上 下
13 / 74
退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中

13.特製回復軟膏

しおりを挟む
「軟膏のせいでしょうか……?」
 犯してしまった罪は恐ろしいが、きちんと聞かねばならない。
 黒髪男は深刻そうな顔で頷いた。
「それしか考えられない」
 私の罪は確定らしい。怪我人は無事なのだろうか?
「怪我人の容態は……?」
 重ねて聞くと、黒髪男の答えは。
「全快した」
「は?悪化したのではなく?」
「いや、結構ひどい怪我だったが、全快した。どう考えても、君の軟膏が原因だ。何があったのか知りたい。教えてくれ。君が塗ったという軟膏はなんだ?」
 あの怪我人のことは気になっていた。もっと普通の状況で知りたかったが、怪我が良くなったのは喜ばしい。
 私は脱力しながら、答えた。
「私が作った手製の軟膏ですよ。ただ主成分が強薬草なんです」

 強薬草というのは、ダンジョンでしか生えないという薬草だ。最近、ウルが持ってきてくれた。
 この薬草はちょっとした病気や怪我なら何にでも効く。
 命に関わるような重篤な病気や怪我を治す力はないので、万能薬とは言い難いが、それでもとても便利な薬草なので、重宝されている。高値で取引されるので、この薬草を目当てにダンジョンに潜る冒険者も少なくないと聞く。
 町の薬屋に持っていったら薬にしてくれるはずだが、ここに来てから私は野菜作りも肥料作りも自分でやれるものは自分で作っている。
 軟膏作りは魔法使い養成学校で習ったきりで、かなりうろ覚えだが、手順は覚えている。
 ……うっすらと。

 私はこの十年以上前のうっすらとした知識を元に、軟膏を作ることにした。
 作り方は簡単である。薬草数種類を用途に合わせてブレンドし、魔法精製するだけだ。
 魔法精製というのは、魔力を使い、必要なエキスを抽出するというもので、我々魔法使いにとっては基本中の基本の理念だ。
 例えば炎を出すには、大気中から炎のエーテルだけを取り出し、使役する。攻撃魔法とはまさに抽出の作業である。
 数種類の薬草が何だったか思い出せなかったので、オオバコやローズマリー、アロエ、オリーブ、その他諸々、家にある薬草全部と強薬草を混ぜ合わせ、魔法精製した。
 魔法精製の特徴は本来なら混ざり合わないものも混ざり、かつ高濃度で精製出来るということだ。そのためあまり失敗がない。
 最悪適当な野草を摘んで魔法精製するだけでそこそこ効く軟膏は作れると、錬金術師の教師は講義したが、「魔法使いには無用の長物である」とも言った。
 なにせ、八割近い魔法使いは回復魔法が唱えられる。
 魔法精製して軟膏を作るより、回復魔法を使う方が早く、効果も高い。
 だがもはや私はかつてのように回復魔法を唱えられないし、ウルがくれたのは高い効能で知られる強薬草だ。それに軟膏にしておけば、私だけではなく、皆が使える。

 魔法精製した薬草は緑色のドロドロしたゼリー状の液体に変質した。
 なんか毒々しい色合いだが、効きそうといえば効きそうな感じもする。
 上手くいったようだが、鑑定魔法を使えず、学生の時以来ほぼ初めて自力で魔法精製した私に確証なんてものはない。
 そこで私は念には念を入れてもう一つの癒やしの成分を持つもの、魔水晶を魔法精製し、薬草エキスに混ぜたのだ。
 すると薬は今度は乳白色のクリームに変化した。

 そうして出来上がったものを、私はあかぎれになっていた手に塗った。
 手はすぐにすべすべになった。
 気を良くした私は、次に樹液を取るために穴を開けてしまった木の幹に使った。
 一晩経った後に見に行くと、穴は無事に塞がっていたが、塞がっているだけに中がどうなったかは分からない。
 ただ、外側は完全に塞がっているように見えた。
 怪我人が来たのは、その翌日のことだ。
 私は彼に自作の軟膏を使った。


 話を聞いて、黒髪男も茶髪男も呆れたような表情になった。
「なんでそんなこと?強薬草と魔水晶を混ぜ合わせる薬など聞いたことがない」
「大体、何故、木に軟膏を塗ったんです?」
「なんとなく?」
 樹木の傷口にニカワなどを塗ると良いと聞いたが、ニカワがなかったので、軟膏を塗ってみた。

 魔水晶は魔法を増幅させる媒介物としても使用されるので、強薬草のブースターにならないかな?という目論みからだった。

「というか、私は薬に魔石を用いるのを聞いたことがない」
 と黒髪男は呻くように言った。
 魔水晶に限らず魔石はもっぱら魔法の媒体物として魔法使いが使用するものとされていて、薬としてはあまり使われない。
「……まあ、そうですね」
 言われてみると、私も聞いたことがない。

 周辺諸国全てでそうなのだが、薬学と医学はあまり研究されていない分野だ。回復魔法で重篤な怪我や病気を瞬時に癒やしてしまえるため、どちらも実は回復魔法師が少ないこうした辺境の土地の方が盛んである。

「おそらくはその二つを混ぜ合わせた効果だろうな」
 と黒髪男は言った。
 どちらも高価なので、大抵の薬師は勿体なくて絶対やらないというレシピだそうだ。

 黒髪男は少々真面目な顔で私に顔を寄せ、囁いた。
「君の軟膏で、強薬草では治せないはずの欠損部位が再生した」
「欠損が……」

 怪我人は砦の騎士で、山火事を止めようとして、怪我を負い、何本かの指を失っていた。
 大火事にならなかったのは、命がけで初期消火を行ってくれた彼らのお陰だ。
 ひとたび大火になったらあっという間にここも焼失してしまう。
 我が家が無事でも、森に住んでいるウルは怪我を負ったかも知れない。
 そう考えると、私は私に出来ることは何でもしたいと思った。
 黒髪男から貰った魔水晶は癒やしの効果があり苦痛を和らげるという。今だ切断部に痛みのある怪我人の騎士の指先に小さな魔水晶を砕いて貼り付け、その上からこんもりと軟膏を塗り、包帯を巻いた。
 全身の火傷も軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻き直した。
 その後、初級の回復魔法を掛けた。
 その程度しか今の私に出来ることはなかった。

 だが。
「効いたんですね」
「効いた。指も魔水晶が媒体になったためか、完全に再生した。全身の火傷も癒えた。本人はここに礼を言いに来たがったが、まずは事実確認のために私とデニスが来た。君の軟膏のレシピが欲しい。出来れば現物も」
「あ、はい。ですが、レシピは一応書いておいた程度で、量などきちんと測ったわけではありません。正確じゃないですよ」
「それでいい。是非とも見せて欲しい」
 元より原材料で一番高価な魔水晶は黒髪男がくれたものだ。一向に構わない。

 軟膏はキッチンの棚に置いてあるが、多めに作った予備は部屋に保管してある。
 瓶に詰めた軟膏を幾つか持って行き、「はい」と渡すと、黒髪男は目を瞬かせた。
「こんなに良いのか?」
「構いませんよ、原材料はあなたとウルから貰ったものですから。強薬草も魔水晶もまだありますから、またすぐに作れます」
「そうか、ありがとう」
 と黒髪男は軟膏の瓶を受け取ると、それをじっと見つめた。

「……!?」
 魔素が、黒髪男に集まる。
 全身に、とりわけ、その青い瞳に。
「上級以上の回復軟膏だ」
 黒髪男は魔法発動の残滓を纏いながら、言った。
「鑑定眼ですか……」
 鑑定の能力は主に魔法人口の一割にも満たない闇属性に発現しやすい能力なので、珍しい魔法だ。鑑定眼は魔眼の一種で、中級以上の鑑定魔法を所持する魔法使いに発現する。

 黒髪男は口ごもりながら、尋ねてきた。
「闇属性は怖くないか?」
「いえ、便利そうだなと思います」
 私は闇属性の対になる光属性なので、鑑定系の能力は持たないのだ。
 光と闇の属性は基本的に、どちらか一つしか持たないと言われている。
 確かにこの国は王家が光属性なので、闇属性を嫌う傾向にあるが、鑑定能力がある魔法使いや騎士はいるととても便利なので、貴族はともかく現場でとやかく言う騎士なんていない。
 そんなの王宮騎士くらいだ。
 ……そういえば、一応私は元王宮騎士だったな。

「そうか……」
 と黒髪男はホッとしたように笑った。その後、彼と茶髪男は丁重に私に向かって頭を下げた。
「礼を言う。私の部下を助けてくれてありがとう」
「いえ、もったいないお言葉です。怪我をした騎士様が治って本当に良かったです」
 と私は言った。

 回復魔法師は地方には少ない。
 強薬草はダンジョン内のみで生育する薬草で、ダンジョンはこの辺境地の選ばれた地域にある。
 さらにもう一つの素材、魔水晶もダンジョンの深部から産出される。
 どちらも手に入れるのは簡単ではないが、より効果が高い薬が作れれば、地方の回復魔法師不足を補えるかも知れない。

 黒髪男は金持ちの上に義理堅いので、「軟膏代を払う」と言い出したが、領内では薬師以外が薬を売るのを禁じている。商売には許可がいるのだ。
 個人で作った軟膏や煎じ薬を領民同士で交換するくらいはお目こぼしを頂いているので、色んな意味で金は受け取れない。
「では、何か、私に出来ることはないか?」
 と黒髪男から問われた。
「あ、では、鑑定の能力でクルミの木の傷がちゃんと治っているか見て貰えませんか?」
 私は黒髪男と共にクルミの木のところに向かい、軟膏を塗った木が治っているのか、確認して貰った。

「……どこだ?」
「えっ、多分、ここです」
 軟膏のお陰か、見た目は綺麗に治っている。私はクルミの木の傷があった場所を指さした。
「傷は完全に癒えている」
 と断言されたので私はホッとした。
「上手くいったかどうか心配していたんです。ありがとうございます、お客さん」
 黒髪男はじっと私を見つめ、言った。
「私の名はアルヴィンだ。
 黒髪男が私の名を呼んだのは初めてだ。
 アルヴィンという黒髪男の名はもちろん知っていたが、私が彼をそう呼んだことはない。黒髪男も私を「主人」としか呼ばなかった。

 だが、今黒髪男は私の腕を強く掴んで離さない。
「アルヴィンと呼んでくれ。リーディア」
 アルヴィンは私をきつく抱き締めた。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...