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ロドルグの街2

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どうやらロドルグ伯爵は香織達の様子を見にきただけだったようで、少し言葉を交わした後はすぐに退室した。サロンに残される形となったローガンは、覚めてしまった紅茶を入れ直した。

「もう間も無く夕食の時間となります。その時にまたお呼び致します。」
「ありがとうございます。」
「それと…」

去り際、ローガンは香織へと視線を移し、小さな声で呟いた。

「主は大変退屈されております。…どうかお気をつけて。」

香織達の返答を待たず、ローガンは一礼し部屋を出ていった。

「なんでしょうか?今の…」
「…あの噂は本当だったみたいだね。」
「どういうことですか?」
「カオリだけじゃなく、フローラも目をつけられたかもしれないってこと。気をつけてね、もちろん僕も君の側を離れるつもりはないけど…貴族にはあまり強くは出れないからね。」
「は、はい…」
「とりあえずこの後の晩餐を乗り越えることだね。何もなく帰れると良いんだけど…」

(うう、サイモンさんそれ言うと…)
『フラグを立てましたね。』
(やめてよー!)


ーーーーーーーーー


「ほう、セッケン草を?」
「はい、一からの栽培ですので少し時間がかかってしまいますが、いずれ南部でも安定供給できるようになる予定です。」
「ふむ、乾燥した物も洗浄力は充分だが、やはり新鮮なのは香りや泡立ちが違うからな。」
「おっしゃる通りです。今のところ、我が商会が販売権を独占しておりますので、ご入用の際は是非うちの支店にご連絡ください。」
「うむ。投資者はいるのかね?」
「いえ、まだです。」
「ぜひロドルグ家にも出資させてくれ。これは素晴らしい事だ。」
「ありがとうございます。ミナミセッケン草は優先的にこちらの支店に卸すように致します。」
「うむ。それにしてもその新種を発見したのはクレール商会ではないのだろう?このような大発見を一体誰が?」
「それは守秘義務がありますので…私の口からはなんとも。」
「ははは。天下のクレール商会も商業ギルドには逆えんか。」
「はい。彼等は歴戦の猛者ですから。私など片手で一捻りでしょう。」
「ははは、違いない。しかし噂では、ミナミセッケン草を商業ギルドに持ち込んだのは見目麗しい女性だったとか。」
「…」

サイモンはその言葉には返答することなくニコリと微笑み、食事を口に運んだ。

「それにしてもこのような素晴らしい食事を我々のために用意していただけたなんて感激です。」
「気に入ったかね?当家自慢の料理だ。楽しんでいってくれたまえ。」
「ありがとうございます。」
「フローラと言ったかな。君も楽しんでいるかね?」
「は、はい。」

実際に香織の目の前には贅を尽くした料理が並んでいる。どれも美味であるはずだが、今の香織にはそれらを味わう余裕などなかった。というのも、細長いテーブルの短辺に座ったロドルグ伯爵のすぐ側に、サイモンと向かい合うように香織の席がおかれていたのだ。

(こっちの世界のテーブルマナーとか分からないよ…)

貴族相手に粗相をしてはサイモンに迷惑をかける。香織はカトラリーを取る順番、音を出さずに肉を切る事…それらにばかり気を取られ、味など気にしていられなかった。
しかしその甲斐あって、いや、そのせいでと言ったほうが適切か。香織の言動をロドルグ伯爵はいたく気に入ったようだった。

「まだ12の、しかも平民の娘がテーブルマナーも完璧とは…いやはや、ただの平民にしておくのは惜しいな…」
「と、とんでもございません。見様見真似で…」
「君、侍女に興味はあるかね?」
「侍女ですか?」
「そうだ。私の身の回りの世話をする者が一人、怪我でいなくなってしまってね。新しい侍女を探していたんだよ。君のように物覚えの良い子なら立派な侍女になるだろうと思ってね。」
「えっと…私はクレール商会の所属なので…」
「どうかね、サイモン殿。彼女にとっても悪くない話だろう?」
「ええ、そうですね。しかし私もフローラの両親から彼女を預かっている身ですので…私の一存では…」
「ならばご両親が彼女の心配をしないよう、こちらに来てもらうというのはどうだね?勿論、彼等の生活も私が保証する。彼女を橋掛けに、君の商会にも便事ができる。誰も損はしない話だろう?」
「そうですね…ですが少し時間をください。彼女の両親を呼ぶにしろ、こちらから連絡を致しませんと。すぐにお返事をするというわけには参りません。」
「ふむ。余程フローラを可愛がっているようだね。しかし君の言い分も最もだ。君がこの街に滞在する間は待つとしよう。」
「ありがとうございます。」
「フローラ、君はどう思うかね?今日ほどの食事はなかなか食べられないだろうが、賄いにも同じ食材が使われているから毎日美味しいものが食べられる。テントの中で毛布一枚に包まって寝る必要もない、フカフカのベッドを与えよう。そして君に必要な教育も。君程の器量があれば、将来的に男爵夫人くらいになら上り詰めることもできるだろう。」
「えっと…あの…」
「勿論君の家族にもこの街で暮らして貰えばいい。休日は自由に会う事もできる。今のように、寂しい思いをしなくてすむのではないかね?」
「でも…」
「今日はもう遅い。是非泊まっていきなさい。サイモン殿も、フローラも。そして部下のお二人もね。」


食後、香織達はそれぞれに客間が与えられた。元々滞在する予定だった商会の独身寮はすぐそこだからという言い分に、伯爵はまったく聞く耳を持たなかった。貴族にここまでしてもらって断れる平民はいない。いたとしても、それは向こう見ずな愚か者だ。香織達はすごすごと、案内されるままに部屋に入った。
客間はホテルの一室のようなデザインだった。一人がけのソファが向かい合うように並べられ、その中心には丸いテーブル。物書き用の小さなデスクとその上にアンティークなスタンドライトが置かれている。ベッドはダブルベッド程の大きさで、真っ白いシーツの上にロドルグ家の家紋が大きく刺繍されたベッドライナーが敷かれていた。

香織はソファに腰掛け、溜息を吐いた。伯爵に目を付けられたとうのは、どうやら杞憂ではないようだ。彼の提案をどう断ろうかと香織が頭を抱えていると、部屋の扉がノックされ、その音に香織は思わず身を震わせた。

(まさか…伯爵!?)
『サイモンですよ。』
(なーんだ…)
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