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シバの村10

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マップを頼れば、彼等を見つけることは簡単だった。しかしその姿をはっきりと捉えながらも、香織はなかなか攻撃魔法を繰り出せないでいた。

十匹の子狼。それを守るように、二匹の母狼が彼等を囲んでいた。子供達は母親に擦り寄り、血の匂いに怯えているようだった。母狼は警戒態勢を取りながらも、すり寄る子供達を宥めているように見える。

「あ、あれも倒すの…?」
『はい。マスターなら一度の魔法で全滅させることができるでしょう。』
「で、でも…まだ赤ちゃんもいるよ?」

まだ目も開いていない子狼を、少し大きな子狼が守っている。あれを見ると、彼等の住処を襲っている香織達が悪者に思えてくる。

『マスター。私はあなたの一部ですから、何を考えているのかも分かります。しかし駄目です。彼等を見逃す事は得策ではありません。』
「でも、そこまでしなくても…あのくらいの数なら森で普通に生きていけるんじゃない?脅威になるような数じゃないでしょ?」
『数が問題ではないのです。親を目の前で殺された魔物は、人間への強い憎しみを抱いて成長していきます。成長し力を付ければ、すぐさま人間を襲うようになるでしょう。普通のグリーンウルフよりも凶暴で普通の村人は手も足も出ません。』
「そんな…」

魔物という人間の敵。香織にとって魔物とはそういうものだった。だから簡単に殺すことが出来た。しかし、子を守る母の姿を見て、その認識は間違っていたと認めざるを得なかった。彼等は彼等で命を育んでいるのだ。自分達人間と何も変わらないではないか。

『マスター。別に彼等を意味もなくいたぶり殺せと言っているわけではありません。人里に近い魔物の群は人間の脅威となります。それを排除しなければ、殺されるのは人間の方です。』
「分かってるよ、でも…」
『マスターがやらなくても、他の者がやるでしょう。しかし気が乗らないなら尚更、私はマスターが手を下す事をお勧めします。』
「な、なんで…」
『子を守る母は時に実力以上の力を発揮します。手こずれば手こずる程、母狼の苦痛は、子狼の恐怖は増します。マスターならば、一瞬でしょう?』
「…」
『マスター、折角戦闘に参加したのに、何もしないで終わるのですか?』
「…分かった。やるよ、やるから…」

元々命を奪うということに忌避感はあった。しかし元の世界には存在しない造形の生き物を屠ることに関しては、現実味がなく罪悪感を覚えることはなかった。しかし彼等もまた生き物なのだと実感した途端、香織の手は止まってしまったのだ。
だが命が軽いこの世界でその迷いは致命的だ。ここは平和な日本ではない。やらなければやられる世の中なのだ。目の前の母子を殺すということは、この世界で生きるという覚悟を決める事と同義だった。

「…『スリープ』」

香織は魔物との戦闘で初めて『香織カッター』以外の魔法を使った。魔物を前にすると緊張して昂っていた胸が、今は酷く落ち着いていた。自分達が死ぬ瞬間を、彼等に悟って欲しくなくて放った魔法。これは香織のエゴだった。
狼達が一匹残らず意識を手放したのを確認し、香織は新たな魔法を放った。

「ろ、『ロックバレット』…!」

香織の周囲に小石が舞い上がり、銃弾のように狼達に襲い掛かった。舞い上がる砂埃が収まると、そこには血に濡れた狼達の骸があった。マップに浮かぶ灰色の点が、撃ち漏らしがない事を物語っている。

『お疲れ様です、マスター。』
「…うん。」
『他の者達も間も無く戦闘を終えるようですよ。』

アイの宣言通り、アレクシス達の方を見れば、エドワードが最後の一匹を切り捨てるところだった。今まで当たり前に見てきた光景のはずなのに、今は胸が少し痛む。
カイルが木から飛び降りるのを見て、香織も木を降りた。飛び降りる勇気はなかったので、一歩一歩ゆっくり降りた。香織の姿を見つけたアレクシスが彼女の元に駆け寄る。

「フローラ。ここにいたのか。」
「…はい。」
「奥のやつらをやってくれたのはお前だろう?助かった。子持ちは手強いからな。」
「はい…」
「ん?どうしたんだ。」
「いえ、なんでもないです。ただ…」

アレクシスは香織の視線の先を見た。そこには子狼達の死骸。悲しげな顔の香織を見て、アレクシスは彼女の心情を察した。

「そうか。子持ちをやるのは初めてだったのか。」
「…はい。」
「確かに良い気分はしないな。嫌な役目を押し付けてしまった。」
「いえ、私が自分からやったので…それに、必要
なんですよね?」
「そうだ。よく知ってるな。親を殺された魔物ほど厄介なものはない。成長する前に、事前に殺しておくべきなんだ。だからカオリは正しいことをした。何も間違っていない。」
「…はい。」

『ビースト』の三人も戻ってきた所で、香織は群のいた中心に魔法で大きな穴を開けた。そこにグリーンウルフの死骸を放り込み、再び土で埋めた。埋葬したわけではない。このまま亡骸を放っておけば、腐敗し悪臭や病気の元となる。新たな魔物を呼び寄せる可能性もあった。だからこれは戦闘後、当たり前にする行動なのだ。それでも彼等をきちんと土に埋めたことで、香織の鉛のように重かった気分は少しだけ浮上した。

「毒で死んだヤツらは…村人に任せよう。流石に俺達がそこまでする必要もないだろう。」
「思ったより楽勝だったな。まだ昼前だ。」
「フローラの作戦のおかげだな。怪我人もいないし、村人が被害に会う前に全て解決できた。」

アレクシスのその言葉には慰めの意味も込められているのだろう。香織はその気遣いを正しく理解し、ニコリと笑った。

「けどウルフ系であの数の群を作るのは珍しいよな。オークならともかく。」
「ああ。恐らく、例の魔物のいない森から逃げてきたんじゃないか?元の住処を終われた魔物は稀にあの様に大規模な群を作るらしい。」
「ふうん…つーかあの森の事、早くギルドに報告しないとまずいんじゃねーの?なんの魔物がいるかはわかんねえけど、実害出てきてるしな。」
「そうだな…予定通りなら明後日の朝発つはずだが、サイモンに聞いてみよう。」
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