上 下
62 / 74
決戦の舞踏会

07.決戦の舞踏会1

しおりを挟む
 王に続いて、王妃、フィリップ様、そして王の弟であるヨリル公爵、公爵夫人が入場する。
 王の子はフィリップ様の他に王妃が生んだ王子と王女が一人ずついるが、どちらも未成年なので夜会には出席出来ない。

 久しぶりに見る王妃はやはり心労が祟ったのか、老け込んだ様子だ。
 かつては「小柄で華奢で可愛らしい」という三拍子揃った美人と謳われた方だが、今は見る影もない。
 嘘偽りなく病気なのではないかと思えるほど、痩せている。
 ただ決して油断は出来ない。
 その目は憎しみに輝いている。まだ、彼女は諦めていない。
 そして王妃の装いは王の寵愛を示すように豪勢なものだ。
 流行のフリルとレースがふんだんに使われた豪華なドレス。魔石でも宝石でも美しいものには目がないという彼女は今日も大ぶりの宝石が付いたネックレスを始め多くのアクセサリーを身に付けていた。

 王妃に続いてご入場のフィリップ様は壇上から我々の姿を見つけると、微笑んだ。
 フィリップ様のお側には護衛の近衛騎士ガイエン達が侍っている。警備は万全のようだ。


 ところで我が国の舞踏会は他国と比べて一風変わっている。
 我が国の宮廷舞踏会は王宮大広間で行われるが、天井には名高い大シャンデリアが吊るされている。
 ベガと名付けられた巨大なダンジョンコアが埋め込まれたシャンデリアだが、今その明かりは付いていない。
 王が入場し、この大シャンデリアに光を灯す。それが舞踏会の始まりだった。
 大シャンデリアのダンジョンコアは、かつて勇者アルヴィンがダンジョンから持ち帰ったものである。

 王はシャンデリアに向かって魔法の杖を振ろうとし、ふと動きを止める。フィリップ様に魔法の杖を差し出すと彼は言った。
「フィリップ、そなたがシャンデリアに明かりを灯せ」
 フィリップ様は息を呑む。
「よ、よろしいのですか?」
 大シャンデリアの灯を灯すのは、王の特権だ。王が臨席しない時は代理の王太子がその役目を負うこともあるが王がいながら代わりの者が灯を灯すことは滅多にない。

 王は鷹揚に頷いた。
「よい。そなたが私の跡を継ぎ、次の国王になるのだ。やってみなさい」

 大広間に密やかなざわめきが広がる。
 王は王妃を寵愛して、王太子をないがしろにしていると噂されていた。
 噂通りにフィリップ様は幾度も暗殺者に襲われた。
 背後に王妃がいることは、誰の目にも明らかだ。
 それを許す王はフィリップ様に関心がないと思われていたのに、今は慈愛に満ちた視線でフィリップ様を見つめている。

「はい……」
 フィリップ様は緊張しながら、杖を受け取る。
 フィリップ様は大きく息を吸って、「ベガよ、輝け」と魔法の呪文を唱える。
 大シャンデリアはフィリップ様の求めに応じ、まばゆく輝いた。

「…………っ」
 王妃は怨嗟の眼差しで、フィリップ様とそして王を見つめた。
 手にした扇が今にも壊れそうなぐらい強く握りしめられている。

 だが私とサーマスは、そして多くの者は非常に安堵した。
 フィリップ様の王位継承が一段と明確になった瞬間だったからだ。

 そんな王妃に向かって王は、
「そなたもフィリップのことは心配せずとも良い。あれは良い国王になる」
 と笑顔だった。
 王妃は言葉少なに「はあ……」と頷いていた。


 王と王妃のダンスが始まったが、あまり盛り上がることなく、二人はダンスを終える。
 不機嫌な王妃に対し、王は「王妃よ、やはり具合が悪いのか」と本気で心配していた。

 フィリップ様は親戚である公爵令嬢と踊り、次に公爵家の方々が踊る。
 順番が来て私達も踊り場に上がり、踊った。
 私は踊りながらアルヴィンに尋ねた。
「王はああいう人なんでしょうか?」
 私の問いにアルヴィンは苦笑した。
 アルヴィンは遠い辺境暮らしだが、王に謁見した回数は王宮騎士だった私より多い。
 滅多に夜会に出ないというアルヴィンだが、ダンスは堂に入ったものだ。難しいマントさばきも何のその、貫禄のある踊りっぷりである。

「おそらくな」
「悪気はないみたいですね」
「そうだな」
 とアルヴィンは頷いた後、
「一言で言えば、彼は人の持つ裏の顔に気付かない人だ。ギール家に操られなければ凡庸な王でいられただろうが、暗愚としか言い様がない」
 誰かに聞かれたらマズそうなことを辛辣に述べた。
 だがそれは仕方のないことだろう。
 アルヴィンは無念を滲ませて呟く。
「彼のせいで多くの者の命が、ギール家の欲望の犠牲となった」



 私はアルヴィンと踊った後、続けてサーマスと踊った。
 踊り場は玉座に近く、王妃や宰相も踊り場にいた方が監視しやすいのだ。
 アルヴィンは声を掛けてきた北の辺境伯ロシェットと何事か話をしている。
 北の辺境伯は我々より十歳以上年上で、さすがのアルヴィンも彼には一目置いている。

「リーディア、そのドレス、似合っている」
 サーマスは踊りながらドレスを褒めてくる。
「どうもありがとう。私も気に入っている」
「アストラテート辺境伯は本当にリーディアのことを分かってるな」
 そう呟いた後、サーマスは真面目な顔で私を見つめた。
「リーディアが怪我をした時、すごく心配したけど、心のどこかで嬉しくもあったんだ。これでリーディアに求婚出来るなって」
「……待て、前後の脈略がない。なんで私が怪我をしたら求婚出来るんだ?」
「リーディアにはずっと敵わないから、同僚として信頼していたけど、引け目もあった。俺だけじゃなくて騎士団の皆がそうだったと思う」
「…………」
「もちろんそれはリーディアが悪いわけじゃない。ただリーディアは完璧だったから、魔力を失って完璧じゃなくなったリーディアなら俺と結婚してくれるんじゃないかと思ったんだ。でもそんな俺の甘い考えを見抜いたみたいにリーディアはすぐに騎士団を辞めて王都から姿を消してしまった」
「別に見抜いたわけじゃなかったんだが……」

 今にして思うと、『完璧なリーディア・ヴェネスカ』に一番囚われていたのは、私だったかも知れない。
 魔力を失った自分を価値のない人間のように思い込んでいた。

「でもそれで良かったよ」
 とサーマスは苦笑しながら言う。
「俺や騎士団長がしたのは、結局リーディアを貶めることだった。仲間なら本当にやらなければならないのは、共に戦うことだったのに。アストラテート伯はリーディアが完璧でも、自分より強くても多分気にしない。むしろ喜ぶと思う。まあちょっと性格は……」
 サーマスが濁したことを私は指摘する。
「……腹黒いな」
「あのくらいじゃないと辺境地は守れないだろうな。南部のキラーニー辺境伯はイイ人だけど、あんなことになったし」
「南部は辺境伯の親戚も王妃派に寝返っていた。不幸なことだ」
 私達はため息をつく。
 幸いなことに王妃派に寝返らず追放された南部の元家臣が西部ゴーランで冒険者になったり、領の騎士や文官に転職し、生き延びている。彼らがこれからのキラーニーを支えていくだろう。


 私はダンスを踊りながら、玉座を見上げた。

 そこには玉座の王を囲むように王妃、そしてフィリップ様がお席に着いている。
 フィリップ様はまだ成人していないため、夜会は続くが、もうすぐ退場する予定だ。

 ガイエン達が動き出し、フィリップ様ご退出の準備を整えている。
 思わずサーマスと顔を見合わせ、小さく微笑みあう。
「やったな」
「ああ……、これでギール家も終わりだ」
 王との約束は果たした。
 これで我々の勝ちだ。

 フィリップ様のすぐ側に、ヨリル公爵が立っていた。
「……?」
 王弟である彼がそこに立っているのはおかしくない。そもそもヨリル公爵は王妃と対立し、フィリップ様の一番の支持者でもある。
 だが、何故か妙な胸騒ぎした。
 ヨリル公爵は静かに腰に下げた剣を抜いた。狂気に血走った彼の瞳は、フィリップ様に向けられている!

 私はガイエンに向かって叫んだ。
「ヨリル公爵ご乱心!」

 ガイエン達は素早く動いた。
 ガイエンがヨリル公爵を蹴り飛ばすと、彼の同僚がフィリップ様を後ろに庇う。
 フィリップ様はご無事だ。
 私はそれにホッとしながら、「だが」と考えずはいられない。

 何が起こった?
 ヨリル公爵は反王妃派の急先鋒。
 なのに何故フィリップ様を暗殺しようとした?
 多くの人間と同じように私も混乱の極みにいた。


 その時、王妃が椅子から立ち上がり、呟いた。
「使えないわね……」
 決して大きな声ではない。
 だが普段の彼女の甘ったるい声からは想像出来ないくらい冷ややかなそれは、荒事に慣れたはずの私をも凍り付かせた。
 王妃の視線の先にいるのはヨリル公爵だった。
 ヨリル公爵にフィリップ様の殺害を指示したのは、王妃なのか?
 だがどうやって?

 王妃の唇から「はあ」とため息が漏れる。
「疲れるからやりたくなかったんだけど、こうなっては仕方ないわね、お兄様!」

「あっ、あなた、何を……?」
 あわてる女性の声が上がる。
「お兄様」である宰相が隣にいた妻のネックレスをむしり取ったのだ。
 彼らは呪文を唱えた。
「我、とこしえの闇より召喚す。元の姿に」
 王妃は呪文を唱えながら、自らのネックレスをぶち切る。ネックレスの糸が切れ、バラバラに飛び散った玉の一つは踊り場まで転がってきた。
 アメジストだと思われたネックレスの石は宝石ではなく魔石だ。
 魔石に仕込んでいたのだ。
 魔石から、現れたのは……。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...