見渡した。
佐野さんと瀬川さんの姿を見つけた。

 くっそ…!私服姿可愛すぎるだろ!
試合に集中するぞ、オレ…!佐野さんが見ている!



ピピーーーーッ



 試合開始の合図とともに、オレは走り出した。
まずは1発目、軽快にゴールを決める。
 滑り出しは順調だ。

 なんとか2度目、3度目ゴールを決めることが出来た。
 今日のオレは、なんだか最強な気分。

 ポツリポツリと小雨が降ってきて、そのうちザーッと音が鳴るくらい本降りになった。

 やべぇ…視界が悪すぎる。



ガッ! ズザァー!!



 相手チームの誰かの足に躓いたオレは、その場に倒れ込む。

 うざすぎだろ、誰だよ…いってぇ。
右足がジンジンと痛んで、そのうち血が滲み始めた。



「あー、大したことないんで試合続行で大丈夫っす」



 ここで退場する訳にはいかなかった。
いつものオレなら退場しているが、今日は佐野さんが来ているから。

 足の痛みに耐え泥だらけになりながらも、なんとか最後まで試合をやり切る。
 何度かシュートを決め込むこともできた。


ピッピッピーーーーッ


 試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、プツッと張り詰めていた糸が切れたように、オレは足の力が抜けた。
 いやいや痛すぎるだろ、これは擦り傷の他に捻挫もしているな…。

 結果は、なんとかオレらのチームの勝ち。
よかった、オレはよく頑張ったぞ。



「足の血拭いてくる」



 そうみんなに伝え、オレは控え室に向かう。
なんと控え室の少し手前に、佐野さんの姿があった。
雨でずぶ濡れになっていたが、泥だらけのオレよりマシか…。
どんな姿でも佐野さんは可愛い。



「…あのっ、安藤くん!私、佐野だけど!試合お疲れ様、その足の怪我大丈夫…!?」



 オレの足の傷を見ながらオロオロとしている。
めちゃくちゃ可愛いな…?

 学校の時とは違って、軽く化粧をしているのだろうか。 
 瞼の上がキラキラしていて、唇がツヤツヤだった。



「…え、ああ、ありがとうね。もしかして転んだとこ見られた?うわ、だせー…」



 緊張のせいか、ぶっきらぼうな話し方になってしまう。



「え、なんで!すごくカッコよかったよ、足痛いのにすぐ立ち上がってシュート決め続けてたじゃん」



 ちゃんと見ていてくれた、オレの頑張りを。
全オレが大歓喜。

 話していると、そのうち瀬川さんがこちらに戻ってきた。



「由梨香ー!ただいま!あれ、安藤くん!?」



 オレは思わずペコリと頭を下げる。



「…じゃ、佐野さん瀬川さん応援ありがとうね。また学校で」



 そう言って、オレは再び控え室に向かった。
初めて、まともに佐野さんと話すことが出来た。
ドーパミンがオレの体内に大量生成されている気がした。
 足の痛みなんて忘れていたからだ。

 チラッと後ろを振り返ってみると、佐野さんはまだオレを見送り続けていた。



「…!」



 なぜ、そんなに見つめる?
オレは照れくさくなって、軽めに手を振ってそそくさと控え室に逃げ込んだ。



「はぁ…らしくないぞ、オレ」



 大きめの独り言を呟き、焼き付いて離れない佐野さんと話した記憶を無限ループしていた。



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