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暗雲

第25話 情とか

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 静かな部屋に、紙の擦れ合う音が響いている。
 執務室に戻った俺とサンドロは、山積みになった書類に追われていた。

 紙の山は、以前よりもかなり大きくなっている。
 サンドロが優しくオブラートに包み、破壊力抜群に訳した旭陽が言うには、信頼度の違いだとか。
 以前は俺の元まで届いていなかったものも多いらしい。

 王権侵害じゃないのかと思ったが、単純に俺が魔族たちに信頼されていなかったためなのだという。知ってた。
 でも王が知るべき内容を、臣下の判断で隠すのって問題じゃないのか?

 ……え、魔族的にはそこまで信頼を欠く主のほうが悪い……?
 反論できない。ごめん。
 今は魔王様らしい威厳が出てきたと悪気ゼロの魔族たちに褒め讃えられて、微妙な心地で苦笑する結果となった。


 そんな理由で日々の執務は今や、旭陽がくる前の数倍に膨れ上がっていた。
 旭陽の存在と、最近やけに頭の回転や指の動きが早まってきたおかげで、案外苦労はしていない。
 前は今の何分の一の量でも、完全にキャパオーバーして臣下に手伝ってもらってたのにな。

「ブレ村の報告と似てるなァ」

 魔王国の最東に位置する村の水源がおかしいという報告書を読んでいると、旭陽がこちらに顔も向けずに呟いた。
 あ、なるほど。何か引っ掛かる気がしていたが、他にも同じような報告があったんだった。
 こっちは魚が不自然に死んでたって内容だったけど。

 俺の手元をまともに見ているのかも分からない旭陽は、こんな調子でいつも知りたいと思ったことを教えてくれる。
 頭の中を覗かれている心地なんだが、そういう魔法があるんだろうか?
 聞いたことないけどなあ。

 暫く集中して片付けていると、ふと褐色の腕が視界の中央に割り込んできた。
 俺が座っている椅子の背凭れに腕を乗せてそこに凭れていた男が、俺の額に手を乗せてくる。

 腕置きに腰を下ろしていた体が傾き、がぶりと俺の耳に噛み付いた。

「っ……休憩?」
「ん」

「サンドロ、休憩しよう」
「……あ、はい! ではステルラティーを用意させてきます」

 旭陽に噛まれた耳を押さえて、こちらも集中しているサンドロに声をかけた。
 少し遅れて呼びかけに気付き、立ち上がって外に出て行く。

 以前は異世界で大国の政務を行っている重圧から、一息入れるなんて発想すらなかった。
 俺に抱き潰された翌日でも動けるようになってきた旭陽が、俺のやり方を見て呆れ顔で書類を取り上げるまでは。

 最初は休んでいる場合ではないのにと怒った俺だが、旭陽のほうから襲われてそのままなし崩し的に抱いてしまい、その日は休憩どころか終了してしまった。
 それから回数を然程回数を重ねないうちに、強制的に休みを取らされるようになってからのほうが執務は捗っていると気付いてしまう。
 結局半月ほどで、旭陽が邪魔をしてきたタイミングで休憩を入れる習慣がついた。

 すりすりと顎の裏を撫でられて、淡い快感が背筋を擽る。
 項を引き寄せれば、旭陽の顔は抵抗せずに降りてきた。
 薄い唇をなぞり、舌を差し入れる。

「あっ……、ふ……」

 舌を擦り合わせて軽く吸い上げる。ひくひくと震える舌を絡めながら、首筋を指先で撫でていく。


 最初、休憩中に触れてきたのは旭陽だった。
 戯れのようにキスされて、人目を気にして慌てる俺を揶揄してきた。
 悔しくて俺からも仕掛けてみると、予想よりも驚いた顔が見られた。
 それが随分と楽しかったから、何度も同じ応報を繰り返して今に至っている。

 旭陽はもう驚かないし、俺も人目の有無はもうすっかり気にならなくなってしまった。
 臣下の誰もが気遣って、触れ合っている気配がある間は目を背けてくれているからというのも大きい。

 何度か唇を交わし、頬に軽く噛み付いてから顔を離す。
 黒髪から手を離せば、タイミングを見計らったようにサンドロが戻ってきた。

 目の前にティーセットが置かれた。礼を言いかけて、ぎりぎりでうんと頷くだけに留める。
 下の者へ軽率に礼を言いすぎ、と何年も注意され続けている。こればっかりはなかなか直らない。
 辛うじて堪えた俺に、サンドロがよくできましたとばかりに頷く。

 俺たちの様子を他所に、旭陽は「おう」の一言だ。
 礼どころか視線を向けもしない。
 それでも魔族は誰もがうっとりした目で旭陽を見るんだから、むしろ丁寧な対応は魔族的には好ましくないのかも……
 いや、そうだとしても真似はできないが。

「あーきら」

 うん、やっぱりこの茶葉は美味しい。
 俺が喉を潤していると、旭陽が揶揄の声音で笑った。
 紅茶と一緒に運ばれてきたクッキーを差し出してくる。
 度々面白がって繰り返してくるものだから、これもすっかり慣れてしまった。

「ん」

 俺が口を開けてクッキーに噛み付けば、目を細めながら眺めている。

 さくさくと食べ進めて、旭陽の指にも噛み付いた。

「っ」

 肩が揺れるのを見ながら、褐色の肌に残った歯型に舌を這わせる。

「っん、んッ……、ふ……っ、ハハッ……! 晃、犬みてえ……、っン」

 心地良さそうに頬を色付かせた男が、なおもおかしそうに笑っている。

 首輪を嵌められているのは自分のくせにな。
 首輪があってももう鎖は付いてないから、何処へでもふらふらと消えてしまうが。

 しかし、やたらと面白がっているな。
 こうなってしまうと、旭陽は完全に大人しくしている気分ではなくなる。
 放っておくと、気の赴くままに出て行ってしまう。

 笑っている男の頭を掴み、また唇を重ねた。
 舌と一緒に、飲み込んでいなかった口の中の物を流し込む。

「ッん、ぅっ! ふっ……ぁ、んっ……」

 一瞬驚きを顕にした男は、すぐに俺の唾液と砕かれたクッキーを飲み込んだ。
 そのまま舌を吸いながら、腰を撫で上げる。

 サンドロが凄い勢いで顔を背けたのが見えた。
 ごめん。その気遣い、いつもありがたいよ。

 空になった口を離せば、旭陽の舌が付いてきた。
 そのまま赤い舌が差し出されて、挑発的にゆらりと揺れる。

「……おはわりは?」

 舌を伸ばしていることによる不明瞭な発声で、もっとと強請られた。
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