上 下
27 / 74
ゴーラン伯爵とチェリーボンボン

11.春の宵2※

しおりを挟む
 アルヴィンはそのまま私を抱き上げた。
「……!」
 私は息を呑んだ。
 騎士職にあった私は子供や場合によっては大人の怪我人まで抱き上げることはあっても抱き上げられたことはない。
 幸運にも魔術回路を損傷するまで大きな病気も怪我もしたことがないという無類の丈夫さである。
 驚きのあまり息が止まりそうになった。

 私は多分、一般の女性より重いと思うのだが、彼は軽々と私を抱き、ベッドに横たえた。
 すぐに私の上にのしかかると、
「いいか?リーディア」
 と尋ねてくる。
「よ、良くありませんよ。まだ風呂に入ってませんし」
 私は言い返したのだが、アルヴィンは首を横に振る。

「後で入ればいい。どうせ汗まみれになるんだから」
 そして宿屋の制服代わりに着ているワンピースのボタンを外し始めた。

 合理的、なのか?
 というか、返事がそれなら今の聞く意味があったか?

 まあいい。
 と私は気持ちを切り替えた。
 私は夜会を好まなかったので参加した回数は少ないが、そんな数少ない夜会でも貴族の男性は場所と状況を問わず実に情熱的に愛を語っていた。
「好きだ」「愛している」と直接的な言葉の他、「君は薔薇より美しい」とか「貴女の可憐さに月も恥じらって隠れてしまったよ」などの持って回った表現の数々……。
 アルヴィンも高位貴族の端くれである。
 歯が浮くような台詞を聞けるのだろうかとちょっと楽しみにしていた。
 前回は緊張しすぎて何を言われたかよく覚えていない。

 だが、アルヴィンは無言で私の体をまさぐり、抱き締め、唇やその他の場所にキスを落とす。
 手つきは丁寧で、壊れ物のように扱われているのは感じているが。
「リーディアは……」
 その声に私は、思わずアルヴィンの顔を見た。
「リーディアは……思ったより胸が大きいな」
「はあ……」
 ようやく話しかけてきたと思えばこれである。
 いつのまにか彼は大変要領良く私の服を脱がしており、自身も上半身裸であった。
 下は怖いので見ていない。

「君は胸が大きくて腰が細い。尻の形も綺麗だ。スタイルがいい」
 不躾だなとは思うが、彼なりに褒めているらしい。
「どうも……」

 そして胸を揉んだ。
「…………!」
 一瞬私は怯んだが、その手は先程より一段と優しく慎重に私の胸に触れる。
 今まで感じたことがないゾワゾワとした何かが体の奥底から生み出される。
 不快ではなかったが、私の体が性交に対して未熟なためか、『いい』とは思えなかった。
 それは、私をどこか不安な気持ちにさせた。
「リーディア……」
 アルヴィンは戸惑う私を強く抱き締める。
「アルヴィン……」
 私はすがりつくように彼を抱き返した。

 アルヴィンは愛撫を続けながら、私に囁いた。
「チョコレート、食べたよ。ありがとう。誕生日の贈り物が待ち遠しかったのは久しぶりだ」
「それは良かったです……」
 これだけの会話なのに、何故か話ながら息が上がる。

「リーディアからレシピを貰ったから、領主館の菓子職人が早速作ったのだが、君が作ったものの方が旨い気がした」
「……単に慣れの問題か、あるいは私のレシピが分かりづらかったのかもしれません」
 どう考えても本職の菓子職人の方が腕前は上だ。
 だが、アルヴィンは言った。
「いや、リーディアが作ってくれるからだと思う。君の味が好みなんだ」

「……っ」
 思わず顔が赤らんだ。

 今まで騎士一筋。
 光属性とはいえ、魔術回路が開かれていなかった私が魔力持ちの貴族子弟がほとんどを占める魔法使い養成所でやっていくのは苦労が多かった。
 がむしゃらに修行し、その甲斐あって私はセントラルで五指に入ると言われる魔法騎士となった。
 自分ではセントラルの騎士達の中では最も優秀だったと思うが、下級貴族出で女性の私がナンバーワンだと余計な軋轢が生まれるので、そこは有耶無耶にされた。
 任務はやりがいがあり、私にとって魔法騎士は天職だったといっていいだろう。
 今までの道行きに後悔はない。
 だが、半面、私は仕事以外は何も知らない人間となっていた。

 もうすぐ二十八歳だしなと思うと、恋をするのも臆病になる。
 私はアルヴィンに対する感情に気付かぬふりをした。

 王都のことは忘れて、穏やかに暮らすつもりだったのに、身分違いの恋なんかして、惨めな思いをするのはごめんだった。


 だが、とうとう気付いてしまった。
「愛している」でも「月より綺麗だ」でもなかったが、私にとっては最高の口説き文句だ。

 恋に落ちた。
 私の体は心よりずっと正直だ。
 その思いに心より先に気付いていた。
 誰の子供でもない。
 私はきっと、アルヴィンの子供が欲しかったんだ。

 私は腕を伸ばし、アルヴィンの頬を挟む。
 深い海のような青い瞳が驚きに見開かれる。
 その瞳の中に自分の姿が映るのを見て私の心に満ちるものを何と言おう。
 例えようもなく彼が愛しく、そして今なら何でも出来そうな気がした。


「私はあなたが好きです」



も……」
 アルヴィンは何故か泣きそうに声をくぐもらせながら、私の肩に頭をぐりぐりツッコんできた。
「俺もリーディアが好きだ」
「何ですか?その反応は?」
「いや、嬉しくて。そう言ってくれるのを何年でも何十年でも待つつもりだったから」
 何年はともかく何十年はないだろう。
 寿命が来る方が早そうだ。

「アルヴィンは……ちょっと変わってますね」
 そう言うと、涙目になったアルヴィンは顔を上げる。
「君の方が面白いと思う」
 泣き笑いしながら、言い返された。


 アルヴィンの手や唇の感触を心地良いと思える、余裕がほんの少しだけ出来た。
 そこから与えられるむず痒いような快感が、私の体を震わせる。
 アルヴィンは手慣れた様子だった。
 よくわからんが多分童貞ではない。

 アルヴィンは私を抱き締めた体勢で、私の脚の付け根に何かを押し当てた。おそらくあれだ、男性のナニだ。
 固まった私にアルヴィンは赤子をあやすような声で囁く。
「大丈夫だ、怖がらないで」
「アルヴィン様」
「アルヴィンでいい。そう呼んでくれ」
「アルヴィン……」
「そうだ。怖れることはない。力を抜いて」

 私は思わず笑った。
「なんか、魔法の修行みたいですね。ノアとそんな会話をしましたよ」
「……それは嫉妬するな。あれは心を解放する行為だ。余程の信頼関係がないと導くことは出来ない」
「私とノアは相性がいいようです」

 アルヴィンは張り合うように言った。
「俺とリーディアはもっと相性が良い」
 そう言うと、ナニをグッとツッコんできた。

 案外大人げない男である。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

処理中です...