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【前日譚】都筑家の事情
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しおりを挟む~東京~
「ねえ、おじさまぁ、私、都内のとある方から聞きましたの。おじさま、投資家なんですってねえ?」
唐突に、ねえねえと話しかけてきた女性。
はて、誰だろう。すぐに思い出せなかった。
「どこかでお会いしましたかな」
男受けの良い髪型、化粧、服、そこそこなヒール…これまた男の好む清楚系の香水の匂いがかえって煩わしく感じた。
『おじさまだと? 私はお前の親戚でもなければ店の顧客でもないぞ』
「本村ですわ。真柴様からご紹介いただいた」
思い出した。クラブのホステス上がりの女経営者。どこぞの店の個人事業主だ。
その店に行ったわけでもなく決して自分が出資したわけではない。
どこからどうつながっているつもりなのか人脈を網羅して生き残りに必死な都会によくあるタイプの女性である。
こちらの返答などお構いなく話しかけてくる。
『努力は認めるがね』
このような処世術は長らく男天下の歴史においては致し方ない、この絶妙に胸が当たる体の寄せ方等計算されている。
20代の美女にこんな具合に絡まれようものなら、知り合いの熟年紳士はほぼ全員鼻の下を伸ばし、デレデレ話を聞いてやるだろう。が自分は違う。学生時分よりさんざんいじられ苦笑されたが好みは変わらない。
「息子さんがいらっしゃると伺いましたわ。ねえ…紹介していただけませんか」
女は話を続けながら上目遣いで睫毛を瞬かせる。
「申し訳ないが、息子とは離れて暮らしているのでね、私の声など届きませんよ」
「あらぁ、残念ですわ。私、株の運用少々かじっておりますのよ。お話してみたいです。ねぇ…」
「そうですか。ほどほどにされた方がいいですよ。株式は運用するものではなく優良企業に出資して育てるものです」
女性の表情が一瞬真顔に戻る。
「まぁ、そんな大株主でもありませんしねぇ。もしかしてバカにされてるのかしら」
『もしかしてじゃないがね』
女性の腕が緩んだすきに、よしとばかりに足を進めた。
「もう、よろしいですかな? 人と会う約束がありますので」
「あン…」
べたべた腕を組まれて、女スリかとばかりに背広を触って喋りかけてくる女をのらくらかわしながら最後は強引に離れた。
あの手の女が近寄ってこない状況を作るにはどうしたらよいものか。割と真剣に考えてしまう。
しかも話題と言えば自分ではなく息子の話。
息子のことまで言及したくない。
これだから都会は嫌になる。東京も上海も香港も。
最近はもっぱら香港郊外の自邸に引きこもり、趣味に没頭しているのだが。
『そろそろ言わねばならんか…』
六本木のとある高層ビルの会員制の集いに参加したのち、早めに切り上げフロアを横切ったところでラウンジから出てきた彼女と鉢合わせした。
一人でなければ女性は言い寄ってこなかっただろう、単独行動はあぶない、誰が出入りしているかわからないビルには近寄るものではない。直通エレベーターの扉がタイミングよく開いた。
「総帥、お待ちしておりました、こちらへ」エレベーターを出ると若い男が近寄り頭を下げた。
「うむ」
待たせていたリムジンに乗る。
その息子と半年ぶりに都内の個室レストランで会う約束をしているのだ。
※出会いの数か月前のお話。主に都筑家側の諸事情です。
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