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決戦の舞踏会

10.決戦の舞踏会4

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 私とサーマスが副団長を倒したのは、アルヴィンが元騎士団の最後の一人に赤い実を飲ませたのとちょうど同じ時だった。
 アルヴィンは壇上に目をやると、怒りに満ちた声で呟いた。
「何をやっている……!」

 王とフィリップ様はまだ避難出来ていなかった。
 王はいまだ王妃の説得を続けていたのだ。

「王妃や、離宮に行くのがそんなにつらいのなら、取り消しても……」
 と王はとんでもないことを口走った。
「陛下!」
 フィリップ様や反王妃派の貴族があわてて止める。
 今ならフィリップ様は脱出出来るが、王一人にしておけば王妃相手にどんな馬鹿な約束をするか分からない。そのためフィリップ様もここから離れられずにいた。

 厳しく叱咤され、王はばつの悪い顔をして言い直した。
「……では私が共について行こう」
 国王を退位し、隠遁するということだ。
 王としては最大の愛情を示したつもりだったろう。

 だが、王妃は冷ややかに吐き捨てる。

「あなたなんてもういらない」

「いらない?何を申しておる?いつもの優しいそなたに戻っておくれ」

 王妃は王をにらみつけ、チッと舌打ちする。
「本当に肝心な時に役に立たない人ね。十八年前もそう!王太子妃にしてくれるって言ったのに、あんな女なんかと結婚するなんて!私がどれほどの屈辱を受けたと思っているの!?」
 その時のことを思い出したのか、王妃は次第に激高していく。

 王はくどくどと言い訳を始めた。
「あれは、仕方なかったのだ。父がそなたと結婚をすれば王太子にしてはおけぬと言ったのだ。そなたも最後には分かってくれたのではなかったか?つらかったろうに余のためを思い、身をひいたそなたの献身を余は忘れはせぬぞ……!」

 王の中ではものすごくいい話に変換されているようだが、おそらく王妃は王のために身をひいたわけではない。
「そんなわけないでしょう!あなたが王太子じゃなくなったら元も子もないじゃない!」
「王妃……」
 大方の人間は「やっぱりな」と思ったが、王はこの事実に顔色を紙のように白くした。

 淑女らしからぬ仕草で足を踏みならすと彼女は叫んだ。

「おかげであの女を毒殺するのにどんなに私が苦労したことか、分かってるの?」
 その声に、居合わせた誰もが息をするのも忘れた。

 あの女とは前王妃エヴァンジェリスティ妃のことだ。
 この女、あの方を毒殺したのか……?

 王が震える声で王妃に問いかける。
「……キャサリン、エヴァンジェリスティを殺したのは、そなたなのか?」
「ええそうよ。あの女が宮廷にのさばって二年……、二年も我慢したのよ、長くつらい日々だったわ……」
 王妃は自分に酔いしれている。まるで歌劇のヒロインよろしく感情たっぷりに自分自身を抱きしめ答えた。


 フィリップ様は怒りで頬を紅潮させた。
 そして王も深いため息を吐く。

「まことなのだな。衛兵!王妃を捉えよ」

 もはやかばうことなく、王妃の捕縛を命じた。

 命を受けて、衛兵が動く。

「王妃様、ご命令により拘束いたします」

 衛兵は王妃に近づき、その肩に触れようとした。
 だが、王妃は驚くほどの俊敏さで逆に衛兵の手を握りしめた。

「な……!」

 衛兵の顔が恐怖に引きつった。
 そして見る間に彼は痩せ衰え、骨と皮だけになっていく。


 その瞬間、アルヴィンが駆けた。

「全員、王妃から離れろ!エナジードレインだ!」

 王妃から衛兵を引き剥がすと、そのまま抱えて後ろに待避する。

 少し離れた場所に衛兵の体を横たえると、
「ぐっ……」
 アルヴィンはしかめ面をしながら、生気を抜かれた衛兵の手を握りしめた。生気吸収エナジードレインを応用した闇属性の回復方法で、自分の生気を分け与えているのだ。



 逆に衛兵の生気を吸った王妃は急激に生き生きし始める。
 考えてみれば、王妃は元セントラル騎士団の魔法騎士達を魔石に『圧縮』、そして『展開』するために極限まで魔力を使った状態だったのだろう。
 すでに監視されていた王妃と宰相は表立って手下を使うことは出来ず、作業を自分達でやるしかなかった。

「さてと……」

 王妃は機嫌良さげにぐるりと我々を見回し、
「このくらいならなんとか食べられるかしら。お腹も空いていることだし」
 意味不明ながらぞっとするような言葉を吐いて、微笑んだ。

「王妃、何を……?」
 王の問いかけに王妃は弾む声で答えた。
「邪魔なあなたとフィリップを殺すことにしたの。うるさいこと言う貴族もみぃんな殺して、私のロバートが王位に即く。そうすればこの国は私の思うがまま。素敵でしょう?」

 その言葉の後、黒々とした闇が王妃の体を覆い尽くす。
「グルルッ…………」
 うなり声と共に闇の中から這い出てきたモノは、人の姿をしていなかった。




 ***

「……王妃なのか?」
 一見するとそれはライオンだった。ただライオンにしてはあり得ないくらい大きい。
 象くらいあるその巨大なライオンにはさらにおかしなところがあった。
 頭が、王妃の顔だったのだ。
 それも今の彼女ではなく、幼いほどに年若い、美人というよりは庇護欲をかき立てるような可愛らしい少女の顔だった。
 人面獅子とでもいうべき異形がそこにいた。

「ライカンスロープだったのか!?」

 ライカンスロープは強い感情から心の獣に変化する。
 正義や勇気といった正の感情だけではなく、自らの欲望や殺意といった負の感情でも獣化は引き起こされる。
 ライオンは我が国の王家の象徴だ。そして王妃は自らの可憐な姿を自慢に思っていた。
 権力と美貌。
 彼女の心に住んだ獣は、王妃の求めるこの二つが合わさった姿をしていた。
 どちらも本来は美しい生き物のはずだが、その姿はグロテスクだ。

 誰もがおののき、足をすくませる中、アルヴィンだけが剣をひっさげ、前に出る。
 彼は王妃をにらみつけたまま、皆に言った。
「闇属性と魔力がないものは前に出よ!それ以外の者は王妃に近づくな!エナジードレインで生気を抜かれるぞ!」

 アルヴィンの言葉に私は戦慄した。
 ほとんどの貴族が魔力持ちだ。しかも中央貴族には闇属性の者が少ない。
 これでは戦える者は、アルヴィンだけということじゃないか……!


「ふうん」
 王妃は品定めするようにアルヴィンを見つめる。

「なかなかいい男ね。気に入ったわ」
「そりゃどうも」
 アルヴィンは剣を脇に構えて、ぶっきらぼうに返事する。
 これは相手に剣の刀身を見せぬことで間合いを計らせない実践向きの構えだ。

 お追従に慣れた王妃には、アルヴィンのそういう態度も新鮮に映ったようだ。
「役に立ちそうだし、あっちも良さそうだし、降伏するなら殺さないであげるわ。特別に愛人にしてあげましょう」
 彼女は舌なめずりする。
 アルヴィンは答えた。

「悪いが断る。俺には唯一と誓った女性がいる。彼女の名はリーディア・ヴェネスカ」

 正直に言うと、その一言がちょっと嬉しかったのは事実だ。

 だがアルヴィンの言葉はそれで終わらなかった。
「彼女はとても美しく優しくたくましく頭が良くそして勇敢。すべてを持ち合わせた女神のような女性だ。あんたと違って胸も大きい」

 は?
 と私は思った。
 なんでこの男、胸の話してるんだ?
 王妃に胸の話は禁句だ。胸が小さいのが彼女のコンプレックスだっていうのは王宮では超有名……。

「リーディア・ヴェネスカ!」

 王妃は血走った目で、私を探し大広間を見回した。
 もう大広間に残った女性は私だけだ。王妃はすぐに私を見つけ出した。

 王妃の視線は、私の夜会用に寄せて上げたいつもより大きく見える胸に注がれている……。

 あ、まずい。

 王妃は獣の咆哮を思わす声で叫んだ。
「殺してやるわ!」
「そうはさせん」
 アルヴィンは王妃の視線から私を隠すようにさらに前に踏み出す。

 巨大なライオンを前にしたアルヴィンの背中はとても小さく感じる。
 アルヴィンは確かに強い。
 だが王妃にたった一人で勝てるのか……。

 王妃は嘲笑した。
「馬鹿な男ね。あなた、一人で私に勝つつもりなの?」
 アルヴィンはにやりと笑う。
「馬鹿はお前だ。まんまと時間稼ぎに引っかかったな」
「はあ?」
「それに俺は一人じゃない。お前と違って仲間がいる」

 その時、地鳴りのような音が廊下から聞こえてきた。
 大勢の兵士が駆ける時、彼らが立てる振動が、大地を揺るがすのだ。
 その音と共に大広間の扉が開かれ、
「お待たせ致しました、アルヴィン様!」
 やってきたのは百名を超えるゴーラン騎士団の騎士達だった。
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