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第三章 学園編

その少女、獰猛につき

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「ねぇ、あんた。ごめんさいって、それだけ?」
「は?」

 唐突であんまりな物言いに、思わずルカも棘のある返答になる。

 相手はアステリアと変わらないぐらいの少女だ。

 しかし、温和な印象の彼女と違い、目の前の少女は高圧的で尊大な態度で、真っ赤な長髪に大きなつり目と鋭い眼光という外見は、その性格が表に現れてしまっているようにも見えた。

「だ、か、ら!それだけって言ってんの!!私の言葉、わかる?」
「言葉の意味は分かるよ。ただ、そう言われる意味は分からないね」
「あら?そう。良いのね?そんな事言って」

 冷静さを保とうとするルカを煽るかのように、あくまで自分には非がないのだというスタンスを崩さず、胸の前で腕を組み睨みつけてくる少女。

 その態度に、先ほどから募っていた怒りが沸点を迎えたルカは、大きく息を吸い込み相手に反論をしようとして…。


 ◇


「それでは参りましょうか」
「うん、そうだね」

 何度もこちらを振り返りながら去っていくアステリアと、にこやかな笑みを浮かべながら何度も頭を下げるニコスの二人が人混みの中に消えていくまで見送ると、ルドルフが口を開いた。

 ちなみに、ここまで運んできたニコスの荷については、彼の知り合いだという商人の馬車に載せ、彼等と共に移動していった。

(どうやって連絡したんだろう)

 大きな門の前で入場の受付を済ませ、キョロキョロと王都の街並み眺めていたルカの視線の先に、まるでルカ達が来るのを見計らっていたかのように現れた件の商人。

 敢えてその時ルカは尋ねることはしなかったが、あの道中でニコスが彼に連絡する手段はなかったはずだ。

 ルカの知る前世であれば、携帯をワンプッシュ。

 ちょっと荷物あるから迎えに来て。

 それで終了である。

 しかし、ここは異世界。

 そんな便利な代物はあるはずもない。

 唯一それに代わるものがあるとすれば、魔法かもしくはスキル。

 もしかすれば、それらに類する商人専用の連絡手段というものがあるのかも知れない。

 なんとなくそれが気になりはしていたため、ぼんやりとニコス達が去った方向を見ていたルカだったが、商人に荷を引き渡し、さっさと馬車に乗り込んだルドルフがこちらを不思議そうに見ているのに気づいた為、ルカは慌てて馬車に飛び乗った。

「ここから屋敷まではさほど遠くありませんので」
「うん、わかった。あ、でさ………」

 やはり気になっている様子のルカは、ルドルフに先ほどの疑問を投げようとしたが、その前に彼が馬車馬に向かって、ピシャン!と鞭を打った音が響き渡り、何となくタイミングを失ってしまったため、また今度でいいかと確認を先延ばしにした。

 少し疲れたようないななき声を上げると、ゆっくりと歩き出す馬車馬。

 ガタガタガタガタガタ。

 王都の外とは違い、綺麗に敷き詰められた石畳の上を進む馬車が、小刻みに上下する。

「それにしても大きいよね」
「王城の事ですか?」
「うん、王城。それに街自体もかな」
「そうですね。この王都でルカ様の故郷の約10倍の人口とのことですから。人口密度も高いですので、そのまま10倍の面積ではございませんが、それでも3倍の広さはあるでしょうね」
「3倍か。すごいね」

 ルカの故郷、ノース男爵家領の規模も周辺の他領と比較しても大きな部類だったが、それの3倍。

 さらには10倍の人口ということは、人口密度にすれば、故郷の3倍以上。

 どおりで。

 と呟き、ルカは自らの馬車のすぐ側を行き交う人たちの多さに納得するのだった。

「ちなみに、街の区画について説明しておきますと、我々が先ほど入ってきたのが正門でして、その正反対の位置に王城がございます。そしてその王城に接する形で正面には貴族区で、その貴族区から扇状に広がるのが、工業区、商人区、騎士区、農民区です。その四つは面積はほぼ等分に区切られておりますので、それぞれカットケーキのような形とイメージすれば分かりやすいかも知れませんね」
「あ~、なるほど。その説明でよく分かったよ」

 小さく何度か頷きながら理解を示すルカ。

 そんな雑談をしながらも、次々と正面からやってくる人たちをスルスルと避けながら進んでいく馬車。

 向かう先は、先ほどルドルフから説明のあった貴族区で、ここにノース男爵家の持つ屋敷がある。

 男爵家程度が王都の貴族区に屋敷を持っているということにルカは驚いたが、そのことを王都に来る前にルカに教えたルドルフは、むしろ当たり前という表情をしていた。

「ノース家は建国の際に、多大な功績を上げましたから。今、男爵家という地位にあるのも、当時の時代が悪かったと聞いております。実際には、伯爵でもおかしくはなかったと」

 グランドベル王国が国として成立したのは、この100年の間の事。

 ルカの曾祖父にあたるレオニードは、当時は男爵どころか貴族とは全く関係がなく、農民出身のいち軍人の一人であった。

 国家統一の最中にあって、後のグランドベルを統べる事となるオレグ・グランドベルの軍隊の下っ端の下っ端という地位だったそうだ。

 それがなぜ男爵家という地位にまで上り詰めたのか。

 ひとつに、他国との戦闘において、その強力な魔法をもって、名だたる武将を打ち倒した事。

 もうひとつに、当時秘境と呼ばれ、隣接する小国同様に脅威のひとつとなっていた、神竜山脈周辺の魔物を撃退し、人が住めるようになるまでにしたこと。

 オレグが目指した国家統一と、国土の開拓という両面で大きな成果を出したレオニードに、一度は伯爵という地位を与えるような声も上がったという事だが、当時オレグの側近としてその周囲を固めていた者達は面白く思わなかったのだろう。

 いち平民がいきなり伯爵になるのは、不相応として猛烈な反対をしたうようだ。

 結果として、王となったオレグも国が成ったばかりの不安定な時期に争いの種を作りたくはなかったのか、レオニード・ノースを男爵位とし、その代わりとして王都に土地と屋敷を与え、また彼が開拓した神竜山脈周辺の土地をノース男爵家領として与えた。

 すらすらと途切れることのないルドルフの説明に、驚いた表情で聞いていたルカ。

「よく知ってるね、うちの家の事」
「いえ?皆これぐらいは知っていると思いますが?」
「え?」
「有名な物語として、書籍にもされています。『英雄レオニード』というタイトルで」
「は?」

 本当にそのことを知らなかったルカは、信じられないという表情でルドルフの顔を見る。

「私も屋敷でファリド様に聞いたことがあります。なぜあの書物が無いのか。というよりも、そういったノース家の来歴を記したような書物全般が無いのかと」
「それで、父上は何て?」
「ルカに勘違いをさせぬため、と」
「え?」
「ルカ様に、自分の家は英雄の家系であるということを笠に着るような事をしてほしく無いからだと言っておられました。ですので、実際にはファリド様の書斎には例の書物を含めて、ノース家について記した物はございます」
「は?」

 そんなふうに思われていたのか、と心外だとでもいう表情をしたルカ。

 しかし、次にルドルフの口から帰ってきたのは意外な言葉だった。

「ファリド様自身が、過去にをして失敗されたようです。本人は明言されませんでしたが、どうやらそういう事のようですよ?」
「うえぇ???」

 それこそ予想もしていなかった事実に、ルカがルドルフの顔を見上げた。

 そんなやりとりがあったのが、街に入る前の数時間前。

 長い回想にルカが入り込んでいると、ギィと馬車が唸るような音を上げると、ゆっくりとある屋敷の前に止まった。

「ここが」
「はい、ノース家の王都の屋敷です」

 馬車から降り、ルカの手を取り恭しく一例しながら説明するルドルフの仕草は、その外見とも相まって、もはや長年執事として仕えてきたのかと思うほど堂に入っていた。

「何でもできるんだね」
「は?」
「いや………」

 思わずルカの口から本音が漏れ、意味のわからないような表情になったルドルフだったが、ルカは気にするなとばかりに手を振って、目の前の屋敷に視線を移した。

 こじんまりとしてはいるが、上品で落ち着いた印象の屋敷。

 最近は全く使ってないというのはファリドの言葉だったが、外観からは汚れや劣化も見られずよく手入れされているように思われた。

「じゃあ、入ろ…っ!」
「あ!」
「キャッ!」

 屋敷に入ろうと、足を一歩踏み出したルカ。

 そこに狙っていたかのように、ルカに向かって黒い影が高速で迫り来る。

 ルカはそのステータスに物を言わせた回避力で衝突は避けることが出来たが、黒い影からは可愛らしい悲鳴と、トサッという尻餅を付いたような音がした。

「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「あ、え?」

 相手は自分がどういう状況にあるかすぐには分かっていない様子だったが、綺麗なワンピースのような服の裾を地面に広げ、自分が尻餅を付いているのだと気付くと、カッと目を見開き、頬を赤く上気させると、バッ!と音がするくらいに勢いよく立ち上がった。

「ねぇ、あんた。ごめんさいって、それだけ?」
「は?」

 唐突であんまりな物言いに、思わずルカも棘のある返答になる。

 相手はアステリアと変わらないぐらいの少女だ。

 しかし、温和な印象の彼女と違い、目の前の少女は高圧的で尊大な態度で、真っ赤な長髪に大きなつり目と鋭い眼光という外見は、その性格が表に現れてしまづているようにも見えた。

「だ、か、ら!それだけって言ってんの!!私の言葉、わかる?」
「言葉の意味は分かるよ。ただ、そう言われる意味は分からないね」
「あら?そう。良いのね?そんな事言って」

 冷静さを保とうとするルカを煽るかのように、あくまで自分には非がないのだというスタンスを崩さず、胸の前で腕を組み睨みつけてくる少女。

 その態度に、先ほどから募っていた怒りが沸点を迎えたルカは、大きく息を吸い込み相手に反論をしようとして…。

「レディ、横から口を挟みます無作法をお許しください。私が悪いのです。周囲の確認もせずにこんな場所に馬車を止めてしまいましたら。貴方様の美しいお召し物が汚れてしまい、申し訳ございません。弁償は甘んじてお受けいたします。それでもお許しいただけないようでしたら、私を如何様にでも……」
「ふ、ふん!使用人のほうが主人よりもよっぽど物分かりがいいようね!!まぁ、いいわ。今日のところは私も急いでいるから許してあげる。でも、次は無いわよ。いいわね!!」

 そう言い捨てると、ドレスの裾を摘んで器用に走り出す少女。

 その背中を見て、思わず『あっ!』とルカは声を出したが、ルドルフがそれ以上の言葉を遮るように、さっとルカの胸の前に手を割り込ませた。

「抑えてください」
「わかったよ」

 不服そうなルカの表情。

 そんなやりとりが背後で行われている事など全くお構いなしに、全速力で駆けていく少女の背中が、ルカ達の視界から段々と消えていくのだった。

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