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旭陽生誕1 お前の幸いは、何処に

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「旭陽、今日何の日か覚えてるよな?」
 俺の問いに、首を捻って顔だけ振り返ってきた旭陽が頭を傾ける。

「あ? 視察は明後日だぞ」
「そ、それは知ってる!」

 呆れた目を向けられて、咄嗟に声を上げた。
 なら何と勘違いしてるんだ、と値踏みされ始めたのが視線から伝わってくる。
 俺が勘違いしてるんじゃなくって……!

 何だ、この反応!? まさか本気で忘れてるのか!?
 混乱する俺に、旭陽が不思議そうな顔で身を反転させた。

 混乱、するだろ。そりゃ。
 だって今日は11月11日。……旭陽の、誕生日だ。

 地球では、毎年この日になると『で?』と旭陽の方からプレゼントを要求されていた。
 まあ何を渡しても旭陽のニヤリ顔は崩せなかったし、結局俺自身も食われてたんだけど。
 でも毎年旭陽は何が嬉しいのかって頭を悩ませていたし、嫌そうな顔をされなかった事に毎回安堵していた。

 だって、惚れた相手の産まれた日だ。
 初めて聞いた瞬間頭に刻み込んだ。
 要求されるまでもなく、一度たりとも忘れたことなんてない。
 その後贈ったものがどんな扱われ方をされようが、贈るのをやめようと過ぎりさえしなかった。

 そもそも、誰からの貢物も適当にバラまいたりその場で捨てたり、まず受け取りさえしなかったり。
 どんな高級品にも精密な手作りにも興味を示さなかった旭陽が、俺の手からだけは毎年受け取ってくれていた。
 まあ親とか、俺が知らない場所で渡されてたはずの相手は分からないけど。

 催促してたのも俺に対してだけだ。少なくとも、知っている限りでは。
 理由が何であれ、そんな特別扱い……まがい・・・って思ってたけど、あれは確実に特別扱いだよな。
 惚れてる相手が要求してくれることも、受け取ってくれることも、何もかも嬉しくて堪らなかった。

 だから、今年も要求してくれるのを心待ちにしてた。
 離れてて催促してもらえなかった数年間の分も含めて。

 それなのに、旭陽はいつまで経っても『分かってるよな』の一言さえくれない。
 当日の朝、痺れを切らして確認してみれば――まさかの、惚けられる有様だ!

 いや、でも……俺に向き直った旭陽は、本気で何のことか分かってなさそうな顔をしている。

「晃、……」

 どんな顔をしていたのか。
 向き合わせになるなり眉を持ち上げた旭陽の反応からして、かなり情けない表情になっていたらしい。

 仕方なさそうな目をして、旭陽が顔を寄せてきた。
 柔らかな舌に目元を拭われ、そっと目尻に唇が触れてくる。

「……旭陽」
「なんだ。言いてえことがあんならさっさと言え。別に怒りゃしねえよ」

 項を大きな掌で包み込まれ、宥めるように撫でられる。
 ……甘やかされてる。
 そこまでしょぼくれてたのか、俺。
 急に恥ずかしくなってきて、旭陽の肩に額を押し付けた。

「晃?」
「なんでもない。……旭陽、今日は俺の好きにさせてくれるか?」

 何を今更、と今度ははっきり副音声が聞こえてくる目で見られた。
 まあ毎日好きにしてるけど。そうじゃなくって。
 視線で訴えれば、じっと俺の目を見ていた旭陽が肩を竦めた。

「……いいぜ。好きにしろよ。何してくれんだ?」

 頬を歪め、首に両腕を巻き付けてくる。
 目元に唇を押し当てられて、欲が腹の底から湧き出してくる。
 でも、朝から抱き潰してしまっては暫く旭陽が動けなくなっちゃうからな。

「付き合って欲しいところがあるんだけど」
「ああ? 何処……ッん、っ」

 目的地を尋ねてこようとする唇を、軽く啄んで遮る。

「あき……、っふ、ァッ」

 何事かと名前を呼んでくる旭陽の頬に手を添えて、今度は舌を差し入れた。
 ぐるりと咥内を舐め回せば、拒んではこない体が震える。
 一度だけですぐに舌を引き抜き、褐色に掛かっている黒糸を掻き上げた。

「あー……わあったよ。好きにしろ」

 僅かな時間だけ眉を寄せていた旭陽は、すぐにさっきよりも寛容な声音を発した。
 肩に太い腕が乗ってきて、髪の上に頭が傾いてくる。

 体重の幾らかを掛けられる体勢だが、魔力が満ちている体は旭陽一人を支える程度は造作もない。
 体から力を抜いて凭れ掛かられると、身を預けられてると感じられて幸せなんだって言葉にしたことはない。
 でも人心を読むのが異常に上手い旭陽には、多分悟られている気がしてる。

 今日も幸福を感じながら、逞しい腰に腕を回して歩き出した。
 旭陽も自然な動きで歩を進めてくれる。

 やっぱやめた、などと言い出す気配は今のところない。
 抵抗されないのを良いことに、腰を抱いたまま寝室の一角に設置された大きな姿鏡の前まで移動した。

「移動すんのか?」

 旭陽の前で、この鏡を何かに使用したことはない。
 なのに一見精巧な彫り物が成された鏡でしかないそれを見て、旭陽は一目で転移魔法が施された品だと気付いた。

 その、俺より遥かに深い魔力への理解と適応性は相変わらずどうなってるんだ。
 突っ込みたい気持ちになるが、言っても『おまえが鈍すぎんだよ』と鼻で笑われるのは目に見えている。

 自爆の趣味はないからぐっと堪えた。
 そもそも、今はそれどころじゃない。

 ……緊張してる。それも、かなり。

「……あきら」
 鏡を睨み据えていると、横から声をかけられた。

「なに……」
 旭陽へ顔を向けようとして、先に近付いてきた褐色に視界を遮られる。
 唇に柔らかな感触が触れ、次いで鋭いものが食い込んできた。

「ッぃ゛!」
「はは」
 鈍い痛みに思わず声を上げれば、旭陽が楽しそうに頬を持ち上げた。

「おれのこと、好きにすんじゃなかったのか」

 放置するつもりか? と旭陽が頭を傾ける。
 肩からゆっくりと撫で下ろされ、腰へ腕が巻き付いてきた。
 俺が旭陽の腰を抱いているように。

「…………ん。しっかり捕まってろよ」

 普段と変わらない旭陽を見ていれば、早まっていた鼓動も普段通りに落ち着いてくる。
 お互いの体へ触れ合った状態で、鏡の中へ足を踏み出した。
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