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番外編:とある勇者の軌跡
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「いってきます!」
「いってらっしゃいリック、収穫よろしくね。」
農家の朝は早い。俺は陽が登ってまだ間もない頃に起床して、作業着に着替えるとそのまま家を出た。朝食は野菜の収穫が終わってからだ。
俺は小走りで自分の畑へと向かう。腹が減った。さっさと野菜を収穫して、朝食を取ろう。
「お兄ちゃん待って!私も行く!」
後ろから妹が追ってくる。4つ下のエマは14歳。年頃になったのか、最近冷たい態度を取られることも多いが、こうして俺の仕事を手伝ってくれるからありがたい。
「ありがとう。一緒に行こう。」
こうして俺たちは毎日、この小さな村で平和に暮らしていたんだ。
「嘘、だろ…?村が…」
ある日、街に野菜を売りに行った帰り道、俺の村の方角から煙が上がっているのをみて、荷車も捨てて走って帰ったんだ。でももう遅かった。俺の村はオークの群れに襲われ、男達は全員殺され、女達は…
「エ、エマ…父さん、母さん…!」
俺は思わず駆け出した。みんなどこかにまだ隠れてるのかもしれない。早く見つけて、みんなで逃げよう、そう思ったのに…
グチャ
何かを踏んだと思いふと足元を覗く。下半身を食い破られ、剥き出しの内臓が散らばっている。上半身は…
「と、父さん…」
俺は涙に滲んでいく目を擦り、また走り出した。まだだ、まだエマと母さんが残っている。まだ生きているなら助け出すんだ。
「いやあああ!」
広場の方で聞き慣れた声が響く。
「エマ、エマ!?」
俺は急いで広場に向かった。そこで見たのは、まさに地獄。オークの群れは笑いながら何かを弄んでいた。腰を振る者、手足を引きちぎる者、喰らい付く者…。その肉塊のような何かから聞き慣れた声が漏れた。
「た、すけ、て…お、にぃちゃ…」
「う、う、うわあああああ!!!」
俺は落ちていた鎌を拾い、振りかぶった。
その後のことは覚えていない。気がついたら生きているのは俺一人で、王国軍と名乗る兵士達に城に連れて行かれた。彼らが言うには、俺は勇者で、魔物の頂点である厄災を討伐するために産まれたのだそうだ。数年前に厄災が現れ、魔物を従え人間を襲っていたと、今回のオークの襲撃もそいつのせいだと言った。
家族も故郷も失い、生きる気力がなくなった俺はただ言われるがままに戦闘訓練を受けた。どんなに苦しくても、痛くても、決して弱音を言うことはなかった。エマの方が苦しかったに違いない、痛かったに違いない。
そうして2年の月日がたった。
日々戦闘訓練に没頭する俺に、ある日ひとつの命令が下った。
聖女を召喚せよ。
俺は何も考えずに、言われた通り祈った。
そして出会ったんだ。聖女ユマに。
ーーーーーーーーー
この国では珍しい長い黒い髪に、小柄な体型。彼女は16歳だと言っていたが、それよりももっと幼く見える。彼女の事を見ていると、全然似ているはずがないのに死んだ妹と重なって見える。そう彼女に伝えたら、嬉しそうにはにかんだ。
聖女は虚弱で自ら戦う力はない。そう聞いていた俺は、ユマの強さに驚かされてばかりだった。彼女は、それを「チート能力」だと言い、彼女の世界ではよくある話なのだと笑った。
少しの路銀を渡されただけで王城を追い出された俺たちは、生きていくために冒険者になり、金を稼いだ。ユマは見るからに子供だったので、俺の妹ということにして過ごした。金を稼ぎながら旅を続け、いつしか俺は戦士として、ユマは魔導師としてトップクラスの実力を持つまでに成長した。
この力で厄災を倒せば、ユマはきっと元の世界に帰ることができるだろう。家族を、故郷を思って泣く彼女の姿はあの時の俺と重なる。俺は帰るところは永遠になくなってしまったが、できることならユマにはまた家族のもとに戻って欲しい。涙を流すユマに愛しさを感じながら、俺はよく彼女の頭を撫でてあげたんだ。
ーーーーーーーーー
「…リック!リック!」
「っ、う…お、俺は…厄災は?」
「良かった、生きてて。厄災は私が封印したの。リックの攻撃でだいぶ弱っていたから、なんとかなったけど…」
「…すまない、俺の力が足りなかった…」
「ううん、あの厄災が強すぎたんだ。きっと私の封印も数百年しか持たない…」
「…でも厄災の脅威は去った。王城に報告に行こう。」
「うん…!」
俺の実力不足で、厄災を消滅させるには至らなかった。絶対に守ると誓ったのに、ユマを守りきれず危険な橋を渡らせてしまった。ユマは俺に文句を言うことなく、心配した、生きててくれてありがとうと涙を流しながら笑った。
ああ、愛している。
妹なんかじゃない。俺はユマを愛しているんだ。ずっと一緒にいたい。一緒に家庭を築き、本当の家族に…
でもそれはダメだ。ユマには帰るべきところがある。俺は王城への定期連絡で、虚偽の報告をし続けた。
「聖女は高いステータスを持つものの、それらを使いこなす才能がない。気弱で、自ら戦うことはできない。」
彼女が有能すぎる事を知れば、その血をこの国に取り込むためにユマを元の世界に帰すことはないだろう。俺が国に縛られるのは構わない。でもユマにだけは自由でいて欲しかった。それは俺のエゴだったのかもしれない。
「兵よ、この者を牢に!」
「リック!」
俺は陛下の前で無許可で口を開いた罪で牢に入れられた。抵抗することは簡単だったが、ユマを人質に取られ何もすることができない。
「しばらく牢で頭を冷やせよ。」
俺を連行した兵士はそう言い、俺を冷たい牢に放り込んだ。
「クソ!ユマ、ユマ…」
俺は彼女に「きっと帰れる」と言ってしまった。彼女はそれを信じ、それだけを希望にここまで来たというのに。あの後、宰相が俺の元にやってきてユマは貴族の元に嫁がせると言って去っていった。
もしユマが元の世界に帰れなくても、俺が、俺がずっと側にいるつもりだった。
ユマ。ユマ。帰れないと知って泣いているだろうか?俺の事を嘘付きと、怒っているだろうか?
ユマに会いたい。
「王族への不敬罪で、貴方を死罪とします。刑はすぐに執行される。連れて行け。」
「は?」
翌朝、まだ陽が昇る前に宰相がやってきてそう告げた。おかしい。これが異常な事である事は無学な俺でも分かる。
「ふざけるな!俺は命をかけてずっとお前達のために戦ってきたんだ!」
「貴方の努力より、陛下の一言の方が重いのですよ。陛下は貴方の死をお望みです。ああ、抵抗はしない方がいい。聖女をただの孕み腹に堕としたくはないでしょう?」
「ユ、ユマには手を出すな!」
「貴方が大人しく死んでくれれば、お望みどおりに。」
「クソ!」
ユマを盾にされては俺にできる事はなかった。そうして俺は朝日を拝む事なく、処刑されたんだ。
ああ、ユマ、ユマ。愛していた。大切な人だ。ずっと君と一緒に過ごしたかった。手を繋ぎ、取り留めのない話をして、共に家に帰る。そんな未来を夢見てしまったんだ。
君を残して死んでしまってごめん。嫌な思いはしていないか?大事にされているか?君の事となると、どうしても心配事が尽きないんだ。
ああ神様、もし存在するのなら、来世は彼女の隣に…
………
…
「池田さん、おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」
とある病院で一人の女性が無事出産を終えた。差し出された小さな我が子を抱き、優しく微笑みかける。
「可愛い…もう名前は決めてあるのよ。」
女性は赤ちゃんを愛おしそうに撫で、言った。
「陸。貴方の名前は池田陸よ。これからよろしくね。」
それは今から17年前のお話。
「いってらっしゃいリック、収穫よろしくね。」
農家の朝は早い。俺は陽が登ってまだ間もない頃に起床して、作業着に着替えるとそのまま家を出た。朝食は野菜の収穫が終わってからだ。
俺は小走りで自分の畑へと向かう。腹が減った。さっさと野菜を収穫して、朝食を取ろう。
「お兄ちゃん待って!私も行く!」
後ろから妹が追ってくる。4つ下のエマは14歳。年頃になったのか、最近冷たい態度を取られることも多いが、こうして俺の仕事を手伝ってくれるからありがたい。
「ありがとう。一緒に行こう。」
こうして俺たちは毎日、この小さな村で平和に暮らしていたんだ。
「嘘、だろ…?村が…」
ある日、街に野菜を売りに行った帰り道、俺の村の方角から煙が上がっているのをみて、荷車も捨てて走って帰ったんだ。でももう遅かった。俺の村はオークの群れに襲われ、男達は全員殺され、女達は…
「エ、エマ…父さん、母さん…!」
俺は思わず駆け出した。みんなどこかにまだ隠れてるのかもしれない。早く見つけて、みんなで逃げよう、そう思ったのに…
グチャ
何かを踏んだと思いふと足元を覗く。下半身を食い破られ、剥き出しの内臓が散らばっている。上半身は…
「と、父さん…」
俺は涙に滲んでいく目を擦り、また走り出した。まだだ、まだエマと母さんが残っている。まだ生きているなら助け出すんだ。
「いやあああ!」
広場の方で聞き慣れた声が響く。
「エマ、エマ!?」
俺は急いで広場に向かった。そこで見たのは、まさに地獄。オークの群れは笑いながら何かを弄んでいた。腰を振る者、手足を引きちぎる者、喰らい付く者…。その肉塊のような何かから聞き慣れた声が漏れた。
「た、すけ、て…お、にぃちゃ…」
「う、う、うわあああああ!!!」
俺は落ちていた鎌を拾い、振りかぶった。
その後のことは覚えていない。気がついたら生きているのは俺一人で、王国軍と名乗る兵士達に城に連れて行かれた。彼らが言うには、俺は勇者で、魔物の頂点である厄災を討伐するために産まれたのだそうだ。数年前に厄災が現れ、魔物を従え人間を襲っていたと、今回のオークの襲撃もそいつのせいだと言った。
家族も故郷も失い、生きる気力がなくなった俺はただ言われるがままに戦闘訓練を受けた。どんなに苦しくても、痛くても、決して弱音を言うことはなかった。エマの方が苦しかったに違いない、痛かったに違いない。
そうして2年の月日がたった。
日々戦闘訓練に没頭する俺に、ある日ひとつの命令が下った。
聖女を召喚せよ。
俺は何も考えずに、言われた通り祈った。
そして出会ったんだ。聖女ユマに。
ーーーーーーーーー
この国では珍しい長い黒い髪に、小柄な体型。彼女は16歳だと言っていたが、それよりももっと幼く見える。彼女の事を見ていると、全然似ているはずがないのに死んだ妹と重なって見える。そう彼女に伝えたら、嬉しそうにはにかんだ。
聖女は虚弱で自ら戦う力はない。そう聞いていた俺は、ユマの強さに驚かされてばかりだった。彼女は、それを「チート能力」だと言い、彼女の世界ではよくある話なのだと笑った。
少しの路銀を渡されただけで王城を追い出された俺たちは、生きていくために冒険者になり、金を稼いだ。ユマは見るからに子供だったので、俺の妹ということにして過ごした。金を稼ぎながら旅を続け、いつしか俺は戦士として、ユマは魔導師としてトップクラスの実力を持つまでに成長した。
この力で厄災を倒せば、ユマはきっと元の世界に帰ることができるだろう。家族を、故郷を思って泣く彼女の姿はあの時の俺と重なる。俺は帰るところは永遠になくなってしまったが、できることならユマにはまた家族のもとに戻って欲しい。涙を流すユマに愛しさを感じながら、俺はよく彼女の頭を撫でてあげたんだ。
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「…リック!リック!」
「っ、う…お、俺は…厄災は?」
「良かった、生きてて。厄災は私が封印したの。リックの攻撃でだいぶ弱っていたから、なんとかなったけど…」
「…すまない、俺の力が足りなかった…」
「ううん、あの厄災が強すぎたんだ。きっと私の封印も数百年しか持たない…」
「…でも厄災の脅威は去った。王城に報告に行こう。」
「うん…!」
俺の実力不足で、厄災を消滅させるには至らなかった。絶対に守ると誓ったのに、ユマを守りきれず危険な橋を渡らせてしまった。ユマは俺に文句を言うことなく、心配した、生きててくれてありがとうと涙を流しながら笑った。
ああ、愛している。
妹なんかじゃない。俺はユマを愛しているんだ。ずっと一緒にいたい。一緒に家庭を築き、本当の家族に…
でもそれはダメだ。ユマには帰るべきところがある。俺は王城への定期連絡で、虚偽の報告をし続けた。
「聖女は高いステータスを持つものの、それらを使いこなす才能がない。気弱で、自ら戦うことはできない。」
彼女が有能すぎる事を知れば、その血をこの国に取り込むためにユマを元の世界に帰すことはないだろう。俺が国に縛られるのは構わない。でもユマにだけは自由でいて欲しかった。それは俺のエゴだったのかもしれない。
「兵よ、この者を牢に!」
「リック!」
俺は陛下の前で無許可で口を開いた罪で牢に入れられた。抵抗することは簡単だったが、ユマを人質に取られ何もすることができない。
「しばらく牢で頭を冷やせよ。」
俺を連行した兵士はそう言い、俺を冷たい牢に放り込んだ。
「クソ!ユマ、ユマ…」
俺は彼女に「きっと帰れる」と言ってしまった。彼女はそれを信じ、それだけを希望にここまで来たというのに。あの後、宰相が俺の元にやってきてユマは貴族の元に嫁がせると言って去っていった。
もしユマが元の世界に帰れなくても、俺が、俺がずっと側にいるつもりだった。
ユマ。ユマ。帰れないと知って泣いているだろうか?俺の事を嘘付きと、怒っているだろうか?
ユマに会いたい。
「王族への不敬罪で、貴方を死罪とします。刑はすぐに執行される。連れて行け。」
「は?」
翌朝、まだ陽が昇る前に宰相がやってきてそう告げた。おかしい。これが異常な事である事は無学な俺でも分かる。
「ふざけるな!俺は命をかけてずっとお前達のために戦ってきたんだ!」
「貴方の努力より、陛下の一言の方が重いのですよ。陛下は貴方の死をお望みです。ああ、抵抗はしない方がいい。聖女をただの孕み腹に堕としたくはないでしょう?」
「ユ、ユマには手を出すな!」
「貴方が大人しく死んでくれれば、お望みどおりに。」
「クソ!」
ユマを盾にされては俺にできる事はなかった。そうして俺は朝日を拝む事なく、処刑されたんだ。
ああ、ユマ、ユマ。愛していた。大切な人だ。ずっと君と一緒に過ごしたかった。手を繋ぎ、取り留めのない話をして、共に家に帰る。そんな未来を夢見てしまったんだ。
君を残して死んでしまってごめん。嫌な思いはしていないか?大事にされているか?君の事となると、どうしても心配事が尽きないんだ。
ああ神様、もし存在するのなら、来世は彼女の隣に…
………
…
「池田さん、おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」
とある病院で一人の女性が無事出産を終えた。差し出された小さな我が子を抱き、優しく微笑みかける。
「可愛い…もう名前は決めてあるのよ。」
女性は赤ちゃんを愛おしそうに撫で、言った。
「陸。貴方の名前は池田陸よ。これからよろしくね。」
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