57 / 107
外伝
サンドロの場合1(「暗雲」後)
しおりを挟む
「は。……その、人間どもをですか?」
「うん。お前の贄にしようと思って」
にこにこと上機嫌に微笑む魔王様。
その腕の中でうとうとしている、魔王様だけの贄様。
つい先日勇者に浚われ魔王様直々に救出なさってきた贄様は、まだ衰弱しきっていた後遺症を重く引きずっておられる。
元々彼の方を優先していた魔王様は、近頃では完全に部屋に籠もりっきりだった。
無論、国を放り出していたわけではない。
部屋で政務をこなしながら、付きっ切りで看病されていた。
少し回復なさったとかで、久々にお二人揃って出てこられた。
と思ったら、王の第一声がこれである。
どういうことですか、魔王様。
混乱している気配に気付いたのか、贄様が薄らと開いている目を向けてきた。
眠たげな瞳が瞬き、面白がる視線を向けられる。
本当に人間とは思えない頑丈さですな、貴方様は!?
いや。いやいや、少し落ち着いて考えてみなければ……。
我輩はサンドロ・J・トラウテ。
偉大な魔王陛下の側近を代々務める、栄誉あるトラウテ家の第十九子である。
……父上の口調、相変わらず私には向いていないな。疲れるからやめよう。
私は先代魔王陛下第一の側近として宰相を務め上げた、セルデ・エル・トラウテの九男坊だ。
姉は十人。兄は八人。末っ子である。
父は自分の主に心酔しきっていた。
仕事に追われて殆ど家に帰ってくることはなく、私を含め十九の子らは母と使用人たちに育てられた。
不満はなかった。今もない。
王の信を一心に浴びていた父を尊敬している。
魔族という魔族は全て、産まれた時に自らと世界を覆う偉大な王の存在を感知する。
何もかもを包み込む絶対的な安心感の中でこの世に産まれ落ちて、王を敬愛せずに居られる者はいない。
魔王陛下とは、あらゆる魔族にとっての憧れ。
全てを捧げて仕えるべき、絶対無比の主だ。
その魔王陛下と王妃陛下が急死なさった時には、父は世界の終わりを見たと言わんばかりの絶望に沈んだ。
父だけではない。王国の全てが深い悲しみに溢れ、あらゆる幸福は苦痛に変わった。
希望がなかったわけではない。
人間たちが度々反乱を目論んでいた頃、危険を避けるために魔王陛下と王妃陛下が異世界へ避難させた一粒種。
王の直系であらせられる、ただひとりの御子だ。
次代の魔王陛下を迎えるため、万全の状態を保っておく必要があった。
しかし先代様に近しかった重臣は、誰もが絶望に沈んで動ける状態ではない。
直接拝謁が叶ったこともない、城に仕える予定ではなかった第十九子の私が、寝込んでしまった父の補佐として入城することになった。
補佐といっても、実質的には代理だ。
主不在の城はここまで静かで寂しい場所になってしまうのかと、初日から思わず涙が溢れたことを覚えている。
やっと異世界から今代の魔王様を呼び戻せた時には――申し訳なくも、困惑してしまった。
記憶の中の先代様とはあまりにも共通点がない、どう見てもただの人間にしか見えない御方であったから。
何度も人間ではないのかと疑いそうになったが、それでも時折感じる微かな力が彼の御方こそ仕えるべき王だと囁いてくる。
私を含め、城に仕える者は誰もが困惑ばかりだった。
見た目も力も、性格すら今代の魔王様は脆すぎる。
まるで魔力だけを後付けされた、単なる人間のようだ。そんなわけはないのに。
その戸惑いも、同じ異世界から今の贄様が呼び出され、魔王様に捧げられてからは徐々に鳴りを潜めていった。
贄様は、異世界で魔王様と深い関わりを持っておられた御方らしい。
魔王様と贄様が互いに向け合う眼差しには、どれだけ鈍い者でも一目で想い合っていると理解できる熱が灯っている。
それまで異世界の感覚を濃く引きずっておられた魔王様は、贄様が来られてから大きく変わった。
魔力の扱いを覚え、国と民の知識を得、王としての責務と権威を振舞う術を身に付けていかれる。
それが、贄様に――言うなれば、『格好を付けている』のだと見抜くのは容易い。
先代陛下のような、威厳溢れる王ではない。
けれど今代の魔王様もまた、親しみやすくも偉大な王として成熟しつつある。
贄様と御二人で歩み出した覇道を、一番近くから見守り、お助けできるのだ。
幼い頃には想像もしなかった、身に余る光栄と喜びに満ちた未来が今でははっきりと見えていた。
毎日が幸福だ。
そして今はそれだけに集中したいからと、私も父のように仕事に没頭するようになった。
一度贄様に王より先に子作りの準備だけは整えておけよと忠告を頂き、見合いをしかけた時もあったのだが。
見合いの場に向かっている最中、城からの緊急呼び出しを受けてすっぽかすことになった。
それ以降は更に忙しくなり、見合いどころか時折の性欲処理すら放り出している状態だったのだが……
「うん。お前の贄にしようと思って」
にこにこと上機嫌に微笑む魔王様。
その腕の中でうとうとしている、魔王様だけの贄様。
つい先日勇者に浚われ魔王様直々に救出なさってきた贄様は、まだ衰弱しきっていた後遺症を重く引きずっておられる。
元々彼の方を優先していた魔王様は、近頃では完全に部屋に籠もりっきりだった。
無論、国を放り出していたわけではない。
部屋で政務をこなしながら、付きっ切りで看病されていた。
少し回復なさったとかで、久々にお二人揃って出てこられた。
と思ったら、王の第一声がこれである。
どういうことですか、魔王様。
混乱している気配に気付いたのか、贄様が薄らと開いている目を向けてきた。
眠たげな瞳が瞬き、面白がる視線を向けられる。
本当に人間とは思えない頑丈さですな、貴方様は!?
いや。いやいや、少し落ち着いて考えてみなければ……。
我輩はサンドロ・J・トラウテ。
偉大な魔王陛下の側近を代々務める、栄誉あるトラウテ家の第十九子である。
……父上の口調、相変わらず私には向いていないな。疲れるからやめよう。
私は先代魔王陛下第一の側近として宰相を務め上げた、セルデ・エル・トラウテの九男坊だ。
姉は十人。兄は八人。末っ子である。
父は自分の主に心酔しきっていた。
仕事に追われて殆ど家に帰ってくることはなく、私を含め十九の子らは母と使用人たちに育てられた。
不満はなかった。今もない。
王の信を一心に浴びていた父を尊敬している。
魔族という魔族は全て、産まれた時に自らと世界を覆う偉大な王の存在を感知する。
何もかもを包み込む絶対的な安心感の中でこの世に産まれ落ちて、王を敬愛せずに居られる者はいない。
魔王陛下とは、あらゆる魔族にとっての憧れ。
全てを捧げて仕えるべき、絶対無比の主だ。
その魔王陛下と王妃陛下が急死なさった時には、父は世界の終わりを見たと言わんばかりの絶望に沈んだ。
父だけではない。王国の全てが深い悲しみに溢れ、あらゆる幸福は苦痛に変わった。
希望がなかったわけではない。
人間たちが度々反乱を目論んでいた頃、危険を避けるために魔王陛下と王妃陛下が異世界へ避難させた一粒種。
王の直系であらせられる、ただひとりの御子だ。
次代の魔王陛下を迎えるため、万全の状態を保っておく必要があった。
しかし先代様に近しかった重臣は、誰もが絶望に沈んで動ける状態ではない。
直接拝謁が叶ったこともない、城に仕える予定ではなかった第十九子の私が、寝込んでしまった父の補佐として入城することになった。
補佐といっても、実質的には代理だ。
主不在の城はここまで静かで寂しい場所になってしまうのかと、初日から思わず涙が溢れたことを覚えている。
やっと異世界から今代の魔王様を呼び戻せた時には――申し訳なくも、困惑してしまった。
記憶の中の先代様とはあまりにも共通点がない、どう見てもただの人間にしか見えない御方であったから。
何度も人間ではないのかと疑いそうになったが、それでも時折感じる微かな力が彼の御方こそ仕えるべき王だと囁いてくる。
私を含め、城に仕える者は誰もが困惑ばかりだった。
見た目も力も、性格すら今代の魔王様は脆すぎる。
まるで魔力だけを後付けされた、単なる人間のようだ。そんなわけはないのに。
その戸惑いも、同じ異世界から今の贄様が呼び出され、魔王様に捧げられてからは徐々に鳴りを潜めていった。
贄様は、異世界で魔王様と深い関わりを持っておられた御方らしい。
魔王様と贄様が互いに向け合う眼差しには、どれだけ鈍い者でも一目で想い合っていると理解できる熱が灯っている。
それまで異世界の感覚を濃く引きずっておられた魔王様は、贄様が来られてから大きく変わった。
魔力の扱いを覚え、国と民の知識を得、王としての責務と権威を振舞う術を身に付けていかれる。
それが、贄様に――言うなれば、『格好を付けている』のだと見抜くのは容易い。
先代陛下のような、威厳溢れる王ではない。
けれど今代の魔王様もまた、親しみやすくも偉大な王として成熟しつつある。
贄様と御二人で歩み出した覇道を、一番近くから見守り、お助けできるのだ。
幼い頃には想像もしなかった、身に余る光栄と喜びに満ちた未来が今でははっきりと見えていた。
毎日が幸福だ。
そして今はそれだけに集中したいからと、私も父のように仕事に没頭するようになった。
一度贄様に王より先に子作りの準備だけは整えておけよと忠告を頂き、見合いをしかけた時もあったのだが。
見合いの場に向かっている最中、城からの緊急呼び出しを受けてすっぽかすことになった。
それ以降は更に忙しくなり、見合いどころか時折の性欲処理すら放り出している状態だったのだが……
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
35歳からの楽しいホストクラブ
綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』
35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。
慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。
・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35)
・のんびり平凡総受け
・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など
※本編では性描写はありません。
(総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます
瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。
そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。
そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる