タイムリミット

シナモン

文字の大きさ
上 下
64 / 81
【前日譚】都筑家の事情 

17

しおりを挟む
「総帥、そろそろよろしいでしょうか」

ほどなく連絡係が現れ、ソファのすぐそばで腰を低くした。

「ああ」

話が盛り上がったような気を持たせて要件は果たせなかった。
苦虫をつぶす思いはいつもと同じだ。

「では、お車へ」
「ん」

立ち上がり、ふと思いついて聞いてみた。

「一つ聞いてみるが、キミらの世代では好みの女性に脈がないとわかったらどうするものかね? そのまま口説き続けるか、それとも…」
「…それは私の個人的な意見でもよろしいのですか」
「ああ」

大人しそうだがはきはき喋る男だ。
座り直してはまた跪くだろうからゆっくり歩を進めることにした。

「そうですね…先ず3日ほどその方との思い出を思い浮かべて、気が済めばきっぱり諦めます」
「あきらめる?」

それは意外な回答だ。

「諦められるものかね…」
「あきらめるのです。おそらくそれほど心を奪われる方でしたら、素晴らしい女性に違いありません。3日その方のことを思い続けて、その方とお会いできたこと、一緒に過ごせたことに感謝して、忘れるよう努力します。そして新しい生活に臨みます」
「そ…そんなにうまくいくかね」
「うまく行くよう努力するのです」
「それは何かの宗教か信条かね? 高尚だとは思うが…」
「ありがとうございます」

感謝の言葉?
はぐらかされるでもなく、いたって真面目に言われて面食らった。

「君たちは、そのように考えるのだな」
「いえ、これは個人的な見解です」
…若者ならではなのか。合理的というのも違うような。
「あきらめきれなかったらどうするのかな」
「それは執着でありいずれ双方にとって不幸となるやもしれません。近年のストーカー行為など発端は同じことでしょう。早めの判断が重要かと」
「うむ…」

私はストーカーではないぞ。
だがこんな若者に達観されてはそろそろやり口を変えねばなるまい。

「執着と愛情の違いは何だろうな」
「所有しようとするか手放しでその方の幸せを思うか…。そんなところでしょうか」

なんとまあ…この男、恋をしたことがないのではないか!?

「お心苦しいようでしたらその方と食事をしたりデートをしたり目いっぱい想像した後すぐに実行に移さず、一度天にお任せになられてはどうでしょうか」
「うーむ…」

わが息子より若そうなのに、まるで伝道師の説法を聞かされているかのようである。

車に乗り、見慣れた香港の湾沿いを眺める。減ることのない摩天楼…まだまだ開発する気の対岸の空き地が見えた。

やれやれ、また失敗か…。

執着だろうが愛情だろうが、君は私の大切な人に違いないのだがね…。

細長い長方形のどう見ても贈答品で手持ち無沙汰に手のひらをトントンたたいた。

「申し訳ございません。道路が混んでいて」

「ああ、そう意味ではない、気にしないでくれ」

はい…と小さく答えるドライバーにも配慮せねばならんとは。

時世かねえ。

私がこんなことでイラつく男に見えるか?…見えるのだろうな。




「お父さん、お母さんに会われましたか?」

いつものモニター越しの定例報告だが、今朝はこんなセリフで始まった。

「ああ」

父親の返事はワンテンポ遅れている。
加えてあまりうれしそうではない。

「それでプレゼントは」
「渡せなかったよ」
「そうですか…」

相変わらず無表情の息子に返す言葉もない。


『…お母さん、次は香港で舞台あいさつされるようですね』

何気ない会話にまぎれた息子の言葉が始まりだった。
あるいは元妻の誕生日=結婚記念日が近いこともあって息子が気を利かせたのかもしれないが。

『行かれてみてはどうですか? お母さんは香港に滞在する際、必ず寄られる場所があるんです』
『ほう。どこかね』
『金鐘のパシフィックプレイスです。中に中庭のようなテラスがあって』
『ああ、そうか』

気がないふりをしてすぐにプランを練った。
彼女がその地を訪れるとすれば映画関連のスケジュールが終わってのことだろう。
香港の移動距離と所要時間なら手に取るようにわかる。何せすぐ近くに住んでいる。

「もう直接送られたらどうです」
「そうだな」

今更そんなことできるか。

「…ちなみにお前はいつもどうしているんだ、女性に何か贈る際…」
「僕ですか? 僕は一緒に店に行って決めてもらいますよ。何を買えばいいかわからないし」
は? それでは驚く顔が見れないではないか。
「お母さんにもそうなのか」
逆に自分の方が驚いたが、顔に出さずに冷静に言葉を返す。
「大体食事ですかね。話をして終わりですよ。買い物はしません」
そうかね…。もっと早く聞いておけばよかった。
…ピンとこないが。
「歩かれてもよかったのでは。少し離れたところに茶器の店が並んでいるでしょう」
「そうだったかな」
「お母さんは香港がお好きですが、飲茶がきっかけですよね。上海の家に茶器が並んでいるじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
ガラスの棚にずらっと並ぶ妻購入の中国式茶器の数々…思い出した。
「好きなものを眺めてゆったり時間を過ごすのもいい贈り物になると思いますけどね」
「ううむ」

場所を変えてもよかったか。
息子に指南されてこれだ。
何も聞かずまさに天の巡り合わせをひたすら待った方が良いのかもしれないな。

「お前はそうしないのか」
「僕はもういいでしょう、いい歳をして母親と歩いている所を誰かに見られたら…お母さんにも迷惑がかかりますから」

お? そうかね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】スパダリ幼馴染みは溺愛ストーカー

湊未来
恋愛
大学生の安城美咲には忘れたい人がいる……… 年の離れた幼馴染みと三年ぶりに再会して回り出す恋心。 果たして美咲は過保護なスパダリ幼馴染みの魔の手から逃げる事が出来るのか? それとも囚われてしまうのか? 二人の切なくて甘いジレジレの恋…始まり始まり……… R18の話にはタグを付けます。 2020.7.9 話の内容から読者様の受け取り方によりハッピーエンドにならない可能性が出て参りましたのでタグを変更致します。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

処理中です...