上 下
7 / 74
退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中

07.バンシーの死の予言2

しおりを挟む
「まあ……」
「もちろん、あなた方がよろしければですが」
「ですが、あの、お代が払えません」
「無償で構いません。だが、仕事を手伝って貰えるとありがたい」
 キャシーはどんな無理難題をふっかけられるのかと戦々恐々としている様子だ。不安げに尋ねてきた。
「どんな仕事でしょうか?」
「ノアにはいつもの仕事を。妹さんにも出来る手伝いがあればお願いしたい」
「リーディアさん、僕、頑張るよ」
 とノアは力強く言った。
「頼りにしているぞ、ノア。キャシーさん、刺繍は出来ますか?」
「刺繍?」
「この辺りでは大抵の女性が刺繍を刺せるそうですね」
「え、ええ、はい」
 この辺りは亜麻布の生産で有名で、そのリネンに刺す刺繍も名産らしい。花モチーフの鮮やかな刺繍で、可愛らしくて気に入っている。
 刺繍というと高価そうだが、リネンやコットンに刺しているので、私でも普段使い出来る値段だ。
 テーブルクロスやテーブルライナー、花瓶敷きドイリー、ソファーカバー、クッションなんかを使っているのだが、特に隊商を組んで外国からやってくる商人達に受けが良い。
 買い取りたいと言われることが増えたので、多めに買い込んでいるのだが、これが結構売れる。
 町にある雑貨屋の方が種類が多いですよとは言うのだが、実際にセッティングして使っているのを見ると欲しくなるらしい。

「テーブルライナーや一人用のテーブルクロス、ポプリを入れる巾着なんかが売れ筋です。ものすごく売れます」
「そうなんですか……」
「我が家の刺繍は全部買われてしまったので、この際、自分で刺繍を入れようと布をたっぷり買い込んだんですが……私はあまり刺繍が上手くないようで」
 長い冬の手慰みと思い、チャレンジしてみたのだが、リネンが血まみれになっただけでまだ一枚も作れていない。
「まあ」
「というわけで、キャシーさん、刺繍を刺して貰えませんか?」
「刺繍は得意ですわ。そんな仕事ならいくらでも出来ます」
「それは心強い。常々、宿の寝具に小さな刺繍を入れたいと思っていたんです。出来ればそれもお願いしたいんです」
 キャシーは目を輝かせた。
「まあ、素敵。是非やらせて下さい」
「良かった。ですが、あまり無理はなさらないで下さい。お子さんのためにも健康第一ですよ」

 キャシーは私に深々と頭を下げた。
「リーディアさん、本当にありがとうございます。砦では下働きのメイドとして働く予定でした。きつい仕事に体が持つのか、心配でしたが、家族三人食べていける仕事はそれしかなくて……。ここに置いて貰えるなら何でも致します。あの、力仕事は得意ではないですが……」
「力仕事は私が得意ですよ。キャシーさんには私の苦手な針仕事をお願いします」
「はい、頑張ります」
 と彼女は笑った。
 ノアとミレイはずっと不安そうに私とキャシーのやりとりを見守っていたが、それを見て、笑顔になる。
「お母さん、私達、ここで暮らすの?」
 ミレイが楽しそうにキャシーに尋ねた。
「ええ、そうよ。冬の間はここでお世話になるの」
「やったぁ、私、こんな大きなお家、初めて。お城みたいね」
 ミレイはそう言ってはしゃいだ。

 外はまだ強い風が吹いている。
 砦の仕事を断りに行くのは、明日にしようと決めた。
 明日、上手く砦に向かう旅人を捕まえられれば良いが、そうでなければ私がオリビアを駆って行く。

 話が決まったので、昼食を作ることにした。
 スープはカリフラワーのクリームスープ。
 先程彼らに持たせたハムとザワークラウトを挟んだサンドイッチとゆで卵がまだ残っている。これをベースにサンドイッチを作り直す。
 卵、白ワインのビネガー、オリーブオイルと砂糖と塩少々を混ぜ合わせ、マヨネーズを作る。マヨネーズを潰したゆで卵と和えて、サンドイッチの中に挟む。
 さらにチーズとオイルで戻したドライトマトも挟むと、具だくさんで食べ応えのあるサンドイッチが出来上がった。

 子供達は我が家のキッチンに興味津々で、料理するところを見たがった。
「火の側は危ないから離れていなさい」というと、遠くから息を殺して見ている。賢い良い子供達だ。
「リーディアさんの料理はすごく美味しいんだ」
 とノアがミレイに言うのを聞いて、ひそかに私は鼻を高くした。

 さて食べようと、いう時に、
「主人はいるか」
 と客が来た。



 客はくだんの黒髪男と茶髪男だった。
 前回の訪問から二週間ほど経っている。
「主人、来たぞ。話がある」
 黒髪男は私の顔を見ると、近づいてきた。食卓に目をやり、言った。
「失礼、食事中か?」
「はい、申し訳ありませんが、少々お待ちを。今、お茶を入れます」
「いや、急がなくていい。旨そうだ。私達にも食べさせてくれ」
「すぐご用意出来るのは同じものですが、よろしいですか?」
「構わない」と言うので、私は追加で二人分の昼食を用意することになった。
 まずはおかわり分に取っておいたカリフラワーのクリームスープを出す。
 それを食べている間にサンドイッチを作った。
 とはいえ、彼らはそれだけでは足りまい。
 鶏肉と野菜の蒸し煮エチュベを作るとしよう。
 一口大にした鶏肉をフライパンでソテーし、皮目に焼き色を付ける。同時進行で別の鍋で食べやすく切った玉葱や人参、ジャガイモなどの野菜ときのこ、ニンニクを入れ、塩を振り、蓋をして弱火で加熱する。野菜から水気が出た頃、ちょうど鶏肉が焼き上がるので、鶏肉を鍋に入れ、白ワインを入れて鶏肉と野菜に火が通るまで蒸し煮にする。
 風邪予防にニワトコエルダーフラワーのお茶も一緒に出した。


「旨そうだ」
 二人は昼食を平らげた後、黒髪の男が私に言った。
「主人、話があるんだが……」
 内密の話なのか、チラリとキャシー達に視線を走らせる。
 キャシーはすぐに察し、
「では、私達は向こうにおります」
 と二人を連れて奥に引っ込んだ。

 三人が居なくなると、黒髪男は私に頭を下げた。
「あなたのお陰で助かった。礼を言う」
「何のことでしょう?」
 黒髪の男を助けた記憶はない。泊まらせたのは、きちんと対価も貰ったし、「助けた」うちに入らないだろう。
 人違いではないのか?と私は疑った。
 しかし茶髪男の方も同意するように頷いている。
 黒髪男は重ねて言った。
「あなたにそのつもりはなかっただろうが、我々はあなたに大いに助けられた。私にスコーンを振る舞ったことは覚えているか?」
「あー、はい」
 そう言われて、私はますます混乱した。
 あの時のスコーンは上出来だった。
 だが、スコーンが美味くて礼を?わざわざ言いに来たのか?

「あの時、重曹の話をしたのを覚えているか?」
「ああ、はい。致しましたね」
 黒髪男は声を少し低くする。
「実は少し前から王都の貴族が土地を買い占めようとしていた。だが欲しがるのは農地にも出来ないような痩せた土地だ。どうもおかしい」
「水源地などを独占されては大ごとですから、我々も注視していました。ただ彼らの目的がいまいち分からなくて……」と茶髪男が横から言い添えた。
「彼らの目的は重曹だった」
「そうでしたか」
「我が国でトロナ石が取れるのは、このゴーランの地だけだ。いや、他にもあるのかも知れないが、最大の産地はおそらくここだろう。重曹の精製は我が国でも研究が進んでいるらしい。買い占めの場所には、トロナ石が埋まっている。君のおかげでようやく突き止められた。危うく王都のブタ共に何もかも持って行かれるところだった」
 黒髪男は忌々しげに言った。
「あー」
 大きな声では言えないが、王都と辺境地はあまり仲が良くない。
 王都に集まる情報をわざと遮断して辺境地に伝えないようにし、利益誘導を試みる貴族は多い。辺境領は幾度も煮え湯を飲まされている。
「重曹作りに欠かせないもう一つの素材、石灰石も領土うちで採れる。いずれこの地で重曹が作れるようになるはずだ」
「それは良かった」
 国産品となれば、多少は安価に流通するはず。私の口にも入りやすいというものだ。実に喜ばしい。
「君が教えてくれねば、手遅れになるところだった。礼を言う」
「いえいえ、お役に立てたら幸いです」
 そう言いながら、私は内心で舌を巻いた。
 たった二週間であんなうろんな話から良くここまでの情報を揃えられたものだ。辺境伯はいい騎士を抱えている。
 黒髪の男は王都の貴族を「ブタ」と呼んだが、王都貴族のゴーラン領辺境伯の呼び名は貪狼たんろう。貪欲な狼という意味だ。

「それで、君に頼みたいことがあって来た」
 と貪婪な狼の騎士は言った。
「はあ、何でしょう?」
「まだ重曹があったら少し分けて欲しい。王都に使いをやっているが、実物があるなら早く見たいそうだ。それと、スコーンのレシピが知りたい」
「ああ、構いませんよ」
 私は立ち上がり、キッチンの戸棚から重曹の入った瓶を取り出した。
 それから部屋に行き、レシピ帳を持って戻る。
「スコーン……スコーン、ああ、これです」
 私はスコーンのページを開き、紙にレシピを書き写した。

 黒髪男はヒョイと私のレシピ帳を覗き込んだ。
「これは手書きか?」
「私が書きました。療養中……あー、以前暇だった時に食べたいものの作り方を片っ端から書き写したんです」
 怪我で療養していた騎士団の病院は食事が美味しくなかった。
 それまでの私はどちらかというと食に関心がない方だったが、食べられないと思うと、無性に旨いものが食べたくなった。「怪我が治ったら、思う存分食べるぞ」と病院の図書室で料理の本を読みふけったのだ。
 すでに再起が難しいことは宣告されていて、将来を打ち砕かれ、気を紛らわせるのはそんな馬鹿げたことだけだったのだ。
 最初は食べることにしか興味はなかったが、そのうち、料理を作ってみたくなった。
 王都の図書館にある料理本から書き写したものもあるし、料理人に直接教えを乞うて書き残したものもある。
 私の宝物と言っていいだろう。

「素晴らしいものだな」
 と黒髪男は賞賛した。
「所詮は素人の趣味ですよ。本職の料理人ならもっと良いレシピをたくさん持っているはずです」
「いや、大したものだ。大事なレシピを教えてくれてありがとう。礼をしたいのだが、何か欲しい物はあるか?」
 黒髪男はそう申し出て来たが、私は大層なことは何もしていない。
「いえいえ、お礼を頂くようなことは……」
 と言い掛け、「あっ」と気付いた。

 彼らは騎士である。
「であれば、一つ、お願いがあります。砦の騎士にお知り合いはいらっしゃいますか?」
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

処理中です...