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戦いを終わらせる者
01.戦いを終わらせる者1
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「リーディア、話を聞いてくれ」
話し出そうとするサーマスをアルヴィンが鋭い声で詰問した。
「おい、後をつけられたか?」
サーマスは口を挟んできたアルヴィンに驚いた様子だったが、問われていることは的確だ。
「いや、大丈夫だと思う」
「ローリエ、馬を隠せ。ウルに頼んで牛小屋に入れて貰え」
アルヴィンはレファに指示する。
「はい」
牛小屋はウルとケーラとその子供達が暮らしている。
楽しい我が家によそ者が来るのをウルは非常に嫌がるだろうが、絶対に怪しい者を侵入させないのでうちで一番安全な場所と言える。
それを聞いてサーマスが言った。
「馬は丁重に扱ってくれ。疲れているんだ」
深夜に押しかけておいてなんか偉そうなのは、セントラルの騎士達の常態である。
アルヴィンの眉がピクッと動いた。
「……だそうだ。世話が終わったら、周囲を見てきてくれ」
と面白くなさそうにアルヴィンがレファに言う。
「はい」
「でん……フィリップ様、こちらに」
そんな会話を聞きながら、私はフィリップ様をキッチンに連れて行く。椅子に座らせ、温かいカモミールティーを飲ませる。
幸い、他の客が起きてくることはなかった。
「リーディア……」
お茶を一口飲んだフィリップ様は何かを言い掛けたが、声にならない。
おそらくこの方は殺されかけた。
私はそっと彼に言った。
「何もおっしゃらなくて結構です。御身のことは一時、ヨアヒムとお呼びします。敬語を使わないでお話をすることもありますが、ご無礼をお許し下さい」
ヨアヒムはフィリップ殿下のミドルネームの一つだ。
「うん、分かっている」
「ヨアヒム、怪我は?」
「特にないと思う。ずっと馬に乗っていたから尻が痛い」
「ふふっ、それは大変でしたね。後で良く効く軟膏をお持ちします」
そう言うと、フィリップ様はチラリと少年らしい笑みを見せた。
「ありがとう、リーディア」
遅れて、サーマスとアルヴィンが入ってくる。
「リーディア……」
顔を見るなりサーマスが話しかけてくるが、キッチンで語り合うようなことではない。
「サーマス、久しぶりだな。場所を変えるぞ」
私はサーマスとフィリップ様を談話室に案内した。アルヴィンは一言も話さず、付いてくる。
談話室は我が家では一番声が漏れにくい場所だ。
二人とも非常に疲れている様子だったが、ことは急を要することかも知れない。
サーマスを休ませてやるわけにはいかなかったが、
「ヨアヒムはお休みになりますか?」
座り心地の良いソファに腰掛け、今にも眠ってしまいそうなフィリップ様にはそう尋ねた。
フィリップ様はしっかりと首を横に振る。
「私のことだから、ここにいさせてくれ」
「……分かりました」
私はサーマスに向き直る。
何故か殿下は私の隣に座り、サーマスは向かいに、アルヴィンは一人用のソファに陣取った。
「サーマス、何があったか話せ」
「その前に、人払いしてくれ」
サーマスはチラッとアルヴィンに視線を走らせながら、言う。
私が返事をする前に、アルヴィンが答えた。
「断る」
けんもほろろに言い切られ、サーマスはカチンときたらしい。
「私はセントラルの魔法騎士、エミール・サーマスである。部外者は出ていって貰おう」
とこちらも居丈高に言い放つ。
大の男がにらみ合っているので、私は言った。
「サーマス、お前がこの地にいる限り、その方は部外者ではない。彼はゴーラン領主、アルヴィン・アストラテート伯爵だ」
「は、伯爵?おい、リーディア、どうなっているんだ。どうして、伯爵がこんな宿に?」
こんな宿とは失礼な。
しかし疑問に思うのは無理はない。私だってアルヴィンの嗜好はよく分からない。
「まあ、色々あってな」
「色々って……リーディア」
「それより何があったか、聞かせて貰おう」
アルヴィンがサーマスをせっついた。
「南部平定のために中央軍が派兵された話は知っているか?」
「ああ、聞いている」
「色々揉めたんだが、総大将にはフィリップ王子殿下が命じられた」
無事に平定出来れば、総大将の功は大きい。
それ故、王太子殿下派と第二王子を擁する王妃派とで総大将の地位を巡り水面下で争っていたらしい。
結局は兄王子を差し置いて、弟王子が軍を率いるのはおかしいということなり、フィリップ殿下が総大将として立った。
「だが、進軍中に殿下は何度も暗殺されかけた」
サーマスは憔悴した様子で呟いた。
フィリップ様の体がビクリと震える。
私の件以降、フィリップ様の警備はかなり強化され、さしもの王妃派も宮廷内では手を出せずにいた。
だが、進軍中は警備も手薄になる。その隙を狙われたらしい。
「騎士団内も王妃派と反王妃派が入り乱れている。もう誰が味方か敵か分からない状況だった。それで騎士団長は、『ヴェネスカの元に行け』と言ったんだ。団長はずっとリーディアの行方を捜していて、最近になってようやくゴーランのド田舎に隠れ住んでいるのを知ったらしい」
ド田舎とは失礼な。
私は眉をしかめた。
「団長は『ヴェネスカを頼れ。今となっては私の知る中で王太子殿下のために命を懸けられると断言出来る者は、ヴェネスカしかいない』とそう言った」
「団長が……」
サーマスはそっと私の顔色をうかがう。
「それから『あの時は済まなかったと謝ってくれ』と言っていた」
「レファです」
コンコンとノックが聞こえ、「入れ」とアルヴィンが許可する。
「団長、周囲に異常はありません」
レファは一礼し、そう告げる。
「そうか、ご苦労。悪いがこの部屋の見張りを頼む」
「はっ」
とレファは素早くドアを閉めた。
「……で、私に会った後の団長の指示は?」
サーマスは首を横に振る。
「特になしだ。俺はリーディアの指示に従うように命令を受けている」
私はそれを聞いて考え込んだ。
私は自分に問いかける。
団長は、アルヴィンと私の仲を知っているだろうか?
――答えは、否だ。
ゴーラン騎士団は優秀で、領内の情報は外に漏れにくい。
おそらく団長はフィリップ様のお命を守ることを最優先に考えここにサーマスを使わした。
私がフィリップ様をここに匿うことが目的だ。
国境に近いここなら追っ手が迫れば、隣国を経由してフィリップ様のお母上様の故国に庇護を求めることが出来る。
フィリップ様のお母上の故郷は隣国とはいえ、反対側の東の国。
ここからだとかなり遠廻りになるが、東の国境は王妃派に見張られている。その点西の国境ゴーラン領主が支配するこの土地は王妃の長い手も伸びてこない。
だが、アルヴィンがここにいる。
団長にとっても、それは大きな誤算だろう。
アルヴィンが、いや、ゴーラン領主がどう出るのか団長にとってもまったく未知数だ。
アルヴィンは王妃を嫌っているが、王妃の横暴を許す王にも既に愛想を尽かしている。
その子供であるフィリップ様を守るか……それとも……。
最悪の可能性を差し置いても、この一件で王妃派と王太子派は完全に対立する。
どちらに軍配が上がるにせよ、国は大きく荒れる。
そして南部。
元々南部は我が国でも有数の穀倉地帯で、豊かな土地だった。
だが紛争が続き、すっかり南部は衰退している。
南部の衰退を望んだのは、国内の穀倉地帯を領土に持つ中央の大貴族達。
戦いは、終わらないように仕組まれていた。
私はどうすればいい?
かつて最強の騎士と謳われた全盛期ですら、私は戦いを終わらせることが出来なかった。
だがこれらすべての戦いを収束させることが出来る者を私は一人だけ知っている。
その名は、ゴーラン領主アルヴィン・アストラテート。
話し出そうとするサーマスをアルヴィンが鋭い声で詰問した。
「おい、後をつけられたか?」
サーマスは口を挟んできたアルヴィンに驚いた様子だったが、問われていることは的確だ。
「いや、大丈夫だと思う」
「ローリエ、馬を隠せ。ウルに頼んで牛小屋に入れて貰え」
アルヴィンはレファに指示する。
「はい」
牛小屋はウルとケーラとその子供達が暮らしている。
楽しい我が家によそ者が来るのをウルは非常に嫌がるだろうが、絶対に怪しい者を侵入させないのでうちで一番安全な場所と言える。
それを聞いてサーマスが言った。
「馬は丁重に扱ってくれ。疲れているんだ」
深夜に押しかけておいてなんか偉そうなのは、セントラルの騎士達の常態である。
アルヴィンの眉がピクッと動いた。
「……だそうだ。世話が終わったら、周囲を見てきてくれ」
と面白くなさそうにアルヴィンがレファに言う。
「はい」
「でん……フィリップ様、こちらに」
そんな会話を聞きながら、私はフィリップ様をキッチンに連れて行く。椅子に座らせ、温かいカモミールティーを飲ませる。
幸い、他の客が起きてくることはなかった。
「リーディア……」
お茶を一口飲んだフィリップ様は何かを言い掛けたが、声にならない。
おそらくこの方は殺されかけた。
私はそっと彼に言った。
「何もおっしゃらなくて結構です。御身のことは一時、ヨアヒムとお呼びします。敬語を使わないでお話をすることもありますが、ご無礼をお許し下さい」
ヨアヒムはフィリップ殿下のミドルネームの一つだ。
「うん、分かっている」
「ヨアヒム、怪我は?」
「特にないと思う。ずっと馬に乗っていたから尻が痛い」
「ふふっ、それは大変でしたね。後で良く効く軟膏をお持ちします」
そう言うと、フィリップ様はチラリと少年らしい笑みを見せた。
「ありがとう、リーディア」
遅れて、サーマスとアルヴィンが入ってくる。
「リーディア……」
顔を見るなりサーマスが話しかけてくるが、キッチンで語り合うようなことではない。
「サーマス、久しぶりだな。場所を変えるぞ」
私はサーマスとフィリップ様を談話室に案内した。アルヴィンは一言も話さず、付いてくる。
談話室は我が家では一番声が漏れにくい場所だ。
二人とも非常に疲れている様子だったが、ことは急を要することかも知れない。
サーマスを休ませてやるわけにはいかなかったが、
「ヨアヒムはお休みになりますか?」
座り心地の良いソファに腰掛け、今にも眠ってしまいそうなフィリップ様にはそう尋ねた。
フィリップ様はしっかりと首を横に振る。
「私のことだから、ここにいさせてくれ」
「……分かりました」
私はサーマスに向き直る。
何故か殿下は私の隣に座り、サーマスは向かいに、アルヴィンは一人用のソファに陣取った。
「サーマス、何があったか話せ」
「その前に、人払いしてくれ」
サーマスはチラッとアルヴィンに視線を走らせながら、言う。
私が返事をする前に、アルヴィンが答えた。
「断る」
けんもほろろに言い切られ、サーマスはカチンときたらしい。
「私はセントラルの魔法騎士、エミール・サーマスである。部外者は出ていって貰おう」
とこちらも居丈高に言い放つ。
大の男がにらみ合っているので、私は言った。
「サーマス、お前がこの地にいる限り、その方は部外者ではない。彼はゴーラン領主、アルヴィン・アストラテート伯爵だ」
「は、伯爵?おい、リーディア、どうなっているんだ。どうして、伯爵がこんな宿に?」
こんな宿とは失礼な。
しかし疑問に思うのは無理はない。私だってアルヴィンの嗜好はよく分からない。
「まあ、色々あってな」
「色々って……リーディア」
「それより何があったか、聞かせて貰おう」
アルヴィンがサーマスをせっついた。
「南部平定のために中央軍が派兵された話は知っているか?」
「ああ、聞いている」
「色々揉めたんだが、総大将にはフィリップ王子殿下が命じられた」
無事に平定出来れば、総大将の功は大きい。
それ故、王太子殿下派と第二王子を擁する王妃派とで総大将の地位を巡り水面下で争っていたらしい。
結局は兄王子を差し置いて、弟王子が軍を率いるのはおかしいということなり、フィリップ殿下が総大将として立った。
「だが、進軍中に殿下は何度も暗殺されかけた」
サーマスは憔悴した様子で呟いた。
フィリップ様の体がビクリと震える。
私の件以降、フィリップ様の警備はかなり強化され、さしもの王妃派も宮廷内では手を出せずにいた。
だが、進軍中は警備も手薄になる。その隙を狙われたらしい。
「騎士団内も王妃派と反王妃派が入り乱れている。もう誰が味方か敵か分からない状況だった。それで騎士団長は、『ヴェネスカの元に行け』と言ったんだ。団長はずっとリーディアの行方を捜していて、最近になってようやくゴーランのド田舎に隠れ住んでいるのを知ったらしい」
ド田舎とは失礼な。
私は眉をしかめた。
「団長は『ヴェネスカを頼れ。今となっては私の知る中で王太子殿下のために命を懸けられると断言出来る者は、ヴェネスカしかいない』とそう言った」
「団長が……」
サーマスはそっと私の顔色をうかがう。
「それから『あの時は済まなかったと謝ってくれ』と言っていた」
「レファです」
コンコンとノックが聞こえ、「入れ」とアルヴィンが許可する。
「団長、周囲に異常はありません」
レファは一礼し、そう告げる。
「そうか、ご苦労。悪いがこの部屋の見張りを頼む」
「はっ」
とレファは素早くドアを閉めた。
「……で、私に会った後の団長の指示は?」
サーマスは首を横に振る。
「特になしだ。俺はリーディアの指示に従うように命令を受けている」
私はそれを聞いて考え込んだ。
私は自分に問いかける。
団長は、アルヴィンと私の仲を知っているだろうか?
――答えは、否だ。
ゴーラン騎士団は優秀で、領内の情報は外に漏れにくい。
おそらく団長はフィリップ様のお命を守ることを最優先に考えここにサーマスを使わした。
私がフィリップ様をここに匿うことが目的だ。
国境に近いここなら追っ手が迫れば、隣国を経由してフィリップ様のお母上様の故国に庇護を求めることが出来る。
フィリップ様のお母上の故郷は隣国とはいえ、反対側の東の国。
ここからだとかなり遠廻りになるが、東の国境は王妃派に見張られている。その点西の国境ゴーラン領主が支配するこの土地は王妃の長い手も伸びてこない。
だが、アルヴィンがここにいる。
団長にとっても、それは大きな誤算だろう。
アルヴィンが、いや、ゴーラン領主がどう出るのか団長にとってもまったく未知数だ。
アルヴィンは王妃を嫌っているが、王妃の横暴を許す王にも既に愛想を尽かしている。
その子供であるフィリップ様を守るか……それとも……。
最悪の可能性を差し置いても、この一件で王妃派と王太子派は完全に対立する。
どちらに軍配が上がるにせよ、国は大きく荒れる。
そして南部。
元々南部は我が国でも有数の穀倉地帯で、豊かな土地だった。
だが紛争が続き、すっかり南部は衰退している。
南部の衰退を望んだのは、国内の穀倉地帯を領土に持つ中央の大貴族達。
戦いは、終わらないように仕組まれていた。
私はどうすればいい?
かつて最強の騎士と謳われた全盛期ですら、私は戦いを終わらせることが出来なかった。
だがこれらすべての戦いを収束させることが出来る者を私は一人だけ知っている。
その名は、ゴーラン領主アルヴィン・アストラテート。
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