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15歳
王女の涙1
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「ふふ。上手にお菓子ができてしまいましたわ!」
「初めて作ったにしては上出来よね、ねえローゼリア様?」
「ええ。カップケーキのデコレーションも完璧でしたわね。」
「私達はとっても楽しかったけれど、他のご令嬢方がすっかり萎縮してしまって、可哀想でしたわ。」
「すぐに慣れますわよ。私達、別に威張り散らしたりなどしていませんもの。」
「そうよね。ローゼリア様がそういう方じゃなくて本当に良かったですわ。私そういうの苦手で。上位貴族のご令嬢は高圧的な方多いでしょう?」
「そうですわね。私もそういうのは好きではありせんわ。だから友人がいなかったのですけれど。」
「ふふ。私達、気が合いますわね。」
「そうですわね。」
自分の作ったお菓子で腹を満足させたローゼリアは、すっかりご機嫌な様子で調理室から次の授業の教室まで移動していた。
昼休み以外にも、授業の合間には30分程の中休みがある。学園の授業内容は全て予習済みの貴族達に、カツカツの授業スケジュールは必要ない。学園に通うことはむしろ社交性を身につける為という側面が大きい。それまで邸で家庭教師を伴い一人で過ごしてきた子息令嬢達は、集団生活というものを送った事がない。社交界の縮図とも言えるこの学園内で、彼らは三年間、他の貴族達と親睦を深め、交友関係を広めていくのだ。
「それにしても…ローゼリア様はご自分の作ったもの、全て食べてしまいましたわね。」
「ええ。美味しかったんですもの。」
「クローヴィス様にはあげなくてよろしかったんですの?」
「…忘れてましたわ。殿下は、仮でも私の婚約者でしたわね。」
「ふふ。いずれ解消するとはいえ、蔑ろにしては駄目よ。」
「次回からは殿下の分を先に取っておきましょう。」
「それがいいわ。…それにしても、ローゼリア様達が来年には婚約を解消なさるだなんて、聞いた時はとても残念でしたわ。折角、姉妹仲良くやっていけると思いましたのに。」
「ふふ。申し訳ありません、オディリア様。でもそろそろクローヴィス殿下も本当のお相手探しをしなくては将来が心配ですわ。放っておくと、男子生徒とばかり過ごしているんですもの。」
「そうですわねえ。でも寂しいわ。」
「婚約を解消しても、私達は変わりなく友人ですわ。」
ジーメンス王国の王女として何不自由なく過ごしてきたオディリアは、しかし我儘になる事もなく、控えめで、かつ芯の通った女性に成長した。ローゼリアはその根本の善良さに好感を持ち、彼女と友人となる事を選んだ。単身この国にやってきて心細いであろうオディリアと、学生の間くらいは共に過ごしても良いと思っていた。
穏やかな雰囲気で廊下を歩いていた二人だったが、ある部屋の扉の前で彼女達の足は止まった。そこは生徒指導室。生徒と教師の距離が遠いこの学園においては、殆ど使われることのない部屋である。そこから、人の声が微かに漏れ出ていた。
「あら?この部屋は王族以外は、許可なく使ってはいけないのではなくて?」
「そうですわね。でしたらアダルヘルム様かしら?」
「ご挨拶していきますか?その包み、殿下にお渡しするものでしょう?」
「そうねえ。」
ローゼリア達が扉の前で立ち止まっていると、中から明らかな女の声が聞こえ、オディリアはノックをしようと伸ばした手をピタリと止めた。
「…駄目ですよ、アダルヘルム様…」
「少しくらい良いだろう?学年が上がってから、もうずっとソフィーと昼を食べていないんだ。共にいる時間が減ってしまった。」
「ふふ。仕方がないでしょう?アダルヘルム様の婚約者が入学してきたんだもの。彼女を差し置いて、私と一緒にいるのは不味いとアダルヘルム様が言ったのではないですか。」
「そうだが…ソフィーと会えないのは辛い。」
「もう、駄目ですよ、んっ…」
「ソフィー、ソフィー。君のその瞳が、私を捕らえて離さないんだ…」
「あ、あ、ダメ…んっ…」
「生涯ずっと、君の側にいたい…ソフィーだけ側にいてくれれば良いんだ。君と出会ってから、王太子の地位を何度疎ましく思ったことか。」
「アダルヘルム様…あん、アダルヘルム様は将来王になるのでしょう?そんな事言ってはいけないわ…」
「正妃も側室も要らないんだ。ソフィー、私の唯一。君さえいてくれれば、私は…」
「あ、あ、アダルヘルム様…あん、や…」
「「……」」
ローゼリアとオディリアは扉の前で硬直していたが、アダルヘルム達の会話が途切れると、はっと我に返ったオディリアが扉から離れた。
「…アダルヘルム様はお取り込み中のご様子。また今度にしますわ。」
「そうですわね。」
その後は会話もなく、次の授業の教室に着いた。教室にはすでにクローヴィスがおり、他の男子生徒と楽しそうに談笑していた。ローゼリア達の存在に気づくと、彼は友人らと別れ席に着き、彼女達を手招いた。
「ローゼリア、オディリア嬢。家庭科はどうだった?」
「カップケーキを作りましたの。とても美味しくできましたわ。」
「それは良かったな。」
「クローヴィス様、良ければこちらをどうぞ。」
「これは?」
「私の作ったお菓子ですわ。残念ながら、ローゼリア様はご自身で作った物をすべて食べてしまいましたの。私ので申し訳ないのですが、お裾分けですわ。」
「オディリア様。それは…」
「良いのです。きっとアダルヘルム様は受け取ってくれはしても、喜んでは貰えませんわ。でしたらお友達のクローヴィス様に食べていただく方が良いわ。」
「状況がよく分からないが…良いのか?」
「ええ、是非もらってください。その方が、このお菓子も喜びましょう。」
「では遠慮なく頂こう。今食べても?」
「勿論ですわ。」
「…うん、美味い。初めて作ってこれなのか?一年もすれば凄いものが作れそうだ。」
「ふふ、ありがとうございます。次回はローゼリア様もクローヴィス様の分を取っておくそうですわよ。」
「それは楽しみだな。」
「忘れないようにしますわ。」
「私が見張っていて差し上げましてよ。」
「まあ、頼もしいですわね。」
クローヴィスはまたアダルヘルムが何かをやらかした事を悟ったが、それを今ここで問い質すのは無粋であると、黙って残りのカップケーキを全て平らげた。
「美味かった。ありがとう。しかし少し物足りないな、次回からは二人分のお裾分けが欲しいものだ。」
「まあ、欲張りですのね、殿下は。」
「ふふ。では次もお持ちしますわね、クローヴィス様。」
「育ち盛りだからな。よろしく頼む。」
オディリアはクローヴィスの気遣いに硬くしていた表情を緩めると、楽しそうに笑った。
「初めて作ったにしては上出来よね、ねえローゼリア様?」
「ええ。カップケーキのデコレーションも完璧でしたわね。」
「私達はとっても楽しかったけれど、他のご令嬢方がすっかり萎縮してしまって、可哀想でしたわ。」
「すぐに慣れますわよ。私達、別に威張り散らしたりなどしていませんもの。」
「そうよね。ローゼリア様がそういう方じゃなくて本当に良かったですわ。私そういうの苦手で。上位貴族のご令嬢は高圧的な方多いでしょう?」
「そうですわね。私もそういうのは好きではありせんわ。だから友人がいなかったのですけれど。」
「ふふ。私達、気が合いますわね。」
「そうですわね。」
自分の作ったお菓子で腹を満足させたローゼリアは、すっかりご機嫌な様子で調理室から次の授業の教室まで移動していた。
昼休み以外にも、授業の合間には30分程の中休みがある。学園の授業内容は全て予習済みの貴族達に、カツカツの授業スケジュールは必要ない。学園に通うことはむしろ社交性を身につける為という側面が大きい。それまで邸で家庭教師を伴い一人で過ごしてきた子息令嬢達は、集団生活というものを送った事がない。社交界の縮図とも言えるこの学園内で、彼らは三年間、他の貴族達と親睦を深め、交友関係を広めていくのだ。
「それにしても…ローゼリア様はご自分の作ったもの、全て食べてしまいましたわね。」
「ええ。美味しかったんですもの。」
「クローヴィス様にはあげなくてよろしかったんですの?」
「…忘れてましたわ。殿下は、仮でも私の婚約者でしたわね。」
「ふふ。いずれ解消するとはいえ、蔑ろにしては駄目よ。」
「次回からは殿下の分を先に取っておきましょう。」
「それがいいわ。…それにしても、ローゼリア様達が来年には婚約を解消なさるだなんて、聞いた時はとても残念でしたわ。折角、姉妹仲良くやっていけると思いましたのに。」
「ふふ。申し訳ありません、オディリア様。でもそろそろクローヴィス殿下も本当のお相手探しをしなくては将来が心配ですわ。放っておくと、男子生徒とばかり過ごしているんですもの。」
「そうですわねえ。でも寂しいわ。」
「婚約を解消しても、私達は変わりなく友人ですわ。」
ジーメンス王国の王女として何不自由なく過ごしてきたオディリアは、しかし我儘になる事もなく、控えめで、かつ芯の通った女性に成長した。ローゼリアはその根本の善良さに好感を持ち、彼女と友人となる事を選んだ。単身この国にやってきて心細いであろうオディリアと、学生の間くらいは共に過ごしても良いと思っていた。
穏やかな雰囲気で廊下を歩いていた二人だったが、ある部屋の扉の前で彼女達の足は止まった。そこは生徒指導室。生徒と教師の距離が遠いこの学園においては、殆ど使われることのない部屋である。そこから、人の声が微かに漏れ出ていた。
「あら?この部屋は王族以外は、許可なく使ってはいけないのではなくて?」
「そうですわね。でしたらアダルヘルム様かしら?」
「ご挨拶していきますか?その包み、殿下にお渡しするものでしょう?」
「そうねえ。」
ローゼリア達が扉の前で立ち止まっていると、中から明らかな女の声が聞こえ、オディリアはノックをしようと伸ばした手をピタリと止めた。
「…駄目ですよ、アダルヘルム様…」
「少しくらい良いだろう?学年が上がってから、もうずっとソフィーと昼を食べていないんだ。共にいる時間が減ってしまった。」
「ふふ。仕方がないでしょう?アダルヘルム様の婚約者が入学してきたんだもの。彼女を差し置いて、私と一緒にいるのは不味いとアダルヘルム様が言ったのではないですか。」
「そうだが…ソフィーと会えないのは辛い。」
「もう、駄目ですよ、んっ…」
「ソフィー、ソフィー。君のその瞳が、私を捕らえて離さないんだ…」
「あ、あ、ダメ…んっ…」
「生涯ずっと、君の側にいたい…ソフィーだけ側にいてくれれば良いんだ。君と出会ってから、王太子の地位を何度疎ましく思ったことか。」
「アダルヘルム様…あん、アダルヘルム様は将来王になるのでしょう?そんな事言ってはいけないわ…」
「正妃も側室も要らないんだ。ソフィー、私の唯一。君さえいてくれれば、私は…」
「あ、あ、アダルヘルム様…あん、や…」
「「……」」
ローゼリアとオディリアは扉の前で硬直していたが、アダルヘルム達の会話が途切れると、はっと我に返ったオディリアが扉から離れた。
「…アダルヘルム様はお取り込み中のご様子。また今度にしますわ。」
「そうですわね。」
その後は会話もなく、次の授業の教室に着いた。教室にはすでにクローヴィスがおり、他の男子生徒と楽しそうに談笑していた。ローゼリア達の存在に気づくと、彼は友人らと別れ席に着き、彼女達を手招いた。
「ローゼリア、オディリア嬢。家庭科はどうだった?」
「カップケーキを作りましたの。とても美味しくできましたわ。」
「それは良かったな。」
「クローヴィス様、良ければこちらをどうぞ。」
「これは?」
「私の作ったお菓子ですわ。残念ながら、ローゼリア様はご自身で作った物をすべて食べてしまいましたの。私ので申し訳ないのですが、お裾分けですわ。」
「オディリア様。それは…」
「良いのです。きっとアダルヘルム様は受け取ってくれはしても、喜んでは貰えませんわ。でしたらお友達のクローヴィス様に食べていただく方が良いわ。」
「状況がよく分からないが…良いのか?」
「ええ、是非もらってください。その方が、このお菓子も喜びましょう。」
「では遠慮なく頂こう。今食べても?」
「勿論ですわ。」
「…うん、美味い。初めて作ってこれなのか?一年もすれば凄いものが作れそうだ。」
「ふふ、ありがとうございます。次回はローゼリア様もクローヴィス様の分を取っておくそうですわよ。」
「それは楽しみだな。」
「忘れないようにしますわ。」
「私が見張っていて差し上げましてよ。」
「まあ、頼もしいですわね。」
クローヴィスはまたアダルヘルムが何かをやらかした事を悟ったが、それを今ここで問い質すのは無粋であると、黙って残りのカップケーキを全て平らげた。
「美味かった。ありがとう。しかし少し物足りないな、次回からは二人分のお裾分けが欲しいものだ。」
「まあ、欲張りですのね、殿下は。」
「ふふ。では次もお持ちしますわね、クローヴィス様。」
「育ち盛りだからな。よろしく頼む。」
オディリアはクローヴィスの気遣いに硬くしていた表情を緩めると、楽しそうに笑った。
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