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暗雲
第49話 魔王に成った日
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「ん゛ッァ、ぁ゛っ、ヒんッ! ッぁき、アっき、らぁ……ッ」
黄金がふらふらと彷徨っては、時折俺に焦点を合わせる。
一気に溢れ出した涙に軽く吸い付いて、また唇を塞いだ。
地面に透明の体液が滴り落ちる音を聞きながら、指を絡めていた手を引いて俺の首元に回させた。
手を離せば、そのまま首筋に弱い力で縋り付いてくる。
じゅ、と音を立てて舌を吸えば背筋が大きく仰け反った。
「旭陽ッ、ほかは? 他はッ、何して欲しい……っ?」
心地良さと、興奮と、燻る怒り。旭陽が無事だった安堵。
色々な感情で引き攣る声を耐えて、顔中にキスを降らせる。
揺らめいていた瞳が、また俺を瞳の中に映し出す。
「……き、……い…………」
掠れる声が、何かを囁こうとする。
耳を傾けていると、背後から叫ぶ声に邪魔をされた。
「晃ッ!!」
「……旭陽以外に、そう呼ばれる筋合いはねえんだけど」
不快度が一気に跳ね上がる。
旭陽を抱き締めたまま振り返れば、愕然としていた男が憤怒の目付きに変わっていた。
立ち上がろうともがきながら、俺ではなく腕の中を怒りの眼光が貫いている。
誰の許可を得て俺の旭陽を見てるんだ、こいつ。
不愉快な靄が胸内で広がる俺を余所に、立ち上がれないことを悟った男が地面に拳を叩き付けた。
「ッお前は、違うだろうっ? 『そっち』の人間じゃ、ない! お前は、晃はッ、自分が傷付けられても相手の気持ちを気にしちまうお人好しで……っ! 傷付いてる奴の側にずっと居てくれる優しい奴で! 誰かを傷付けられるような、そんな人間じゃッ!」
「お前は、俺に『自分が傷付けられても怒れないお人好し』であり続けることを望むのか」
今更そんな内容で名前を呼ばれても、そのお人好しの情に訴えて命乞いをしてるのかとしか受け取れない。
無視しても良かったが、これ以上叫ばれても不愉快だから口を挟んだ。
え、と男が目を丸くして言葉を失う。
腕の中でぐったりと震えている体を撫でながら、重い嘆息を抑えて首を振る。
呆れた。この程度の問い返しにも反応できないのに、今の俺を否定してきてるのか。
「お前が言っているのは、そういうことだろ? 俺に、自分よりも他人を優先する性格で居ろって言ってる。傷付いている者相手なら、平等に優しく慰めろって望んでる。何をされても、誰も傷付けるなって強要してる。
それで、俺自身は誰が優先してくれるんだ? 誰が守ってくれる。俺の望みは、誰が叶えてくれる?」
じっと見下ろしても、男は瞳が零れ落ちそうなほど目を見開いているだけで何も応えてくれない。
何か言おうと口を開閉させているが、返事を待つことなく言葉を続けた。
「旭陽は、俺に『自分を傷付けてきそうな相手は先に攻撃しろ』って言った。自分で決めて、選んで、望みを勝ち取れって。……その為の方法を、差し出してもくれた。俺から多くを奪ったのも旭陽だけど、俺に何かを自ら与えてくれるのも旭陽だけだ」
「ッそれは! ……違う、俺だって……! お前が、望むならっ」
凍り付いていた男が、やっと言葉を発した。
でも、もう聞くつもりはなかった。
いや、元々なかったかな。
背後を向いていた顔を戻し、泣き濡れた黄金に視線を戻す。
俺以上の不愉快を滲ませていた瞳が、俺の視線に気付いてふわりと綻んだ。
旭陽が笑っただけで、吐き気が解けて幸せな気持ちになる。
「要らない。旭陽以外は、要らない。昔から、本当は要らなかったんだ。――俺は結局、旭陽を好きなだけの男だから。旭陽のことだけ考えて生きていたかった。でも傷付いた人間を見ると、誰かの死を考えると、自分でもどうしようもないほど怖くなって……それで、他人を優先する形になってただけ」
かつてを思い出しながら紡いでいると、眉間に深い皺が寄った。
それを見ていた旭陽の、俺の首に回っていない腕がぴくりと震えた。
何度も落ちそうにふらつきながら持ち上がって、そっと目尻を撫でられる。
胸の底から湧き上がりかけていた不快が、心地良い感触に溶かされて穏やかな喜びに変わった。
……そうだな。今はもう、違うんだから。
「でも今は、不思議なくらいすっきりしてる。お前らのお陰だよ。いつまで『人間』のつもりでいるんだって、言葉じゃなく行動で教えてくれた。大事なものが何か、実感させてくれた。……礼として、他の『人間』には罪を問わないことにする」
「ッ待……!」
背後で、短い悲鳴が上がった。
俺の魔力で燃え上がった黒い炎は、周囲を傷付けずに地面に伏している物だけを塵に帰していく。
どさりと背後で二つ、何かが倒れる音がした。
関与していなかった人間たちが、魔王の魔力に中てられて気絶したんだろう。
彼らは俺の身柄を狙った罪はあるが、極刑に値するほどではない。そのままにしておく。
静かになった空間で、じっと俺を見上げている黄金に笑いかけた。
「旭陽。俺に、何して欲しいか、言って……?」
ずっと止まらない涙が、褐色の頬にぽたぽたと流れ落ちている。
嬉しくて、虚しくて。幸せで、少し寂しくて。
ぐちゃぐちゃなのに、ふわふわと浮ついている心。
でも確かに胸を満たしている幸福を、視線に目一杯込める。
酷く甘ったるい目と声を向けた俺に、旭陽もとろりと甘く微笑んでくれた。
「ぁ……きら、が、っ……ほ、……し、ぃッ…………」
すり、と胸に頬が擦り寄ってくる。
……ああ、しあわせだ。
胸奥で口を開いていた虚穴が、旭陽の言葉と体温で埋まっていく。
俺もずっと、お前だけが欲しかった。
お前に、俺を求めて欲しかった。
血の気が戻ってきつつある唇を、噛み付くような口付けで塞ぐ。
びくびくと震える体を抱き締めて、望まれた通りに熱を重ねた。
黄金がふらふらと彷徨っては、時折俺に焦点を合わせる。
一気に溢れ出した涙に軽く吸い付いて、また唇を塞いだ。
地面に透明の体液が滴り落ちる音を聞きながら、指を絡めていた手を引いて俺の首元に回させた。
手を離せば、そのまま首筋に弱い力で縋り付いてくる。
じゅ、と音を立てて舌を吸えば背筋が大きく仰け反った。
「旭陽ッ、ほかは? 他はッ、何して欲しい……っ?」
心地良さと、興奮と、燻る怒り。旭陽が無事だった安堵。
色々な感情で引き攣る声を耐えて、顔中にキスを降らせる。
揺らめいていた瞳が、また俺を瞳の中に映し出す。
「……き、……い…………」
掠れる声が、何かを囁こうとする。
耳を傾けていると、背後から叫ぶ声に邪魔をされた。
「晃ッ!!」
「……旭陽以外に、そう呼ばれる筋合いはねえんだけど」
不快度が一気に跳ね上がる。
旭陽を抱き締めたまま振り返れば、愕然としていた男が憤怒の目付きに変わっていた。
立ち上がろうともがきながら、俺ではなく腕の中を怒りの眼光が貫いている。
誰の許可を得て俺の旭陽を見てるんだ、こいつ。
不愉快な靄が胸内で広がる俺を余所に、立ち上がれないことを悟った男が地面に拳を叩き付けた。
「ッお前は、違うだろうっ? 『そっち』の人間じゃ、ない! お前は、晃はッ、自分が傷付けられても相手の気持ちを気にしちまうお人好しで……っ! 傷付いてる奴の側にずっと居てくれる優しい奴で! 誰かを傷付けられるような、そんな人間じゃッ!」
「お前は、俺に『自分が傷付けられても怒れないお人好し』であり続けることを望むのか」
今更そんな内容で名前を呼ばれても、そのお人好しの情に訴えて命乞いをしてるのかとしか受け取れない。
無視しても良かったが、これ以上叫ばれても不愉快だから口を挟んだ。
え、と男が目を丸くして言葉を失う。
腕の中でぐったりと震えている体を撫でながら、重い嘆息を抑えて首を振る。
呆れた。この程度の問い返しにも反応できないのに、今の俺を否定してきてるのか。
「お前が言っているのは、そういうことだろ? 俺に、自分よりも他人を優先する性格で居ろって言ってる。傷付いている者相手なら、平等に優しく慰めろって望んでる。何をされても、誰も傷付けるなって強要してる。
それで、俺自身は誰が優先してくれるんだ? 誰が守ってくれる。俺の望みは、誰が叶えてくれる?」
じっと見下ろしても、男は瞳が零れ落ちそうなほど目を見開いているだけで何も応えてくれない。
何か言おうと口を開閉させているが、返事を待つことなく言葉を続けた。
「旭陽は、俺に『自分を傷付けてきそうな相手は先に攻撃しろ』って言った。自分で決めて、選んで、望みを勝ち取れって。……その為の方法を、差し出してもくれた。俺から多くを奪ったのも旭陽だけど、俺に何かを自ら与えてくれるのも旭陽だけだ」
「ッそれは! ……違う、俺だって……! お前が、望むならっ」
凍り付いていた男が、やっと言葉を発した。
でも、もう聞くつもりはなかった。
いや、元々なかったかな。
背後を向いていた顔を戻し、泣き濡れた黄金に視線を戻す。
俺以上の不愉快を滲ませていた瞳が、俺の視線に気付いてふわりと綻んだ。
旭陽が笑っただけで、吐き気が解けて幸せな気持ちになる。
「要らない。旭陽以外は、要らない。昔から、本当は要らなかったんだ。――俺は結局、旭陽を好きなだけの男だから。旭陽のことだけ考えて生きていたかった。でも傷付いた人間を見ると、誰かの死を考えると、自分でもどうしようもないほど怖くなって……それで、他人を優先する形になってただけ」
かつてを思い出しながら紡いでいると、眉間に深い皺が寄った。
それを見ていた旭陽の、俺の首に回っていない腕がぴくりと震えた。
何度も落ちそうにふらつきながら持ち上がって、そっと目尻を撫でられる。
胸の底から湧き上がりかけていた不快が、心地良い感触に溶かされて穏やかな喜びに変わった。
……そうだな。今はもう、違うんだから。
「でも今は、不思議なくらいすっきりしてる。お前らのお陰だよ。いつまで『人間』のつもりでいるんだって、言葉じゃなく行動で教えてくれた。大事なものが何か、実感させてくれた。……礼として、他の『人間』には罪を問わないことにする」
「ッ待……!」
背後で、短い悲鳴が上がった。
俺の魔力で燃え上がった黒い炎は、周囲を傷付けずに地面に伏している物だけを塵に帰していく。
どさりと背後で二つ、何かが倒れる音がした。
関与していなかった人間たちが、魔王の魔力に中てられて気絶したんだろう。
彼らは俺の身柄を狙った罪はあるが、極刑に値するほどではない。そのままにしておく。
静かになった空間で、じっと俺を見上げている黄金に笑いかけた。
「旭陽。俺に、何して欲しいか、言って……?」
ずっと止まらない涙が、褐色の頬にぽたぽたと流れ落ちている。
嬉しくて、虚しくて。幸せで、少し寂しくて。
ぐちゃぐちゃなのに、ふわふわと浮ついている心。
でも確かに胸を満たしている幸福を、視線に目一杯込める。
酷く甘ったるい目と声を向けた俺に、旭陽もとろりと甘く微笑んでくれた。
「ぁ……きら、が、っ……ほ、……し、ぃッ…………」
すり、と胸に頬が擦り寄ってくる。
……ああ、しあわせだ。
胸奥で口を開いていた虚穴が、旭陽の言葉と体温で埋まっていく。
俺もずっと、お前だけが欲しかった。
お前に、俺を求めて欲しかった。
血の気が戻ってきつつある唇を、噛み付くような口付けで塞ぐ。
びくびくと震える体を抱き締めて、望まれた通りに熱を重ねた。
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