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二人
第54話 お前のための、贄
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魔王に特攻の力を持つもの。
勇者。
長らく、勇者の発生条件は判明していなかった。
当然だ。多くの勇者は仮初の偽物であり、本物の勇者は極一部。
そして本物の勇者が生まれた代では、魔王も勇者も双方が相打ちとなって死んでいる。
勇者は――魔王が、恋をした人間だ。
元々そう生まれ付くわけではない。
魔王の恋心が、人間を『魔王を滅ぼすもの』に変える。
そうでなければ、体も力も魔族に劣る人間が、魔族の頂点に勝てるものか。
魔王自身が、自分の身を滅ぼす。
そう、血に宿る歴代の記憶が教えてくれた。
代々の魔王がそれを知らないのは、真なる勇者が発生しなければ、魔王の血も覚醒しないためだ。
――冗談じゃない。
やっと楽しめそうなものを見つけたのに、むざむざ死んでやるつもりはねえんだよ。
勇者が魔王を滅ぼすものだというなら――勇者じゃなくしてやりゃ、いいんだろ。
退屈な世界で初めて欲しいと感じたものだ。
アレを手に入れることを、オレの生の意義にしよう。
そう決めて、まずは何処の誰だか調べるところから始めた。
家庭環境。親の職業。職場。友人。今までに関わってきた相手。
親の収入はかなり低く、家庭仲はそれなりに悪くなかった。
手を回して、何段も昇格させてやる。忙しくなり、周囲の環境を変え、子にかける時間を大幅に削った。
それなりに多い『友人』共を、一人、また一人と側から離れていくように仕向ける。
多少の数は残ったが、全部取り上げるのは精神的に不味そうだ。残る者は放っておいた。
「晃ぁ」
「……あ、この間の……!」
目の前に姿を現した時、無防備な男は名乗ってもいない名前を呼ばれたことに不思議がることもなかった。
ぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。
ニヤリと笑みを返してやって、自分より小さな体を捻じ伏せた。
「……っな、んで、……きみ……」
真っ白な体を散々に弄んでやった後、大きな目から涙を流してぐすぐすと泣いている。
良かった。まだ誰の手垢も付いていなかった。
誰かの味を知っていたら、相手とその周囲を消すだけじゃ収まらないところだった。
「旭陽」
「……え、」
「旭陽だ。……呼べ」
「あ、ぁさ、ひ、……? っあ、待て……!」
名前を告げると、疑問に満ちた目で見上げながら素直に繰り返してくる。
勝手に頬がつり上がるのを感じながら、嬉しくてまた手を出してしまった。
「君、……いや、旭陽……口の中、凄いあまい……」
「……好きじゃねえの? こういう味」
「いや、好きだけど……何で知ってるんだ」
「晃はわっかりやすいからなあ」
特に拘りもなかった味覚が、晃が好きな方向へと傾いていった。
「晃ぁ」
「……な、に」
「ンでそんな赤い顔してんだ?」
名前を呼ぶ度に顔色をくるくる変えるのが面白くて、晃を呼ぶ時にはつい声音が甘くなった。
名前を呼ばれるのが心地良くて、自分を称する時の声まで柔い響きになるようになった。
かわいい晃。
おれの晃。
好きが降り積もる度に、晃の中から邪魔な光が増してくるのが視える。
勇者の、力だ。
おれが晃を好ましく思えば思うほど、勇者としての力が強くなっていく。
元々他人を慮る性格ではあったが、段々と行き過ぎるようになってきた。
自分よりも他人を優先するようになったのは、晃自身の意思じゃない。勇者としての性質だ。
おれの色に染めても、勇者の強制力のほうが強い。
――なら、晃から『勇者』を棄てさせるとしよう。
そのためには、勇者としての強制力から遠ざけなければならない。
どうしようか。
……いや、考えるまでもなかったな。
勇者の力に対抗できるのは、ただ一つ。『魔王』の力だ。
思い至った日から、おれは自分の中の力を晃に注ぐようになった。
遠く離れた世界が、おれではなく晃を魔王と誤認するように。
いつかくる迎えが、晃を連れて行くように。
晃の中と外から、晃自身以外の全てを剥いで壊していく。
同時に、おれ自身も自らの手で壊して、晃の中に注いでいく。
やがて目論み通り、晃がおれと間違って連れて行かれる。
勇者を見失った世界は、別の人間に仮初の勇者の力を与えた。
『魔王は、ここで殺す……!』
魔王の力の大半を持つ晃がいない今、僅かな力しか残していないおれでも正しく正体を見破られる。
無論、わざとだ。
力を譲渡されただけの晃では、仮初であっても勇者の力を持つものには勝てない。
そもそも偽物と同調して、晃の中で勇者の力が覚醒などしてもらっては今までの苦労が水の泡だ。
「いいぜ……遊んでやるよ」
笑って、日本では不釣合いの剣を振り翳してくる男を受け入れた。
何度同じことを繰り返したのか。
何度死にかけながら、どんどん力を増していく仮初の勇者共を消し去ったのか。
傷付いていない皮膚がなくなった頃、勇者を求める呼び声が脳裏に響いた。
真なる勇者と数え切れないほど交わっていたおれに、召喚魔法の筋が延びてくる。
「待ってたぜ。……なァ、晃」
待ち侘びた瞬間に、頬が歪む。
恋しい色を思い浮かべながら、目を閉じて召喚に応じた。
そうして、求めていた腕の中に囚われる。
予想を遥かに上回る貪られ方を味わったのも、求められ方が異なっていたのも、面食らわなかったといえば嘘になる。
だがおれにとっては、相手が晃であることが重要だ。
晃がおれを求めている結果だと思えば、どれだけ体がキツくても苦ではない。
触れ方がおれの手順をなぞっているのも、愛らしさに拍車をかけた。
晃の中の忌々しい光を、徐々に取り除いていく。
なかなか上手くいかなかった。それも、晃自身が自ら人間を手放したことで漸く完遂となった。
「旭陽」
おれが注いだ魔王の力だけを帯びた、深い色の瞳がおれを覗き込む。
纏っている色は、黒だ。魔王の証。
世界から、この男を強奪せしめた証左の衣。
「すきだよ」
知ってる。
だっておれは、お前より先に恋をした。
「俺のものだ」
「……そうだな」
晃が、おれのものであるように。
ああ、そうだ。
おれだけが、お前のための、贄。
ずっと一緒だ。
おれの、おれだけの、晃。
勇者。
長らく、勇者の発生条件は判明していなかった。
当然だ。多くの勇者は仮初の偽物であり、本物の勇者は極一部。
そして本物の勇者が生まれた代では、魔王も勇者も双方が相打ちとなって死んでいる。
勇者は――魔王が、恋をした人間だ。
元々そう生まれ付くわけではない。
魔王の恋心が、人間を『魔王を滅ぼすもの』に変える。
そうでなければ、体も力も魔族に劣る人間が、魔族の頂点に勝てるものか。
魔王自身が、自分の身を滅ぼす。
そう、血に宿る歴代の記憶が教えてくれた。
代々の魔王がそれを知らないのは、真なる勇者が発生しなければ、魔王の血も覚醒しないためだ。
――冗談じゃない。
やっと楽しめそうなものを見つけたのに、むざむざ死んでやるつもりはねえんだよ。
勇者が魔王を滅ぼすものだというなら――勇者じゃなくしてやりゃ、いいんだろ。
退屈な世界で初めて欲しいと感じたものだ。
アレを手に入れることを、オレの生の意義にしよう。
そう決めて、まずは何処の誰だか調べるところから始めた。
家庭環境。親の職業。職場。友人。今までに関わってきた相手。
親の収入はかなり低く、家庭仲はそれなりに悪くなかった。
手を回して、何段も昇格させてやる。忙しくなり、周囲の環境を変え、子にかける時間を大幅に削った。
それなりに多い『友人』共を、一人、また一人と側から離れていくように仕向ける。
多少の数は残ったが、全部取り上げるのは精神的に不味そうだ。残る者は放っておいた。
「晃ぁ」
「……あ、この間の……!」
目の前に姿を現した時、無防備な男は名乗ってもいない名前を呼ばれたことに不思議がることもなかった。
ぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。
ニヤリと笑みを返してやって、自分より小さな体を捻じ伏せた。
「……っな、んで、……きみ……」
真っ白な体を散々に弄んでやった後、大きな目から涙を流してぐすぐすと泣いている。
良かった。まだ誰の手垢も付いていなかった。
誰かの味を知っていたら、相手とその周囲を消すだけじゃ収まらないところだった。
「旭陽」
「……え、」
「旭陽だ。……呼べ」
「あ、ぁさ、ひ、……? っあ、待て……!」
名前を告げると、疑問に満ちた目で見上げながら素直に繰り返してくる。
勝手に頬がつり上がるのを感じながら、嬉しくてまた手を出してしまった。
「君、……いや、旭陽……口の中、凄いあまい……」
「……好きじゃねえの? こういう味」
「いや、好きだけど……何で知ってるんだ」
「晃はわっかりやすいからなあ」
特に拘りもなかった味覚が、晃が好きな方向へと傾いていった。
「晃ぁ」
「……な、に」
「ンでそんな赤い顔してんだ?」
名前を呼ぶ度に顔色をくるくる変えるのが面白くて、晃を呼ぶ時にはつい声音が甘くなった。
名前を呼ばれるのが心地良くて、自分を称する時の声まで柔い響きになるようになった。
かわいい晃。
おれの晃。
好きが降り積もる度に、晃の中から邪魔な光が増してくるのが視える。
勇者の、力だ。
おれが晃を好ましく思えば思うほど、勇者としての力が強くなっていく。
元々他人を慮る性格ではあったが、段々と行き過ぎるようになってきた。
自分よりも他人を優先するようになったのは、晃自身の意思じゃない。勇者としての性質だ。
おれの色に染めても、勇者の強制力のほうが強い。
――なら、晃から『勇者』を棄てさせるとしよう。
そのためには、勇者としての強制力から遠ざけなければならない。
どうしようか。
……いや、考えるまでもなかったな。
勇者の力に対抗できるのは、ただ一つ。『魔王』の力だ。
思い至った日から、おれは自分の中の力を晃に注ぐようになった。
遠く離れた世界が、おれではなく晃を魔王と誤認するように。
いつかくる迎えが、晃を連れて行くように。
晃の中と外から、晃自身以外の全てを剥いで壊していく。
同時に、おれ自身も自らの手で壊して、晃の中に注いでいく。
やがて目論み通り、晃がおれと間違って連れて行かれる。
勇者を見失った世界は、別の人間に仮初の勇者の力を与えた。
『魔王は、ここで殺す……!』
魔王の力の大半を持つ晃がいない今、僅かな力しか残していないおれでも正しく正体を見破られる。
無論、わざとだ。
力を譲渡されただけの晃では、仮初であっても勇者の力を持つものには勝てない。
そもそも偽物と同調して、晃の中で勇者の力が覚醒などしてもらっては今までの苦労が水の泡だ。
「いいぜ……遊んでやるよ」
笑って、日本では不釣合いの剣を振り翳してくる男を受け入れた。
何度同じことを繰り返したのか。
何度死にかけながら、どんどん力を増していく仮初の勇者共を消し去ったのか。
傷付いていない皮膚がなくなった頃、勇者を求める呼び声が脳裏に響いた。
真なる勇者と数え切れないほど交わっていたおれに、召喚魔法の筋が延びてくる。
「待ってたぜ。……なァ、晃」
待ち侘びた瞬間に、頬が歪む。
恋しい色を思い浮かべながら、目を閉じて召喚に応じた。
そうして、求めていた腕の中に囚われる。
予想を遥かに上回る貪られ方を味わったのも、求められ方が異なっていたのも、面食らわなかったといえば嘘になる。
だがおれにとっては、相手が晃であることが重要だ。
晃がおれを求めている結果だと思えば、どれだけ体がキツくても苦ではない。
触れ方がおれの手順をなぞっているのも、愛らしさに拍車をかけた。
晃の中の忌々しい光を、徐々に取り除いていく。
なかなか上手くいかなかった。それも、晃自身が自ら人間を手放したことで漸く完遂となった。
「旭陽」
おれが注いだ魔王の力だけを帯びた、深い色の瞳がおれを覗き込む。
纏っている色は、黒だ。魔王の証。
世界から、この男を強奪せしめた証左の衣。
「すきだよ」
知ってる。
だっておれは、お前より先に恋をした。
「俺のものだ」
「……そうだな」
晃が、おれのものであるように。
ああ、そうだ。
おれだけが、お前のための、贄。
ずっと一緒だ。
おれの、おれだけの、晃。
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