上 下
15 / 74
退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中

15.アルヴィン2

しおりを挟む
 アルヴィンはゴーラン騎士団の本部に戻ると、トロナ石の調査とそれから宿屋楡の木荘の女主人のことを調べさせた。
 素性を隠したがっている彼女には悪いが、中央貴族の間諜でないことを確かめねばならない。
 フースの町の役場に残されていた売買契約から、宿屋の女主人の名前がリーディア・ヴェネスカであるのが分かり、そこからすぐに彼女の身元が判明した。
 アルヴィンが睨んだ通り、リーディアの前職は王都の王宮騎士団マルアム・セントラル所属の女性騎士だった。非常に優秀で、こと魔術の腕前だけなら国内でも随一と謳われた騎士だ。
 名前だけならアルヴィンも知っている。
 ただし、顔は知らなかった。王宮魔法騎士や魔導師は人前では仮面を被って正体を知られないようにしている。


 しかし。
 アルヴィンは報告書を眺めながら、考える。
「何故、彼女はここにいるんだ?」
 二十七歳。まだ引退という年齢ではない。それにこれほどの経歴の持ち主なら騎士を辞めても王都でもどこでも仕事があるだろうに。
 なのに何故あんな場所で隠れ住むように暮らしている?
 それに……。
 リーディアからは並の魔道士以下の弱い魔力しか感じられない。国内有数の魔法使いの力でもってアルヴィンの目すら欺く魔力を隠す『偽装』をしているのだとすればつじつまが合うが、アルヴィンのカンは『否』と囁く。

 リーディアの経歴の最後は「一身上の都合で騎士団を退団」とだけで記されていた。
 何かあると感じたアルヴィンは詳しく調べるように指示した。
 その後送られてきた報告書を読んでアルヴィンは眉をひそめた。

 リーディアは王太子を庇い、再起不能な怪我を負ったらしい。
 リーディアは王宮付きの魔法騎士であって、王族を守る近衛騎士ではない。にもかかわらず、王太子の暗殺を阻止したのはリーディアだった。
 どこからか圧力が掛かり、この不祥事は全力で隠蔽されたので公式の記録には彼女の怪我すら記されていない。アルヴィンは王都の連中がますます嫌いになった。





 ***

 アルヴィンは自分の執務室で執務に励みながら、ポリポリとクッキーを食べていた。
 リーディアから貰ったクッキーは甘塩っぱいのと、チーズ味の二種類で、眠気覚ましに摘まむのに丁度良い。
 すっかり気に入ったアルヴィンは貰ったクッキーをちまちまと大事に食べていたが、十日も経つとなくなってしまった。
 料理長に「同じものを作ってくれ」と頼んだが、出来上がったクッキーは、リーディアのものと比べ、どこか味気ない。

「……また行ってみるか」
 アルヴィンは『重曹の礼を言いに行く』なる用件を無理矢理こしらえて、再び、楡の木荘に向かった。


「砦の騎士を紹介して欲しい」とリーディアに言われて、アルヴィンは自分が申し出たことなのに不快になった。他の男を紹介するのは――彼女がその男と恋仲になるのは――想像するだけで我慢がならない。
 その時、アルヴィンはリーディアに対する恋心に気付いた。
 自分は、彼女が好きなのだ。


 本当はもう少しゆっくり出来る予定だったが、バンシーの流行病の予言を受けて対策を取るため、アルヴィン達はすぐにゴーラン騎士団の本部に戻る。
 デニスはそこでの用意が調い次第、砦に向かう。アルヴィンは万が一にも流行病に罹るわけにはいかないので、デニスとはしばらく別行動だ。
 馬を走らせながら、デニスはアルヴィンに話しかけた。

「アルヴィン様、リーディア嬢は男爵家のご令嬢だそうですね」

 デニスは本人より早くアルヴィンの恋に気付いていた。
 女性嫌いで有名なアルヴィンが、リーディアには自分から積極的に話しかけている。
 長い付き合いの中でもそんなことは初めてで、デニスは二人の会話を「上手くいくといいな」と思いながら見ていた。
 リーディアの意向を汲んで、アルヴィンはわずかな側近にしかリーディアの素性を知らせていない。デニスは報告書を読んだ数少ない人間の一人だった。
 リーディアは地方の男爵家の娘だ。アルヴィンと釣り合いが取れているとは言い難いが、結婚出来ないほどの身分差はない。
 何より、リーディアは優秀な元魔法騎士だ。その知見を持って二人でこのゴーラン領を盛り立てていって欲しいと思う。

「あの方ならアルヴィン様の奥方様も務まるでしょう」
 短い付き合いだが、デニスはそう太鼓判を押す。
 アルヴィンは二十七歳。若くして父親から地位を引き継いだため、結婚は後回しになっていたが、部下としては切実にそろそろ結婚して欲しい。
 だがアルヴィンは憂鬱にため息をついた。
「リーディア嬢は……、彼女は、私との結婚は望まないだろう」
「えっ、どうしてですか?」
 アルヴィンは地位も財産も実力もあるし、男ぶりも良い。ゴーランの地でこの男の求婚を断る女性などいるはずがない。
 デニスは驚いた様子でアルヴィンを見るが、アルヴィンは眉間の皺を深くして答えた。
「突き詰めれば、私の取り柄は金と地位だけだ。どちらも彼女は打ち捨ててここにきた」
「あー」
 デニスは納得した。

 魔法騎士の身分は騎士より上で、一代限りだが男爵と同等であるとされている。魔法騎士でいる限りリーディア本人がれっきとした貴族だ。
 怪我で退団を余儀なくされたとはいえ、いや事態が表沙汰に出来ないからこそ、上手く立ち回れば、金でも爵位でも望むものが手に入れられたはずだ。
 報告書によるとリーディアは六歳で王都の魔法使い養成学校に入学したため、今は兄が継いだ実家とは疎遠なようだが、それでも縁を辿れば、令嬢としてそこそこの結婚だって出来ただろうし、領地で何不自由なく暮らすことも可能だろう。
 だがリーディアはいずれの選択肢も取らなかった。
「金にも地位にも興味がなければ、私は単に多忙な肉体労働者だからな」
「あー」
 デニスは『そういう言い方はどうかな』と思うが、事実なので否定も出来なかった。
 アルヴィンの見立てでは、リーディアはアルヴィンを嫌いではない。しかし男性として興味を持っているわけではない。
 アルヴィンは当初、恋情の欠片もないリーディアの視線を心地良く感じたが、今となっては彼女の気を引きたくて仕方がない。
 アルヴィンは己の矛盾に苦笑する。
 家柄と財産目当てに寄ってこられるのが嫌だったはずなのに、それ以外の自分自身の魅力がとんと思いつかない。魔法騎士としての能力には自信があるが、リーディアは騎士であるアルヴィンを警戒している。
 頭はそう悪くはないし、見目だってまあまあだと思うが、貴公子を見慣れたリーディアにとって田舎育ちのアルヴィンは粗野な野人にしか見えないだろう。

「彼女はもう表舞台に戻る気はないだろう。あの生活は、引退後の騎士としては理想的だ」
「……そうですか?」

「そうだ。私も隠居したら、木こりでもして暮らしてみたいと思っている」
 とアルヴィンは真面目な顔で断言した。

「はあ……、木こりですか」
 デニスは少し想像してみたが、微妙に似合いそうなのが困る。

「ではリーディア嬢のことは諦めるのですか?」
「いいや」
 デニスの問いに、アルヴィンは首を横に振る。
「諦めはしないが、今、彼女に身分を明かし求婚したら間違いなく断られる。想いを伝えるのは、良き友人として信頼を得てからだ。それに……」
 と呟くと、アルヴィンの瞳は見えぬ強敵に挑むように虚空を睨んだ。
「今は、疫病の流行を抑えないとな」
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

処理中です...