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ゴーラン伯爵とチェリーボンボン

06.ゴーラン伯爵とチェリーボンボン3

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 その瞬間、頬が赤らんでしまった。
 何を言い出すんだ、この男。
 動揺を悟られまいと、私は彼の視線から顔を背ける。
「かっ、からかわないで下さいよ、アルヴィン様」
「別にからかっている訳ではない。本気で貴女に求婚している」
「アルヴィン様……」

 彼の方に顔を向けると、アルヴィンは真剣な瞳で私を見つめ返す。
「だが、無理強いはしない。子供は欲しいが夫はいらないというリーディアの考えを尊重しようと思う。だから、まず子作りをしよう」
「は?」
 本当に何を言い出すんだ、この男。

 アルヴィンは立ち上がると今度は私を見下ろす。
「君は子供が欲しいんだろう?」
「はあ、まあ……」
 自分で言うのもなんだが、私は有能な魔法騎士だった。職務第一で、結婚をしたいと思ったことがない。その先にある子を産むこともまた、この年になるまで考えても来なかったことだ。
 私は自分の変化に戸惑っていた。
 だが、アルヴィンは言った。

「怖れることはない。君が感じているのは、ごく自然な感情だ」
「……そうでしょうか?」
「我が国の医学では、女性が安全に最初の子供を産める年齢は三十歳程だ。それより年齢が上がるとリスクが大きくなる。これは男性も同じで、『精』が劣化し始め、子供を作り辛くなる。私も君も子供を作れるギリギリの年齢だ。君は健康な女性で、子供を作る能力がある。ここの環境も君が子供を作るのに適しているのだろう。だからこそ、君の心身が今子供を欲している」
 自分にはまったく関係ないと思っていたので、今の今まで思い出さなかったが、言われてみればそんな話を聞いたことがある。
「そうですか……」
 私の体は子を産む機会を求めているようだ。

「では話は決まりだな。今夜は泊まらせて貰う。君の部屋に行っていいか?それとも私の部屋に君が来るか?」
「はい?」
 今ので何が決まったんだ?

「私も君も子供を作るなら早いほうがいいだろう」
 アルヴィンの言葉は正論だ。
 正論ではあるが。
「しかしですね……」
「何か問題が?ああ、ゴーラン騎士団に所属する騎士は定期的に性病を含めた健康診断を受けている。私は健康だ」
「あーそうですか」
 まあ、大事なことだな。
「子供の父親として名乗りを上げることは許して欲しいが、君から子供を取り上げるような真似はしないと約束する。子供の将来については出来る限りの援助をしたい」
「……ありがとうございます」
 今は援助される気はないが、世の中色々あるからな。
 私が早死にでもしたら、父親の存在は心強いだろう。
「私も、我が子には自由に生きて欲しいと思っているからな。ただ……」
 と呟いたアルヴィンの声の真摯さに、私は思わず彼を見上げた。
「ただ、もし、その子が自分から私の跡を継ぎたいと言ったなら、話を聞いてやってくれないか?」
「そのくらいはいいですよ。その子の人生ですし……」
 騎士になりたいなら、私に留め立てする権利はない。
「じゃあ問題はないな」
「いや、でもですね……」

 アルヴィンは一転して、悲しそうな表情になった。
「……リーディアは私の何が気に入らない?やはり貴女の目から見れば、ゴーランの男はひなびた田舎者にしか見えないのだろうか?」
「いえ、そんなことは……」
 隣国の血が混じったゴーランの地の人々は、我が国の平均体型と比べ、体格が良くどちらかというと厳つい。
 中央部の貴族の中では、辺境部の人間を野蛮人とそしる者もいるが、個人的には全然気にならない。

 アルヴィンは端正だがどこか野性味を感じる顔立ちだった。体格は大柄で、髪もこの国では珍しい黒髪だ。
 我が国と隣国、二つの血が彼の中で調和している。
 ……むしろ好ましいと思う。

「では性格か?気に入らないところは直すように努める。言ってくれ」
「いいえ、気に入らないところなんてありませんよ」
 アルヴィンについて私はたまに来る常連以上のことは知らないが、その程度の付き合いでも、苦手だなと感じる人間はいる。
 アルヴィンは良い人間である。

 外見にも性格にも難点はなく、その他条件も良い。私の子の父親としては願ってもない人物……なんであろうが、問題はそういうことではなく。

「あの、少し時間を頂けませんか?心の準備が……」
「私もリーディアもいい歳だ。残念ながら、一度や二度の性交ですぐに子供を授かったりはしないだろう。今から出来るだけ回数を重ねた方が良い」
 ……と真顔で正論吐かれた。

 これはあれだ、はっきり言わないと絶対に通じないやつだ。
 私は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから思いきって告白した。
「あのですね、アルヴィン様、私、処女なんです」
「えっ」
「この歳で処女なんです。初めてなんです。だからいきなりはちょっと……」


「…………」
 返事はなかった。
 アルヴィンは額に手を当てた体勢で固まっていた。
 呆れたのだろうか?
「アルヴィン様?」

「……何でもない。あまりの幸運に打ち震えているだけだ。まさか貴女が純潔だとは……」
「はあ……」
 幸運てなんだ?
「貴女のように賢く美しい女性が今だ純潔とは信じられないような奇跡だ。男なら誰でも貴女を手に入れたいと思うだろうに」
 アルヴィンは大袈裟なことを言うが、現実はそうではない。

「王都では少し小柄で折れそうに華奢な女性が美しいとされてます。私は王都の女性美の基準とはかけ離れてますからね」
 それに。
「大抵の男性は自分より強い女は嫌がりますよ」
 リーディア・ヴェネスカは退役まで最強の騎士だったのだ。
 自慢ではないが、怖れられたり、やっかまれたことはあっても、モテたことはない。

 それを聞いて、アルヴィンは不思議そうに首をかしげる。
「そうか?私は自分より強い女性は頼もしいと思う」

「アルヴィン様……」
 ちょっと感動した私であるが、次にアルヴィンは、
「まあ、私に勝てる女性は多分いないがな」
 と自信たっぷりに言いやがる。
 ……くそう。
 確かに今の私では手も足も出ない相手だが、現役の頃なら私だって。
 闇属性は他属性に比べて戦闘能力が高いとされているが、それを差し引いても魔力自体は私の方が上だ。
 だが、アルヴィンは非常に優秀な剣士だ。
 身体能力が高く、動作の一つ一つに隙がない。
 スピードとパワーが上の相手には正攻法で勝つのは難しい。不意打ちを食らわせて崩し、一気に攻撃魔法を叩き込むしかない。
 返しが上手そうだから、反撃された時に備え、あらかじめ『疾風』と『防衛』の魔法を展開しておき……。

「…………」
 思わず本気で脳内模擬戦を組み立てる私に、アルヴィンは言った。
「まあ、冗談はさておき、貴女の事情は理解した。私達にはお互いを知る時間が必要なようだ。今晩は泊まらせて貰う」
「アルヴィン様」
 あわてる私に、アルヴィンは幼子をあやすような声で言った。
「大丈夫だ。手は出さない。ただ、話がしたいだけだ。好きな色や好きな食べ物、趣味だとか……それは知っているな。貴女の趣味は料理だ。そんなことをゆっくり話すんだ」
「アルヴィン様……」

 カランとドアベルが鳴り、痺れを切らしたデニスが迎えに来た。
「あの、アルヴィン様、そろそろ出立しませんと」

「私はここに泊まることにした。明朝に帰還する。デニスは先に本部に戻っていてくれ」
「えっ、ですが……」
 突然の予定変更に、デニスは泡を食った。
「頼む。私はリーディアと大事な話がある。明日の朝には必ず帰る。皆にはそう伝えてくれ」
「アルヴィン様……」
 デニスは息を呑み、私とアルヴィンの顔をかわるがわる見ると、小さく頷いた。

「分かりました。アルヴィン様、幸運をお祈りします」





 ***

 畑から戻ってきたノアとミレイは、アルヴィンの姿を見てとても喜んだ。
 少し前まで男性を怖がっていた二人だが、今はアルヴィンに懐いている。

 その日の夜はアルヴィンの他に数組が泊まり、夕食時になると食事を求めて数人の客がやって来た。

 食事時、私とキャシーは調理と客の給仕で忙しい。
 朝昼はノア達にも手伝って貰うが、寝るのが遅くなるので、夕食は子供だけで早めの食事を取らせる。
 そういうわけで常ならばキッチンテーブルに着くのはノアとミレイの二人だけなのだが、今日はアルヴィンがいるので賑やかだ。
 アルヴィンは客だが、キッチンで食事を取りたがるのだ。

「あのね、アルヴィン様、今日、僕達、小麦畑の雑草取りをしました」
「しました!」
 ノアとミレイが一生懸命アルヴィンに話しかけている。
 アルヴィンが身分のある人物であることは分かっているのか、内容も口調も学校の先生に話す時みたいになっている。
「そうか。二人とも家の手伝いをして立派だな」
 対するアルヴィンの答えもまた、学校の先生のようだ。
 側で聞いている私は思わず笑ってしまう。


 夕食が終わると、後片付けと翌日の仕込みだ。
 我が家は酒場ではないので、夕食が終わるとすぐにカンバンである。
 飲み足りない客には酒のつまみを渡し、客室か別室の談話室に移動して貰う。

「私も手伝う」
 アルヴィンが食堂の掃除を始めた。
 ブラウニー達も姿を現し、片付けに参加する。彼らも慣れたのか、アルヴィンのことは気にしない。
 ブラウニー達の目当てはクッキーだ。美味しく焼けたクッキーを全員に行き渡るようにそっと窓辺に置いておく。

 片付けと仕込みが終わると、私も就寝だ。
 風呂に入った後、私はクローゼットを漁り、寝間着ではなくワンピースに着替えた。
 見苦しくない程度に身だしなみを整えると、私はアルヴィンが泊まる客室のドアを叩いた。
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