上 下
38 / 74
戦いを終わらせる者

01.戦いを終わらせる者1

しおりを挟む
「リーディア、話を聞いてくれ」
 話し出そうとするサーマスをアルヴィンが鋭い声で詰問した。
「おい、後をつけられたか?」
 サーマスは口を挟んできたアルヴィンに驚いた様子だったが、問われていることは的確だ。

「いや、大丈夫だと思う」
「ローリエ、馬を隠せ。ウルに頼んで牛小屋に入れて貰え」
 アルヴィンはレファに指示する。
「はい」
 牛小屋はウルとケーラとその子供達が暮らしている。
 楽しい我が家によそ者が来るのをウルは非常に嫌がるだろうが、絶対に怪しい者を侵入させないのでうちで一番安全な場所と言える。

 それを聞いてサーマスが言った。
「馬は丁重に扱ってくれ。疲れているんだ」
 深夜に押しかけておいてなんか偉そうなのは、セントラルの騎士達の常態である。
 アルヴィンの眉がピクッと動いた。
「……だそうだ。世話が終わったら、周囲を見てきてくれ」
 と面白くなさそうにアルヴィンがレファに言う。
「はい」


「でん……フィリップ様、こちらに」
 そんな会話を聞きながら、私はフィリップ様をキッチンに連れて行く。椅子に座らせ、温かいカモミールティーを飲ませる。
 幸い、他の客が起きてくることはなかった。

「リーディア……」
 お茶を一口飲んだフィリップ様は何かを言い掛けたが、声にならない。
 おそらくこの方は殺されかけた。
 私はそっと彼に言った。
「何もおっしゃらなくて結構です。御身のことは一時、ヨアヒムとお呼びします。敬語を使わないでお話をすることもありますが、ご無礼をお許し下さい」
 ヨアヒムはフィリップ殿下のミドルネームの一つだ。
「うん、分かっている」
「ヨアヒム、怪我は?」
「特にないと思う。ずっと馬に乗っていたから尻が痛い」
「ふふっ、それは大変でしたね。後で良く効く軟膏をお持ちします」
 そう言うと、フィリップ様はチラリと少年らしい笑みを見せた。
「ありがとう、リーディア」


 遅れて、サーマスとアルヴィンが入ってくる。
「リーディア……」
 顔を見るなりサーマスが話しかけてくるが、キッチンで語り合うようなことではない。
「サーマス、久しぶりだな。場所を変えるぞ」

 私はサーマスとフィリップ様を談話室に案内した。アルヴィンは一言も話さず、付いてくる。
 談話室は我が家では一番声が漏れにくい場所だ。
 二人とも非常に疲れている様子だったが、ことは急を要することかも知れない。
 サーマスを休ませてやるわけにはいかなかったが、
「ヨアヒムはお休みになりますか?」
 座り心地の良いソファに腰掛け、今にも眠ってしまいそうなフィリップ様にはそう尋ねた。

 フィリップ様はしっかりと首を横に振る。
「私のことだから、ここにいさせてくれ」
「……分かりました」

 私はサーマスに向き直る。
 何故か殿下は私の隣に座り、サーマスは向かいに、アルヴィンは一人用のソファに陣取った。
「サーマス、何があったか話せ」
「その前に、人払いしてくれ」
 サーマスはチラッとアルヴィンに視線を走らせながら、言う。
 私が返事をする前に、アルヴィンが答えた。
「断る」
 けんもほろろに言い切られ、サーマスはカチンときたらしい。
「私はセントラルの魔法騎士、エミール・サーマスである。部外者は出ていって貰おう」
 とこちらも居丈高に言い放つ。

 大の男がにらみ合っているので、私は言った。
「サーマス、お前がこの地にいる限り、その方は部外者ではない。彼はゴーラン領主、アルヴィン・アストラテート伯爵だ」

「は、伯爵?おい、リーディア、どうなっているんだ。どうして、伯爵がこんな宿に?」
 こんな宿とは失礼な。
 しかし疑問に思うのは無理はない。私だってアルヴィンの嗜好はよく分からない。
「まあ、色々あってな」
「色々って……リーディア」
「それより何があったか、聞かせて貰おう」
 アルヴィンがサーマスをせっついた。



「南部平定のために中央軍が派兵された話は知っているか?」
「ああ、聞いている」
「色々揉めたんだが、総大将にはフィリップ王子殿下が命じられた」
 無事に平定出来れば、総大将の功は大きい。
 それ故、王太子殿下派と第二王子を擁する王妃派とで総大将の地位を巡り水面下で争っていたらしい。
 結局は兄王子を差し置いて、弟王子が軍を率いるのはおかしいということなり、フィリップ殿下が総大将として立った。

「だが、進軍中に殿下は何度も暗殺されかけた」
 サーマスは憔悴した様子で呟いた。
 フィリップ様の体がビクリと震える。
 私の件以降、フィリップ様の警備はかなり強化され、さしもの王妃派も宮廷内では手を出せずにいた。
 だが、進軍中は警備も手薄になる。その隙を狙われたらしい。

「騎士団内も王妃派と反王妃派が入り乱れている。もう誰が味方か敵か分からない状況だった。それで騎士団長は、『ヴェネスカの元に行け』と言ったんだ。団長はずっとリーディアの行方を捜していて、最近になってようやくゴーランのド田舎に隠れ住んでいるのを知ったらしい」
 ド田舎とは失礼な。
 私は眉をしかめた。

「団長は『ヴェネスカを頼れ。今となっては私の知る中で王太子殿下のために命を懸けられると断言出来る者は、ヴェネスカしかいない』とそう言った」
「団長が……」
 サーマスはそっと私の顔色をうかがう。
「それから『あの時は済まなかったと謝ってくれ』と言っていた」


「レファです」
 コンコンとノックが聞こえ、「入れ」とアルヴィンが許可する。
「団長、周囲に異常はありません」
 レファは一礼し、そう告げる。
「そうか、ご苦労。悪いがこの部屋の見張りを頼む」
「はっ」
 とレファは素早くドアを閉めた。


「……で、私に会った後の団長の指示は?」
 サーマスは首を横に振る。
「特になしだ。俺はリーディアの指示に従うように命令を受けている」
 私はそれを聞いて考え込んだ。

 私は自分に問いかける。
 団長は、アルヴィンと私の仲を知っているだろうか?
 ――答えは、否だ。
 ゴーラン騎士団は優秀で、領内の情報は外に漏れにくい。

 おそらく団長はフィリップ様のお命を守ることを最優先に考えここにサーマスを使わした。
 私がフィリップ様をここに匿うことが目的だ。
 国境に近いここなら追っ手が迫れば、隣国を経由してフィリップ様のお母上様の故国に庇護を求めることが出来る。
 フィリップ様のお母上の故郷は隣国とはいえ、反対側の東の国。
 ここからだとかなり遠廻りになるが、東の国境は王妃派に見張られている。その点西の国境ゴーラン領主が支配するこの土地は王妃の長い手も伸びてこない。

 だが、アルヴィンがここにいる。
 団長にとっても、それは大きな誤算だろう。
 アルヴィンが、いや、ゴーラン領主がどう出るのか団長にとってもまったく未知数だ。
 アルヴィンは王妃を嫌っているが、王妃の横暴を許す王にも既に愛想を尽かしている。
 その子供であるフィリップ様を守るか……それとも……。

 最悪の可能性を差し置いても、この一件で王妃派と王太子派は完全に対立する。
 どちらに軍配が上がるにせよ、国は大きく荒れる。

 そして南部。
 元々南部は我が国でも有数の穀倉地帯で、豊かな土地だった。
 だが紛争が続き、すっかり南部は衰退している。
 南部の衰退を望んだのは、国内の穀倉地帯を領土に持つ中央の大貴族達。
 戦いは、終わらないように仕組まれていた。

 私はどうすればいい?
 かつて最強の騎士と謳われた全盛期ですら、私は戦いを終わらせることが出来なかった。
 だがこれらすべての戦いを収束させることが出来る者を私は一人だけ知っている。


 その名は、ゴーラン領主アルヴィン・アストラテート。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎
恋愛
江島七海はごく平凡な普通のOL。取り立てて目立つ美貌でも無く、さりとて不細工でも無い。仕事もバリバリ出来るという言う訳でも無いがさりとて愚鈍と言う訳でも無い。しかし陰で彼女は『魔性の女』と噂されるようになって――― 生まれてこのかた四半世紀モテた事が無い、男性と付き合ったのも高一の二週間だけ―――という彼女にモテ期が来た、とか来ないとかそんなお話 ※2018.1.27~別作として掲載していたこのお話の前日譚『太っちょのポンちゃん』も合わせて収録しました。 ※本編は全年齢対象ですが『平凡~』後日談以降はR15指定内容が含まれております。 ※なろうにも掲載中ですが、なろう版と少し表現を変更しています(変更のある話は★表示とします)

【完結】敵国の悪虐宰相に囚われましたが、拷問はイヤなので幸せを所望します。

当麻リコ
恋愛
拷問が大好きなことで有名な悪虐宰相ランドルフ。 彼は長年冷戦状態が続く敵国の第一王女アシュリーを捕えたという報告を受けて、地下牢へと急いだ。 「今から貴様を拷問する」とランドルフが高らかに宣言すると、アシュリーは怯えた様子もなく「痛いのはイヤなのでわたくしを幸せにする拷問を考えなさい」と無茶ぶりをしてきた。 噂を信じ自分に怯える罪人ばかりの中、今までにない反応をするアシュリーに好奇心を刺激され、馬鹿馬鹿しいと思いつつもランドルフはその提案に乗ることにした。 ※虜囚となってもマイペースを崩さない王女様と、それに振り回されながらもだんだん楽しくなってくる宰相が、拷問と称して美味しいものを食べたりデートしたりするお話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...