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戦いを終わらせる者
14.『光の巨人』作戦
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翌日から私は、いや魔法騎士リーディア・ヴェネスカはかつて身に付けていたセントラル騎士団の甲冑に似せた白い武装姿で、愛馬オリビアを駆り、戦場を駆け回った。
その効果は絶大なものだった。
「白い悪魔」
「リーディア・ヴェネスカだ!」
私の姿を見たスロラン軍は一気に浮き足立ち、逃げ出していく。
「死にたくない奴は今すぐ去れ!」
私は馬を駆りながら、剣を抜く。
抜き身の剣は白い光に包まれて輝いた。
正体はサーマスの魔法だ。
聖女の末裔である彼も光属性を持っている。私にピッタリ張り付くことで、私の魔法であると見せかけていた。
「ああ……本物の、リーディアだ。リーディア様だ……」
「リーディア様が、来てくれたんだ。もう大丈夫だ……」
自軍では歓喜がわき上がり、スロラン軍に向かって行く。
「深追いはするな!」
とあわてて止めるぐらい士気が高い。
「ふう……」
戦闘が終わり、私は息をついた。
「お疲れ、リーディア」
サーマスが声を掛けてくる。
「サーマスこそ。私は何もしていない」
私はかけ声をかけただけで、一人の兵も倒してない。いくつか小細工で魔法を披露したが、全てサーマスの唱えたものだ。
これではすべてリーディア・ヴェネスカの功になってしまう。
戦争で武勲を立てるのが騎士の本望なのに、サーマスは今回、作戦のためにその機会を捨てねばならない。
「そんなのいいって。勝利のためだ。言いっこなしだぜ」
屈託なくそう言うサーマスはいい男である。なのに何故か独身なのだ。
数日の内にスロラン軍を国境近くまで押し返し、いよいよ用意も整い、最後のダメ押し、『光の巨人』作戦を決行するという、その前日、中央軍が到着した。
「ちっ」
これを聞いたアルヴィンは盛大な舌打ちをした。
「間に合いやがったか。面倒な連中がいない間に済ませてしまいたかったが。あの統率が取れてない軍勢をまとめて何とかここまで引っ張ってきたセントラルの騎士達はいざって時使えないくせに優秀だな」
と褒めてるんだかけなしているんだか分からないことを言う。
「殿下、ご無事で」
フィリップ様が姿を消した後は、セントラル騎士団の騎士団長が総大将代理として全軍をまとめていたようだ。
相当苦労があったらしく、げっそりしている。
その背後に十名ばかりの中央軍の代表者がズラリと並んでいた。
騎士団の副団長など知っている顔もあるし、今回王太子殿下の直々の進軍ということで志願してきた王太子派の貴族家の私兵という知らない顔も混じっている。
いわゆる混合軍といわれるもので、数が多いのはありがたいが、統率は取りにくい。
さらに見かけは王太子殿下を支持しているが、その実かなりの数の王妃派が潜んでいる。
彼らの思惑は様々なのだが、今彼らの目に浮かぶ色はたった一つだった。
彼らは疑り深くアルヴィン・アストラテートを見つめている。
西方ゴーラン。
ゴーラン領辺境伯である彼が王妃を嫌っていることはよく知られている。だが彼は中央そのものと距離を置き、反王妃派であるフィリップ王太子殿下とも親しくはない。
なのに、何故ここにこの男がいるのか?
何かの策か?
アルヴィンはこういう時、清々しいほどふてぶてしい。口元に薄く微笑みを浮かべてどこ吹く風だ。
王太子殿下は緊縛した空気の中、騎士団長に語りかけた。
「騎士団長、勝手に軍を抜け出して済まなかった。どうしても西方辺境伯の支援が欲しかったのだ」
――実は彼を逃がしたのは騎士団長だが、王太子殿下はわずかな供を連れてゴーランに参戦を求めに行った、と一件はこういう筋書きになった。
「何故西方辺境伯の支援を?」
筋書きを承知している騎士団長は白々しく……ではなく、本気で驚いた様子で尋ねてきた。
彼は退役した魔法騎士リーディア・ヴェネスカに王太子殿下を託したのであって、そこに西方辺境伯が乱入してくることはまったく想定していなかった。
フィリップ様は答えた。
「私はなんとしても南部の戦いを終わらせたかった。そのため戦上手で知られるゴーラン騎士団の力が必要だと思ったのだ」
「我らがおりましょう、このセントラルの騎士が」
セントラル騎士団の副団長が反論する。
フィリップ様のお言葉は、戦争を終わらせるのに中央軍では荷が重すぎるという意味だ。セントラルの騎士達をコケにしているが、そもそも陣内で王太子殿下が幾度も暗殺されかけ、その暗殺には王に忠誠を誓っているはずのセントラルの騎士達が関わっているというのが発端なのだ。
そして多分、犯人は王妃派のコイツ……。
「私はかつて私を命がけで守ってくれたリーディアを師と仰いでいる」
「リーディア……ヴェネスカ?」
副団長は目を剥く。
「生きていたのか……」
「リーディアは退役後ゴーランで隠退生活を送っていたんだ。彼女を介して私は秘密裏にアルヴィンと交遊を深めていた」
とフィリップ様は説明する。
……大嘘であるが、こうなった。
本当にあった話よりは大分、それらしい理由である。
「私は、兼ねてからの友人であるアルヴィンとリーディアに南部平定の助力を乞うた。彼らは快くこのルミノーを救ってくれることを誓ってくれた。皆も力を合わせて戦いを終わらせよう」
フィリップ様にこう願われては、臣下としては「はい」以外の答えはない。
***
「ヴェネスカ、すまなかった」
副団長などを排した別室で、騎士団長は真摯に謝ってきた。
別段彼は悪い人間ではない。
彼は最小の犠牲で団を守ろうとしただけだ。
ただその『最小の犠牲』とやらが私だったのだ。
「私が間違っていた。ヴェネスカの力を侮っていた。君は団には必要な人間だった」
「私の力ですか?」
「ああ、スロランはヴェネスカの退団を知り、侵攻を企ててきた。北部でも同様に隣国との諍いが絶えない。諸外国がリーディア・ヴェネスカの存在を怖れていたことの証左だ。あんな形でヴェネスカを失い、一気に抑えが効かない状態になってしまった」
国内の権力闘争のゴタゴタで貴重な魔法騎士が傷を負って退役したって確かに普通に聞いても、「駄目だろう、その国」と言いたくなるような事件である。
騎士団長は対処を誤った。
「今となっては仕方ありません。それよりこれ以降は、ゴーラン騎士団にご協力を」
都落ちした当初なら嫌みの一つでも言っただろうが、そんな気分にはなれなかった。団長は自分の目の前で王太子殿下が暗殺されかかり、本気で悔いているようだ。
団長の真意もそれなりには理解している。
副団長は能力もないのに騎士団長に成り上がりたがっている。団長は団のためにも、王妃派の不興を買って追い落とされる訳には行かなかった。
だがあの時、目を瞑ってしまった小事は、今大きな災いとなってしまった。
悪人は罪を見過ごしたら改心なんてしない。もっと大きな悪事を働いてしまうものだ。
悪人をより大きな罪から遠ざけるためにも騎士はいるのだ。
そう私に教えたのは団長だったのだが。
「分かった。もちろん全面的に協力する。出来る限り中央軍は抑える」
セントラルの騎士団長はそう約束した。
翌日。
『光の巨人』計画は予定通り実行された。
離れたところで詳細は分からないはずのスロラン軍とは違い、作戦を近くで見守る中央軍には予め、作戦を説明しておかなくてならない。
彼らにアルヴィンは「リーディア・ヴェネスカはゴーランで療養し、かつての力を取り戻した」と説明している。
「だが、まだ力の制御が不安定なので、もっと重要な局面のためにリーディアの力は温存する」と誤魔化した。
「光よ!我が国に勝利を!」
私の号令と共に、鍛冶屋が作った巨大な木偶人形に火がかけられる。
「ひっ、光の巨人だ」
「もう駄目だ!逃げろ」
火は勢いよく燃えて、スロラン軍のどよめきがここまで聞こえてくる。
スロラン軍は国境を越えて完全に撤退した。
「これで……隣国の王太子と和平について話し合えば、戦争が終わる」
フィリップ様はほっとした様に呟く。
私も同様に作戦の成功に安堵した。
だから、気付かなかったのだ。
副団長が私を見つめる疑いの眼差しに。
「力を温存?あの馬鹿みたいに高魔力のヴェネスカが?あの女、やはり力を失ったままなのでは……?」
その効果は絶大なものだった。
「白い悪魔」
「リーディア・ヴェネスカだ!」
私の姿を見たスロラン軍は一気に浮き足立ち、逃げ出していく。
「死にたくない奴は今すぐ去れ!」
私は馬を駆りながら、剣を抜く。
抜き身の剣は白い光に包まれて輝いた。
正体はサーマスの魔法だ。
聖女の末裔である彼も光属性を持っている。私にピッタリ張り付くことで、私の魔法であると見せかけていた。
「ああ……本物の、リーディアだ。リーディア様だ……」
「リーディア様が、来てくれたんだ。もう大丈夫だ……」
自軍では歓喜がわき上がり、スロラン軍に向かって行く。
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とあわてて止めるぐらい士気が高い。
「ふう……」
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「お疲れ、リーディア」
サーマスが声を掛けてくる。
「サーマスこそ。私は何もしていない」
私はかけ声をかけただけで、一人の兵も倒してない。いくつか小細工で魔法を披露したが、全てサーマスの唱えたものだ。
これではすべてリーディア・ヴェネスカの功になってしまう。
戦争で武勲を立てるのが騎士の本望なのに、サーマスは今回、作戦のためにその機会を捨てねばならない。
「そんなのいいって。勝利のためだ。言いっこなしだぜ」
屈託なくそう言うサーマスはいい男である。なのに何故か独身なのだ。
数日の内にスロラン軍を国境近くまで押し返し、いよいよ用意も整い、最後のダメ押し、『光の巨人』作戦を決行するという、その前日、中央軍が到着した。
「ちっ」
これを聞いたアルヴィンは盛大な舌打ちをした。
「間に合いやがったか。面倒な連中がいない間に済ませてしまいたかったが。あの統率が取れてない軍勢をまとめて何とかここまで引っ張ってきたセントラルの騎士達はいざって時使えないくせに優秀だな」
と褒めてるんだかけなしているんだか分からないことを言う。
「殿下、ご無事で」
フィリップ様が姿を消した後は、セントラル騎士団の騎士団長が総大将代理として全軍をまとめていたようだ。
相当苦労があったらしく、げっそりしている。
その背後に十名ばかりの中央軍の代表者がズラリと並んでいた。
騎士団の副団長など知っている顔もあるし、今回王太子殿下の直々の進軍ということで志願してきた王太子派の貴族家の私兵という知らない顔も混じっている。
いわゆる混合軍といわれるもので、数が多いのはありがたいが、統率は取りにくい。
さらに見かけは王太子殿下を支持しているが、その実かなりの数の王妃派が潜んでいる。
彼らの思惑は様々なのだが、今彼らの目に浮かぶ色はたった一つだった。
彼らは疑り深くアルヴィン・アストラテートを見つめている。
西方ゴーラン。
ゴーラン領辺境伯である彼が王妃を嫌っていることはよく知られている。だが彼は中央そのものと距離を置き、反王妃派であるフィリップ王太子殿下とも親しくはない。
なのに、何故ここにこの男がいるのか?
何かの策か?
アルヴィンはこういう時、清々しいほどふてぶてしい。口元に薄く微笑みを浮かべてどこ吹く風だ。
王太子殿下は緊縛した空気の中、騎士団長に語りかけた。
「騎士団長、勝手に軍を抜け出して済まなかった。どうしても西方辺境伯の支援が欲しかったのだ」
――実は彼を逃がしたのは騎士団長だが、王太子殿下はわずかな供を連れてゴーランに参戦を求めに行った、と一件はこういう筋書きになった。
「何故西方辺境伯の支援を?」
筋書きを承知している騎士団長は白々しく……ではなく、本気で驚いた様子で尋ねてきた。
彼は退役した魔法騎士リーディア・ヴェネスカに王太子殿下を託したのであって、そこに西方辺境伯が乱入してくることはまったく想定していなかった。
フィリップ様は答えた。
「私はなんとしても南部の戦いを終わらせたかった。そのため戦上手で知られるゴーラン騎士団の力が必要だと思ったのだ」
「我らがおりましょう、このセントラルの騎士が」
セントラル騎士団の副団長が反論する。
フィリップ様のお言葉は、戦争を終わらせるのに中央軍では荷が重すぎるという意味だ。セントラルの騎士達をコケにしているが、そもそも陣内で王太子殿下が幾度も暗殺されかけ、その暗殺には王に忠誠を誓っているはずのセントラルの騎士達が関わっているというのが発端なのだ。
そして多分、犯人は王妃派のコイツ……。
「私はかつて私を命がけで守ってくれたリーディアを師と仰いでいる」
「リーディア……ヴェネスカ?」
副団長は目を剥く。
「生きていたのか……」
「リーディアは退役後ゴーランで隠退生活を送っていたんだ。彼女を介して私は秘密裏にアルヴィンと交遊を深めていた」
とフィリップ様は説明する。
……大嘘であるが、こうなった。
本当にあった話よりは大分、それらしい理由である。
「私は、兼ねてからの友人であるアルヴィンとリーディアに南部平定の助力を乞うた。彼らは快くこのルミノーを救ってくれることを誓ってくれた。皆も力を合わせて戦いを終わらせよう」
フィリップ様にこう願われては、臣下としては「はい」以外の答えはない。
***
「ヴェネスカ、すまなかった」
副団長などを排した別室で、騎士団長は真摯に謝ってきた。
別段彼は悪い人間ではない。
彼は最小の犠牲で団を守ろうとしただけだ。
ただその『最小の犠牲』とやらが私だったのだ。
「私が間違っていた。ヴェネスカの力を侮っていた。君は団には必要な人間だった」
「私の力ですか?」
「ああ、スロランはヴェネスカの退団を知り、侵攻を企ててきた。北部でも同様に隣国との諍いが絶えない。諸外国がリーディア・ヴェネスカの存在を怖れていたことの証左だ。あんな形でヴェネスカを失い、一気に抑えが効かない状態になってしまった」
国内の権力闘争のゴタゴタで貴重な魔法騎士が傷を負って退役したって確かに普通に聞いても、「駄目だろう、その国」と言いたくなるような事件である。
騎士団長は対処を誤った。
「今となっては仕方ありません。それよりこれ以降は、ゴーラン騎士団にご協力を」
都落ちした当初なら嫌みの一つでも言っただろうが、そんな気分にはなれなかった。団長は自分の目の前で王太子殿下が暗殺されかかり、本気で悔いているようだ。
団長の真意もそれなりには理解している。
副団長は能力もないのに騎士団長に成り上がりたがっている。団長は団のためにも、王妃派の不興を買って追い落とされる訳には行かなかった。
だがあの時、目を瞑ってしまった小事は、今大きな災いとなってしまった。
悪人は罪を見過ごしたら改心なんてしない。もっと大きな悪事を働いてしまうものだ。
悪人をより大きな罪から遠ざけるためにも騎士はいるのだ。
そう私に教えたのは団長だったのだが。
「分かった。もちろん全面的に協力する。出来る限り中央軍は抑える」
セントラルの騎士団長はそう約束した。
翌日。
『光の巨人』計画は予定通り実行された。
離れたところで詳細は分からないはずのスロラン軍とは違い、作戦を近くで見守る中央軍には予め、作戦を説明しておかなくてならない。
彼らにアルヴィンは「リーディア・ヴェネスカはゴーランで療養し、かつての力を取り戻した」と説明している。
「だが、まだ力の制御が不安定なので、もっと重要な局面のためにリーディアの力は温存する」と誤魔化した。
「光よ!我が国に勝利を!」
私の号令と共に、鍛冶屋が作った巨大な木偶人形に火がかけられる。
「ひっ、光の巨人だ」
「もう駄目だ!逃げろ」
火は勢いよく燃えて、スロラン軍のどよめきがここまで聞こえてくる。
スロラン軍は国境を越えて完全に撤退した。
「これで……隣国の王太子と和平について話し合えば、戦争が終わる」
フィリップ様はほっとした様に呟く。
私も同様に作戦の成功に安堵した。
だから、気付かなかったのだ。
副団長が私を見つめる疑いの眼差しに。
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