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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中

08.ザワークラウトジュースとプラリネ

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「は?」
 私の質問が意外だったのか、二人の騎士は固まった。
 茶髪男の方がおそるおそる尋ねてくる。
「砦の騎士に何か用が?」
「はい、話したいことがありまして。出来れば地位が高い騎士が良いんですが、知り合いには居ませんか?」
「砦の司令官は妻帯者だぞ」
 と黒髪男が唸るように言った。
「はあ、そうなんですか?いえ、妻帯者かどうかはどうでもいいんですが……」
 いや、待てよ。
 妻がいる男の方が、家族の事情を考慮してくれるか?

 つい考え込んでいると、茶髪男が言った。
「あの、どんな事情か、話して貰えないかな。力になれるかも知れない」

 黒髪男は以前に我が家のブラウニーを見ている。私は事実を包み隠さず、話すことにした。
「信じられないかもしれませんが……」
 我が家のブラウニーは実はバンシーで、彼女がキャシー達三人の死の予言をしたこと。私が彼らが砦に行くのを止めたこと。砦の仕事は断りたいこと……。

 全て話し終えると、二人は深刻そうに顔を見合わせた。
「アルヴィン様……」
「ああ」

 黒髪男は私に向き直る。
「バンシーは砦の兵達の死を予言したか?」
「……?それは聞いてないですね。砦で病気が流行るとだけ」
「そうか……」
 と黒髪男はため息をついて考え込んだ。
 私はノア達の心配しかしてなかったが、よくよく考えると、砦の兵は彼らの同僚である。そりゃ、気にもなるだろう。

「あの、バンシーに聞いてきましょうか?」
「頼む。もっと詳しいことが知りたい」
「はい」
 教えてくれるかは分からないが、バンシーに尋ねてみよう。
 私はそう思い、立ち上がろうとしたが、
「リーディア、私はここよ」
 とバンシーがぶるぶる震えながら、姿を現した。
「バンシー」
「……これがバンシーか」
 黒髪男が呟いた。
「アルヴィン様、見えるんですか?」
「青い肌で青い髪をしている。膝丈くらいの小さな女の子だ。デニスには見えないか?」
「はい、何か光のようなものはぼんやり見えるのですが……」
 黒髪男の方はバンシーの姿がはっきりと見えている様子だが、茶髪男はすまなそうに頭を掻く。

 何にせよ、姿を見せてくれたのはありがたい。
 私はバンシーに尋ねた。
「バンシー、砦の人間も冬に流行る病気で死んでしまうか、知りたいんだ。教えてくれるか?」
 バンシーは遠くの何かを透かし見るような表情をした後、言った。
「少し死ぬ。けれどたくさんは死なないわ。近くの村の年寄りや子供は死んでしまうけれど……」
「では、致死性の高い流行病ではないんだな」
 黒髪男に話しかけられ、バンシーはビクリと体を震わせたが、「ええ」と小さな声で返事を返した。
 黒髪男は続けて聞いた。
「町の人間もたくさん死ぬか?それにここの主も無事か?」
「……リーディアは死なない。町の人は少し死ぬわ」
「なるほど、であれば領内が感染元ではなく、隣国から来る流行病だろうな」
「対策が必要ですね」
 と二人は相談を始めた。

 私は驚いて彼らに尋ねた。
「あなた方はバンシーの話を信じてくれるんですか?」
 バンシーは私の家に住む、いわば家族のような存在だから信じられるが、彼らの物わかりの良さは何なんだろう?
 黒髪男は「ああ」と私に顔を向ける。
「国境に近い領では外国から旅人が病を運んでくるのは良くあることだ。特に冬はね」
「隣国でタチの悪い風邪が流行っているのは聞いてますし」
 と騎士ならではの別ルートの情報もあるらしい。
「妖精の語る話を無条件に信じる訳ではないが、頭から否定する根拠もない。むしろ予言のお陰で備えが出来るというものだ。至急、滋養強壮に効果があるものを砦と近隣の村に運ばせろ」
「はい、分かりました」
 と茶髪男は頷いた後、表情を曇らせる。
「ですが、今から資材の調達は難しいでしょう。何が用意出来るか慎重に考えないといけません」
「そうだな」
 と呟いた黒髪男は、ふと、私に顔を向けた。
「主人、何かないか?」

「そう言われましても……」
 季節は冬である。砦と近くにある村人分用意せねばならないが、どの町にもそれだけ大量の余剰食料などありはしまい。
 私は食卓にある料理を見て、思いつくまま、言った。
「ああ、このエルダーフラワーのお茶は風邪に効くらしいですよ」
 そこらに生えているハーブなので、手に入れやすい。
「そうか、ハーブティーか」
 食卓には出ていないが、もう一つ。
「ヨーグルトは体に良いそうです」
「今から牛を砦に運ぶのは不可能です。牛小屋もありませんし、越冬出来ないでしょう」
 と茶髪髪は首を振る。

「ザワークラウトも健康に良いそうです」
「それは年寄りから良く聞くな」
 黒髪男の呟きで私はあることを思い出した。
「あのー、知り合いが言っていたのですが、ザワークラウトの汁も健康に良いそうです」
 ザワークラウトはキャベツと塩、それとヒメウイキョウの種キャラウェイシードで作る漬物だが、結構な量の汁が出る。
 あれは飲めるのだそうだ。
 私も一度試してみたが、決して美味しいものではない。ただ、健康に良い……気はした。
「汁か」
「ザワークラウトも体に良いですし、汁ならただです」
 茶髪男は特に無料なところが気に入ったようだ。

「ザワークラウトはいいな。キャベツくらいなら何とか今からでも調達出来るだろう」
「はい」
 と茶髪男が頷く。
「しかし酸っぱいものだけだと、嫌がられるかもしれん」
 何せ、ザワークラウトの汁である。健康に良いと聞いても飲むのを躊躇う代物だ。
「もう一つ、何か喜ばれるものが用意出来ると良いんだが……」
 黒髪男が呟いた。
「喜ばれるもの?」
「そうだな、ザワークラウトは酸っぱいから、反対に甘いものがいい。比較的安価で、しかも手間なく作れるものは何かないか?」

「では、プラリネなどいかがですか?」



「プラリネとは?」
 と黒髪男が聞いてくる。
ハシバミの種ヘーゼルナッツ、アーモンド、クルミの種ウォールナッツなどのナッツをキャラメリーゼした……えーと、加熱した砂糖を絡めたものです。作ってみましょうか?」

 説明するより食べた方が分かりやすいだろう。
 材料は、ヘーゼルナッツ、アーモンド、クルミ、そして砂糖と水である。
 この辺りはクルミが良く取れる。殻付きのクルミは冬の間中持つので、どこの家でも備蓄しているはずだ。
 まず、ヘーゼルナッツとアーモンド、クルミの殻を剥く。
 ナッツクラッカーを用意し、殻を剥こうとすると、
「私がやろう」
 と黒髪男が申し出て来た。
「ありがとうございます。助かります」
 ナッツクラッカーを使っても疲れる作業なのだが、黒髪男と茶髪男は苦もなく次から次に殻を剥いていく。
 殻を剥いた実は中火で数分、煎る。
 このまま食べても美味しいが、今回はプラリネを作る。
 フライパンに水と砂糖を同量入れて、火に掛ける。あまり煮詰めると焦げてしまうので、注意が必要だ。
 砂糖が溶けたらナッツを入れて手早く絡める。
「これで出来上がりです」
 ものの数分で出来る簡単なものだが、キャラメルと炒りたてのナッツが香ばしい菓子だ。大量に作れる点も、黒髪男の要求を満たしている。

 まだ熱いのに二人はポリポリと試食を始めた。
「これは冷めても旨いんじゃないか?」
「砂糖とナッツさえあれば作れる簡便さがいいですね。砂糖は高価ですが、材料がこれだけなら確保出来そうです」
「よし、これでいこう」
 我が国は砂糖を輸入に頼っているので高価だが、国境の向こうの隣国から仕入れている関係で、このゴーラン領では王都より少々安く手に入る。
 とはいえ高級品であるのは間違いない砂糖の大量購入を即座に決定出来る彼らは、一体何者なのだろう?

 再びうっすらと疑問に思う私である。
 いやいや面倒なことには巻き込まれたくない。知らぬ存ぜぬで通すことにしよう。

 中央の騎士とゴーラン騎士団のような地方の軍は、通常であれば関わりを持たない。我々セントラルの騎士達が地方に赴くのは、何か騒乱が起こった時だ。
 ゴーラン領はゴーラン伯爵がよく治め、平和で栄えている。
 そんな場所では我らの出番はないため、私はゴーラン領についてほんの触り程度の知識しかない。
 また、ゴーラン領主はあまり社交は好まない性格なのか、最低限の式典以外で王都を訪れることもなかった。
 故に私は彼の顔も知らない。
 そして向こうも王宮魔法騎士リーディア・ヴェネスカは知らないだろう。
 王宮魔法騎士の正装は仮面付きで、顔はほとんど見えない。仮面は大昔に魔法使いが怖れられていた時代があるため、ということだが、本当の理由は個人を特定出来ないようにするためだ。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、黒髪男達は立ち上がった。
「すっかり世話になったな。これはレシピと菓子と昼食の代金だ」
 そう言ってなんと、金貨一枚置いて行こうとする。
 私はあわてて突っ返した。
「こんなに頂けませんよ」
「だが、何か、あなたに礼がしたい」
「それなら、キャシーさん達が砦で働けないことを砦の騎士に上手く伝えて貰えませんか?」
「そのことならご心配なく。必ず伝えますから」
 と茶髪男が確約した。
 私は胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。お礼ならそれで十分です」

 結局昼食代とプラリネ代で私は銀貨二枚を受け取った。
 彼らは「子供達とバンシーに食べさせてやってくれ」と半分だけプラリネを包んで持っていく。
 台所から隠れてやりとりを見ていたらしいバンシーはさっと顔を出し、「ありがとう」とだけ言ってまた顔を引っ込める。
「他に何か出来ることはないか?」
 最後に黒髪男に改めて問われた。
「いえ、本当に大したことはしてませんから」
「そうか」
 と黒髪男はやや残念そうに呟いた後、私をじっと見つめ、
「また来てもいいか?」
 と言った。
「いつでもお越し下さい」
 と私は答えた。
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