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第一章 異世界転生編

はじめての脱走とレベルアップ

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 ルカの一歳の誕生日会をして、早くも一年の歳月が過ぎていた。

 二歳の誕生日もちょうど一昨日終えたところだ。

 一年前にファリドに見せるだけ見せられた料理を、次は全種類お腹いっぱいに食べてやると密かに意気込んでいたルカは、その思いの通り貪るように料理を堪能したが、二歳児の胃にはかなりの容量オーバーだったようで、翌日は腹痛に耐えながら、ベッドの上でうなって過ごした。

 暴食の余波でまだ若干違和感の残るお腹をさすりながら、ルカは小さく呟いた。

『鑑定』

 名前:ルカ
 年齢:2歳
 レベル:2
 体力:10
 魔力:44
 攻撃力:3
 防御力:3
 魔法力:20
 魔防:16
 回避:3
 運:12
 属性: 風、火、光、無、時
 EXスキル:鑑定、探究者
 COMスキル:中級風魔法、初級火魔法、初級光魔法、初級無魔法
 称号:昆虫愛者、幼き狩人、努力家

 充実してきたステータスにニヤリと薄く笑うルカ。

 少しずつではあるが、着実に数値が上がっていっている。

 特に魔法関連については毎日休まず魔力が切れるまで訓練したことと、称号のお陰か上昇幅も大きかったし、魔法の発動のスピードも実感として向上していた。

 魔力は空になるまで使うと、その量が徐々に増えていく。

 通説としてそれは広く言われていたが、その真偽は定かでは無い。

 それはルカのように鑑定で定点で成長値を測る術を普通の人は持っていなかったからであったが、その通説を信じて今まで訓練をしてきたことは大いに意味があったとルカは思った。

「んしょ」

 寝室の窓枠に手をかけ、外を見渡すルカ。

 眼下には農地が広がり、金色の小麦畑が風にそよいでいるのが見え、さらにその遠くには富士山を大きく超えるような高さの巨大な山々が見える。

 ルカがこの山脈についてファリドに聞いた時には、神竜山脈だという回答が返ってきた。

 その名の通り竜が住まう場所で、人が滅多に立ち入らない危険地帯ではあるが、その竜たちの長は神の使いである神竜であるから、こちらからちょっかいをかけない限りは安全だということだった。

『イーグルサイト』

 ルカが唱えた魔法により、その視界が急速にズームされた。

 流石に数十キロ離れた神竜山脈までは詳しく見ることができないが、1km先の畑で作業をする人達の表情ぐらいであれば見えるようになった。

 一年前には使えなかった無魔法だ。

 無魔法は物質または生物の一部、またはその全部を強化するものが多く、遠隔で物を動かすような魔法も存在する。

「いないな」

 ルカは窓から見えるところを隈なく探し、目的のものがいない事を確認した。

「やっぱりあの日はたまたまか」

 ルカは一か月ほど前に、同じように無魔法の練習を兼ねて外を見ていた時に、近くの草むらに小さな生物が居るのを見つけた時のことを思い出していた。

 その日も今日と同じように窓から外をみていた時だった。

 ふいに屋敷の近くの草むらが揺らめき、ルカは注意を引かれたのだ。

 最初はウサギのような小動物だと思いそのまま無視しようとしたが、そこから飛び出したのが前世では見たことのない丸い生物。

 それはうっすらと青みがかったゼリーの塊のようで、中央に丸い核のような物が浮いていた。

 図鑑で見たスライムだった。

 ルカはふと魔法で攻撃するとどうなるだろうかと思い、目を細めて的となるスライムを見据えた。

「たぶん中る、よね」

 自らの魔法の速度、射程から想定して視界の目標物に命中するかを割り出した。

 そしてルカの結論は「中る」だった。

 そう判断してからのルカの行動は早く、窓を開けると早口で魔法を唱えた。

『ウインド』

 何度となく練習で使ってきた初級風魔法だ。

 突風が巻き起こり、風の塊がスライムに一直線に飛んでいくと、着弾と共にスライムが面白いように跳ねた。

 軽く転がるくらいだろうと思っていたルカは、視線の先で10メートルくらい吹き飛んだ魔物を凝視し、自らの魔法の威力に驚いた。

 確かに最近は風に回転を加えてみようだとか、圧縮をしてみようだとか色々と工夫をしながら練習していたが、生物に向けて放ったのはこれが初めてで、イタズラでも人に放つことが無くて良かったとルカは内心冷や汗をかいた。

 やがてスライムは動きを見せるかと思ったが、そのまま淡く光りだすとモヤを上げ始め、空に消えるかのように消えていった。

 スライムのいた場所に、小指の先程の小さな欠片が転がる。

 《『レベル2』になりました》
 《称号:『幼き狩人』を取得しました》

「あ」

 唐突に頭に響いたアナウンスに、ルカは思わず小さな声を漏らした。

 レベルアップに称号の獲得だ。

 幼い身体に力が込み上げてくるのを感じる。

『鑑定』

 《幼き狩人》
 条件:三歳までに自らの手で魔物を倒すこと。その場合、他者の補助を一切受けてはならない。

 効果1:魔物の弱点が解るようになる。
 効果2:魔物討伐時の獲得経験値が1.2倍になる。

 称号の効果を見て、思わずニヤけるルカ。

 いずれも有用だが、効果1を魔物に使った時の感じが早く知りたい、とルカは思った。

 新しいものを手に入れると使ってみたいのは人の性だろう。

 レベルアップのステータスアップは流し見して、ルカはすぐさま窓際に立ち視線を左右に走らせたが、その日はいくら窓から外を探しても新たなモンスターは見つからなかった。

「やっぱり、モンスターがいたら危ないよね」

 見つからない事の言い訳のようにルカは呟いたが、その後一ヶ月もこれを繰り返すとは彼自身もこの時予想していなかった。

 そしてあれから一ヶ月後の今日も、もはや使い慣れた『イーグルサイト』による探索は不発だった。

 ルカとしては称号の効果を知りたい欲求がピークを迎えていたが、かといって外に出られるかというと、まだ二歳ということもあり、一人で外には出してもらえなかった。

 何度か脱出も試みたが、なぜか必ず部屋の前の長い廊下を駆けている時にメイドのリーナに見つかり、あえなく部屋に戻される、を繰り返していた。

 リーナというのはルカの屋敷で働いているメイドで、赤毛のショートボブの女性でかなりの小柄な体型とくりんとした大きな目が特徴的だった。

 その愛嬌のある見た目に反して、静かで真面目な働きがルカの両親に評価され、ルカの身の回りの世話をしていた。

 そしてそのメイドの彼女、リーナに今日も捕まってしまうと、都合四回目になる。

 さすがに彼女も警戒しているため、初回よりもさらに成功確率は下がっているだろう。

 当然、ルカも馬鹿ではないため、打開策を考えていた。

 それは至ってシンプルで、窓から脱出することだった。

 リーナもこのルートには思い至って対策済みではないか、ルカもそう考えたが、しかし目の前の窓の高さを見て自らの疑念を振り払った。

 なぜなら窓の高さは、一番低い下辺の枠すらもルカの肩ぐらいはあった。

 端端で子供らしくない場面を見せて来たことがあるルカであっても、この高さを突破するとはリーナも考えないだろう。

 それにしてもこの方法を今まで思いつかず馬鹿正直に正面突破を試みていた自分の愚かさに少し嫌気が差すルカだっただが、首を振って気持ちを切り替えた。

 ルカは外に向けていた視線を下げ、手を掛けていた窓枠を二回叩き、高さを再度確認した。

 いける、ルカは思った。

「あは!あはははは!」

 一ヵ月も溜めに溜めたフラストレーションのせいで、成功してもいないのに、脱出の目処が立っただけでルカのテンションがおかしくなっていた。

 彼の目的はあくまで魔物の発見と、称号の効果の確認である。

 間違っても屋敷を脱出することではない。

 しかし、ルカにはすでにそれも頭の隅に追いやられ、早足になりながらベッドに向かい枕と布団を掴むと、床を引き摺りながら窓際に積み上げた。

 足場となった寝具を踏み、安定感を確認すると、ルカはそのままその上に立った。

 そして、予想通りよじ登れる高さになった窓枠を再度しっかりと掴み力を入れた所で、廊下から誰かが歩いてくる音が聞こえた。

「やば!」

 腕に力を込めて、窓枠をよじ登る。

 途中足をバタつかせた際に布の割ける嫌な音が響いたが、ルカはそれを無視して窓枠の上に立つと、子供の身長では少し恐怖を感じる高さを目の前に、思い切ってジャンプした。

「いっ!」

 予想通りながら着地の際の強い衝撃に小さな声が漏れたが、これもすぐに無視をして追手を振り切るために走る。

「いそげ!いそげ!」

 短い手足を必死に振り、自分に言い聞かせながら駆ける。

 ルカの部屋は屋敷の表に面しており遮蔽物の少ない拓けたところにあったが、30m程度先には身を隠すにはちょうど良さそうな植え込みがあり、ルカはそこを目指した。

「や!」

 可愛い声とともに華麗なヘッドスライディングを決める。

 髪や衣服に植え込みの枝が触れて引っかかったが、お構いなしに突っ込むと一旦身を低くしてその場に隠れた。

「ルカ様~?どちらですか~⁉︎」

 リーナの焦ったような、必死な声が屋敷に響く。

 彼女には悪いと思ったが、この機会を逃すわけにはいかないルカは植え込みの中を突き進み、反対側に出た。

 ズボンの裾や上着が所々破れていたが、一旦無視を決め込み、再び足を動かす。

 目指すは《スライムファーム》。

 ルカの住む家の立つ丘を降りたところから右手に広がる、スライムの生息する草原だ。

 スライムは雑食であらゆるものを吸収する。

 しかしこの草原に住まうスライムは《ウィードスライム》という種で、草しか食べない。

 そのためここでは特に討伐する事なく放置しており、領民の生活圏に入ってきたもののみ討伐することはあった。

 植え込みから出たルカの視線の先に柵が見える。

 これを過ぎると丘で、そこから200m程度緩やかな斜面を下り右に50mも行くと目的地だ。

 そのままさらに真っ直ぐ行くと領地の一部である街があるが、今回は寄っている暇などない。

 魔物避けの施された柵を越えると、息絶え絶えになりながら魔法を唱えた。

 《スリップ》

 物の摩擦を低減する無魔法だ。

 ルカはこれを自らのお尻に掛けると、傾斜が出てきた地面に腰を下ろした。

 ゆっくりとした歩みぐらいの速度から、徐々に加速がついていく。

「わ、わ!」

 まだ15kgにも満たない軽い身体が風に煽られ揺らぐ。

 幸い緩やかな斜面だったため、速度は出ないが、それでも二歳児が走るよりも遥かに早いスピードで駆け降りていく。

 遠くでルカを探す声を、さらに置き去りにしていく。

 斜面の終着にくるとスリップの効果も薄れ減速するとルカはすぐに立ち上がり、右に向かって走り出した。

「ははは!」

 またしても変な笑い声がルカの口から漏れ出ていた。

「やった!」

 息を切らせながら正面を向いたルカの視線の先には小さな柵が映っていた。

 スライムファームとの境界線だ。

 スリップの効果が切れ、滑走の速度が緩むとちょうどその柵の前に止まった。

 自らの完璧な配分に思わず震えそうになったルカだが、その感情も一旦強引に傍に寄せ、目の前の最後の関門を越えることにした。

「うんしょ」

 ルカは可愛らしい声を上げながら柵に手を掛け、それをよじ登る。

 そして、しゅたっと意味もなく反対側に着地を決めると、思わず腰に手をやってポージングをしていた。

 ようやくだ。

 小出しにやってくる達成感に浸りたくなるが、まだ本来の目標は未達。

 その目標を叶えてくれるヤツを探すべく、キョロキョロと辺りを見回すルカ。

 と、すぐに地面を這いずっている例の生物を見つけた。

 スライムだ。

「いた…」

 小さく、蚊の鳴くような呟き。

「これ、いくよ?いっちゃうよ?いいよね?よね?」

 目の前に求めて止まなかったものがいる。

 その感動に、もはや転生前の性格も崩壊するほどのテンションの上がり方だ。

 周囲に誰もおらず、この犯罪臭のするつぶやきを聞かれなかったことが彼にとっては幸いだった。

「でもどうやって使うんだろう」

 目標を前にしたが、称号の効果を使うにはどうすれば良いか分からずスライムを凝視するルカ。

 そうしていると急に核の部分が赤い丸で縁取られ、その丸が点滅し出した。

「あ!何か出た!」

 唐突なルカの大声に、聴覚の無いはずのスライムがビクリと震えた。

「すごい…点滅している」

 スライムの場合は弱点が一目瞭然なため、実際には何ということもない変化だが、待ち焦がれた瞬間にルカはひとり浸りながらスライムをしばし見つめた。

「では…」

 ルカは満を辞して魔法の構えを取った。

『ウインドバレット』

 いつものウインドとは違う、アレンジの加えられた攻撃魔法が放たれる。

 それは吸い込まれるように一直線にスライムの核めがけて突き進む。

 サクッ!

 豆腐に串を刺したときのように、抵抗もなく目の前のモンスターを貫通する魔法。

 ふっと消えたスライムからは小さな魔石が落ち、その結果を告げるように、ルカの耳の奥ではレベルアップの音が響いていた。

「やった!!」

 歓喜の声がルカの口から漏れる。

「それならどんどんいくよ!!!」

 今スライムから落ちた魔石をマジマジと見たり、レベルアップの結果を確認したいところだったが、優先事項はそちらではない。

 今もルカを探しているだろうリーナを始めとした家の人達がいつここに来るかも分からない。

「ウインドバレット、ウインドバレット、ウインドバレット」

 タイムアップとなる前に、目の前でもそもそと草を食んでいるスライム達目掛け、魔法を連射しまくるルカであった。











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